(間話)修二と橙子、尊流
がしゃどくろを倒した、翌日の放課後。
文化研究部の部室。
異世界。
異世界!
本当にあった!
昨日は興奮して、ほとんど眠れなかった――
と、言いたいところだが。
五百メートルの小走りという過度な運動によって極度に疲労した私の筋肉は、どうやら睡眠による回復を要求したらしい。
結果。
私はぐっすり眠った。
おかげで、昨日新たに得た情報をほとんど分析・考察できていない。
したがって。
私は今、とてもワクワクしているというわけだ。
昨日だけでも、いくつもの仮説が立証された。
異世界は実在する。
人間も裂け目を通過できる。
向こう側でも活動できる。
そして、こちらへ戻ってくることもできる。
でも。
今、一番気になっているのはそこじゃない。
円くんが最後に見せた――あれだ。
召喚陣を介さない召喚。
仮に。
『無陣召喚』
とでも呼んでおこう。
「……ふふ」
なんだったんだ、あれは。
私が考えている召喚術の仕組みに、まったく当てはまらない。
召喚陣は、心象風景と現実を繋ぐ扉のはずだ。
なのに。
円くんは、その扉を使わなかった。
イレギュラー。
未知。
説明不能。
……たまらない。
絶対に解き明かしたい。
気づけば、口元が勝手に緩んでいた。
「橙子」
「ん?」
「お楽しみのところ悪いが、少し話がある」
顔を上げる。
修二さんだ。
……目がマジだ。
「修二さん、そんな真剣な顔してどうしたんだい。まあ、いつも真剣そうな顔してるけど」
少し考えて。
「まさか、愛の告白?」
「昨日、大型の骸骨型異客を討伐できたのは、橙子が異世界への道を切り開いてくれたおかげだ」
「……」
「改めて感謝する」
私の軽口は完全に無視された。
なんだろう。
滑ったみたいじゃないか。
「感謝されるまでもないよ。研究者として当然のことをしたまでさ」
「感謝はする」
修二さんは、そこで一度言葉を切った。
「感謝はするが――少し、リスクを取りすぎていたと思う」
「……う」
「特に、異世界へ完全に入ったあと、こちらへ戻ってこられる保証はなかっただろう」
「いや、まあ……確かにそうだけど……」
「指先から段階的に試したのはいい」
「うん」
「だが、その先は違う」
修二さんの目が、さらに真剣になる。
「せめて一度、俺たちに相談するべきだ。身体に縄を結ぶなり、戻れなくなった場合の手段も考えられたかもしれない」
「…………」
「それに、自分を最初の実験体にする必要はない」
「……おっしゃる通りです」
「もう少し、自分を大切に扱ってくれ」
「はい」
「そもそも橙子は――」
「まだ続くの?」
「続く」
「…………はい」
こうして。
私は修二さんに、しばらく説教されることになった。
さっきまで天井知らずだった私のテンションは。
あっという間に、底まで急降下した。
◇
俺は鍛錬のため、道場の扉を開けた。
すると、中では灯莉が円に身体操法の指導をしていた。
「おう。二人とも頑張ってるな」
円がこちらを見る。
「あ、尊流さん。尊流さんも鍛錬ですか?」
「お兄ちゃん」
灯莉が、少しだけ眉を寄せる。
「今、体重移動とか細かいところを教えてるんだから、邪魔しないでよ」
「はいはい、悪かったよ」
ずいぶん熱が入ってるじゃねぇか。
「じゃあ、俺は外の修練場でも使うわ」
そうして道場を追い出された俺は、裏手にある修練場へ向かった。
綺麗な夜空だ。
風も気持ちいい。
道場から持ってきた棒を構え、息を整える。
集中。
集中。
集中――
そして、槍宮一心流の槍術の型を、一つずつ丁寧に繰り返していく。
何度も。
何度も。
「ふぅーーー……」
息を吐く。
「よし。もう一回――」
そのとき。
背後に、何かの気配を感じた。
振り返る。
そこには、全長二メートルほどのカマキリに似た異客が二体。
音もなく、こちらへ近づいてきている。
俺は特に驚かなかった。
能力者は異客に狙われやすい。
そして橙子によれば、どうも俺はその中でも特に狙われやすいらしい。
「――来な」
下半身の力を抜く。
重心を前へ。
その移動に合わせ、一気に距離を詰めた。
一体目。
その勢いのまま、棒を喉へ突き込む。
棒が喉を貫通し、透明な体液が吹き出した。
俺は棒から手を離し、
流れに逆らわず、前蹴り。
異客の巨体が、後方へ吹き飛ぶ。
もう一体。
鎌のような前脚を振り上げている。
俺は五つの召喚陣を展開した。
振り下ろされる鎌を紙一重で躱し、そのまま懐へ潜り込む。
召喚された槍。
左右一本ずつ、その柄を掴む。
一方を喉へ。
もう一方を腹へ。
同時に突き込んだ。
そのまま体重を乗せ、地面へ押し倒す。
さらに二本。
左右の鎌を、それぞれ地面へ縫い付けた。
残り、一本。
振り返る。
最初に喉を貫いた異客が、まだ動いている。
めちゃくちゃに身体を振り回しながら、こちらへ向かってきた。
「だろうな」
最後の槍を握る。
腰を落とし。
力を乗せて――
投げる。
槍は異客の腹部へ突き刺さり、その勢いのまま胴体を引き裂いた。
上半身と下半身が、地面へ落ちる。
二体とも、しばらくは痙攣するように動いていた。
やがて。
少しずつ動きが鈍くなり。
完全に止まる。
「…………」
こんなんじゃ、腕が鈍るな。
「……明日、親父に手合わせ頼んでみるか」
俺は落ちていた棒を拾った。
そして。
夜空の下。
何事もなかったみたいに、鍛錬を再開した。




