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(間話)円と灯莉

槍宮道場にて。


「よし! 今日の稽古は終わりね」


「槍宮さん、ありがとう。ほんと、だいぶ身体の動かし方が分かってきたよ」


「そう? よかったわ」


「うん。でも、この重心移動のタイミングとかが難しくてさ――」


うちに居候している同級生の男の子、一ノ瀬円。


今日で、うちに来てからちょうど二週間が経った。


最初は本当に、どこにでもいる普通の男の子に見えた。


でも、稽古では一度も音を上げない。


いつも真剣で、言われたことを何度も試して、少しでも吸収しようと必死になっている。


強くなりたいんだと思う。


強くなって、そして孤児院に帰る――


「――と、まあ。こんな感じよ」


私は考えるのをやめて、もう一度足の運びを見せた。


「ここで重心を移して、そのまま踏み込むの。あとは反復することね」


「ふむふむ、ありがとう! 槍宮さんの説明、本当に分かりやすいよ」


「ふふ。まあ、お兄ちゃんは感覚派なところもあるからね」


「あ! いや、尊流さんの指導が嫌とか、そういうことではないよ」


「分かってるわよ」


円は頭を掻きながら、申し訳なさそうに笑った。


そのまま少し考えるような顔をしていたけれど、何か思い出したらしく、ふとこちらを見る。


「あ! そうだ。槍宮さん」


「なによ?」


「嫌じゃなければなんだけどさ」


「うん?」


「槍宮さんのこと、灯莉さんって呼んでいい?」


「…………」


え?


「えっ!?」


なに?


何言ってるの!?


「ほら、俺、槍宮家に居候させてもらってるからさ」


円は、私が動揺していることなんて全然気づいていないみたいに続ける。


「周りが槍宮さんばっかりだから、分かりづらいかなと思って」


「……た、確かにそうね」


「そ、その通りだわ。勝手にすれば?」


「ありがとう!」


円が笑う。


「えっと……灯莉さん」


「……っ!」


「灯莉でいいわよ!」


「え?」


「同い年なんだし! 私も円って呼ぶわ!」


「え、それは全然構わないよ!」


「じゃ、じゃあ今日はこんな感じね! 私はもう行くから!」


「今日はありがとう!」


円は道場の中央へ戻っていく。


「俺は、もう少し今日習ったことを反復したら終わることにするよ」


「分かったわ。あんまり無理するのもよくないわよ」


「そうするよ」


◇


私はシャワーで汗を流してから、湯船に浸かった。


うちの湯船は本当に大きい。私なんかじゃ、大の字になっても端に届かないくらいだ。


「ふーーー……」


気持ちいい。


やっぱり、稽古のあとのお風呂は何よりの楽しみだ。


今のところ、あの巨大な骸骨を倒してから、例の空き地で頻発していた裂け目は発生していない。


稽古に集中できるのはありがたい。


まあ、異客との戦いも実戦を積めるって意味では悪くないけど。


そういえば。


みんなが異世界から戻ってきたあと、円が召喚陣なしで刀を呼び出したとかで、橙子さんがすごく興奮してたわよね。


結局、あれってなんだったのかしら。


私は湯船の中で目を閉じた。


試しに、召喚陣を使わずに白を呼んでみる。


「ん……」


集中。


「うーーん……」


…………。


「だめね」


何も起こらない。


まあ、当たり前か。


召喚陣は、自分の心の中とこっちを繋ぐ扉みたいなもの。


それを使わずに召喚するなんて、扉のない家からいきなり外に出るようなものだ。


ありえない。


「うーーん……」


じゃあ、円はどうやったのかしら。


……まあ。


私が考えても分かるわけないか。


その辺は、橙子さんに任せておきましょう。


◇


私はお風呂を上がって、パジャマに着替えた。


タオルで髪を拭きながら、自分の部屋へ向かう。


すると。


向こうから、稽古を終えた円が歩いてきた。


どうやら、これからお風呂に入るところみたい。


円は私に気づくと。


「あ」


という顔をした。


「あ、灯莉さ――」


一度、言いかけて。


「……灯莉」


呼び直す。


「風呂上がり?」


「う、うん」


なんだか。


円の方も、少し照れくさそうだ。


……なんだ。


私だけじゃないんだ。


そう思ったら。


ほんの少しだけ、気が楽になった。


「円も、今からお風呂?」


「うん。稽古で、結構汗もかいたしね」


「そう。じゃ、おやすみ」


「おやすみ」


……すれ違った後。


なぜか、私の口元は自然に緩んでいた。


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