ゴールデンエイジ①
東京都内某所。
俺は氷室とともに、能力者分離派の与党幹部――樽泉清美との会合に臨んでいた。
六十歳を迎えた今も政界の第一線に立ち、党内に強い影響力を持つ人物だ。
「いい具合に世論を誘導できているわ」
樽泉は、机の上に置かれた資料へ目を落とした。
そこには、三件の事件に関する報道と、世論調査の推移がまとめられている。
「能力者が事件に関与しているのではないか。政府は能力者を把握できているのか。このまま放置して大丈夫なのか――そのおかげで、党内の調整も進めやすくなった」
「それは何よりです」
氷室が穏やかな笑みを浮かべる。
「本計画が実行されれば、世論は一気に反能力者へ傾くでしょう。そこから先は、あなたの仕事です」
「分かっているわ」
樽泉は資料を閉じ、俺たちへ顔を向けた。
「制度の骨子も、候補地の選定も済んでいる。予算、人員、登録管理の方法についても、すでに案はまとめてあるわ」
樽泉の指先が、机を一度だけ叩く。
「あとは党内の最終的な了承を取りつけ、世論が能力者の分離管理を求めるのを待つだけ。その後は、世論の動きを見て特区構想を正式に打ち出す」
能力者特別管理地域。
能力者が、非能力者と分かれて暮らすための場所。
俺たちが求め続けてきたものだ。
「ただし」
樽泉の目が鋭くなる。
「特異事象――異客への対応には、力を貸してもらうわよ」
「こちらから言い出したことだ」
俺は答えた。
「特区が実現した際には、異客へ対応する人材を特区から派遣する。ただし、能力者の管理への関与と、異客への対応、訓練についての運営権はこちらがもらう」
「分かっているわ。こちらには、そのための知識も経験もないもの」
樽泉が薄く笑う。
「政府が表を整え、あなたたちが内側を動かす。そういう約束だったわね」
「ああ」
「なら、問題はないわ」
その言葉を最後に、会合は終わった。
◇
建物を出ると、空は分厚い雲に覆われていた。
氷室が、俺の少し後ろを歩きながら口を開く。
「樽泉さんのほうも、順調なようですね」
「ああ」
「実際に特区が設立されれば、政府との綱引きにはなるでしょう。しかし、能力者と異客への対応というカードがある以上、運営の実権はこちらで握れるかと」
「特区を悪用すればどうなるか、その程度はあいつにも分かっている。下手な手は打たんさ」
樽泉にとって、特区構想は政治家として大きな実績になる。
俺たちにとっては、能力者が誰にも怯えずに暮らすための場所になる。
利害が一致しているうちは、裏切る理由もない。
俺は足を止め、雲の向こうに隠れた空を見上げた。
「あと少しだ……」
能力者が、誰にも怯えずに暮らせる場所。
その必要性を初めて感じたのは、母が修二を――化け物と呼んだ、あの日だった。
だが、それが願いではなく、確信に変わったのは。
もっと、あとのことだ。
◇
二〇二〇年一月一日。
正月。
もっとも、俺たちの家に正月など関係なかった。
父が蒸発してから、母は心を壊した。
酒を飲み、賭け事で金を失い、苛立てば俺たちへ当たり散らす。
十六歳だった俺は、中学を卒業してから高校へは進まず、いくつもの仕事を掛け持ちしていた。
十二歳の修二と母を養うためだ。
だが、俺がいくら稼いでも、母は酒と賭け事に金を使った。
その日、母は酒を切らし、朝からひどく機嫌が悪かった。
「あんた、本当に使えないわね……」
母が修二を睨みつける。
「あんたも一樹みたいに、金ぐらい稼いでこいよぉ!」
「母さん。修二はまだ小学生だ」
「うるさい!」
床に転がっていた空き缶が、俺の足元へ投げつけられる。
「こいつがいるから金がかかるんだろ! 飯ばっかり食いやがって!」
修二は何も言い返さなかった。
ただ、膝の上で拳を握り締めている。
それが母を、さらに苛立たせた。
「あんた、その目は何よ!」
母が修二へ近づき、右手を振り上げる。
平手打ちをするつもりだ。
俺は二人の間へ入ろうとした。
だが、その直前、平手打ちを防ごうと腕を上げた修二の前に、幾重にも重なった線が、円形の模様を描く。
次の瞬間、青い炎が噴き上がった。
規模は大きくない。
それでも、振り下ろされようとしていた母の手を包むには十分だった。
「ぎゃああっ!」
母が悲鳴を上げ、尻もちをつく。
炎はすぐに消えた。
手の甲に、軽い火傷が残っている。
「な、何よ、今の……」
母が火傷した手と、修二の顔を交互に見る。
「化け物……」
その目に浮かんでいたのは、母親が子どもへ向けるものではなかった。
「化け物! 化け物!」
母は手当たり次第に、周囲にあるものを投げ始めた。
空き缶。
ごみ袋。
灰皿。
俺は修二の前へ立ち、自分の身体でそれを受け止める。
「母さん、落ち着こう」
「どけ! そいつを追い出せ!」
「悪い夢でも見たんだよ。ほら、缶ビールが一本残ってる」
床に転がっていた缶を拾い、母へ差し出す。
「よこせ!」
母は俺の手から缶を奪い取ると、覚束ない足取りで隣の部屋へ戻っていった。
扉が乱暴に閉められる。
俺はしばらく扉を見つめ、それから修二へ振り返った。
「大丈夫か?」
「俺は大丈夫」
修二は俺の身体を見回した。
「かず兄こそ、怪我してないか?」
「このくらい、どうってことない」
肩に当たった灰皿は痛かったが、黙っておくことにした。
俺が笑うと、修二も少しだけ笑った。
「しかし、今のはなんだ。魔法使いにでもなったのか?」
「分からない。打たれると思ったら、急に……」
修二は自分の両手を見つめる。
「そうか。あとで一緒に、出し方を確かめてみよう」
俺は声を落とした。
「ただし、もう母さんの前では使うな」
「……うん」
この程度なら、母は酒が抜ければ忘れる。
そう思っていた。
だが、駄目だった。
母の手には、火傷の痕が残った。
それを見るたび、あの日のことを思い出した。
母は修二を化け物と呼び、近づけば物を投げるようになった。
眠っている修二へ、水を浴びせたこともある。
そして、ある夜。
母は台所から包丁を持ち出した。
「母さん。それを置け」
「うるさい! こいつがいるから、全部おかしくなったのよ!」
母が包丁を振りかぶる。
狙っていたのは、修二だった。
俺は二人の間へ入ろうとした。
間に合わない。
修二を守らなければ。
そう思った瞬間、俺の伸ばした腕の先に青い光が走った。
光の線が幾重にも重なり、円形の模様を描く。
母の手から包丁が放たれる。
同時に、青い円から炎が噴き出した。
火炎放射器のような勢いで放たれた青い炎が、空中の包丁をのみ込む。
包丁は炎に押し流され、修二へ届く前に軌道を変えた。
床へ落ちた包丁が、耳障りな音を立てて滑っていく。
その刃は赤く熱せられ、大きく歪んでいた。
「今度は、あんたまで……」
母が俺を見上げる。
「化け物……化け物が二人……!」
俺は、青い光が消えた空間を見つめた。
自分が何をしたのか分からない。
だが、修二と同じ力が自分にも現れたことだけは理解できた。
このままここにいれば、いつか修二が殺される。
あるいは――俺が母を殺してしまうかもしれない。
もう、一緒には暮らせない。
その日のうちに最低限の荷物をバッグへ詰め、俺は修二を連れて家を出た。
◇
頼れる親戚はいない。
児童相談所へ行くことも考えた。
だが、母のところへ連れ戻されないという保証がなかった。
俺と修二が引き離される可能性もある。
それだけは避けたかった。
修二は、四月から中学生になる。
学校へも、きちんと通わせなければならない。
まず必要なのは、安心して眠れる場所だった。
俺は中学を卒業してから、表の仕事と並行して、街の便利屋のようなことをしていた。
急に人手が必要になった店へ人を集める。
引っ越しや荷物の積み下ろしを手伝う。
金の支払いが遅れた者同士の話し合いへ入り、双方が納得できる落としどころを作る。
倉庫や車、空いている物件を探すこともあった。
始めてから、まだ八か月ほど。
それでも、失敗せずにこなしているうちに、少しずつ名前は知られるようになった。
だが、十六歳の俺が、十二歳の弟を連れて住める部屋を借りるのは難しい。
手元の金だけで何日も宿へ泊まれば、すぐに底をつく。
そんなことを考えていたとき、携帯が鳴った。
閉店した店に残された什器と在庫を、今夜中に運び出す仕事の依頼だった。
人手と車を集め、荷物を郊外の倉庫へ移す。
かなり急な仕事だ。
「本当は、別の連中に頼む予定だったんだがな」
依頼主の男が言った。
「この金額で、今夜中に終わらせられるなら、お前に任せる」
提示された金額は悪くなかった。
さらに、作業を終えれば、店の上階にある空き事務所をしばらく使っていいという。
古い雑居ビルの一室。
風呂も台所もない。
それでも、修二と二人で眠れる場所にはなる。
ただ、一つ気になることがあった。
最近、俺が受ける仕事は、デモンズという集団の縄張りと重なり始めている。
向こうも、人集めや運搬、揉め事の仲裁を請け負っているらしい。
俺は依頼主へ確認した。
「その別の連中とは、もう話がついているんですか?」
「そこはこっちで処理する。お前が気にすることじゃない」
明らかに何かある。
普段の俺なら、その場で仕事を断るか、相手が誰なのかを調べていた。
だが、今は時間がなかった。
今日、修二を寝かせる場所すら決まっていない。
背に腹は代えられなかった。
「分かりました」
俺は、その仕事を引き受けた。
◇
集められる人間を集め、借りたトラックへ荷物を積み込んでいく。
作業は順調に進んでいた。
日が沈む頃には、店内に残っていた荷物の半分以上を運び出している。
修二は店の上にある空き事務所で待たせていた。
「あと二往復だ。大きい棚から先に運んでくれ」
作業員へ指示を出していると、店の入口から声が聞こえた。
「ずいぶん派手にやっとるな」
振り返る。
入口に、俺と同じくらいの年齢の男が立っていた。
目元にかかる黒い前髪。
細身だが、立ち姿には隙がない。
両手をポケットへ入れ、口元には薄い笑みを浮かべている。
だが、その目は笑っていなかった。
「自分が、橘一樹?」
「そうだ」
俺は作業員たちへ目を向ける。
「少し休憩してくれ」
全員が店の奥へ下がったのを確認してから、男へ向き直る。
「お前は?」
「蒼月梓。デモンズの人間や」
やはりか。
嫌な予感は当たっていたらしい。
「この仕事、もともとは俺らが受けるはずやったんよ」
「依頼主は、俺に任せると言った」
「向こうが先に誰かへ頼んどるかもしれんとは、思わんかったん?」
「……」
梓は笑っていた。
だが、その声から軽さが消えている。
「俺らも、遊びで仕事しとるわけやない。人も車も用意しとった。いきなり別のやつに頼む言われて、はいそうですかとはならんやろ」
梓の言い分は正しい。
悪いのは、話をつけないまま依頼先を変えた男だ。
そして、怪しいと気づきながら、確認せずに仕事を受けた俺にも非がある。
それでも、退くわけにはいかなかった。
「俺も、この仕事を手放すわけにはいかない」
「なんで?」
「お前に話す必要はない」
梓の眉が、わずかに動いた。
「そうか」
梓がポケットから両手を出し、一歩、店の中へ入ってくる。
「ほな、無理やりにでも止めるしかないな」
「やってみろ」
気づけば、俺たちは同時に地面を蹴っていた。
俺は梓の顔面へ右の拳を放つ。
梓は首を振り、紙一重でかわした。
そのまま懐へ潜り込み、俺のみぞおちを狙って膝を跳ね上げる。
俺は残った左手の掌で、その膝を押さえた。
加速し切る前に止めたつもりだったが、勢いまでは殺し切れない。
身体が後方へ押し戻される。
それでも、防いだ。
大きなダメージはない。
だが、わずかに体勢が崩れた。
梓はその隙を見逃さなかった。
一気に距離を詰めると、俺の目の前で身体をひねる。
後ろ回し蹴り。
振り抜かれた踵が、俺の頬をとらえた。
「ぐっ……!」
身体が吹き飛び、背中から壁へ叩きつけられる。
衝撃で、壁に立てかけてあった板が倒れた。
梓は軽く首を鳴らす。
「まあまあ、やるやん」
切れた口の中に、血の味が広がる。
俺は口元を拭い、床へ血を吐いた。
「お前もな」
強い。
次は――。
梓が踏み込む。
俺の顔を狙うように右脚が上がった。
ハイキックか。
ただ、こいつは明らかに喧嘩慣れしている。
先ほどの蹴りで上段を意識させて、途中で軌道を変えて下段を狙ってくるのではないか。
俺は、それに賭けた。
上体を守る振りだけして、一歩前へ出る。
梓の脚が途中で沈み、俺の足元を刈り取ろうとした。
読めた。
その脚を飛び越えるように踏み込み、梓の顔面へ拳を叩き込む。
鈍い感触が拳に伝わった。
梓の身体が大きくよろめく。
だが、倒れない。
鼻から流れた血を指で拭い、梓は先ほどよりも楽しそうに笑った。
「下段来るって読んでたん?」
「さあな」
俺は拳を構え直した。
梓の笑みが深くなる。
「ほんま、君おもろいわ」
姿勢を低くする。
俺も地面を踏み締めた。
次で決める。
そう考えたのは、向こうも同じだったらしい。
俺たちは、ほとんど同時に駆け出した。
梓が大きく右脚を振り上げる。
俺はその内側へ踏み込み、顔面を狙って拳を突き出した。
その瞬間、梓の蹴りに沿うように、紫がかった黒い光が浮かぶ。
幾重もの線が重なり、円形の模様を描いた。
同時に、俺の拳の先にも青い円が開く。
完全に無意識だった。
梓も、驚いたように目を見開いている。
紫がかった黒い円から、巨大な鎌の刃が飛び出した。
俺の前に開いた青い円からは、青い炎が噴き出す。
そのとき。
「やめて!」
俺たちの間へ、一人の少女が飛び込んできた。
丸い眼鏡。
短い黒髪。
両腕を広げ、俺たちを止めようとしている。
「なっ――!」
俺は無理やり拳の向きを上へ変えた。
青い炎が少女の頭上をかすめ、天井へ噴き上がる。
梓も強引に身体をひねった。
巨大な鎌の刃が少女から逸れ、背後の壁を切り裂く。
それでも、完全には避け切れなかった。
青い炎の熱が、少女の髪の先をわずかに焦がす。
鎌の切っ先が肩口を浅くかすめ、服に赤い血が滲んだ。
俺と梓は、ほとんど同時に動きを止めた。
青と紫がかった黒の円は、光の粒となって消えていく。
「海!?」
梓が少女へ駆け寄った。
「自分、なんでここにおんねん!」
「梓が、同い年くらいの子と喧嘩しに行くって聞いたから……」
海と呼ばれた少女は、傷を負っても両腕を下ろさなかった。
髪の一部が焦げ、肩口からは血が滲んでいる。
怖くないはずがない。
それでも、そこから動こうとしなかった。
「だからって、間に入ってくるやつがおるか! 俺らが止められへんかったら、どうするつもりやったんや!」
「でも、止まってくれたでしょ」
「結果論や!」
梓が怒鳴る。
海は一瞬だけ肩を揺らした。
それでも、まっすぐに梓を見る。
「どっちかが大怪我してからじゃ、遅いよ」
「…………」
海は今度は部屋の奥を見た。
「それに、何か事情があるみたいよ」
奥を見ると階段の陰に人影が見えた。
「かず兄……」
修二だった。
いつから、そこにいたのだろう。
俺の腫れた頬を見ると、表情を変えた。
「大丈夫!?」
「修二。上で待っていろと言っただろ」
「こんな音がしてるのに、待ってられるわけないだろ」
海が俺へ尋ねる。
「弟さん?」
「ああ」
「もしかして、この仕事を手放せないのも……」
俺はしばらく黙っていた。
ここまで見られてしまえば、隠す意味もない。
「家を出てきた」
「今夜から、俺たちには帰る場所がない。この仕事を終えれば、上の空き事務所を使わせてもらえることになっている」
「それで、確認もせずに仕事取ったん?」
梓が聞く。
「ああ」
「そないな事情、先に言えや」
「初対面の人間に、家庭の事情をすべて話せるか」
「それはそうやけど!」
梓が頭をかき回す。
さっきまで殴り合っていた男とは思えないほど、困り切った顔をしていた。
◇
残っていた荷物を手分けして運び出し、その日の仕事は日付が変わる前に終わった。
報酬のうち、俺の取り分は全額デモンズへ渡すことにした。
代わりに、俺は店の上にある空き事務所を使わせてもらう。
その条件で話はまとまった――はずだった。
「ほんまに、あんなとこに住むつもりなん?」
作業を終えた梓が、呆れたように尋ねてくる。
「雨風はしのげる」
「風呂も台所もないんやろ?」
「銭湯へ行けばいい。食事も外で済ませられる」
「自分一人なら、それでもええかもしれんけどな」
梓の視線が、俺の隣にいる修二へ向く。
「十二歳の弟まで、あんなとこに住まわせる気か?」
「ほかに行く場所がない」
「なら、うちのホームに来たらええわ」
梓はそう言うと、俺の返事も待たずに歩き出した。
その隣には、肩に包帯を巻いた海がいる。
「行こう。梓はあんな感じだけど、帰る場所がない人をほっとけないの」
「なっ!海! 余計なこと言わんでええ!」
すると、修二が、俺の袖をつかんだ。
「かず兄」
俺は修二の顔を見る。
話を聞くだけでも聞いたほうがいい。
「……分かった」
俺は答えた。
「行くだけ行ってみよう」
「最初から素直にそう言えや」
梓と睨み合う。
すると、海が小さく笑った。
「なんか二人とも似てるね」
「どこがや!」
「どこがだ!」
俺と梓の声が重なった。
◇
梓に連れられ、俺と修二は町外れにある古い工場へ向かった。
数年前に操業を止めたらしく、敷地の中は静まり返っている。
その奥に、二階建ての古い従業員寮があった。
「ここが、俺らのホームや」
外から見れば、古びた建物にしか見えない。
だが、中へ入ると廊下には明かりがつき、奥からは人の話し声が聞こえてきた。
食事の匂いも漂っている。
梓が声を上げた。
「ただいまー」
「おかえり!」
廊下の奥から、中学生くらいの少年が駆けてくる。
少年は梓の姿を見つけて笑ったあと、俺と修二を見て足を止めた。
「誰、この人たち?」
「いろいろあって、連れてきた」
「また拾ったん?」
「また言うな」
梓が少年の頭を軽くはたく。
そんな二人のやり取りを見ていると、奥から一人の男が現れた。
背が高く、体格もいい。
どう見ても、十代には見えない。
「あの人が黒石さんです」
隣にいた海が、小声で教えてくれる。
「十九歳です」
「……本当に?」
思わず聞き返した。
海は真面目な顔で頷く。
冗談ではないらしい。
梓は、黒石巌という男へ今日の出来事を説明した。
黒石は途中で口を挟まず、最後まで黙って聞いていた。
それから、俺と修二を順番に見る。
最後に、その視線が梓へ向けられた。
何かを確かめるような目だった。
梓は、何も問題ないと言いたげに笑ってみせる。
黒石はそれ以上、何も尋ねなかった。
「二階の奥が空いてる」
短く、それだけを告げる。
あまりに簡単に言われ、すぐには意味を理解できなかった。
俺が何か言うより早く、梓が肩へ腕を回してきた。
「よし! これで仲間や」
「待て。俺はまだ、ここに住むとは言っていない」
「ここまで来て、何言うとんねん」
梓は楽しそうに笑っている。
俺はその腕を振り払おうとして――隣にいる修二を見た。
修二は、ほっとしたような顔で俺を見上げていた。
「……勝手なやつだな」
結局、俺は梓の腕を振り払わなかった。
「とりあえず、ご飯にしよう」
海がその光景をみて笑う。
「二人とも、お腹空いてるでしょ?」
「……ああ」
最後に食事をしたのが、いつだったか。
仕事と住む場所のことで頭がいっぱいで、考えてもいなかった。
俺は修二と顔を見合わせる。
修二が、安心したように少しだけ笑った。
「行こう、かず兄」
「ああ」
修二と並び、食堂へ向かう。
その日から、俺と修二もデモンズの一員になった。
挿絵を投稿しました!
一樹と梓と海です。
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