↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/37

虚

巨大な兵隊人形が、俺たちへ向かって剣を振り下ろそうとする。


「危ない!」


悠真先輩の赤い髪が、根元から逆立っていく。


その足元へ、赤褐色の召喚陣が広がった。


光の中から、巨大な両腕が突き出す。


続いて、雲をかたどった金色の冠飾り。


赤褐色の体毛に覆われた、四メートル近い大猿が召喚陣からせり上がった。


「大聖(ダーシェン)!」


大聖が俺たちの前へ飛び出す。


振り下ろされた剣を、両手で受け止めた。


轟音が響いた。


巨大な剣と大聖の手がぶつかり、辺りへ衝撃が広がる。


大聖の両足が床へ沈んだ。


兵隊人形は、大聖よりもさらに大きい。


全身を使って剣を押し込み、大聖の身体を少しずつ後退させていく。


「悠真先輩!」


「大丈夫!」


悠真先輩は退かなかった。


両手を強く握り、大聖の背中を見つめている。


「大聖なら、止められる!」


大聖が咆哮を上げた。


両腕の筋肉が大きく膨れ上がる。


押し込まれていた刃が止まった。


そこから、少しずつ押し返していく。


誰かを守る時の悠真先輩は、本当に強い。


兵隊人形の剣が、大きく上へ弾かれた。


大聖は前へ踏み込み、その巨体を兵隊人形へぶつける。


二体の巨大な身体が激突し、子ども部屋全体が揺れた。


ーーキリキリキリ。


ゼンマイ仕掛けの恐竜が動いた。


大きく口を開き、一ノ瀬へ向かって突進する。


天井近くでは、玩具の飛行機が吊り下げられていた紐を引きちぎった。


プロペラを高速で回転させ、急降下してくる。


「一ノ瀬、恐竜を頼む!」


「分かった!」


一ノ瀬の足元へ、薄い青色の召喚陣が広がる。


光の中から現れた刀を掴み、恐竜へ向かって走り出した。


「悠真先輩は、そのままを兵隊人形を!」


「楓君は?」


「俺は上をどうにかします」


白い召喚陣を展開する。


噴き出した風が身体を押し上げ、俺は近くの積み木へ飛び乗った。


玩具の飛行機が、こちらへ機首を向ける。


両翼の下から、小さな弾丸が一斉に放たれた。


玩具と呼ぶには、弾の数が多すぎる。


俺は積み木を蹴った。


風が身体を横へさらい、弾丸の雨から逃れる。


積み木へ次々と穴が開き、木片が弾け飛んだ。


本気で当てるつもりだ。


遊びなんかじゃない。


飛行機が上昇し、大きく旋回する。


もう一度、こちらへ向かって降下してきた。


腰からナイフを抜く。


風をまとわせ、正面から投げた。


ナイフは飛行機へ向かって飛ぶ。


けれど、直前で機体が傾き、刃をかわした。


そのまま俺の頭上を通過する。


「まだだ」


飛行機の後方へ抜けたナイフを、風で押す。


失速しかけていた刃が、空中で軌道を変えた。


大きく弧を描き、飛行機の背後から追いついていく。


ナイフが、回転するプロペラの根元へ突き刺さった。


甲高い音が響く。


プロペラが歪み、回転を止めた。


飛行機は機体を大きく傾け、そのまま床へ墜落する。


派手な音を立て、色鮮やかな部品が辺りへ散らばった。


床へ着地し、一ノ瀬へ目を向ける。


恐竜の牙が、その頭上へ迫っていた。


一ノ瀬は身体を低くし、巨大な顎の下へ滑り込む。


すれ違いざま、恐竜の脚へ刀を振り抜いた。


硬い音が響く。


刃は、表面へ浅い傷をつけただけだった。


「硬い……!」


恐竜が方向を変える。


背中の巨大なゼンマイが、勢いよく回転していた。


一ノ瀬はその動きを見て、恐竜の側面へ回り込む。


振り下ろされた尻尾を飛び越え、背中へ駆け上がった。


ゼンマイの根元へ、刀を突き立てる。


一撃目では、壊れない。


刀を引き抜き、もう一度振り下ろした。


根元の歯車が砕け、巨大なゼンマイが背中から外れる。


床へ落ちたゼンマイが、何度も跳ねながら転がっていった。


恐竜の動きが止まる。


赤く光っていた両目が消え、その巨体が床へ崩れ落ちた。


「一ノ瀬、後ろ!」


俺が叫ぶ。


熊のぬいぐるみが、左右へ裂けた口の中から鋭い歯を剥き出しにして、一ノ瀬へ飛びかかっていた。


巨大な前脚が、その身体へ振り下ろされる。


その直前。


悠真先輩が、横からその間に入った。


「悠真先輩!」


振り下ろされた前脚を、悠真先輩が両腕で受け止めた。


鈍い音が響く。


その足元に、亀裂が走った。


「ぐっ……!」


両腕が震えている。


それでも、悠真先輩は倒れなかった。


熊の巨体を、正面から受け止めている。


「おおおおっ!」


悠真先輩が声を上げ、その前脚を押し返した。


熊の上体が、大きく後ろへ仰け反る。


熊が再び襲いかかろうとする。


その横から、一ノ瀬が踏み込んだ。


ぬいぐるみの脇腹へ刀を走らせる。


腹が裂け中に詰まっていた綿が一気に噴き出した。


熊の身体が傾く。


悠真先輩が、熊の懐へ踏み込んだ。


両腕をその巨体へ回し、深く腰を落とす。


「せええええいっ!」


熊のぬいぐるみが、宙へ浮いた。


そのまま身体をひねり、背中から床へ叩きつける。


大量の綿が舞い上がり、視界が白く染まった。


熊は何度か手足を動かしたあと、完全に動きを止めた。


一ノ瀬が、悠真先輩を頭を下げた。


「ありがとうございました! あの攻撃を生身で受け止めるなんて、すごいです」


「い、今のは、その……必死だったから」


――ドンッ!


部屋の奥から、激しい音が響いた。


まだ兵隊人形が残っている。


俺たちが振り返ると、兵隊人形は片膝を床についていた。


手にしていた玩具の剣は、すでに根元から折れている。


折れた刀身が、少し離れた床へ突き刺さっていた。


そして、大聖の拳が兵隊人形の硬い外殻を砕き、その胴体へ深くめり込んでいる。


内部から歯車の砕ける音が響き、兵隊人形の四肢から力が抜けた。


大聖は拳を引き抜くと、前へ崩れてきた巨体を受け止め、その胴体の下へ両腕を回した。


深く腰を落とす。


全身の筋肉が、大きく膨れ上がった。


大聖が咆哮とともに立ち上がる。


五メートル近い兵隊人形の巨体が持ち上がり、その両脚が床から離れた。


「えっ……」


一ノ瀬が、驚いたように見上げる。


大聖は兵隊人形を頭上まで持ち上げ、そのまま身体を大きくひねった。


部屋の中央に置かれた、家ほどもある玩具箱。


そこへ向かって、兵隊人形を投げ飛ばす。


巨大な身体が宙を舞った。


兵隊人形は背中から玩具箱へ激突する。


派手な音を立てて箱の側面が砕け、色とりどりの玩具が辺りへ飛び散った。


兵隊人形の両目から、赤い光が消える。


床へ投げ出された腕が、完全に動きを止めた。


同時に、部屋中から聞こえていた歯車の音も消えた。


静寂が訪れる。


「……終わった?」


悠真先輩が、恐る恐る尋ねる。


「たぶん」


周囲を見回す。


墜落した飛行機。


ゼンマイを失った恐竜。


綿をまき散らして倒れている熊。


そして、壊れた玩具箱へ身体を沈めた兵隊人形。


動いているものは、もう何もいない。


大聖が悠真先輩のもとへ戻ってくる。


「ありがとう、大聖」


悠真先輩が見上げると、大聖は低く喉を鳴らした。


その巨体が赤褐色の光の粒子へ変わり、少しずつ消えていく。


それに合わせるように、悠真先輩の逆立っていた髪も元へ戻っていった。


「悠真さんも、大聖も、すごかったです!」


一ノ瀬が興奮した様子で言う。


「悠真さん、本当強いんですね」


「そ、そんなことないよ。僕は、ほとんど何も……」


「生身で、あんな大きな熊を投げてたじゃないですか」


悠真先輩は、言葉に詰まった。


「……必死だったから」


さっきと同じ答えだ。


一ノ瀬が笑う。


俺も、小さく息を吐いた。


そのときだった。


――パパパパーン!


突然、明るい音楽が部屋中へ鳴り響いた。


天井から色紙が降り注ぐ。


『おめでとうございます!』


どこからともなく、明るい声が聞こえてきた。


『わくわくトイボックス、見事攻略です!』


部屋の中央に置かれていた巨大な玩具箱。


兵隊人形がぶつかって壊れた側面から金色の光が漏れていた。


俺たちは顔を見合わせ、玩具箱へ近づく。


散乱した人形や積み木を避けながら、中を覗き込んだ。


壊れた玩具の中に、小さな台がある。


その上に置かれていたのは、最後のスタンプだった。


「あった」


俺たちは首から下げていたパスポートを外し、順番に最後のスタンプを押した。


――ポンッ。


俺のパスポートへ、四つ目の印が加わる。


欠けていた中央の塔が描き足され、白い城の絵が完成した。


直後。


四つのスタンプが、淡い金色の光を放ち始めた。


「光ってる……」


一ノ瀬のパスポートも、悠真先輩のものも同じだった。


城の絵を囲むように光が走り、その下へ新しい文字が浮かび上がる。


『ドリーム城へご招待!』


それと同時に、部屋の奥で扉が開いた。


扉の向こうには、アトラクションの外へ続く通路が見える。


「これで、城へ行けるんだね」


悠真先輩が、ほっとしたように笑う。


「たぶん。ただ、歓迎されるかは分かりませんけど」


最後のアトラクションだけ、明らかに様子がおかしかった。


俺たちにスタンプを渡さないために、急に難易度を上げたようにも思える。


それでも、行くしかない。


四つのアトラクションを回る間、園内もそれなりに探した。


けれど、行方不明になった子どもたちは見つからなかった。


あの城へ行かないという選択肢はない。


俺たちは通路を抜け、アトラクションの外へ出た。


そこで、三人とも脚を止めた。


「……もう、夜になってる」


一ノ瀬が呟く。


すでに空は暗く、空には大きな月が昇っていた。


園内の時計塔が示している時刻は、夜の八時半。


「閉園時間って、何時なんだろう」


悠真先輩が尋ねる。


俺は首から下げたパスポートを裏返した。


園内での注意事項に混じって、小さく営業時間が記されている。


「二十二時です」


あと一時間半。


こっちの世界では、現実よりもずっと速く時間が進む。


それに閉園時間が過ぎた時に何が起こるかわからない。


のんびりしている余裕はない。


「急ごう」


悠真先輩が、白い城を見る。


「うん。子どもたちを探さないと」


一ノ瀬も頷いた。


そのとき、首から下げたパスポートが強い光を放った。


三人のパスポートから伸びた金色の光が、地面へ落ちる。


光は一本の道となり、園内をまっすぐに進んでいった。


その先にあるのは、白い城。


俺たちは光の道に沿って、走って城へ向かった。


それまで遠くに見えていた城が、少しずつ大きくなる。


やがて、巨大な城門の前へたどり着いた。


門の左右には、何十体ものバクのマスコットが並んでいる。


俺たちが近づくと、一斉に両手を上げた。


「おめでとうございます!」


「すべてのスタンプを集めたお客様!」


「ドリーム城へご招待します!」


どの顔にも、同じ満面の笑みが浮かんでいる。


中央に立っていたバクが、城門へ向かって腕を伸ばした。


「さあ、お入りください!」


巨大な門が、重い音を立てて開いていく。


中には、天井の高い大広間が広がっている。


床を覆う、真っ赤な絨毯。


左右に並んだ白い柱。


天井からは、無数の宝石を飾った巨大な照明が下がっていた。


俺たちが足を踏み入れると、壁際に並んでいたバクたちが同時に頭を下げる。


どれも執事のような黒い服を着ていた。


「お待ちしておりました」


「招待されたお客様方」


バクたちが顔を上げる。


「本日は、支配人が城へお戻りになっております!」


支配人。


王様ではないらしい。


悠真先輩も同じことが気になったのか、近くにいたバクへ尋ねた。


「あの、このお城には王様がいるの?」


バクは満面の笑みを浮かべた。


「いいえ!」


明るい声が、大広間へ響く。


「今は、王様はいません!」


「……今は?」


一ノ瀬が、不思議そうに首を傾げる。


「はい! 現在、ドリームランドを管理しているのは、支配人です!」


それだけ答えると、バクは大広間の奥へ腕を伸ばした。


「こちらへどうぞ!」


俺たちは赤い絨毯の上を進んだ。


左右の壁には、何枚もの肖像画が飾られている。


豪華な服を着た、バクたちの絵。


王冠を被った者もいるが……最近王政が廃止されたのか?


大広間の奥に、巨大な扉があった。


左右に立つバクが、同時に取っ手へ手をかける。


扉が、ゆっくりと開いていく。


その先にあったのは、さらに広い部屋だった。


高い天井。


何本もの白い柱。


正面へ続く、長い赤絨毯。


部屋の最奥には、壁一面を占める巨大な窓があった。


窓の向こうに浮かんでいるのは、夜空を埋め尽くすほど大きな月。


白い月明かりが広間へ差し込み、床の上へ長い影を落としている。


その巨大な月を背にして、金色に輝く玉座が置かれていた。


けれど、そこには誰も座っていない。


「誰もいない……?」


一ノ瀬が呟く。


その声が、広い部屋へ反響する。


次の瞬間。


――パチ。


乾いた音が響いた。


――パチ、パチ。


誰かが、ゆっくりと拍手をしている。


音が聞こえるのは、玉座の右側。


太い柱の陰から、一人の男が姿を現した。


背が高く、細身の身体を黒い燕尾服に包んでいる。


裾の内側から覗くのは、深い青紫色の布地。


銀色の装飾が、歩くたびに月明かりを反射していた。


長い黒髪は後ろへ流され、そのうち一房だけが、顔の横へ大きく垂れている。


顔には、白い仮面。


穏やかな笑顔が刻まれた、陶器のような仮面だった。


「異世界人……?」


一ノ瀬が、呆然と呟く。


「本当に人がいたんだ……」


悠真先輩も目を見開いている。


驚いているのは、俺も同じだった。


この世界へ来てから出会ったのは、バクのマスコットばかり。


けれど、目の前にいる男は、どう見ても俺たちと同じ人間にしか見えない。


異世界人――。


会長たちが調べているという、意思を持ち、目的を持って行動する異世界の人間。


目の前の男も、その一人なのか。


表情には出さなかったつもりだけど、無意識に腰のナイフへ手が伸びていた。


男は俺たちの反応を楽しむように、白い仮面をわずかに傾ける。


「おや。人の姿をしていることが、それほど意外でしたか?」


穏やかな声だった。


男はゆっくりと赤絨毯の上を歩き、玉座の前までやって来る。


巨大な月が、その背後へ重なった。


逆光となった月明かりが、黒い燕尾服と長い髪の輪郭を銀白色に縁取る。


白い仮面は広間の灯りを受け、そこに刻まれた笑顔をはっきりと浮かび上がらせていた。


「お見事です」


男が再び両手を叩く。


「本日はちょうど、こちらへ戻っておりましてね」


白い仮面が、わずかに傾く。


「最後の遊戯には、少々趣向を凝らしたのですが……お楽しみいただけましたか?」


「……あれが遊び? てか、あんたが支配人?」


男は白い仮面に刻まれた笑顔をこちらへ向けたまま、芝居がかった動作で胸へ片手を添える。


「申し遅れました」


巨大な月を背負い、ゆっくりと腰を折る。


俺たちへ、深く一礼した。


「私、ドリームランドの支配人を務めております――虚(うつろ)と申します」


そう名乗ると、虚はゆっくりと顔を上げた。


仮面の奥から、こちらを見つめる気配がする。


「以後、お見知りおきを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。