召喚術
牛鬼を倒した日の夜。
俺は道着に着替えて、道場で尊流先輩の指導を受けていた。
「せいっ!」
木刀を振る。
「もっと腰を落とせ。腕だけで振るな!」
「はい!」
尊流先輩も、隣で同じように素振りをしている。
少し離れたところでは、槍宮さんが一人で鍛錬を続けていた。
正拳突き。
蹴り。
踏み込み。
小柄な身体からは想像できないくらい、一つ一つの動きが鋭い。
「はぁ……はぁ……」
何十本目か分からない素振りを終えて、俺は少しだけ息を整えた。
「あ、あの……尊流先輩」
「ん?」
「すみません。さっきの……空から降ってきたやつが、どうしても気になっちゃって」
尊流先輩が手を止める。
「俺も、尊流先輩みたいなこと……できるようになるんでしょうか?」
「……ああ」
尊流先輩は少し考えてから、にやっと笑った。
「そりゃ気になるわな」
木刀を肩に担ぐ。
「よし。召喚術の扱い方について、少し教えてやる」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「ああ」
尊流先輩は頷いた。
「まあ、灯莉みたいに獣を呼び出すタイプのことは、俺にも詳しくは分からん」
それから、俺の手にある木刀を見る。
「でも、お前の召喚は俺のに近いからな」
「近い?」
「武器を呼び出すタイプってことだ」
尊流先輩は、自分の胸元を軽く指で叩いた。
「まず召喚ってのはな――」
少し言葉を探す。
「自分の心の内側から、現実世界に通じる扉を開けて、こっち側に顕現させてる。そんな感じだ」
「扉……」
「ああ」
「その扉が、召喚陣なんですね」
「そうだ」
尊流先輩が頷く。
「まあ、この辺は感覚の話だからな。橙子がいろいろ研究してる。詳しく知りたいなら、今度あいつに聞いてみるといい」
「はい!」
「で、ここからが大事だ」
尊流先輩が指を一本立てる。
「召喚陣を開けるのは、自分の身体からだいたい五十センチくらいの範囲だ」
「まあ、物に召喚陣をくっつけて、そいつを投げりゃ、遠くまで運ぶこともできるがな」
「なるほど……」
「ああ。ただ、五十センチの範囲内なら、召喚陣を出す位置や向きもある程度は選べる」
尊流先輩が一歩下がった。
「武器をどこまで出すかもな」
片手を上げる。
その瞬間、尊流先輩のすぐ横に地面へ垂直の向きに召喚陣が展開された。
そして、そこから、一本の槍が地面と平行に伸びてくる。
ただし、すべてが出てきたわけではない。
穂先から柄の途中まで。
槍は、半分だけ召喚陣から突き出した状態で止まっていた。
「……途中で止まってる」
「ああ。全部をこっちへ出さず、一部を向こう側へ残してる」
尊流先輩が、召喚陣から伸びた槍の柄に手をかけた。
「召喚陣を維持している間は、この状態で槍の位置を保てる。だから――」
「よっ……と!」
尊流先輩はそのまま槍の柄へ飛び乗った。
「……!」
尊流先輩が、空中に立っている。
「こんなふうに、途中まで出した槍を足場にもできるってわけだ」
「すごい……!」
思わず声が漏れた。
「召喚陣そのものと、途中まで出した槍を使えば、空中に足場を作れる」
尊流先輩は軽く地面へ飛び降りた。
「よっ、と」
着地すると、そのまま道場の外へ続く扉へ向かう。
「それとな――」
ガラッ。
扉を開ける。
「円。来てみろ」
「え?」
尊流先輩が振り返って笑った。
「もっと面白いもん見せてやる」
……なんだろう。
俺も後を追って、道場の外へ出る。
夜の空気が少し冷たい。
尊流先輩は庭の真ん中まで歩いていく。
「位置と向きだけじゃねぇ。慣れれば、出てくる勢いもある程度は変えられる」
そう言って足元を見た。
「よく見とけよ」
その瞬間。
足の裏。
本当に、足の真下に召喚陣を展開した。
「え?」
そこから――
槍の柄が勢いよく突き出す。
同時に、その勢いに合わせて尊流先輩が柄を蹴った。
――ブンッ!
「た、高い……!」
一気に、尊流先輩の身体が空中へ跳ね上がる。
「よっ!」
そのまま空中に、もう一つ召喚陣を展開した。
現れた槍を掴み、尊流先輩はその場に身体を留めた。
「――っとまあ、こんなこともできるわけだな」
「…………」
俺は、しばらく空を見上げたまま動けなかった。
すごい。
召喚って。
ただ武器を出すだけじゃないんだ。
「よっ……ほっ!」
尊流先輩は、途中でもう一度槍を召喚する。
その柄を掴み、勢いを殺しながら降りてくる。
――スタッ。
軽い音を立てて着地した。
「まあ、最後のは召喚より身体の使い方だな」
そう言って、尊流先輩は笑う。
「あと、召喚する方向は気をつけろよ」
「え?」
「間違えると、自分で串刺しになる」
「…………」
尊流先輩は豪快に笑った。
「ははは!」
……笑い事なんだろうか。
「最後のは、まだ真似できそうにないですけど……」
俺は、さっき尊流先輩が空中に作った槍を思い出す。
「空中に出して、途中で止めるくらいなら……なんとなくできそうです」
「おー」
尊流先輩が少し嬉しそうに眉を上げた。
「やってみるか?」
「はい!」
俺は空中へ手をかざす。
意識を集中させる。
召喚陣。
そして――
刀。
いつもなら、そのまま全部出てくる。
でも。
今度は。
「……止まれ」
ピタッ。
「……!」
刀が途中で止まった。
柄と、下向きになった刀身。
その刀身の半分ほどが召喚陣から突き出した状態で、空中に固定されている。
「止まった!」
思わず声が出る。
「お、やるじゃねぇか」
尊流先輩が笑う。
俺は柄を片手で掴み、もう片方の手で刀身の峰を押さえた。
「それで……これに……」
ぐっ。
腕に力を入れる。
「うっ……」
身体が持ち上がる。
「あ、上がった!」
足が地面から離れた。
いける。
そのまま身体を持ち上げて――
「……あ」
ぐらっ。
「あっ」
バランスが崩れた。
――ドサッ!
「いててて……」
尻もちをついて、腰をさする。
尊流先輩はしばらく俺を見ていたが、
「まあ、まずは基礎だな」
そう言って、また豪快に笑った。
「ははは!」
「笑わないでくださいよ……」
「悪い悪い。けど、初めてでそこまでできりゃ上出来だ」
「……ほんとですか?」
「ああ」
その言葉に、少しだけ嬉しくなる。
◇
少し離れた道場の中。
灯莉は稽古を中断して、スポーツドリンクを口にしていた。
ふと、開いたままの扉の向こうを見る。
「……なんだか、楽しそうね」
◇
俺は浴場で汗を流したあと、自分の部屋で授業の宿題をしていた。
入学二日目で宿題出すかね……。
まあ、大した量じゃないからいいけど。
それにしても――
今日は緊張したけど、異客を何体か倒せた。
ほんの少しだけど、強くなったかな。
槍宮さんも強いけど、文化研究部の先輩たちも本当にすごい。
橘部長なんて、なんかすごく大きな銃を持ってたもんな。
あの、撃ったあとに爆発したやつ。
どうやってるんだろう?
明日、聞いてみようかな。
尊流先輩も、あんなにでかい異客をほとんど一撃だったし……。
「早く強くならないとな……」
……っと。
宿題、宿題。
俺は残りの問題を手早く終わらせて、布団に入った。
今日あったことを、あれこれ思い返す。
異客のこと。
橘部長の銃。
尊流先輩の槍。
それから――
自分の刀。
考えたいことは、まだいくらでもあった。
でも。
稽古の疲れには勝てなかった。
気づけば俺は、そのまま眠りに落ちていた。
◇
翌日の放課後。
ガチャ。
部室の扉を開ける。
いつも通りの白衣。
クロックス。
髪は無造作にまとめられている。
橙子さんは、研究ノートとノートパソコンを交互に睨みながら、なにやら興奮した様子だった。
「あ! 橙子さん。今日もよろしくお願いします」
「おおー、円くん。よろしくね」
橙子さんが顔を上げる。
「いやー、しかし昨日はすごかったね」
「はい。あんなに多くの異客が出てきて……しかも、あんなでかいやつまで」
「くー! わたしも能力者なら異客そのものを見られるんだけどなぁ!」
「あ、そうでしたね」
橙子さんは少し悔しそうに言ったものの、すぐに表情を明るくした。
「まあ、でもね。あそこまで裂け目が長く開いていたことは初めてだった」
「おかげで、いろいろ観察できたよ!」
そして、研究ノートをぱらぱらとめくる。
「なにより――一つ、かなり有力になった仮説がある」
「仮説?」
「昨日披露したやつだよ。今回の件を踏まえると、やはり、異世界は存在する」
橙子さんは、はっきりと言った。
「少なくとも、昨日の裂け目の向こうには“空間”があった」
「そして、そこには異客が存在していた」
「つまり――あの妖怪型異客たちがいる異世界は、実際に存在するってことだよ」
「たしかに……そうですね」
俺も昨日の光景を思い出す。
「俺が向こうを覗いたときは……」
「柳の木とか、井戸とか」
「ボロボロの日本家屋とか、灯籠とかがある場所で……」
「その中を、巨大な牛鬼みたいなのが狂ったように暴れてました」
「……!」
橙子さんの目が、みるみる輝いていく。
「円くん!」
「は、はい?」
「あの戦闘中に、そこまで詳細に観察していたとは!」
「すごいじゃないか!」
「あ、いや……」
俺は少し困ってしまう。
「見てた、っていうのとはちょっと違うんです」
「違う?」
「なんというか……」
昨日の感覚を思い出す。
「視界には入ってないのに、見えたというか」
「頭の中に映像が浮かんだというか……」
「……ほう」
橙子さんの顔が、さらに近づく。
「どういうことだい? 詳しく聞かせておくれよ!」
「あ、はい!」
少し考える。
「本当に、そんな感じなんです」
「目では見てないんですけど、頭の中に映像が浮かぶというか……」
「実は、人に会ったときにも、そういうイメージが浮かぶことが時々あって」
「人に?」
「はい」
「槍宮さん……あ、灯莉さんに初めて会ったときも、白虎のいる雪山みたいな景色が見えました」
「そのあと、本当に灯莉さんが白虎を召喚して」
「昨日も、裂け目の向こうに暴れてる牛鬼のイメージが浮かんで……実際にその通りだったので」
少し言いづらかったけど、口にする。
「今までは、ただの妄想だと思ってたんです」
「でも……もしかしたら、何かあるのかなって」
「これも、召喚術の影響なんでしょうか?」
「うーーーん……」
橙子さんは腕を組む。
けれど、その表情は困っているというより――
ものすごく楽しそうだった。
「実に興味深いね」
「まず、召喚術についてだけど――」
橙子さんは少し考えてから言った。
「私はね、召喚術っていうのは」
「人の心の内側にある“心象風景”を、こっち側に持ってくる力なんじゃないかと思ってる」
「心象風景……?」
「うん」
「もちろん、まだ仮説だよ」
「今まで会った召喚士の性格や過去、それから召喚するものとの共通点を見て、そう考えてるだけ」
橙子さんは指を一本立てた。
「でもね」
「もし円くんが、他人の心象風景を“見る”ことができるんだとしたら――」
一度、言葉を切る。
「それは普通の召喚術とは、少し違うかもしれない」
「違う……?」
「うん」
橙子さんは、そのまま考え込む。
「もし本当に、心象風景そのものを外から認識できているなら……」
ぶつぶつと呟きながら、ノートへ何かを書き始めた。
「だとすると、昨日の裂け目の向こうまで分かったのも……」
「いや、でもそれなら異世界との関係は……」
「……異世界の成り立ちも……」
「あの、橙子さん?」
返事がない。
完全に、自分の世界に入ってしまったらしい。
そのとき。
ガチャ。
「お疲れ」
橘部長が部室へ入ってきた。
「あ、橘部長。お疲れさまです」
「どうした、橙子は」
「なんか、急に考え込み始めちゃって……」
橘部長は橙子さんを一度見る。
「ああ」
それだけで納得したようだった。
「そうなったら橙子は、しばらく反応しないからな。放っておけ」
そう言いながら、橘部長は奥の机に座った。
「そうなんですね」
そこで、俺ははっとした。
「あ、そういえば橘部長!」
「ん?」
「昨日のこと、聞いてもいいですか?」
「ああ。何が聞きたい?」
「昨日、橘部長が撃った弾が爆発してましたよね」
「あれも召喚術なんですか?」
「その通りだ」
橘部長は少し考える。
「そうだな……一ノ瀬。ここからは他言無用だぞ」
「え? はい!」
「……人に聞かれると、そんなにまずいんですか?」
「能力が分かれば、対策も立てられるからな」
そういうものなのかな。
誰に対策されるんだろう。
「わかり……ました!」
「まず、俺の召喚対象は――」
橘部長が人差し指を立てる。
「これだ」
指先に、小さな召喚陣が浮かぶ。
――ボッ。
青い炎が灯った。
「青い……炎……」
「ああ」
橘部長は炎を見ながら続ける。
「これを圧縮して召喚し、時間差で解放することで爆発を起こしている」
「え!?」
昨日の光景が頭に浮かぶ。
異客の身体の内側で起きた、爆発。
「要は、召喚術は工夫次第だ」
橘部長が俺を見る。
「励めよ」
「――はい!」
橘部長は、他言無用と言っていた。
正直、まだ分からないことだらけだ。
でも、これ以上聞くのは野暮な気がした。
……あ。
銃のこと、聞きそびれた。
◇
次の日の朝。
「ほら! 一ノ瀬くん! あともうちょっと!」
「はぁ……はぁ……!」
――俺は今、朝の日課の走り込みをしていた。
場所は、多摩川の河川敷。
前を走る槍宮さんの背中を、必死に追いかける。
「ほら、ここからはこっちを走るわよ。怪我しないようにね」
「はぁ……はぁ……はい!」
槍宮さんの走り込みは、舗装された道だけじゃない。
草地。
砂利道。
ちょっとした斜面。
足場の悪いところも平気で走っていく。
俺も転ばないように、必死についていった。
しばらくして。
「よし。今日はここまでね」
槍宮さんが振り返る。
「軽く流して、うちまで戻るわよ」
「う、うん……」
俺は結構へとへとだった。
でも槍宮さんは――
まだまだ元気そうだ。
……体力あるなぁ。
◇
今日は、槍宮家に居候させてもらうようになってから初めての休日だ。
「円くん、お疲れさま」
朝食の席で、しのぶさんが料理を並べてくれる。
「しっかり食べて、身体を作ってね」
「はい! いただきます!」
しのぶさんの料理は、本当に美味しい。
しかも、味だけじゃなくて種類も豊富だ。
朝から肉料理まで出てくる。
きっと、俺や槍宮さんたちの身体づくりに必要なものを考えてくれているんだろう。
箸を進めながら、ふと思い出す。
「あの、しのぶさん」
「なあに?」
「今日、孤児院に顔を出してきてもいいですか?」
「この前、陽子さんたちがこっちに来てくれた時、俺、学校にいて顔を見せられなかったので」
「あら、もちろんよ」
しのぶさんが笑う。
「行ってらっしゃいな」
「ありがとうございます!」
すると。
「それなら、私もついていくわ」
向かいで朝ごはんを食べていた槍宮さんが言った。
「え!?」
思わず顔を上げる。
「悪いよ。せっかくの休みなのに」
「べ、別について行きたいとか、そういうんじゃないわよ」
槍宮さんは少しだけ視線を逸らす。
「一ノ瀬くん一人のときに異客が出たら困るでしょ?」
「あ!」
そうだった。
「そっか。ありがとう、槍宮さん」
「……別に」
そのやり取りを見ていたしのぶさんが、にこりと笑った。
「仲良くなったわね」
「なってない!」
即答だった。
◇
孤児院に寄った帰り道。
「よかった。みんな元気そうで」
「そうね! 子どもたちもみんな可愛かったわ」
「槍宮さんも結構懐かれてたもんね」
俺は、さっきの光景を思い出す。
「あの高い高い……ほんとすごかったよ」
「ふふ。伊達に鍛えてないからね」
槍宮さんは、どこか嬉しそうだった。
……ん?
まただ。
頭の奥に、何かが浮かぶ。
暗い空。
柳の木。
灯籠。
崩れかけた日本家屋。
無数の白骨。
その中を――
巨大な骸骨が、発狂したように暴れ回っている。
「……っ」
……なんだ、今の。
AIで作成した挿絵やキャラクターイメージなどを、こちらに投稿予定です。
気になりましたら、ぜひ覗いていただけると嬉しいです。
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2026年10月7日
尊流が召喚術について説明するシーンを書き直しました。




