10-4 西の塔の跡地
翌日、デュドネ一家とローリア、アルマ、セデックは、一緒に西の塔の跡地に行った。そこはかつて政治犯が収監されていた場所で、今は瓦礫の山になっていた。塔の土台部分だけがかろうじて原形をとどめている。
「内戦のとき、実権を握った皇太后は、別な女の子供である王子をここに閉じ込めた。その王子が今の王様だ」
デュドネが説明した。隣でコロネリアが瓦礫跡をじっと見ている。子供たちは離れた場所にある瓦礫の山でモフモフと遊んでいる。
「皇太后は王妃様もさらってここに閉じ込めた。俺は仲間と一緒に助けに来た。まず、魔力を封じていた結界を腕力に自信のある奴が力づくでなぎ倒し──」
「力づくですか?」
セデックが尋ねた。
「結界を破る方法を考えていたら、イシュハから来た王妃様の友達が『結界石の土台を破壊してまるごと持ち去ったらいいんじゃないか』と言ったんだ」
デュドネが目元をゆがめながら言った。
「俺たちロンハルト人は、結界そのものを破ることしか考えていなかったから、何年もこの塔の魔封じを恐れてきた。だが、腕力のあるやつにあっけなく結界を解かれた。衝撃的だったよ」
「それで、どうなったんですか?」
アルマが尋ねた。
「王妃様が巨人を召喚し、塔を破壊した」
デュドネが空を見上げながら皮肉っぽく笑った。
「あんなマヌケな召喚獣は見たことがない。目がボタンでできていた。昔作って失敗した人形だったらしいが、呼んだというより『創り出した』と言ったほうがいいのかもな。王妃様は大変困ったお方だが、ツヴェターエヴァの長女であらせられるので、魔力は格段に強くてね。それで、王子様を救出することができた」
ローリアは瓦礫の山に触って、当時の名残を感じようとした。すると、セデックも同じようにして瓦礫に触り、二人の手が一瞬、重なった。
ローリアは慌てて手を引っ込めて、顔を赤らめた。セデックは別な場所の瓦礫を眺め始めた。
「ねえ、内戦のとき侯爵が何をしてたか知ってる?」
アルマがデュドネに尋ねた。
「舞踏会であのムカつくなんちゃら伯爵が、内戦がどうとかって侯爵に言ってたの。非難してるみたいだったわ」
ローリアはデュドネを見た。そういえば、侯爵夫人も言っていた。『内戦の時にソムィーズは失敗している』と。
「ツヴェターエヴァと一緒に俺たちを援助してくださっていた。誰かに文句を言われる筋合いはないさ」
デュドネが空を見上げながら言った。すると、コロネリアがアルマに近づいてきて、
「ちょっとこっち来い」
と言って瓦礫の陰に引っ張っていった。
「あのな、ソムィーズは本来、国で何か間違いをするやつがいたら注意する役割があるだろ?」
「ええ、知ってるわ。それが?」
「前の皇太后が暴走したとき、ソムィーズ卿は何もしなかったと言われている」
コロネリアが言った。
「私は城で働いていたことがあるが、偽の王様が実権を握ったとき、誰も気づかず、対抗しなかった。ただみんな恐れていた。王の魔力は絶対だからな。その時になぜソムィーズが動いてくれなかったのか、と考えている者は今も多いんだ」
「なぜ侯爵は動かなかったのかしら」
アルマが尋ねた。
「さあ、私にはわからん。デュドネはこの話が嫌いだから、これ以上質問しないほうがいいぞ」
コロネリアとアルマがこそこそしゃべっているのを、ローリアは石の裏で聞いていた。それはセデックも同じだった。
「内戦でたくさんの人が処刑されたと聞いてる」
セデックが言った。
「犠牲になった人の家族から見たら、何もしなかったソムィーズが非難されるのは仕方ないかもしれない」
「でも、あの侯爵が何もしないなんて、私には思えないわ」
ローリアが言った。
「いつだって、まわりの人の平和を考えてくださる方よ」
「確かに侯爵は優しい方だが、それでは十分ではないときもある」
セデックの目つきが厳しくなってきた。
「もしかして」
ローリアは気づいた。
「奥さんが亡くなったの、侯爵のせいだと思ってるの?」
セデックは顔をそらして、歩き出してしまった。ローリアは悲しみと不安が入り混じった感情に襲われた。
「あいつ、よく見ると美形ね」
アルマが去っていくセデックを見ながら言った。
「私の好みじゃないけど」
「ここに昔、たくさんの人が閉じ込められていたのね」
「大丈夫かしらね。塔が崩壊したときに凶悪犯が一緒に逃げてって、そのまま恩赦にされたらしいけど」
ローリアははっとした。もしかして、セデックの奥さんを殺した暴漢は、元々ここにいた囚人だったのだろうか。
「見ろ。ここに囚人の落書きがあるぞ」
デュドネが言うと、子どもたちが好奇心に駆られて走ってきた。ローリアとアルマも見に行った。
何かで引っ掻いたような文字で、
『死んだほうがましだ』
と書いてあった。
子どもに見せるものじゃないとローリアは思ったのだが、ネヴィルもノラもそれを見て、
「中で何があったのかな」
「いじめられたんじゃない?」
と、のんきに話していた。
「西の塔って、何年立っていたんですか」
ローリアがデュドネに尋ねた。
「初代の王様が結界を張ったと言われているから、千年は前だな」
「千年続いた結界を、イシュハ人に破られたんですか?」
「まあ、そういうことになるな。王妃様もイシュハ人だからな」
『イシュハの技術は、いつかロンハルトの脅威になるだろう』
くまさんが言っていたのを思い出した。
ローリアはしばらく瓦礫のまわりを歩きまわり、自分だったらどうしただろうと考えていた。皇太后様を説得する?戦う?たぶんそれがソムィーズの役割だったろう。侯爵が何もしなかったというのはなぜだろう?怖気づいた?そんな人には見えないが。なにせ、ロンハルト人がみな恐れる魔封じを使える人だし──
「ローリア」
セデックが戻ってきた。
「ごめん」
「ごめんって、何が?」
ローリアが言うと、セデックは黙ってローリアの手を取り、両手で握った。そして、深い目で見つめてきた。
何? 何!?
何なの!?
ローリアがどぎまぎしていると、
「そろそろ町に戻ってなんか食おう」
デュドネが近づいてきたので、セデックが慌てて手を離した。
「おっと、お邪魔だったか?」
デュドネがニヤニヤ笑っていた。ローリアは顔が真っ赤になった。
「パパ。お店に行ってジャム買おう」
ノラが言った。
「お前昨日一瓶舐めたじゃねえか!」
「いいじゃん。ネヴィルは瓶を欲しがってるし」
親子がゆるい会話をしながら去っていく。
ローリアとセデックは目を合わせて、クスッと笑いあった。その様子をアルマが冷めた目つきで見ていた。ローリアがあんなふうに笑うのを見たことがなかったからだ。
やばい、これは本気だわ。
アルマは一応、彼女なりに心配していた。
どうするのかしら、この二人。




