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夢と笑顔の国

一ノ瀬が足を止めたのは、ショッピングモールへ入ってすぐだった。


「……城?」


突然、そんなことを呟く。


「何の話?」


声をかけても、返事はない。


一ノ瀬は入口に立ったまま、どこか遠くを見るように目を細めていた。


買い物客が、何人もその横を通り過ぎていく。


やがて、はっとしたように瞬きをした。


「やっぱり、城が見えた」


「見えたって、どこに?」


辺りを見回す。


正面には衣料品店。


左には古い喫茶店。


吹き抜けの向こうには、上の階へ続くエスカレーターがある。


少なくとも、城なんて見当たらない。


「頭の中に、急に浮かんだんだ。白くて、大きな城が」


「……幻覚?」


「違うと思う」


一ノ瀬が真面目な顔で答える。


冗談を言っている様子はない。


「前にも、近くの裂け目の向こう側の景色が見えたことがある」


「それって……」


悠真先輩が、不安そうに辺りを見回す。


一ノ瀬は小さく頷いた。


「この近くに、次元の裂け目があるのかもしれません」


次元の裂け目。


俺と悠真先輩は顔を見合わせた。


一ノ瀬が見たという景色だけで、すべてを信じるのは早い。


けれども、今回の行方不明事件に異客が関係している可能性は、最初から考えていた。


「行方不明になった四人が最後に目撃されたのは、三階です」


悠真先輩が、上へ続くエスカレーターを見た。


「三階には、子どもが遊べるスペースがあるんだ」


「行ってみましょう」


一ノ瀬は、迷うことなく歩き始めた。


俺たちも、そのあとを追った。


◇


三階の一角には、子ども向けの遊び場が設けられていた。


床には色とりどりの柔らかなマットが敷かれている。


小さなジャングルジム。


ボールプール。


網を張り巡らせた遊具。


その奥には、いくつもの筒を繋ぎ合わせた、大きな滑り台が置かれていた。


古い施設だからか、それとも行方不明事件の影響か、遊び場は閑散としていた。


見たところ、特に変わったところはない。


「手分けして探しましょう」


悠真先輩の提案に頷き、それぞれ別の方向へ向かう。


俺は遊具の外周を歩きながら、異客や召喚陣の痕跡がないか目を凝らした。


悠真先輩も、大きな身体をできるだけ小さくしながら、遊具の隙間を覗き込んでいる。


ただ、裂け目らしいものはどこにもなかった。


「……違うのかな」


そう呟いたときだった。


少し離れた場所にいた一ノ瀬が、急に顔を上げた。


何かに呼ばれたように、遊具の奥へ目を向ける。


そのまま、ゆっくりと歩き始めた。


向かった先は、大きな筒状の滑り台だった。


入口から中を覗き込む。


「何かあった?」


俺が近づくと、一ノ瀬が片手を上げた。


「少し待って」


そう言って、筒の中へ上半身を入れる。


そこまでしないと見えない位置に、何かあるらしい。


しばらくして。


「あった」


声が、筒の中で反響した。


俺と悠真先輩も、入口へ近づく。


「何が?」


一ノ瀬が身体を戻し、俺たちを振り返った。


「あの曲がり角の先に、次元の裂け目がある」


その表情は真剣だった。


俺は筒の中へ顔を入れた。


滑り台は途中で右へ曲がっている。


外からでは、その先までは見えない。


身体をさらに奥へ入れ、目を凝らす。


暗い筒の内側に、青紫色の光が浮かんでいた。


縦に走る、大きな亀裂。


空間そのものが裂け、その隙間から別の場所の光が漏れ出している。


俺が身体を戻すと、一ノ瀬が短く息を吐いた。


何かを決意したような顔だった。


「おい、まさか――」


「行方不明になった子どもたちは、この先にいるかもしれない」


一ノ瀬が、滑り台へ片脚を入れた。


「分かった。まず会長たちに連絡して――」


言い終わるより先に、その身体が筒の中へ滑っていく。


「待てって!」


慌てて入口から中を覗く。


一ノ瀬の姿は、曲がり角の向こうへ消えていた。


「……入っちゃった」


悠真先輩が呆然と呟く。


「入っちゃいましたね」


迷いがなさすぎる。


知らない異世界へ通じているかもしれない裂け目だ。


少しくらい、入った先の危険を考えてもいいと思う。


けれど、ここで放っておくわけにもいかない。


俺は携帯を取り出した。


会長とのトーク画面を開き、短く状況を打ち込む。


『翠明ショッピングプラザ三階の滑り台で、次元の裂け目を発見。一ノ瀬が入りました。俺たちも追います』


送信。


既読がつくのを待たず、携帯をポケットへ戻した。


「追いかけましょう」


「う、うん」


悠真先輩が頷く。


それから、滑り台の入口へ目を向けた。


しばらく黙ったあと、自分の身体を見下ろす。


「楓君」


「なんですか?」


「これ……僕も入れるかな」


筒の入口と悠真先輩の肩幅を見比べる。


「ギリギリアウトかもですね」


「やっぱり……」


悠真先輩が、困ったように眉を下げる。


「僕はここに残ったほうがいいかな」


「いや……」


「え?」


「子どもたちを見つけたとき、俺より悠真先輩のほうが何人も運べるでしょ」


それに、裂け目の向こうに何がいるか分からない。


悠真先輩の力は必要になる。


「先に入ってください。俺が後ろから押します」


「だ、大丈夫かな……」


悠真先輩はしばらく筒を見つめていたが、やがて覚悟を決めたらしい。


両腕を前へ伸ばし、滑り台へ身体を入れていく。


入口は、どうにか通った。


そのまま少しずつ奥へ進み、なんとか曲がり角を越えた。


「いけそうですか?」


「う、うん。思ったより広いかも――」


悠真先輩の声が途切れた。


「悠真先輩?」


「……動けなくなった」


やっぱり。


俺も筒へ入り、悠真先輩のあとを追う。


少し進むと、曲がり角の先、裂け目の手前で、大きな背中が完全に道を塞いでいた。


肩が、筒の内側へ引っかかっている。


「もう少し身体を細くできません?」


「む、無理だよ……」


背中へ両手を当て、力を込めて押す。


動かない。


俺は筒の中で、身体の向きを変えた。


悠真先輩へ背を向け、その大きな背中へ自分の背中を押し当てる。


両膝を曲げ、足の裏を滑り台へつけた。


「悠真先輩。もう一度押しますよ」


「う、うん」


両脚へ力を込め、背中で悠真先輩の身体を前へ押し込む。


「くっ……!」


それでも動かない。


引っかかった肩は、びくともしなかった。


「やっぱり、駄目かな……」


俺は正面を見た。


こちらへ風が吹きつける向きで、白い召喚陣を展開する。


狭い筒の中で、空気が渦を巻き始めた。


「少し乱暴にいきます」


「えっ。何するの?」


「舌、噛まないでくださいね」


「ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が――」


俺は両脚へ、もう一度力を込めた。


「いきますよ」


召喚陣から、爆風が噴き出した。


筒の中を吹き抜けた風が、正面から俺の身体へ叩きつけられる。


「うっ――!」


爆風に押され、俺の背中が悠真先輩の背中を勢いよく押す。


引っかかっていた肩が、筒の奥へ抜ける。


止まっていた巨体が一気に前へ押し出された。


悠真先輩と背中合わせになったまま、俺の身体も後ろ向きに滑っていく。


「ちょ、速――!」


止まる暇もない。


俺たちは連なったまま筒の中を滑り、青紫色の裂け目へ突っ込んだ。


一瞬、身体が宙へ放り出されたような感覚があった。


そして――。


――ドサッ!


身体に、鈍い衝撃が走った。


ただ、地面へ直接叩きつけられたわけではない。


俺の下には、先に落ちた悠真先輩がいた。


「だ、大丈夫、楓君?」


下敷きになった悠真先輩が、心配そうに尋ねてくる。


「こっちの台詞ですよ。悠真先輩こそ、大丈夫ですか?」


「楓君は軽いから大丈夫だよ」


「……そうですか」


俺は悠真先輩の背中から降り、身体を起こした。


最初に目に入ったのは、抜けるような青空だった。


その下に、白く巨大な城がそびえ立っている。


尖った屋根。


色鮮やかな旗。


いくつもの塔が、空へ向かって伸びていた。


城の右側では、大きな観覧車がゆっくりと回っている。


左側には、曲がりくねった線路。


色鮮やかな車両が、高い場所から歓声とともに滑り落ちていった。


少し離れた場所では、メリーゴーランドが明るい音楽に合わせて回り続けている。


どこまでも広がる、巨大な遊園地。


先に入った一ノ瀬は、すでに立ち上がっていた。


俺たちが落ちてきたことに気づき、駆け寄ってくる。


「二人とも、大丈夫?」


「どうにかね」


俺は立ち上がり、服についた草を払った。


「ここが、さっき見えた場所?」


「うん。あの城で間違いない」


一ノ瀬が、遠くにそびえる城へ目を向ける。


突然、知らない世界へ放り込まれたというのに、その声は落ち着いていた。


「どうやら、行方不明になった子どもたちは、ここへ迷い込んだのかもしれません」


一ノ瀬はそう言って、遊園地の中を見回す。


会長から、一ノ瀬がサモンズと戦ったという話を聞いてはいたけれど、正直、どれほどの実力があるのかは分からない。


けれど、なかなか肝が据わってるやつなのは間違いないな。


そのとき、明るい音楽に紛れて、甲高い声が聞こえた。


「ようこそ!」


振り返る。


色鮮やかな服を着た、マスコットたちが並んでいた。


丸みを帯びた大きな頭。


象を小さくしたような、短い鼻。


淡い紫色の身体に、星柄の帽子と蝶ネクタイ。


夢を食べるという動物――バクを、可愛らしくしたような姿だった。


マスコットたちは満面の笑みを浮かべ、俺たちへ向かって両手を広げている。


「夢と笑顔の国――ドリームランドへ!」

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