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良い子になるまで

「お帰りですか、お客様」


少女と少年が、寸分違わぬ角度で頭を下げる。


子どもの声のはずなのに、その抑揚も、話す速さも、バクたちと同じだった。


「閉園時間となっております」


「速やかに、園外へお帰りください」


「まさか……」


悠真先輩が、二人の顔を交互に見る。


その表情が強張った。


「この二人だ」


声が震えている。


「行方不明になった四人のうちの、二人だよ。調査資料の写真で見た」


やっぱり、子どもたちはドリームランドへ来ていた。


それどころか。


人間の子どもが、バクと同じように笑い、同じ調子で話している。


まるで、この世界の住人になってしまったようだ。


悠真先輩が、二人へ歩み寄る。


「君たちを探しに来たんだ」


できるだけ怖がらせないように、静かな声で話しかける。


「もう大丈夫。一緒に帰ろう」


「帰る?」


少女と少年が、同時に首を傾げた。


その動きまで、鏡へ映したように揃っている。


「私たちの家は、ドリームランドです」


「僕たちは、支配人にお仕えする良い子です」


悠真先輩の足が止まった。


「違うよ。君たちには、元いた世界に家族が――」


「泣きません」


少女が、悠真先輩の言葉を遮った。


「騒ぎません」


少年が続ける。


「命令に逆らいません」


「自分のお部屋は、自分で掃除します」


「いつでも笑顔で、お客様をお迎えします」


二人の声が交互に響く。


「良い子になれば、ずっとドリームランドで暮らせます」


悠真先輩の表情が歪んだ。


「そんな……」


それでも、二人の笑顔は崩れない。


少女の手には、長い柄のついた掃除道具。


少年は、銀色の盆を両手で持っていた。


「お帰りください」


「園外へ、お帰りください」


悠真先輩が、少女へ手を伸ばした。


「ここにいたら駄目だ。一緒に行こう」


その手が、少女の肩へ触れる直前。


少女が掃除道具の柄を振り上げた。


「悠真先輩!」


横薙ぎに振るわれた柄が、悠真先輩の顔へ迫る。


悠真先輩は、咄嗟に腕を上げて受け止めた。


続けて、少年が銀色の盆を振りかぶる。


悠真先輩の頭へ叩きつけようとした。


「やめろって!」


俺は二人の足元へ白い召喚陣を展開した。


下から風を噴き上げる。


「っ――!」


少女と少年の身体が、宙へ浮いた。


足が床から離れ、二人の動きが止まる。


その手から、掃除道具と銀色の盆が落ちた。


「悠真先輩、今です!」


「う、うん!」


悠真先輩が両腕を広げ、落ちてきた二人を同時に受け止める。


そのまま大きな腕で、傷つけないように二人の身体を抱え込んだ。


「離してください」


「お客様は、速やかに園外へお帰りください」


二人は悠真先輩の腕の中でもがいている。


けれど、悠真先輩の力には敵わない。


「ごめんね。少しだけ、このままでいて」


悠真先輩が、苦しそうな顔で二人へ声をかける。


「絶対に、家へ帰してあげるから」


言葉が届いている様子はない。


二人は笑顔のまま、同じ言葉を繰り返している。


「泣きません」


「騒ぎません」


「命令に逆らいません」


「私たちは、良い子です」


一ノ瀬が、二人の前へしゃがみ込んだ。


「ほかの二人は?」


呼びかけても、反応はない。


「ほかにも、ここへ来た子が二人いるはずだよ。どこにいるの?」


「教育の終わっていない子は――」


少女が、ほとんど反射的に答えた。


その言葉が、途中で止まる。


赤い瞳が、小さく揺れた。


「……地下の教育室から、出てはいけません」


やっぱり、ここにいる。


「地下へは、どうやって行くの?」


一ノ瀬が続けて尋ねる。


少女の笑顔が、不自然に引きつった。


「地下への入口を、お客様に教えてはいけません」


「地下への入口を、お客様に教えてはいけません」


少年も、同じ言葉を繰り返す。


その瞬間。


大広間に並んでいたバクたちが、一斉にこちらへ顔を向けた。


「お客様」


明るい声が、いくつも重なる。


「関係者以外、立入禁止です」


「速やかに、園外へお帰りください」


バクたちが、同時に一歩踏み出した。


まだ襲ってはこない。


ただ笑顔を浮かべたまま、少しずつ俺たちとの距離を詰めてくる。


「まずいな……」


このままでは、いずれ大広間の隅へ追い詰められる。


しかも、地下へ続く階段は見当たらない。


大広間にあるのは、玉座の間へ続く大扉。


城の外へ通じる正面玄関。


左右にいくつかの通路も見える。


けれど、地下へ降りる道はどこにもなかった。


「一ノ瀬。悠真先輩と、その二人を頼む」


「楓君は?」


「地下への入口を探す」


大広間の中央へ移動する。


足元に、白い召喚陣を展開した。


召喚陣から、床を撫でるような細い風を四方へ流していく。


風は柱の脇を通り、開いた通路へ入っていく。


壁へ当たったものは、そのままこちらへ戻ってきた。


閉ざされた扉の隙間へ入り込んだ風も、行き止まりになって跳ね返ってくる。


感覚を研ぎ澄ます。


どこかに地下へ続く道があるなら、必ず空気も動いている。


その間にも、バクたちは近づいてくる。


「関係者以外、立入禁止です」


「速やかに、園外へお帰りください」


同じ笑顔。


同じ声。


同じ歩幅。


何十体ものバクが、少しずつ包囲を狭めていく。


焦るな。


風の流れだけに意識を集中する。


右側の通路。


違う。


正面玄関。


ここでもない。


左側の壁へ向かった風が、大きな肖像画の前でわずかに揺れた。


「……あった」


壁に掛けられているのは、王冠を被ったバクを描いた巨大な肖像画。


その下まで流れた風が、壁と床の境目へ吸い込まれている。


「こっちです!」


俺たちは肖像画へ駆け寄った。


一ノ瀬と俺で額縁の端を掴み、壁から外す。


その裏側にあったのは、何の飾りもない白い壁。


一見しただけでは、ほかの壁との違いは分からない。


けれど、近くで見れば、四角い切れ目が薄く走っている。


隠し扉だ。


取っ手はない。


押しても、びくともしなかった。


「俺が斬る」


一ノ瀬が刀を構える。


その直後。


「お客様」


背後から、バクたちの声が聞こえた。


「それ以上、進んではいけません」


足音が速くなる。


赤い目をしたバクたちが、一斉にこちらへ近づいてくる。


「一ノ瀬、早く!」


一ノ瀬が刀を振り上げる。


壁に刻まれた切れ目へ沿って、刃を走らせた。


硬い音が響く。


扉の内側にあった留め具が断ち切られ、白い壁がわずかに手前へ傾いた。


「開いた!」


俺と一ノ瀬で扉へ手をかける。


二人で引いても、重くてほとんど動かない。


「悠真先輩!」


「う、うん!」


悠真先輩の赤い髪が、根元から逆立っていく。


足元へ、赤褐色の召喚陣が広がった。


光の中から、巨大な両腕が突き出す。


「大聖!」


四メートル近い大猿が姿を現した。


大聖は隠し扉の両端へ指をかける。


低い咆哮を上げ、力任せに引いた。


壁の内側から、何かが砕ける音が響く。


分厚い扉が、一気に引き剥がされた。


その先に現れたのは、地下へ続く暗い階段だった。


冷たい空気が、下から吹き上がってくる。


「先に行って!」


悠真先輩が叫ぶ。


一ノ瀬が階段へ入り、俺もそのあとに続く。


悠真先輩は二人の子どもを抱えたまま、階段へ駆け込んだ。


最後に大聖が、迫ってきたバクたちの前へ立ちはだかり、地下への通路を塞いだ。


「大聖ごめん。しばらく耐えて!」


大聖は低い唸り声をあげた。


「急ごう!」


そう言った悠真先輩は辛そうな顔をしていた。


俺たちは暗い階段を降りていった。


地下へ進むにつれ、大広間から聞こえていた閉園のアナウンスが遠ざかっていく。


代わりに、別の声が聞こえ始めた。


『泣きません』


子どもの声だった。


『騒ぎません』


一人じゃない。


何人かの声が、同じ言葉を繰り返している。


『命令に逆らいません』


階段を降り切った先に、小さな部屋があった。


壁には、色とりどりの星や動物の絵が描かれている。


床には、柔らかなマット。


棚には絵本や玩具が並んでいた。


薄暗くなければ、小さな子どもを安心させるための部屋に見えただろう。


入口の横には、古びた看板が掛けられている。


笑顔のバクが、泣いている子どもの手を握った絵。


その下に、丸みを帯びた文字が書かれていた。


『まいごのおともだちへ』


『おうちのひとが、むかえにくるまで』


『ここで、まっていてね』


その文字を覆うように、赤黒い色で新しい言葉が書き加えられていた。


『良い子になるまで、ここから出てはいけません』


さらに奥から、子どもたちの声が聞こえる。


『私たちは、良い子です』


『ドリームランドが、私たちのおうちです』


悠真先輩が、抱えている二人へ視線を落とす。


二人は、バクと同じ笑顔を浮かべたまま、奥から聞こえる声へ重ねるように口を動かした。


「ドリームランドが、私たちのおうちです」


その声には、もう迷いも、悲しみも残っていなかった。

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