片鱗
「走るぞ!」
橘部長が叫ぶ。
「はい!」
俺たちは、一斉に裂け目へ向かって走り出した。
「よっと」
「えっ?」
次の瞬間。
尊流先輩が、橙子さんの身体をひょいと持ち上げた。
そのまま肩に担ぐ。
「ちょ、ちょっと!」
「悪いな! 我慢しろ!」
「降ろしてよ!」
橙子さんは、少し複雑そうな顔をした。
でも。
行きの道中、自分だけかなり遅れていたことを思い出したのか。
「……分かったよ」
観念したように、身体の力を抜いた。
「白骨が動かなくなったのは助かるが――」
尊流先輩が走りながら後ろを見る。
「本体から伸びてた骨が、もう崩れ始めてるな」
その視線の先。
地面を這っていた太い骨が。
ところどころで崩れ。
砕け。
形を失い始めている。
「こりゃ、急がねぇとやばいぜ」
そのとき。
前方。
崩れた家屋の陰。
木々の隙間。
今まで姿を見せなかった異客たちが。
一体。
また一体と。
姿を現し始めた。
……隠れてたのか?
巨大な骸骨がいたから。
近づかなかっただけなのかもしれない。
そして。
そのうちの何体かが、こちらを見た。
「……っ!」
――パンッ!
乾いた銃声。
一体。
二体。
進行方向にいた異客の眉間を。
弾丸が撃ち抜く。
直後。
頭部の内側で、小さな青い爆発。
異客の身体がびくりと跳ねる。
目元から血を流しながら、その場に崩れ落ちた。
橘部長は速度を落とさない。
走りながら。
空になったマガジンを抜き――
カシュッ!
新しいマガジンを叩き込む。
「周りに構うな」
銃を構え直す。
「とにかく急ぐぞ!」
「はい!」
横から。
別の異客が、尊流先輩へ飛びかかった。
「邪魔だ!」
でも。
尊流先輩は、いつものように槍を振り回さなかった。
橙子さんを担いでいる。
尊流先輩の横に、召喚陣が浮かぶ。
そこから。
槍が、勢いよく射出された。
異客の身体を真正面から貫く。
「……器用だね」
肩の上から、橙子さんが呟く。
「槍振り回したら、お前が怪我するからな」
「それは困るね!」
「ちょっとは体、鍛えろよな」
橙子さんは何言わなくなった。
俺も走る。
正面。
異客が一体。
進路を塞ぐように飛び出してきた。
止まるな。
今は。
戦うことが目的じゃない。
戻ることが目的だ。
相手の正面を外すように。
半歩。
身体をずらす。
すれ違う、その瞬間。
刀を斜めに振り抜いた。
刃が、異客の身体を走る。
手応え。
そのまま。
振り返らずに前へ。
「見えた!」
前方。
崩れた家屋の向こう。
現実世界へ続く裂け目が見えた。
裂け目を固定していた骨は。
もうほとんど崩れている。
そして。
裂け目そのものも――
最初に見たときより、明らかに小さくなっていた。
「急げ!」
橘部長の声。
「先行く!」
尊流先輩が叫ぶ。
「橙子! ちょっと加速するぞ!」
「しっかり捕まってろよ」
「えっ、ちょ――」
尊流先輩の足元に。
召喚陣。
そこから飛び出した槍の柄を。
蹴る。
一気に。
前へ。
橙子さんを担いだまま。
尊流先輩の身体が加速する。
そして。
裂け目へ。
そのまま飛び込んだ。
橘部長は相変わらず、前方の異客を処理しながららスピードを緩めない。
そして、俺はそのあとを追う。
そのときだった。
足首に。
何かが絡みついた。
「ぐっ!」
身体が前に倒れる。
地面へ、片手をつく。
何だ!?
振り返る。
土の中から。
腕だけが伸びていた。
その手が。
俺の足首を。
強く掴んでいる。
俺は、足首を掴んでいた手首を斬り飛ばす。
「ぐぎゃ」
一つ目の異客が、泥の中から這い出て襲いかかってくる。
俺は直ぐに立ち上がり、慌てず、異客の勢いに合わせて、刀を振るう。
首と胴が分かれて、異客は力なく膝から崩れ落ちた。
十数秒のタイムロス。
俺は振り返り、走った。
裂け目は。
かなり小さくなっている。
「一ノ瀬!」
橘部長の声。
もう橘部長は、裂け目のすぐ前まで来ている。
「大丈夫か!」
「はい!」
「時間がありません!先に行ってください!」
「置いてはいけない!」
橘部長が。
こちらへ戻ろうとする。
「……!」
まずい。
このままじゃ。
橘部長まで間に合わなくなる。
俺には――
一つだけ試せることがある。
あれだ――
尊流先輩に教えてもらった。
あの使い方。
今日だって何度も見た。
あれを、やるしかない。
俺は。
握っていた刀を消した。
「……一ノ瀬?」
橘部長を見る。
まっすぐに。
「大丈夫です」
橘部長も。
俺を見る。
そして。
何かを悟ったように小さく頷く。
そのまま。
橘部長は踵を返す。
裂け目へ。
そして。
現実世界へ飛び込んだ。
「……よし」
裂け目までの距離はまだ少しある。
普通に走ったら間に合わない。
召喚陣から武器が出る力を、移動に使う。
同じことを。
俺の刀で。
自分の進行方向。
召喚範囲ぎりぎり。
地面に召喚陣を出す。
召喚陣から刀が勢いよく現れたその瞬間ーー
その柄を。
蹴った。
「――っ!」
身体が。
前へ押し出される。
速い。
裂け目が。
一気に近づく。
小さい。
さっきより。
さらに。
「間に合え……!」
最後の一歩。
地面を蹴る。
身体を前へ投げ出す。
裂け目が。
目の前。
そして――
飛び込んだ。
◇
「――っ!」
地面へ転がる。
「円!」
「一ノ瀬!」
聞き慣れた声。
顔を上げる。
空。
いつもの。
現実世界の空。
「……戻れた」
息を吐く。
よかった。
間に合った。
橘部長。
尊流先輩。
橙子さん。
そして。
槍宮さんと白。
全員。
いる。
「一ノ瀬くん!」
槍宮さんが駆け寄ってくる。
「遅い!」
「ご、ごめん……」
「本当に、しんぱ……」
何か言いかけて。
槍宮さんは大きく息を吐いた。
そして、裂け目の方に向き直った。
異客が出てこないか警戒してるんだ。
「いやー、ほんと自分が裂け目に挟まってみようか、本気で悩んだよ」
近くにいた橙子さんが、冗談なのか本気なのかわかないことを言っている。
裂け目は。
まだ、わずかに開いている。
橘部長は。
銃を構えたまま。
裂け目から目を離していなかった。
最後まで。
何か出てくるかもしれない。
みんな警戒しているんだ。
――ピシッ。
小さな音。
「……え?」
何もなかった空間に。
細い亀裂が走った。
橙子さんの真横。
――ピシッ。
亀裂が開く。
小さな裂け目。
その向こうから。
異客が、出てこようとしている。
「橙子さん、危ない!」
おれは、咄嗟に手を伸ばす。
召喚術じゃーー
召喚陣を展開していたら、間に合わない。
裂け目から。
異客の腕が橙子さんに伸びる。
まずい。
間に合え。
「――っ!」
その時。
俺の手の先。
何もなかった空間に。
青白い火花が――
パチッ、と小さく弾けた。
一度。
二度。
そして。
その中心から。
細い切れ目が、走る。
なんだ…?
そこから。
異客へ向かって。
するり、と。
刃先が現れた。
青白い光を帯びた。
切っ先。
さらに。
刀身。
空間の切れ目から。
異客との距離を埋めるように。
俺の刀が、伸びてくる。
そして。
最後に――
柄。
「……!」
考えるより先に。
俺は、その柄を掴んだ。
刃先はもう、異客の目前。
あとは。
押し込むだけ。
一歩。
踏み込む。
刀が、そのまま異客を貫いた。
「……」
異客の身体から力が抜け、そのまま地面へ崩れ落ちた。
俺は、握っている刀を見る。
足元。
手元。
どこにも。
召喚陣はない。
「……え?」
今の。
どうやって――?




