がしゃどくろ撃破
裂け目を抜けた瞬間。
ひやりとした湿った風が、頬を撫でた。
足元には、少し柔らかい土。
目の前には、崩れた家屋と、薄暗い空。
「本当におどろおどろしい雰囲気ですね」
俺は、思わず肩をすくめた。
「背筋がゾクゾクします」
橙子さんが、楽しそうにこちらを見た。
「ほんと、異世界って感じだよね」
そして、そのまましゃがみ込む。
「……?」
見ると。
地面の土を少し掬って、小さな瓶に入れている。
その隣の草も一本摘み取って、別の瓶へ。
「橙子さん、何やってるんですか?」
「ん? 採集だよ」
「採集?」
「さっきは、戻れるかどうか分からなかったからね」
そう言いながら、橙子さんは瓶の蓋を閉める。
「せっかく安全に往復できるって分かったんだ。持ち帰れるものは持ち帰らないと」
……さすがだ。
橘部長は、地面にしゃがみ込んだ橙子さんを横目で見た。
そして、何も言わずに俺へ視線を移す。
「――一ノ瀬。案内を頼めるか」
「あ、はい!」
俺は、さっき見えた光景を思い出す。
「こっちです!」
◇
俺たちは、小走りで巨大な骸骨のいる方角へ向かった。
橙子さんも、少し遅れながらなんとかついてきている。
「はぁ……はぁ……」
息を切らしながら、それでも橙子さんは口を開いた。
「修二さんは知ってると思うけど――」
「異客を倒すと、だいたい五分くらいで消滅するからね!」
走りながら、眼鏡を押し上げる。
「こっちの世界で倒した場合、どうなるかはまだ分からないけど……」
「先日の牛鬼は、上半身が裂け目からこちら側に出た状態でも、同じように五分ほどで消えたんでしょ?」
「だから――」
橙子さんは前を向いたまま続ける。
「本体を倒したら、裂け目を固定してる骨も消え始める可能性が高いと思う」
「裂け目の外に伸びてる部分も含めてね」
尊流先輩が、走りながら笑う。
「つまり、本体倒したあとは時間との勝負ってわけだな」
「そういうこと!」
進むにつれて。
周囲の白骨が、少しずつ増えていった。
一体。
二体。
気づけば、前にも横にも。
「……なんだか、白骨が増えてますね」
俺は刀を構えながら、前を見る。
「本体を守ってるんでしょうか」
その瞬間。
――パンッ!
乾いた銃声。
俺たちの前へ回り込もうとしていた白骨の頭蓋が、青い炎とともに弾け飛んだ。
橘部長が銃口を下げる。
「そのようだな」
「いや、それにしたって多くねぇか?」
尊流先輩が周囲を見回す。
そして。
「……っていうか」
さらに数体の白骨が、尊流先輩の方へ向かっていく。
「なんか俺の方に集まってねーか?」
次の瞬間。
尊流先輩が踏み込み。
槍を大きく振り抜いた。
群がっていた白骨が、まとめて吹き飛ぶ。
しかも。
砕けた白骨を見ると、そのすべての頭蓋が破壊されていた。
……すごい。
あれだけまとめて吹き飛ばしてるのに、ちゃんと急所だけは外してない。
「……やっぱり」
後ろから、橙子さんの声。
振り返ると。
「はぁ……はぁ……」
かなり息を切らしている。
それでも、白骨の動きをじっと見ていた。
「多分……召力に、反応してる」
「召力に?」
「うん……」
橙子さんは一度、大きく息を吸う。
「あとで……はぁ……詳しく話す」
そのとき。
正面から、一体の白骨が俺へ向かってきた。
刀を両手で握る。
踏み込んで。
腰を使って。
――振り下ろす。
刃が、頭蓋を真っ二つにした。
「そろそろ見えてくると思います!」
俺は刀を構え直し、その先を指した。
少し前方。
暗い景色の中に、大きな鳥居が立っている。
「あの大きな鳥居を越えたあたりです!」
「よし」
◇
鳥居を越えた瞬間。
視界が、一気に開けた。
「――いたぞ」
橘部長の声。
少し先。
崩れた家々の向こうに。
巨大な骸骨が、頭を垂れたまま座り込んでいる。
そして、その周囲には、今までとは比べものにならない数の白骨。
「うおっ!」
尊流先輩の周りへ、白骨が一斉に群がる。
「やっぱり俺んとこばっか来るってわけか」
そう言いながら、
槍を振るう。
突く。
薙ぎ払う。
次々と白骨の頭蓋が砕けていく。
橘部長が、巨大な骸骨の頭蓋へ銃口を向けた。
「この距離なら――」
――パンッ!
青い光が走る。
その瞬間。
何かが動いた。
そう思ったときには――
もう。
本体から伸びていた太い骨が枝分かれし。
何本もの骨が、頭蓋の前へ殺到していた。
重なり。
絡み合い。
一瞬で巨大な盾を作り上げる。
青い爆発。
骨の盾が砕け散る。
けれど、その奥の頭蓋には、届いていない。
「修二!」
尊流先輩が叫ぶ。
「俺が、道を開ける」
橘部長は、巨大な骸骨から目を離さない。
「任せた」
そして。
「一ノ瀬! 周りを頼む!」
「はい!」
俺はすぐに前を向く。
白骨が来る。
一体。
踏み込んで。
振り下ろし、頭蓋を割る。
間を置かず。
右から、もう一体。
伸びてきた腕をかわす。
そのまま踏み込み。
横薙ぎ。
頭蓋を斬り飛ばす。
「……っ」
二体目。
おれは橘部長を横目で捉えながら、他の白骨が近付いていないかを確認する。
橘部長は、銃を構えたまま動いていない。
ただ、いつもよりずっと集中しているように見えた。
その少し先。
尊流先輩が走り出す。
足元に召喚陣。
そこから。
槍が勢いよく飛び出した。
尊流先輩は、その柄を蹴る。
飛び出す槍の勢いに。
自分の脚力まで重ねて。
一気に加速する。
そのまま。
高く跳ぶ。
巨大な骸骨へ。
一直線に。
尊流先輩が、頭蓋へ迫る。
そして。
「――らぁっ!」
槍を大きく振りかぶった。
その瞬間。
何本もの骨が、頭蓋の前へ殺到する。
瞬く間に。
さっきと同じ盾が作られていく。
でも。
尊流先輩は止まらない。
そして、その瞬間。
――パンッ!
橘部長が引き金を引いた。
空中で再び青い光が弾けた。
弾丸が――加速する。
尊流先輩の槍が、形成されたばかりの骨の盾を叩き砕いた。
同時に。
露出した頭蓋へ向かって――
また骨が一斉に伸びる。
だが。
骨が頭蓋を覆うよりもほんのわずかに早く。
その隙間を貫いた弾丸が頭蓋へ命中する。
俺に見えたのは。
そこへ至るまで、空中に残された――
青い光の残像だけだった。
直後。
青い光が爆ぜ、轟音が響く。
これまで見た橘部長の爆発より、明らかに、何倍も大きい。
青い炎が、巨大な骸骨の頭部を丸ごと飲み込んだ。
爆風が、ここまで押し寄せる。
思わず腕で顔を庇った。
「うわっ……!」
青い炎。
吹き飛ぶ無数の骨。
そして。
炎が晴れた、その先。
巨大な骸骨の頭部は――
跡形もなく。
吹き飛んでいた。
「やった……!」
そう思ったのも、束の間だった。
「――まずい!みんな!急いで!!」
橙子さんの声が響く。
巨大な骸骨を倒したことで、動く白骨は目の光を失いバラバラと地面へ崩れた。
そして、骸骨から伸びる骨も崩れ始めている。
異世界と現実世界の裂け目を固定している骨がーー




