再会
天鳥さんを床へ座らせ、私は息を吐いた。
白の身体を無理やり維持したせいで、召力も減っている。
私はすぐに円の姿を探した。
少し離れた場所で、円は刀を杖のように床へ突き立て、どうにか身体を支えている。
服は何か所も切り裂かれ、左腕や頬には血が滲んでいた。
立っているのが不思議なくらいだ。
その近くでは、梓さんが壁に背中を預けたまま、妙に楽しそうな顔をして座っている。
「いやあ、君らもやるやん!」
梓さんが、円と私を交互に見る。
「修坊も、ええ仲間に恵まれたな」
その笑顔は、私たちが勝ったこと以上に、修二さんのことを喜んでいるように見えた。
「というか、円くん。最後のあれ、なんや?」
梓さんは片手を振り、刀を振る真似をする。
「刀が途中で消えて、いきなり狂華の横から出てきたやろ。あんなん初めて見たで」
「ありがとうございます」
円は、こんなときまで律儀に頭を下げた。
「でも、あれはまだ刀身を出現させる場所が安定してなくて――」
そこまで言ったところで、円の身体が揺れた。
床へ突き立てていた刀が、淡い青色の粒子となって消えていく。
支えを失った円の膝が崩れた。
「円!」
私が駆け出す。
けれど、円のすぐ近くにいた狂華の方が早かった。
「わっ!」
狂華が両腕を伸ばし、倒れかけた円の身体を抱き止める。
「円、大丈夫?」
狂華の腕の中で、円は目を閉じたまま動かない。
顔色も悪い。
けれど、胸は小さく上下している。
気を失っているだけ――。
そう分かっても、安心できなかった。
それよりも。
どうして、この女が円を抱えているのよ。
「――っ! 円を離しなさい!」
思った以上に大きな声が出た。
狂華が、きょとんとした顔で私を見る。
「離しなさいって……支えてあげてるんだけど」
「支えるって……円がこんなになったのは、あんたのせいでしょ」
「うん!」
狂華は悪びれる様子もなく、満面の笑みで頷いた。
「とっても楽しかったよ!」
「なっ……」
狂華は私から視線を外し、腕の中で気を失っている円の顔をのぞき込む。
「円。またやろうね」
「な……な……!」
言葉が出てこない。
どうして気絶している相手へ、次の約束を取りつけているのよ。
しかも、円を抱えたままで。
「と、とにかく!」
私は狂華の前まで歩き、両腕を差し出した。
「円は私が、いつもの病院へ連れていくから! こっちへ渡しなさい」
「このまま私が運んでもいいよ?」
「絶対に駄目」
「なんで?」
たしかに、なんでかはわからないけど……
なんだか、やな気分になるからだ。
「駄目なものは駄目なのよ」
狂華は納得していない様子だったけれど、意外にも素直に円を差し出した。
私は円の背中と膝裏へ腕を回し、その身体を抱き上げる。
傷だらけになってまで、無茶して。
見切りがまだまだ甘いわね。まだ鍛錬が必要だけど、とりあえずは褒めてあげようかな。
「お姫様抱っこだ」
狂華が楽しそうに言った。
「うるさい! 円は気を失ってるんだから、これが一番安全なのよ」
私は円の身体が揺れないように抱え直し、狂華を睨みつける。
「天鳥さんは、しばらく動けないと思うけど……あんたも、修二さんとお兄ちゃんを追わないわよね?」
「うん!」
狂華は、また妙に素直に頷いた。
「私たちの負けだからね」
「……ふん!」
返事だけは素直だけど、信用していいのか全然分からない。
私は梓さんへ目を向けた。
「大丈夫や。狂華は勝負の結果には従うから」
「梓さん、怪我は大丈夫なの?」
「俺はええよ。それより、円くんをはよ連れてったり」
梓さんは片手を上げ、軽い調子で笑った。
「分かりました。無理して動かないでくださいね」
円を抱いたまま、廃ビルの出口へ向かう。
その背後から、梓さんの楽しそうな声が聞こえた。
「いやあ、青春やなぁ」
「違います!」
私は振り返らずに言い返し、そのまま廃ビルをあとにした。
時間は稼いだけど、修二さんとお兄ちゃんは、一樹さん達を止められただろうか。
◇
俺と尊流が、廃ビルを出てすぐ。
大通りでタクシーを拾い、トゥルルへ向かった。
窓の外を流れていく景色が、やけに遅く感じる。
何度も携帯でZやニュースを確かめた。
兄たちはすでに現地へ到着して、破壊工作が始まっていても、おかしくない。
「見えてきたぞ」
尊流の声に、俺は窓の外へ顔を向ける。
映画館。
屋内型のスポーツ施設。
いくつもの専門店が入ったショッピングモール。
それら複数の建物から構成された、街でも最大規模の大型商業施設。
敷地内には多くの人が行き交っていた。
買い物袋を手にした家族。
映画館へ向かう学生たち。
広場を走り回る子ども。
どこからも、炎や煙は上がっていない。
建物が崩れた様子もなかった。
まだ、始まっていない。
タクシーを降りると、俺は周囲の建物を見回した。
破壊によって能力者への恐怖を植えつけるのが目的なら、目立たない場所を壊しても意味がない。
俺は、トゥルルの中央にひときわ高くそびえ立つ、センタータワーを見上げた。
五十階を超える高層建築で、ここ一帯のどこからでも見える。
地上からでは、屋上の縁がほとんど見えない。
首が痛くなるほど顔を上げた、そのとき。
屋上付近で、一瞬だけ青い光が瞬いた。
見間違えるはずがない。
何度も見てきた、兄の炎だ。
「……兄さん」
隣に立つ尊流も、その光を見ていた。
「あちらさん、呼んでるみたいだぜ」
「ああ」
梓さんが計画を漏らしたことは、天鳥から兄へ伝わっているはずだ。
これまでの事件の被害状況を考えれば、一連の計画は、人への被害を出さないようにしているとわかる。
実行中に妨害が入れば、炎や岩の制御を誤り、死人や怪我人を出す可能性がある。
今回も人への被害はできるだけ少なくするつもりなのだろう。
だから兄は、始めていない。
俺たちを無力化した上で、計画を実行へ移すつもりなんだ。
「行こう、尊流」
俺たちは高層棟へ駆け込んだ。
◇
エレベーターで最上階まで上がり、非常階段を駆け上がる。
屋上へ続く鉄製の扉には、鍵がかかっているはずだった。
けれど、扉へ手を触れただけで、簡単に外側へ開いた。
鍵穴は赤黒く変色し、形を失っている。
兄の炎で溶かされたんだ。
俺は扉へ手をかけたまま、一度だけ息を整える。
ここを開ければ、兄がいる。
止めなければならない。
そのために、ここまで来た。
分かっているのに、指先がわずかに震えた。
「修二」
背後から、尊流が呼びかける。
俺は頷き、扉を押し開けた。
激しい風が、正面から吹きつける。
屋上は広かった。
灰色の床とヘリポート。その向こうに、低い金網と街の景色が広がっている。
いつの間にか空には厚い雲がかかり始め、昼間だというのに周囲は薄暗い。
屋上の中央に、二人の男が立っていた。
黒石さん。
そして――兄。
黒いロングコートが、強い風にはためいている。
長い黒髪が宙へ流れ、その横顔を隠しては、また露わにする。
数年ぶりの兄の横顔がひどく懐かしく見えた。
同時に、これから俺が止めなければならない相手なのだと思うと、胸の奥が締めつけられる。
「兄さん……」
自分でも驚くほど、声が震えた。
兄は、すぐには答えなかった。
眼下の街を見下ろしたまま、わずかに目を伏せる。
やがて、ゆっくりと振り返った。
その顔に、驚きはなかった。
怒りも、迷いもない。
俺がここへ来ることまで、計画の最初から受け入れていたような、静かな目だった。
「修二」
兄は、ただ俺の名前を呼んだ。
昔と変わらない声で。
けれど、その響きはどこまでも平坦だった。




