10-5 いったんお別れ
それから連日、ローリアは丘でセデックに会い続けた。
「昔は狩りが好きだった」
「そうなの?私も昔父に教わって、キツネを仕留めたりしたことがあるわよ」
「君が?女の子なのに?」
「女の子だって教われば戦えるのよ?」
あなたの奥さんだって、戦い方を知っていたら殺されずに済んだかもよ?
ローリアはそう言いかけて、やめた。余計なことを思い出させて傷つけたくなかった。
毎日、お互いについて尋ね合ったり、今までに起きたことを話し合ったり、あるいは、何も話さずに二人でぼんやり景色を眺めたりしていた。並んで無言でいるとき、なぜか、話しているときよりも心が通じているように思えた。
そして、時々見つめ合っていると、まるで、お互いのために生まれてきたような気がした。
こんな日がずっと続けばいいのに。
そう思っていたが、ここは休暇に来た場所だ。
「明日帰るよ」
ある日の朝、侯爵が言って、支度をするよう皆に命じた。
ローリアはセデックに会いに丘に行ったが、待っていても彼は来ない。
このまま会えないのは嫌。
思い切って、彼の家に行くことにした。
しぶしぶついてきたクィルを連れて道を歩いていると、町の人がこちらを見ながらひそひそ話をしているのが見えた。もしかしてもう噂になっているのだろうか。
アルマイルの家は町の中でもひときわ大きく、レンガ造のきれいな建物だった。入り口で男性の使用人に取り次ぎを頼むと、
「セデック様はいらっしゃいません」
と言われてしまった。
「いない?どこに行ったの?」
「お答えできません。お引き取りください」
中にすら入れてもらえなかった。
「何だ、この失礼な家は」
クィルが建物を見上げながら言った。ローリアは落胆していたが、顔には出さずに道を引き返した。
館に戻ると、ユーナが、
「お手紙が来ていますよ」
と言った。ローリアは机に飛びついた。それはやはりセデックからだった。父親に急に一緒に出かけようと言われたので丘に行けなかった、と書いてあった。それから、なんと、
『ソムィーズを継ぐのはやめて、僕と一緒に暮らしてもらえないか』
と書いてあるではないか。
ローリアはその文を何度も繰り返し読んだ。それから、落ち着かずに部屋をうろうろと歩き回った。
私が普通の女の子だったら。
ローリアは思った。
今すぐここを飛び出して、彼のところに行ったわ。
それから、机に戻ってもう一度手紙を見た。
しばらく棒立ちになったまま考えたが。
「できない」
喉の奥から声が出た。
「できないのよ」
自分は石に、つまり女神様に選ばれたのだ。ソムィーズを継いで人々を守る義務がある。投げ出すわけにはいかない。
ローリアは手紙を書いて、改めて自分の立場を説明した。どうしても今の立場を手放すことはできない。それは無責任だ。あなたとは一緒にいたかった。でも無理だ、と。
「一緒にいたかった」
ローリアはつぶやいた。涙が出てきて、紙の上に落ちた。文字がにじんだ。
改めて気づいた。
彼を愛していた。
離れたくなかった。
私は、今だって普通の女の子よ。
村にいた頃と中身は変わっていないわ。
「お嬢様」
ユーナが近寄ってきて涙をふいてくれた。
「おかしいわよね。こないだ会ったばかりの人なのに、こんなに──」
ローリアが涙声で言うと、
「おかしくありません」
ユーナが断固とした声で言った。
「何もおかしいことなんかありません」
ローリアはなんとか手紙を書き終え、ユーナがそれを出しに行った。
ひととおり泣いていると、隣の部屋からバイオリンの音が聴こえてきた。前のキーキー音とは違い、滑らかな優しいメロディになっていた。
アルマ、上手くなったのね。
ローリアは立ち上がり、アルマの部屋に行った。
「何よ、また文句言いに来たの?」
アルマが姉をにらんだ。前に『うるさい、勉強の邪魔だ』と言われたことがあったからだった。
「休暇に勉強ばっかしてるそっちがおかしいのよ」
「文句はないわ。上手になったのね。ちゃんとメロディに聴こえるわ」
「何それ。私は前からちゃんとメロディを弾いてたつもりなんだけど」
それからアルマはまたバイオリンを弾き始めた。今度はさきほどより少し悲しげな曲だった。ローリアはしばらくその泣くような音を聴き、何も考えないようにすることにした。




