ゴールデンエイジ②
一樹と修坊がデモンズに加わってから、一年ほど。
やっぱり、最初に思ったとおりや。
一樹は、なかなかやる男やった。
頭が切れる。度胸もある。仕事を取ってくるだけやなく、人を動かすんもうまい。
おかげで、デモンズへ持ち込まれる仕事も前より増えた。
特に最近多いのが、妙なもんを呼び出す力――召喚術に絡んだ揉め事や。
力を手に入れて気が大きくなったやつ。
自分でも制御できず、周囲へ迷惑をかけるやつ。
警察にも、普通の喧嘩や事故としか思われとらんような事件が、街のあちこちで起き始めていた。
その日も俺と一樹は、能力者絡みの揉め事を収めるため、街へ出ていた。
そして、なぜか一樹の隣には修坊もおった。
「なあ、修坊」
俺は隣を歩く修坊の頭へ手を置いた。
「今日は危ないかもしれん。悪いこと言わんから、ホームに帰り」
修坊は、俺の手を払いながら答える。
「最近、自分の召喚術についていろいろ調べて、面白い使い方を思いついたんだ。それを試したい」
「はぁ……」
一樹が深いため息をついた。
「だから、来るなと言っただろ。それに、なるべく荒事にはしないつもりだ」
「でも、梓さんも一緒に来るってことは、荒事になる可能性が高いってことだろ?」
「おっ」
俺は思わず笑い、もう一度修坊の頭を撫でた。
「修坊、ええところに気ぃついたな」
「梓。感心するところじゃない」
一樹が呆れたように言う。
「お前がいるから、荒事になるんじゃないのか?」
「人聞き悪いこと言うなや。向こうが素直に話を聞かんのが悪いんやろ」
「今日のやつらも、たぶん話を聞かん顔しとる」
「どんな顔だ、それは」
隣を見ると、修坊が小さく笑っていた。
今回の相手は、もともと別々だった二つの不良チームが一つになってできた集団や。
二人の能力者が現れたことで勢力を伸ばし、最近ではほかのチームの仕事を力ずくで奪うようになった。
商店や飲食店へみかじめ料を要求し、断った店を能力で脅したこともあるらしい。
俺たちへの依頼は、そいつらを止めること。
できれば、話し合いで。
まあ、無理やろな。
◇
連中が根城にしていたのは、街外れにある古い倉庫やった。
錆びたシャッターをくぐると、十五人ほどの男が待ち構えていた。
その中央に、椅子へ座った二人の男がおる。
一人は、短く刈った黒髪。
もう一人は、首元まで伸びた赤みがかかった茶色い髪。
どちらも、俺らより少し年上に見えた。
黒髪の男が、俺と一樹を交互に見て笑う。
「デモンズが来るって聞いたから、どんな連中かと思えば……ガキかよ」
一樹が一歩、前へ出た。
「最近、お前たちが奪った仕事から手を引け。みかじめ料として集めた金も、すべて返してもらう」
倉庫の中に、笑い声が広がった。
「いきなり来て、何様のつもりだ?」
黒髪の男が椅子から立ち上がる。
男の周囲に、赤黒い召喚陣がいくつも浮かび上がった。
陣の中から、刃先が姿を現す。
短いナイフ。
長いナイフ。
湾曲した刃を持つものまである。
合わせて十本以上。
男は得意げに両腕を広げた。
「俺たちには、選ばれた力がある。力のないやつから奪って、何が悪い」
「一樹」
俺は隣にいる一樹へ声をかけた。
「やっぱり、話を聞かん顔やったやろ?」
「顔は関係ない」
一樹が静かに答える。
黒髪の男の顔が引きつった。
「余裕ぶってんじゃねえ!」
周囲に浮かんでいたナイフが、一斉に放たれた。
十数本の刃が、正面から一樹へ迫る。
せやけど、一樹は避けようともせえへんかった。
一樹の前には、すでに青い召喚陣が展開されていた。
次の瞬間、青い炎が勢いよく噴き出した。
飛来したナイフが、まとめて炎にのみ込まれる。
赤く熱せられ、形を失い、軌道を乱して床へ落ちていく。
耳障りな金属音が、倉庫の中に響いた。
一樹は、青い炎の向こうから黒髪の男へ近づいていく。
「それで全部か?」
「なっ……!」
黒髪の男が後ずさる。
再び召喚陣を展開しようとした、その顔面へ一樹の拳が突き刺さった。
男の身体が浮き、背後の椅子ごと床へ倒れる。
一発。
たった、それだけやった。
「てめえ!」
今度は、茶髪の男が立ち上がった。
その両脇に、二つの召喚陣が開く。
中から姿を現したのは、二頭の大型犬やった。
普通の犬より、ひと回りはでかい。
剥き出しになった牙も、太い前脚から伸びる爪も、どう見ても喧嘩に使うためのもんや。
その全身は、赤みがかった茶色い毛に覆われていた。
「食い殺せ!」
二頭の闘犬が、同時に地面を蹴った。
一頭は一樹へ。
もう一頭は俺へ向かってくる。
俺の足元に、紫がかった黒い召喚陣が開く。
陣からせり上がった長い柄をつかみ、大鎌を引き抜いた。
飛びかかってきた闘犬の牙をかわし、その横腹を柄で殴りつける。
鈍い音とともに、闘犬の身体が床へ叩きつけられた。
そのまま大鎌を回転させ、刃の腹をもう一頭へ向けて振り抜く。
せやけど、そっちは俺の刃が届くより先に、一樹の青い炎に吹き飛ばされていた。
二頭の闘犬が、ほとんど同時に光の粒となって消える。
茶髪の男が目を見開いた。
「そ、そんな……」
「犬に任せとらんで、自分でかかってきたらどうや?」
俺が笑いかけると、男は慌てて後ろへ下がった。
逃がすつもりはない。
大鎌の柄が途中から黒い鎖へ変わる。
伸びた鎖が男の足へ巻きつき、俺はそのまま強く引いた。
「うわっ!」
男の身体がひっくり返り、背中から床へ落ちる。
俺は鎖を縮めて大鎌を手元へ戻すと、その切っ先を男の喉元へ向けた。
「終わりやな」
残った連中は、しばらく呆然と俺たちを見ていた。
「……びびるな!」
その中の一人が、無理やり声を張り上げる。
「相手は二人だ! まとめてかかればやれる!」
男たちは顔を見合わせる。
それから、それぞれ鉄パイプや木刀を手に取り、一斉に俺たちへ向かってきた。
数だけは多い。
俺は大鎌を肩へ担ぎ直す。
「一樹。半分ずつでええか?」
「なるべく大怪我はさせるなよ」
「そら、向こう次第やろ」
俺たちが迎え撃とうとした、そのとき。
「二人とも、少し待って」
後ろから修坊の声がした。
振り返ると、修坊がポケットへ手を入れている。
取り出したのは、数本のボルトと、丸みを帯びた小石やった。
どうやら、ホームから持ってきたらしい。
「修二。何をするつもりだ?」
「試したいことがあるって言っただろ」
修坊が、それらを両手の中へ広げる。
一つ一つの表面に、小さな青い召喚陣が浮かび上がった。
陣が一度、強く輝く。
けれど、何も起こらない。
修坊は、向かってくる男たちとの距離を確かめた。
それから、召喚陣のついたボルトと小石を立て続けに投げる。
床を跳ね、男たちの足元へ転がっていった。
「なんだ、そりゃ!」
先頭の男が笑い、それらを踏み越える。
修坊は、指を動かすことも、何かを命じることもせんかった。
ただ、じっと男たちを見ている。
一秒。
二秒。
三秒。
パンッ!
乾いた破裂音とともに、ボルトに付与された召喚陣が青く輝いた。
続けて、小石に浮かんだ陣も次々と光を放つ。
パンッ! パンッ!
青い火花と強い光が弾け、白い煙が広がった。
「うわっ!」
「なんだ!?」
男たちが反射的に顔を覆う。
先頭の男が足を止め、後ろから走ってきた仲間がその背中へぶつかった。
驚いて尻もちをつく者。
隣の人間を押し退けようとして、さらに体勢を崩す者。
一発一発の威力は、爆竹と大して変わらない。
まともに当たったところで、人を倒せるほどのもんやない。
せやけど、喧嘩の最中に足元で音と光が立て続けに弾ければ、それで十分やった。
連中の足が、一斉に止まる。
「今だ、かず兄!」
一樹は、修坊が声を上げるより先に動いていた。
俺も笑いながら地面を蹴る。
一樹の拳が、先頭にいた男のみぞおちへ突き刺さる。
俺は別の男の足を鎌の柄で払い、そのまま隣にいた男の顎を蹴り上げた。
立て直す暇なんか与えへん。
一樹が右。
俺が左。
煙と混乱の中を駆け抜け、向かってくる男たちを次々と床へ沈めていく。
数秒後。
立っているのは、俺と一樹、それから少し離れた場所にいる修坊だけになっていた。
「……修坊」
俺は大鎌を肩へ担ぎ、後ろを振り返った。
「自分、なかなかえげつないこと考えるなあ」
「威力が足りないなら、まともに戦う必要はないからな」
修坊は、なんでもないことのように答えた。
一樹が、床に落ちたボルトを拾い上げる。
召喚陣はすでに消え、ただのボルトへ戻っていた。
「離れた場所から発動させたのか?」
「違う。投げる前に起動して、発動を三秒遅らせたんだ」
俺は一樹の顔を見る。
一樹も、少し驚いたように修坊を見ていた。
「修坊、やっぱり自分おもろいな」
俺が笑いながら頭を撫でると、修坊は嫌そうにその手を払った。
「子ども扱いするな」
「十二歳は十分子どもやろ」
「梓さんだって、俺と四つしか変わらないだろ」
「男は一五で元服やから、おれは大人や」
「いつの時代の話だよ」
修坊が呆れた顔をする。
その横で、一樹が小さく息を吐いた。
「とにかく、次から勝手に使うな。失敗したらどうするつもりだった」
「失敗しないように、昨日からホームの裏で何度も試した。 それに、うまくいったでしょ?」
一樹は何かを言い返そうとして、結局、言葉を飲み込んだ。
その口元が、ほんの少しだけ緩んどる。
一樹だけやない。
修坊も、どうやらとんでもないやつらしい。
◇
昼過ぎ。
俺たちがホームへ戻ると、修坊が真っ先に玄関を開けた。
「ただいまー。なんか腹減ったー」
返事の代わりに、厨房のほうから賑やかな声が聞こえてきた。
それと一緒に漂ってくる、甘く香ばしい匂い。
小麦とバター、それから焼けた果物の匂いやろか。
「できてる、できてる! すごい!」
美嘉のはしゃいだ声。
「おおおおお……!」
勝の歓声も聞こえる。
「美嘉さん、大成功ですね!」
海まで、いつになく声を弾ませとった。
なんや、騒がしいな。
俺たちは顔を見合わせ、厨房を覗き込んだ。
「なんやなんや。えらい、はしゃいどるやん」
厨房の中央では、美嘉が大きな皿を両手に持っていた。
「お、梓! これ見てみろ!」
皿の上に載っていたのは、焼き上がったばかりのアップルパイやった。
こんがりと焼けた網目状の生地。
隙間からは、煮詰められた林檎が覗いている。
表面には艶があり、めちゃくちゃうまそうな匂いを漂わせとった。
その後ろには、少し前にホームへやってきたばかりのオーブンレンジがある。
美嘉は目を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
「ま、まさか美嘉、これ……」
「美嘉さん特製アップルパイ!」
「このうまそうな匂いさせとるもんを、美嘉が作ったんか?」
「どういう意味だ、こら!」
美嘉が俺を睨む。
「いや、だって自分の料理、基本的に黒いか、生焼けか、その両方やったやん」
「つい先週も、目玉焼きを炭にしとったやろ」
「あれは勝が話しかけてきたから!」
「俺のせい!?」
勝が驚いたように自分を指差す。
海が困ったように笑いながら、助け舟を出した。
「私も少し手伝いましたけど、ほとんど美嘉さんが作ったんですよ」
「ほんまに?」
「はい。林檎を切るところから、生地を編むところまで」
修坊がアップルパイへ駆け寄った。
「うわー! 美嘉さん、すごくおいしそう!」
「でしょ?」
美嘉が得意げに胸を張る。
「修二は分かってるな。それに比べて梓は――」
遅れて厨房を覗き込んだ一樹も、アップルパイを見て目をわずかに見開いた。
普段、あまり顔に出さん一樹まで、明らかに「おお」と思っとる顔や。
「……本当に、美嘉が作ったのか?」
「一樹、お前もか!」
美嘉の怒鳴り声が、厨房いっぱいに響いた。
◇
あれから、美嘉はすっかりお菓子作りにハマったようやった。
ときどき、砂糖の量を間違えたんかと思うくらい甘いもんも出てきたけど、だいたいは美味かった。
その日も俺は、食堂で美嘉の作ったチョコレートケーキを食べとった。
海が横について作ったらしく、今回はちゃんと美味い。
二つ目に手を伸ばそうとしたところで、携帯が鳴った。
画面に表示された名前は、一樹。
今日は簡単な仕事に出とったはずや。
俺はチョコレートケーキを頬張ったまま、電話に出た。
「あいあい」
『梓か。今、手は空いてるか?』
いつになく真剣な声やった。
俺は口の中のケーキを飲み込む。
「どないしたん? 空いとるよ」
今朝、一仕事を終えたばかりで、このあとは特に予定も入っとらん。
『今日、話をつけた半グレから、妙な噂を聞いた』
「噂?」
『ああ』
一樹が、わずかに声を落とす。
『凶鬼の連中が、子どもの能力者を攫って、どこかへ売り飛ばそうとしているらしい』
「……なんやと?」
俺は思わず立ち上がった。
凶鬼連合。
これまた大概ダサい名前やけど、この辺りでは最大規模の半グレ集団や。
人数も多い。
裏社会とのつながりも深く、金になるなら大抵のことには手を出す。
せやけど――子どもを攫って売るとなれば、ほってはおけん。
「一樹。その話、どこまで確かなん?」
『まだ噂の域を出ない。だが、凶鬼の連中が出入りしている場所は分かった』
俺は、食べかけのケーキを口へ放り込んだ。
「んぐ……それ、どこや?」
『蛭間ホテル。三年前に廃業して、今は無人ってことになってる』
「分かった。悟さんに車出してもらうわ。蛭間ホテルで落ち合おう」
電話を切る。
さっきまで騒がしかった食堂が、いつの間にか静かになっとった。
海も美嘉も、俺の顔を見ている。
「梓。何かあったの?」
海が尋ねる。
「ああ」
俺は椅子に掛けていた上着をつかんだ。
「ちょっと、子どもを迎えに行ってくるわ」




