双虎
「ただ、事実を言ったまでです」
天鳥さんの足元に、青い召喚陣が浮かんだ。
青い光の中から、新たに数十羽もの鳥が顕現する。
すでに周囲を飛んでいた鳥と合流し、天鳥さんの頭上に巨大な群れを作り上げた。
「へぇ」
灯莉は少しだけ口角を上げた。
それ以上は何も言わず、静かに腰を落とす。
白も灯莉の隣で身を低くした。
天鳥さんが、右手を前へ伸ばす。
その指先が、わずかに動いた。
瞬間。
頭上を埋め尽くしていた青い鳥が、一斉に飛び立った。
正面から来る。
そう思った直後、群れが大きく四つに分かれた。
正面。
左右。
さらに一部は灯莉の頭上を越え、背後へ回り込んでいく。
数十羽の鳥が、四方から同時に灯莉へ襲いかかった。
「灯莉!」
思わず声を上げる。
けれど、灯莉は動じなかった。
琥珀色の瞳が、迫る鳥を一羽ずつ捉えている。
最初に到達した鳥の嘴を、顔を傾けるだけでかわす。
そのまま手の甲で軌道を変え、左から迫っていた鳥へぶつけた。
二羽の青い鳥が絡まり、床へ落ちていく。
右から飛び込んできた一羽を掌底で叩き落とす。
振り返ることなく肘を引き、背後から迫っていた鳥を打ち抜いた。
頭上から三羽。
灯莉が足元の瓦礫を蹴り上げる。
砕けたコンクリート片が散弾のように広がり、鳥たちの身体へ次々と命中した。
それでも、群れは止まらない。
一羽をかわした先へ、次の一羽が飛び込んでくる。
さらにその死角から、別の鳥が爪を伸ばす。
灯莉は半歩だけ位置を変えた。
爪が空を切る。
同時に伸ばした両手が、左右から来た二羽の首元を正確に捉えた。
その勢いを殺さず、正面へ投げる。
後続の鳥を巻き込み、何羽もの青い身体が宙で重なった。
槍宮一心流――八方捌き。
八方からの攻撃を、到達する順番に処理していく対多数の技。ただ、鳥相手にそれができるのは、灯莉の虎並みの動体視力があってこそだ。
防ぐだけじゃない。
相手の勢いも身体も、次の攻撃を防ぐために利用する。
灯莉を取り囲んだ鳥が、一羽、また一羽と床へ落ちていく。
傷ついた身体が青い粒子へ変わり、辺りに光の羽根を散らした。
数十羽もの鳥が視界を埋め尽くしている。
それなのに、灯莉の動きは止まらない。
鳥を叩き落としながら、少しずつ前へ進んでいる。
襲いかかってきた最後の一羽が、蹴り上げられて宙を舞った。
その身体が青い粒子となって崩れる。
舞い落ちる光の向こうから、灯莉が姿を現した。
すでに、天鳥さんの目の前まで踏み込んでいる。
「――っ!」
天鳥さんの表情が大きく変わった。
灯莉の右拳が、その腹部へ向かって放たれる。
天鳥さんの周囲に残っていた鳥が、一斉に二人の間へ飛び込んだ。
何羽もの青い鳥が幾重にも重なり、一枚の盾を作る。
灯莉の拳が、その中心へ突き刺さった。
鳥の盾が大きくへこむ。
衝撃に耐え切れなかった鳥が、次々と青い粒子へ変わっていく。
けれど、天鳥さんまでは届かない。
灯莉の拳を、どうにか受け止めた。
その直後。
天鳥さんの背後から、白が飛びかかった。
いつの間に回り込んでいたんだ。
鋭い爪は伏せられている。
その巨体を叩きつけるような体当たり。
直撃すれば、天鳥さんの身体は壁まで吹き飛ばされる。
しかし、天鳥さんは振り返らなかった。
背後に残していた鳥たちが白の接近を捉えている。
新たな鳥の盾が、天鳥さんと白の間へ広がった。
白の巨体が激突する。
青い鳥がまとめて弾き飛ばされ、盾が一瞬で崩れていく。
完全には止められない。
けれど、勢いはわずかに鈍った。
その一瞬で、天鳥さんは身体を横へ投げ出した。
灯莉の拳と、白の巨体。
二つの攻撃が、天鳥さんのいた場所を前後から挟み込む。
けれど、灯莉と白は衝突しなかった。
灯莉が白の頭上を跳び越える。
白も灯莉の足元を駆け抜けた。
互いの位置を入れ替え、着地と同時に天鳥さんへ向き直る。
天鳥さんは床へ片手をつきながら、すぐに身体を起こした。
乱れた呼吸を整え、灯莉と白を交互に見る。
「……本当に、先ほどまでとはまるで違いますね」
「言ったでしょ。円が危なっかしくて、集中できなかっただけよ」
天鳥さんの周囲へ、残った鳥が再び集まり始める。
「どうやら私は、白虎ばかりを警戒していたようです」
灯莉と白が、同時に姿勢を低くした。
二対の琥珀色の瞳が、まっすぐに天鳥さんを見据える。
「まるで、虎がもう一頭いるようですね」
「それ、褒めてるの?」
「最大限に」
灯莉が、わずかに口元を緩めた。
「そう。なら、受け取っておくわ」
それから、隣にいる白の首元へ手を触れる。
「白ちゃん」
白の耳が、灯莉の方へわずかに動いた。
「少しだけ、我慢してね」
『グルル……』
白が低く喉を鳴らす。
何をするつもりなんだ。
そう思った瞬間、灯莉と白が動いた。
白を先頭に、そのすぐ後ろを灯莉が走る。
一直線に、天鳥さんへ向かっていく。
天鳥さんが片腕を上げた。
周囲を旋回していた青い鳥が、白へ向かって一斉に飛び込んでいく。
一羽や二羽じゃない。
何十羽もの鳥が次々と白へ激突した。
嘴が白い毛並みへ突き刺さる。
鋭い爪が肩や脚を切り裂く。
白の身体から、白い光の粒子が飛び散った。
それでも、白は止まらない。
『グルルルル……!』
傷ついた箇所へ光が集まり、崩れかけた身体をつなぎ留めていく。
召喚獣である白は、損傷が形を保てる範囲なら、灯莉が召力を注ぐことで、崩れた部分を補うことができる。
けれど、そのたびに灯莉の召力は削られていく。
白の後ろを走る灯莉の呼吸が、少しずつ荒くなっていた。
「これ以上、近づかせません!」
天鳥さんが腕を振るう。
新たな鳥の群れが、正面から白へ突撃する。
白の顔や胸へ、何羽もの鳥が続けざまにぶつかった。
光の粒子が激しく舞い散る。
身体の輪郭が一瞬、崩れかける。
それでも灯莉は速度を緩めない。
白も脚を止めなかった。
「白ちゃん、あと少し!」
白が咆哮を上げる。
鳥の群れを振り払い、ついに天鳥さんの目前まで迫った。
白が後ろ脚で立ち上がり、その巨体を大きく起こした。
巨大な前脚を持ち上げ、鋭い爪が、光を反射した。
同時に大きく開かれた口から、太い牙がのぞく。
正面からあれを受ければ、ただでは済まない。
天鳥さんの表情から、冷静さが消えた。
「――っ!」
残っていた鳥が、すべて天鳥さんの前へ集まる。
青い身体が幾重にも重なり、これまでで最も厚い盾を作り上げた。
白の前脚が振り下ろされる。
その直前。
白の身体が、眩い光へ変わった。
振り下ろされるはずだった前脚も。
天鳥さんへ迫っていた牙も。
巨大な白虎の全身が、一瞬で無数の光の粒子となる。
「な——」
白を止めるために殺到していた鳥が、行き場を失った。
互いに翼をぶつけ、正面で動きを乱す。
光の粒の中から、灯莉が姿を現した。
天鳥さんの目が、灯莉を捉える。
灯莉は、わずかに口元を上げた。
「私への警戒、できてないじゃない」
白のすぐ後ろを走っていた灯莉は、すでに天鳥さんとの距離をほとんど残していない。
鳥たちが急降下を始める。
防がれる——
そう見えた。
灯莉の身体が、さらに低く沈んだ。
後ろ脚が床を蹴る。
その一歩で、速度がもう一段階跳ね上がった。
「速——」
俺の視界から、灯莉の姿が一瞬消えたように感じるほどの加速。
急降下した青い鳥の爪が、残像のように揺れた金色の髪の先をかすめる。
灯莉は鳥の包囲を抜け、天鳥さんの懐へ潜り込んでいた。
曲げた右腕を身体へ引きつけたまま、勢いを殺さず前へ踏み込む。
右肘が、天鳥さんのみぞおちへ深く突き刺さった。
「かはっ——!」
天鳥さんの身体が、くの字に折れる。
口から空気が漏れ、両脚から力が抜けた。
周囲を飛んでいた青い鳥が統制を失い、次々と高度を落としていく。
天鳥さんの膝が床へ落ちる寸前、灯莉が天鳥さんの腕をつかんだ。
倒れる勢いを殺し、ゆっくりと床へ座らせる。
「ふぅ……」
灯莉が額の汗を拭う。
天鳥さんはみぞおちを押さえ、苦しそうに息をしながらも意識は失っていない。
あれだけの速度で踏み込みながら、灯莉は肘が当たる直前に、威力を抑えていたらしい。
「まあ、修二さんの知り合いみたいだし」
灯莉は腰へ片手を当て、天鳥さんを見下ろす。
「大怪我させるわけにもいかないからね」
白の身体を作っていた光が、灯莉の背後でゆっくりと消えていく。
灯莉は、最初からこの攻撃を使えたんだ。
それでも、俺と狂華の戦いが終わるまでは白を消さなかった。
もし俺が本当に危険な状況になれば、いつでも白をこちらへ向かわせられるように。
灯莉は天鳥さんと戦いながら、ずっと俺のことを守ってくれていたんだ。




