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槍宮家

朝、出会ったばかりの男の子が、うちに来ることになった。


どうしてこうなった?


……いや。分かってる。

私のせいだ。


『失敗したのはいい。あとは、その結果にどう向き合うかだ』


父さんが、昔からよく言っている言葉だ。


一ノ瀬くんを放っておくのは、起きたことから逃げるのと同じ。

それはしたくない。


だから、うちに来てもらう。


うん。

筋は通っている。


父さんも、お兄ちゃんも、きっとそうする。


……ただ。


やっぱり。


同い年の男の子と、一つ屋根の下で生活するっていうのは――


「うう……」


私のバカ。


なんであのとき、一ノ瀬くんの反応で気づかなかったのよ……!


隣を歩いていた、その“一緒に住むことになった男の子”が、心配そうにこちらを見る。


「……大丈夫?」


私は即答した。


「全っ然、問題ないわ」


「そ、そう……?」



今、私とお兄ちゃんと一ノ瀬くんは、

一ノ瀬くんの暮らす孤児院へ向かっている。


今日から、一ノ瀬くんにうちへ来てもらうため。

その説明をしに行くところだ。


「……納得してくれるでしょうか?」


一ノ瀬くんが、不安そうに聞いた。


「うちの親父は納得してくれたが、こればっかりは分からんなー」


お兄ちゃんは、いつもの調子で答える。


「まあ、駄目なら修二に相談だな」


「橘部長に?」


「ああ。まあ今回は、うちでケツを拭きたいんでな。それは最後の手段だ」


「そうですか……」


少し考えたあと、一ノ瀬くんが前を指さした。


「あ! すぐそこです」



ここが、一ノ瀬くんの家。


そこにあったのは、少し大きな一軒家のような建物だった。


中からは、子どもたちの楽しそうな声が聞こえてくる。


一ノ瀬くんは、玄関を開けるなり声を上げた。


「帰ったよー!」


ほどなくして、中から優しそうな女性が出てきた。


「おかえり。あら? お友達?」


すると、お兄ちゃんはすぐに頭を下げた。


私も、それに続いて慌てて頭を下げる。


「槍宮尊流(やりみや・たける)と申します。こちらは妹の灯莉(あかり)です。本日は急にお伺いしてしまい、申し訳ございません」


「あら、ご丁寧にどうも。一ノ瀬陽子といいます」


女性――陽子さんは、柔らかく笑った。


「ここではなんだから、中に入って。少し散らかってるけど、許してね」



私たちは、リビングへ案内された。


ほどなくして、陽子さんはお茶の置かれたお盆をもって、これまた優しそうな髭を生やした男性を連れて戻ってきた。


「ここの院長をしている、一ノ瀬茂男といいます」


男性――茂男さんは、穏やかに笑った。


「早速、円に友人ができたみたいで嬉しいよ」


「え、あ……」


一ノ瀬くんは、少し照れたように視線をそらした。


「それで、何やらお話があるとか?」


お兄ちゃんが、座ったまま姿勢を正す。

陽子さんにしたように自己紹介をして、改めて頭を下げた。


「実は、お願いしたいことがあります。その前に、うちの道場――槍宮道場のことはご存じでしょうか?」


「もちろん知っているよ! とても大きな道場だからね」


「光栄です」


お兄ちゃんは、少しだけ笑った。


「実は、俺はそこで師範代を務めています」


そこで一度、一ノ瀬くんを見る。


「円くんには、特別な才能があります」


陽子さんと茂男さんの表情が変わった。


「今日から、うちに住み込みで稽古をさせてもらいたいんです。当然、衣食住はこちらで責任を持ちます」


「円に……才能が?」


陽子さんが驚いたように聞き返した。


「それに、今日から? 住み込みですか?」


「はい」


お兄ちゃんは迷わず答える。


「円くんの才能は本物です。ただ、うちの流派は幼い頃から習い始める者が多く――」


「つ、強くなりたいんだ!」


一ノ瀬くんが突然、声を上げた。


全員の視線が集まる。


「み、みんなを守れるように、強くなりたいんだ」


「俺、ちょっと頼りないところもあったかもしれないけど……でも、強くなって、みんなを……」


一ノ瀬くんは必死だった。


見ているだけで、少し胸が痛くなる。


それに――



「円」


茂男さんが、静かに呼びかけた。


「分かった。分かったよ」


一ノ瀬くんが顔を上げる。


「円がやりたいなら、挑戦してみなさい」


「あなた!」


陽子さんが思わず声を上げた。


「槍宮さんのところは、よく知ってる」


茂男さんは穏やかに続ける。


「前に、子どもの教育について話したことがあってね。彼なら円を悪いようにはしないだろう」


それから、一ノ瀬くんを見る。


「それに――円は、もう決めているようだぞ」


「……」


陽子さんは、少しのあいだ何も言わなかった。


それから、一ノ瀬くんの顔を見る。


「……本当に、行きたいの?」


「うん」


「……そう」


陽子さんは、少しだけ息を吐いた。


「円が決めたなら、私も応援するに決まってるじゃない」


そう言って陽子さんは笑った。


でも、その目は少しだけ寂しそうに感じた。



◇



一ノ瀬くんは、荷造りをしている。


お兄ちゃんはその間、父さんが後日あらためて挨拶に来ることや、今後の生活のことを茂男さんたちと話している。


「円にーちゃん、どこか出かけるの?」


小さな子が、一ノ瀬くんの荷物を見ながら聞いた。


「そうだぞ!」


一ノ瀬くんは、わざと明るく笑う。


「これから修行するんだ! いいだろ?」


「かっこいいー!」


「へへへ」


一ノ瀬くんも、少し得意そうに笑った。


でも、その子はすぐに首をかしげた。


「でも、すぐ帰ってくるよね?」


「う……うん!」


一ノ瀬くんは、一瞬だけ言葉に詰まった。


「強くなって、帰ってくるよ!」


そう言って、一ノ瀬くんはその子をぎゅっと抱きしめた。



◇



「いってきます!」


「いってらっしゃい。たまには帰ってきなさいよ」


「うん!」


茂男さんがお兄ちゃんに向き直る。


「尊流くん。円をよろしく頼むよ」


「分かりました。任せてください」


それから茂男さんは、一ノ瀬くんを見る。


「円。いってらっしゃい」


「う、うん!」


こうして、一ノ瀬くんはうちに住むことになった。



◇



「円、行っちゃったわね」


陽子さんが、少し寂しそうに呟いた。


「心配だわ。それに……何か隠してるみたい」


「そうだな」


茂男さんも、円たちが出ていった玄関の方を見る。


「ただ、息子にあんな目をされたらな」


「……そうね」


陽子さんは小さく笑った。


「今度、こちらからもご挨拶に伺いましょう」



◇



槍宮家へ向かう途中。


しばらく歩いたところで、私は口を開いた。


「……ごめんね」


「え?」


「やっぱり、私が余計なことしなければ……」


「槍宮さん」


「なに?」


「俺、怒ってないよ」


「……」


「白(はく)を見たとき、正直すごいって思ったし」


「え?」


「刀を召喚できたときも、嬉しかった」


「でも……」


一ノ瀬くんは、少し考えるように続けた。


「それに……実は、槍宮さんみたいに強くなれると思うと、ちょっとワクワクするんだ」


一ノ瀬くんは、少し笑った。


「だから、そんな顔しないでよ」


「……してないわよ」


私は少しだけ顔を背ける。


「それに、そんなにすぐ強くなんてならないからね!」


「えー」


「えー、じゃない!」



◇



「……でか」


一ノ瀬くんが、思わずそう呟いた。


槍宮家の門は、普通の家のものとは明らかに違う。

古い木造の大きな門。

その奥には母屋が見え、さらにその向こうには道場がある。


「ここ、家なの?」


「家よ」


「道場じゃなくて?」


「道場もあるわ」


「……両方?」


「両方」



一ノ瀬くんは、歩きながら、周りを興味深そうに眺めている。


「すごいや! なんか大名のお屋敷って感じ!」


「あー、もともと大名屋敷だったからな」


お兄ちゃんが何でもないことのように答えた。


「江戸時代にここに道場を構えて、それから今に至るって感じだ」


「へーー!! すごい歴史があるんですね!」


その言葉に、私は思わず胸を張る。


「そうよ! 槍宮一心流はもともと――」


「着いたぞ」


「ちょっと!」


お兄ちゃんが玄関を開ける。


ガラッ。


「ただい――」


ドガッ!!!


お兄ちゃんが言い終わるより先に、

母屋の奥から、腹の底に響くような音が聞こえてきた。


一ノ瀬くんが目を丸くする。


「……今のは?」


「親父だ」


お兄ちゃんが奥を見る。


「道場で稽古してるんだろ」


「稽古……」


一ノ瀬くんの顔が、少し引きつった。


「親父ーーー! 一ノ瀬を連れてきたぞーーー!」


お兄ちゃんの声が家中に響く。


しばらくすると、奥の道場につながる戸が開いた。


父さんだ!


鍛え抜かれた身体は、まるで筋肉の鎧でもまとっているみたい。

お兄ちゃんも相当大きいけれど、父さんはそれよりさらに一回り大きく見える。


……わたしも、かなり鍛えてるんだけどな。


「来たか」


父さんは、一ノ瀬くんを見る。


「一ノ瀬円だな」


「は、はい!」


「話は尊流から聞いている」


それだけ言うと、父さんは少しだけ表情を緩めた。


「自分の家だと思って過ごせ」


「……はい!」


「すまんが、鍛錬の途中でな。詳しい話はあとだ。また顔を見せる」


父さんはそう言うと、再び道場へ戻っていった。


一ノ瀬くんは、父さんが消えた戸をしばらく見つめていた。


「……槍宮さん」


「なに?」


「お父さんも、すごく強そうだね」


「強いわよ」


「やっぱり……」



◇



お母さんとも挨拶を済ませた一ノ瀬くんは、荷物を自分の部屋に置いたあと、お兄ちゃんに道場へ連れていかれた。


それにしても、一ノ瀬くんって結構いい子よね。


私だったら、もう少し怒っちゃうかも。


あんなに優しくて、ちゃんと強くなれるのかしら。


……あとで、道場を覗いてみよ。



◇



私が道場に着くと、一ノ瀬くんはすでに刀を召喚していた。


「円。その刀だが、よく見せてもらってもいいか?」


「はい! かまいません!」


……いつの間にか、名前呼びになってる。


一ノ瀬くんが差し出した刀を、私もあらためて見る。


黒に近い柄巻き。


黒鉄の、円を描くような鍔。

その円環は一部だけ欠けている。


刀身は派手ではない。

銀色の、どちらかといえば静かな日本刀だ。


なのに、ときおり――


刃の周囲を、青白い光が稲妻のように走る。


刀身に刻まれた模様じゃない。

光そのものが、刀の周りを一瞬だけ駆け抜けているみたいだ。


……不思議な刀。


「どうでしょう?」


一ノ瀬くんが、少し期待したように聞いた。


「能力とか、そういったことは橙子に聞いた方がいいかもしれんが……」


お兄ちゃんは刀を眺めながら言った。


「いい刀だと思うぞ」


「ありがとうございます!」


一ノ瀬くんは、とても嬉しそうだ。


そのあとは、構え方や素振りなんかの基本的な稽古が始まった。


私は少し離れたところから、その様子を眺めていた。



◇



翌日。


放課後、文化研究部の部室。


私たちが中に入ると、橙子さんは大きな地図を机いっぱいに広げていた。


地図には、赤の印がいくつも書き込まれている。


「……何してるんですか?」


一ノ瀬くんが覗き込む。


「異客の発生地点をまとめてるの」


橙子さんは、地図から目を離さない。


「昨日のも入れて?」


「うん。それと、ここ最近の記録も」


私も横から覗き込む。


ぱっと見ただけでも、印の数はかなり多い。


「……こんなに?」


一ノ瀬くんが驚いたように言った。


「問題は数だけじゃないんだよね」


橙子さんが、一本のペンで地図の一角を囲む。


「ここ」


「……?」


「発生場所が、妙に偏ってる」


私は、囲まれた範囲を見る。


確かに。


印が、そこだけ不自然なくらい集中している。


「偶然……じゃない?」


私が聞くと、橙子さんは少し考えてから首を振った。


「まだ分からない」


そして、地図を見つめたまま呟いた。


「でも――調べる価値はあると思う」


AIで作成した挿絵やキャラクターイメージなどを、こちらに投稿予定です。

気になりましたら、ぜひ覗いていただけると嬉しいです。

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