がいこつ
「……なんか、よくないことが起こるかも」
「どうしたの?」
槍宮さんが俺の顔を覗き込む。
「あ、いや……」
さっき頭に浮かんだ光景を思い出す。
「見えたんだ。この前、妖怪みたいな異客たちがいた異世界で……怪物が暴れてるのが」
「怪物?」
「うん。ものすごく大きな、骸骨みたいなやつ」
口にすると、余計に嫌な予感が強くなる。
「あれが、こっちに来たら……」
「うーん……」
槍宮さんは少し考え込んだ。
そして。
「あの空き地、確認しに行ってみましょ」
「え!?」
思わず声が出る。
「一ノ瀬くんが、そんな冗談言わないことくらい分かるわ」
「それに、何もなければそれでいいのよ」
「ただ――」
槍宮さんがスマートフォンを取り出した。
「文研のみんなにも来てもらいましょう」
「……!」
「そうだね!」
俺も急いでスマートフォンを取り出す。
橘部長へ電話をかけた。
数回の呼び出し音のあと。
『どうした?』
「あ、橘部長」
俺は歩きながら、さっき見えたものを説明する。
「例の牛鬼たちが出た空き地なんですけど……また別の化け物が出るかもしれません」
『……どういうことだ?』
「さっき、また変な映像が見えたんです」
「この前の裂け目の向こうみたいな場所で、巨大な骸骨が暴れてて……」
一度、息を吸う。
「もしこっちに出てきたら、周りに被害が出るかもしれないので、確認しに行こうと思ってます」
電話の向こうで、少し間が空いた。
『今、一人か?』
「あ! 灯莉さんがいます!」
『そうか』
橘部長の声が少しだけ緩む。
『近くまで行ってもいい。ただし、無茶はするなよ』
「分かりました!」
『すぐ向かう』
「ありがとうございます!」
ちょうどそのとき。
槍宮さんも電話を切った。
「一ノ瀬くん。お兄ちゃんも来てくれるって」
「よかった」
俺はスマートフォンに向かって言う。
「橘部長、尊流先輩も来てくれるらしいです」
『分かった。橙子にはこっちから連絡する』
「はい!」
通話を切る。
これで、みんなには伝わった。
あとは――
あの空き地を、確認するだけだ。
◇
ほどなくして、俺たちは例の古い空き地に着いた。
まだ、ほかのみんなは来ていない。
けれど――
「……な」
思わず、声が漏れた。
空き地の奥には、すでに次元の裂け目が開いていた。
しかも、昨日より大きい。
そして、その裂け目から――
太い骨が、何本も突き出している。
いや。
一本の巨大な骨が途中で枝分かれして、何本にも広がっているんだ。
その骨が裂け目に引っかかるようにして、向こう側とこちら側を繋いでいる。
昨日、異客が群がっていたときと同じだ。
裂け目に何かが挟まっているせいで、閉じない。
「なんだか……すごいことになってるわね」
槍宮さんが、少し引いたように呟く。
俺は裂け目の周囲を見回した。
昨日みたいに、異客が次々と出てきている様子はない。
一体もいない。
……たぶん。
あの骨を避けてるんだ。
「まだ、私たちだけみたいね」
槍宮さんも周囲を確認する。
「これは……さすがに、みんなを待った方がいいわね」
「そ、そうだよね」
俺も頷いた。
そのときだった。
――ガチャ。
ガチャガチャガチャ――。
背後から、何かが組み上がるような音がした。
「……え?」
振り返る。
枝分かれした巨大な骨。
その先端から、さらに細い骨が伸びている。
いや――違う。
骨が伸びているんじゃない。
そこから、新しい骨格が生えてきている。
腕。
脚。
肋骨。
頭蓋骨。
人間ほどの大きさの白骨が、音を立てながら組み上がっていく。
そして。
空洞の眼窩に――
赤い光が灯った。
「……!」
一体じゃない。
別の骨の先でも。
さらに、その隣でも。
次々と白骨が形を作り始めている。
「う……流石にちょっと不気味ね」
槍宮さんが一歩前へ出る。
「白――来て!」
足元に召喚陣が広がる。
光の中から、巨大な白虎が姿を現した。
俺もはっとして、右手を前へ出す。
足元に光が走る。
光は円を描き、俺の前へ集まって――
その中心から、刀が現れる。
柄を掴む。
「来るわよ」
次の瞬間。
槍宮さんが地面を蹴った。
速い。
一気に白骨との間合いを詰め、その勢いのまま――
「せいっ!」
――ドガッ!
前蹴りが、白骨の胸元へ突き刺さる。
骨がばらばらに吹き飛んだ。
「脆いわね」
槍宮さんが足を下ろす。
だが。
――ガチャ。
「――!?」
散らばった骨が、動いた。
地面を這うように集まり――
もう一度、人の形へ組み上がっていく。
「……あるあるね」
槍宮さんが小さく呟く。
「なら――」
再び踏み込む。
今度は、脚が大きく跳ね上がった。
――バキッ!
上段蹴りが頭蓋骨を直撃する。
砕けた頭蓋が地面へ散る。
同時に。
眼窩に灯っていた赤い光が、ふっと消えた。
今度は――
動かない。
その隣では、白が別の白骨へ飛びかかっていた。
巨大な顎が頭蓋を捉える。
――バキバキッ!
そのまま噛み砕く。
こちらも、赤い光が消えた。
槍宮さんが俺を振り返る。
「一ノ瀬くん!」
「はい!」
「こいつら、頭を潰さないとダメみたい!」
「分かった!」
「ふっ!」
白骨の頭蓋へ、刀を振り下ろす。
――ガキン!
「うわっ!」
弾かれた。
手が痺れる。
「一ノ瀬くん!」
槍宮さんは別の白骨を蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「手だけで振ってる!」
「は、はい!」
ふぅ……ふぅ……。
落ち着け。
集中しろ。
尊流先輩は、この刀を「いい刀だ」と言っていた。
身体の使い方だって尊流先輩に教えてもらった。
全部使って――
斬る!
「――せいっ!」
一歩踏み込む。
踏み込んだ力を、腰で受け止めて、上半身へ。
肩と肘は自然に。
力を殺さない。
そして――
刃が触れる、その瞬間に。
刀へ、全部の力を乗せる。
――ズパッ!
「……!」
白骨の頭蓋が、真っ二つに割れた。
左右に分かれた骨が、そのまま地面へ落ちる。
眼窩の赤い光が消えた。
「やった……!」
「そう!」
槍宮さんが、少し嬉しそうに声を上げる。
「一ノ瀬くんは、槍宮一心流の門下なんだから!」
また一体、蹴り飛ばす。
「こんな骨くらい、どうってことないわ!」
「……はい!」
――バキバキッ!!
後方から、派手に骨が砕け散った。
白い破片が宙を舞う。
「とはいえ――」
聞き慣れた声が飛んでくる。
「円。四日で唐竹割りとは、やるじゃねーか」
「……!」
振り返る。
そこにいたのは――
「尊流先輩!」
「悪い、ちょっと遅れた」
尊流先輩は砕けた骨を一瞥して――
「こりゃあ――」
――パンッ!
乾いた銃声が響いた。
直後。
――ドンッ!
俺たちに近づいていた白骨の頭蓋が、青い炎を噴き上げて爆ぜる。
「……!」
その向こうから歩いてくる二人の姿が見えた。
橘部長と――橙子さんだ。
「裂け目が派手に開いてるじゃないか!」
橙子さんは駆け寄ってくるなり、裂け目へ目を向けた。
「状況はどうなってる? 異客はいるの?」
橘部長が周囲を見ながら口を開く。
「裂け目に太い骨が引っかかってる」
視線を、そのままこちら側へ伸びる骨へ移す。
「そこから枝みたいに骨が伸びて、先端から人間大の白骨が湧いてる」
「白骨は、頭蓋を潰せば止まる」
さらに周囲を見回す。
「今のところ、ほかの異客はいないようだな」
そして。
「橙子。あまり離れるなよ」
「なるほど、状況は掴めたよ」
橙子さんはそう言うと、すぐに裂け目へ視線を戻した。
◇
それからしばらく、俺たちは湧き続ける白骨を相手にしていた。
――バキッ!
尊流先輩の槍が、また一体をまとめて吹き飛ばす。
「しかし、こりゃきりねーな!」
橘部長が銃口を白骨へ向けたまま、俺を見た。
「一ノ瀬」
「はい!」
「確か、巨大な骸骨が見えたんだな?」
「そうです!」
「中の様子、探れるか?」
「えっ」
思わず裂け目を見る。
「や、やってみます!」
刀を握り直す。
「周り、お願いします!」
俺は裂け目へ目を向けた。
集中する。
前みたいに――
向こう側を、思い浮かべる。
……。
……見えた。
暗い空。
崩れた家。
倒れた木々。
その間を――
蜘蛛の巣みたいに、無数の骨が這い回っている。
「……!」
たどる。
一本。
また一本。
枝分かれした骨を、奥へ。
さらに奥へ――
――いた。
巨大な骸骨。
さっき頭に浮かんだ、あの怪物だ。
そして。
こちらへ伸びている骨も。
そこから枝分かれしている骨も。
全部――
あいつに繋がっている。
でも。
さっき見たときとは違う。
巨大な骸骨は、もう暴れていなかった。
頭を垂れ、力なく座り込んでいるように見える。
なのに。
そこから伸びた骨だけは、今も生き物みたいに蠢いていた。
その周囲には、倒れた木。
崩れた建物。
散乱した瓦礫。
……暴れ回ったあとに、
あの骨を伸ばしてきたのか?
「一ノ瀬」
橘部長の声で、意識を現実へ戻す。
「本体はいたか?」
「いました!」
俺は裂け目の向こうを思い返す。
「少し遠いです。えっと……裂け目を起点にして、右斜めに――五百メートルくらい先です」
「五百か」
橘部長が眉を寄せる。
「遠いな」
「ただ、本体は動いてないです」
「動いてない?」
「はい。頭を垂れて、座り込んでるみたいで……」
もう一度、さっき見えた光景を思い出す。
「でも、骨だけは伸びてきてます」
「……なるほど」
橘部長が裂け目へ目を向けた。
「昨日の手は使えないか」
その横で――
橙子さんが、何かをぶつぶつ呟いていた。
「……本体は向こう側」
「骨が裂け目を固定してる……」
「ほかの異客はいない……」
「しかも、これだけ大きく開いてる……」
「橙子?」
橘部長が横目で見る。
橙子さんは裂け目を見つめたまま、小さく呟いた。
「……いける」
「は?」
「こんな機会――」
橙子さんの口元が、わずかに緩む。
「もう無いかもしれない」
次の瞬間。
「――橙子!」
橙子さんは、裂け目に向かって走り出した。




