↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/38

サモンズ

海の葬儀は、あいつが世話になっとった児童養護施設が中心になって執り行われた。


俺らデモンズの人間も、全員が参列した。


白い棺の中で眠る海は、いつもと変わらん穏やかな顔をしとった。


今にも目を開けて、腹を空かせた俺らを心配しそうやった。


その日の夜。


俺らはホームの食堂に集まり、美嘉が作った飯を食べた。


形の崩れた煮物。


少し焦げた焼き魚。


妙に水分の多い飯。


いつもなら、勝が真っ先に文句を言う。


俺も、なんやかんやと茶化したやろう。


せやけど、その日は誰も何も言わんかった。


ただ黙って、美嘉の作った飯を口へ運んだ。


「……なんか言えよ」


美嘉が、箸を置いた。


「まずいなら、いつもみたいにまずいって言えよ……」


声が震え始める。


「私が作ったって……こんなもんしか作れねえんだよ……」


目から涙がこぼれ落ちた。


「海みたいには、作れねえんだよ……!」


勝が俯く。


修坊も、声を押し殺すように泣き始めた。


俺は何も言えんまま、口の中の飯を飲み込んだ。


味なんか、分からんかった。


一樹は食卓の端に座り、ほとんど箸を動かさず、海がいつも座っとった席を見つめていた。


◇


海が死んでから、一樹はしばらく魂が抜けたようになっとった。


誰が声をかけても、短い返事をするだけ。


仕事にも出ず、ほとんど部屋から出てこんかった。


せやけど、能力を持った子どもが、また何者かに攫われたらしい。


そんな情報が入った日から、一樹は変わった。


今思えば、一樹は海の死を、ただ一人の男が引き金を引いた結果やとは考えとらんかったんやと思う。


能力者を狙っとった凶鬼の動きを、事前に見つけられんかったこと。


異客について何も知らず、ホテルで起きた混乱の中、凶鬼の残党を逃がしたこと。


能力者を狙う人間や異客から、仲間を守るための仕組みがなかったこと。


その全部が、海を死なせた。


一樹は、そう考えとった。


「能力者を狙う人間も、異客も、このままにしておけば、また誰かが犠牲になる」


一樹は、海がいつも座っとった席を見つめた。


「次は修二かもしれない。梓や黒石さんかもしれない。勝や美嘉たちまで、巻き込まれるかもしれない」


その手が、強く握り締められる。


「もう二度と、あんなことは起こさせない」


能力者が狙われたという噂を聞けば、どれだけ遠くても確かめに行った。


家族から恐れられ、帰る場所を失った子どもがおれば、寝る場所を探した。


俺らを襲った、異客と呼ばれる化け物についても調べ続けた。


ほとんど眠らず、飯もろくに食わん日があった。


さすがに止めたほうがええんやないか。


そう思うこともあった。


せやけど、何もせず部屋へ閉じこもっとった一樹が、ようやく前を向こうとしとる。


それなら今は、好きにさせたほうがええ。


俺は、そう考えた。


能力者に関係する事件は、その後も増え続けた。


力を制御できず、事故を起こす者。


能力を利用しようとする人間に狙われる者。


家族から恐れられ、居場所を失う子ども。


そして、能力者を狙って現れる異客。


デモンズにも、毎日のように相談が入るようになった。


せやけど、ホームには能力を持たん人間も多い。


異客が俺らを追ってホームへ現れれば、勝や美嘉たちまで巻き込まれる。


ある夜。


一樹は、ホームにいる全員を食堂へ集めた。


「能力者を守るための、新しい組織を作る」


一樹は、全員の顔を見回しながら言った。


「能力の暴走、誘拐、異客による被害。これから、こうした事件はさらに増える」


美嘉が眉をひそめる。


「デモンズでやればいいだろ」


「デモンズには、能力を持たない人間もいる」


一樹は、勝たち年少組へ目を向けた。


「異客は能力者を狙う。今はまだ、このホームで被害は起きていない。だが、これからも起きない保証はない」


「だから、出ていくっていうのかよ」


美嘉の声が低くなる。


「海がいなくなったばっかりなのに、今度はお前らまで出ていくのか?」


「ホームをなくすわけじゃない」


「同じことだろ!」


美嘉がテーブルを叩いた。


食器が大きな音を立てる。


「一人減って、また四人減る! それのどこが同じじゃねえんだよ!」


一樹は、美嘉から目を逸らさなかった。


「もうあんなことを起こさないためにも、必要なんだ」


美嘉の顔が歪む。


「海のような犠牲を、二度と出さない。そのためには、能力者に関する事件と、異客への対応を専門に行う組織がいる」


「…………」


「能力を持たない人間を巻き込まないためにも、活動拠点はホームから離す」


俺も、一樹の言うことが間違っとるとは思わんかった。


俺らがここにおることで、勝や美嘉まで巻き込まれるかもしれん。


それだけは、絶対にあかん。


黒石さんは、何も言わんかった。


それでも、一樹の言葉に反対はせんかった。


それが、黒石さんの答えなんやと思った。


食堂は静まり返っていた。


「……新しい組織の名前は決めとるん?」


俺が尋ねると、一樹は迷わず答えた。


「サモンズ」


俺は鼻で笑った。


いつもみたいに笑ったつもりやった。


けど、自分でも、うまく笑えとらんのが分かった。


「はっ。やっぱ、ダサいな」


一樹が、わずかに口元を緩めたような気がした。


せやけど、美嘉も勝も笑わんかった。


その日。


能力者と異客に関する事件へ対応するための組織――サモンズが生まれた。


◇


俺、一樹、修坊、黒石さんは、ホームから離れた場所に新しい拠点を構えた。


二度と会えんようになるわけやない。


仕事がない日は、ホームへ顔を出すこともできた。


せやけど、全員が同じ場所で暮らし、同じ食卓を囲む日々は終わった。


サモンズは、多くの能力者を救った。


行き場を失った者を保護し、力の使い方を教え、異客が現れれば戦った。


やがて仲間も増え、修坊も俺らと一緒に戦うようになった。


俺らのやっとることは、間違ってへんかった。


少なくとも、俺はそう信じとった。


せやけど、世間が能力者を見る目は、厳しくなる一方やった。


一樹は、能力者を守るためには、能力者とそうでない人間を分ける必要があるという考えを強めていった。


修坊は、その中でも共存する道を探そうとしていた。


やがて修坊は、サモンズを離れた。


俺は一樹のそばに残った。


一樹の考えが、少しずつ危うい方向へ進んどることには気づいとった。


それでも、止められんかった。


一樹がようやく見つけた、生きていく理由を奪いたくなかった。


海を守れんかった俺に、一樹の選んだ道を否定する資格なんてないような気もした。


何より――俺自身が、考えんようにしとった。


俺らは何度も、海の名前を口にした。


海みたいな犠牲を、二度と出さんために。


海の死を、無駄にせんために。


せやのに――海ならどうするか。


それだけは、誰も口にせんかった。


海の死を背負って、前に進んどるつもりやった。


けど俺らは、生きとった海を、あの日に置き去りにしたままやった。


◇


「誰かが傷つくかもしれないなら、止めないと駄目なんです」


一ノ瀬円の声が、廃ビルに響いた。


「どんな理由があっても、取り返しがつかなくなってからじゃ遅い」


俺は、その顔を見つめた。


初めて会ったはずの少年。


せやのに、その言葉は、ずっと昔から知っとる誰かの声みたいに聞こえた。


――どっちかが大怪我してからじゃ、遅いよ。


あの日。


俺と一樹の間に飛び込んできた海も、同じことを言っとった。


なんで修坊に会いに来たんか。


そんなこと、自分でも分かってへんかった。


昔の仲間の顔を、久しぶりに見たくなっただけやと思っとった。


せやけど、違ったんかもしれん。


俺は、誰かに止めてほしかったんや。


一樹を。


俺自身を。


俺らが海を置き去りにしたまま進んできた、この道を。


「……そうやな」


俺が呟くと、尊流がわずかに眉を動かした。


喉元には、まだ槍の穂先が突きつけられとる。


せやけど、もう勝負を続ける気はなかった。


俺は円を見た。


「……あいつなら」


口にしただけで、胸の奥が痛んだ。


「海なら、そう言うたやろな」


修坊が目を見開いた。


俺は天井を見上げ、ゆっくりと息を吐く。


「一樹は今、トゥルルに向かっとる」


「兄が、あの大型商業施設に……?」


「ああ。次の標的はトゥルルや。黒石さんと二人で、もう向かっとる」


修坊の顔色が変わった。


「まだ、間に合いますか?」


「二人ともバイクや。急がんと厳しいやろな」


尊流が、俺の喉元から槍を引いた。


俺は床へ手をつき、立ち上がろうとする。


「ほな、行くで。俺が――」


足に力を入れた瞬間、全身へ鋭い痛みが走った。


膝が崩れ、片手を床へつく。


「梓さん!」


修坊が駆け寄ろうとする。


「来んな。これくらい――」


もう一度立とうとしたが、今度は腕にも力が入らんかった。


尊流が俺を見下ろす。


「その身体で来ても、足手まといだ」


「……勝ったからって、偉そうにしよるな」


「事実だろ」


言い返したかったが、何も出てこんかった。


ほんま、格好つかんな。


俺は床へ座り直し、修坊を見る。


一樹へ何を言うべきか。


どうすれば、あいつが止まるのか。


俺には、もう分からん。


せやけど、修坊なら。


一樹と同じものを見ながら、それでも違う道を選んだこいつなら、まだ間に合うかもしれん。


「行ってこい、修坊」


「梓さん……」


俺は、修坊の目をまっすぐに見た。


「お前が止めたってくれ」


修坊は唇を強く結んだあと、頷いた。


「……はい」


尊流が槍を消し、出口へ向かう。


修坊も、そのあとを追おうとする。


扉の前で一度だけ立ち止まり、俺を振り返った。


「必ず、兄を止めます」


「ああ」


俺は、いつものように笑ってみせた。


「頼んだで、修坊」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。