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デモンズ

二〇一九年。


十五歳だった俺は、デモンズという集団に属していた。


家におれんようになった少年少女が寄り集まってできた、まあ、チームというか、ギャングというか――そういうもんや。


地元じゃ、それなりに名も知られていた。


初めて聞いたときは、ずいぶんダサい名前やなと思ったけど。


不良の世界じゃ、名前は分かりやすいほうがええらしい。


もちろん、行き場のない子どもを集めて、仲良く暮らしとるだけの集団やない。


喧嘩の仲裁に、荷物の運搬。


店や倉庫の見張り。


借金の取り立てについていくこともあった。


依頼主には、まともな商売をしとらん大人も多い。


運ぶ荷物の中身を聞かされんこともあったし、こっちから尋ねることもしなかった。


褒められたことをしとったとは、今でも思わん。


それでも、俺たちは俺たちなりのやり方で金を稼ぎ、食っていた。


その日、俺は地元の繁華街を一人でぶらついていた。


別に、目的があったわけやない。


腹が減ったらホームに戻る。そのくらいにしか考えとらんかった。


細い路地の前を通り過ぎようとしたとき、奥から短い悲鳴が聞こえた。


若い女の声やった。


男同士の喧嘩なら、好きにやらせておけばええ。


せやけど、女の悲鳴を聞いて、そのまま通り過ぎるんも寝覚めが悪い。


俺は足を止め、路地の中を覗き込んだ。


二人の男が、一人の女の子を壁際へ追い詰めていた。


歳は、俺と同じくらい。


短い黒髪に、丸い眼鏡。


こんな路地裏には似合わん、いかにも真面目そうな子やった。


男の一人が、その子の手首をつかんでいる。


「おい。何してんねん?」


声をかけると、男たちだけがいっせいにこちらを向いた。


女の子は動かなかった。


男につかまれた自分の手首を、黙って見下ろしている。


男たちは、どこかのチームにでも入っているのか、揃いの派手な上着を着ていた。


手首をつかんでいた男が、鬱陶しそうに顔を歪める。


「ああ? ちょっと話してるだけだろうが。ガキは黙ってろ」


女の子は何も言わなかった。


どう見ても、楽しくお喋りしとるようには見えんな。


「はあ……」


俺は頭をかいた。


「まあ、その面じゃ普通に声かけても相手にされへんか。無理やりいくしかないわな」


「ああ!?」


男の顔が赤くなる。


「てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ!」


女の子の手首を離し、俺へ向かって突っ込んでくる。


大きく振りかぶった拳。


分かりやすい。


俺は身体を半歩横へずらし、拳をかわした。


すれ違いざま、膝をみぞおちへ突き刺す。


「ごっ――!」


男の身体が、くの字に折れた。


下がってきた側頭部へ、そのまま右脚を振り抜く。


鈍い音がして、男の身体が路地の壁へぶつかった。


そのままずるずると崩れ落ち、動かなくなる。


俺は、残った一人へ顔を向けた。


「自分もやるか?」


「舐めやがって!」


答えの代わりに、男が走り込んできた。


俺の胸倉をつかもうと、両手を伸ばしてくる。


その勢いに合わせて、地面を蹴った。


跳ね上げた膝が、男の顎を真下から打ち抜く。


男は声も上げずに仰向けに倒れた。


後頭部が地面へぶつかる前に襟首をつかみ、そのまま壁際へ転がしておく。


二人とも、しばらくは起きんやろ。


「しょうもな……」


俺は服についた埃を払い、女の子のほうを向いた。


「君、大丈夫か?」


少し間を置いて、女の子が小さく頷いた。


改めて見ると、白い服には黒い汚れがいくつもついていた。


短い髪も乱れ、眼鏡の片方のレンズには細い傷が入っている。


何日も風呂に入っていないように見えた。


足元には、荷物らしいものもない。


「……もしかして、帰るとこないん?」


女の子の肩が、わずかに揺れた。


今度は頷かなかった。


けれど、その反応だけで答えは分かった。


俺は自分を指差した。


「俺は蒼月梓。梓って書いて、しずきっちゅうねん。よう間違えられるけど」


女の子は、しばらく黙っていた。


やがて、かすかな声で答える。


「……高城、海」


「海か」


名前を口にしてみる。


なんとなく、その子に合っとる気がした。


「なあ、海。帰るとこないんやったら、うちに来るか?」


海が、初めて顔を上げた。


丸い眼鏡の奥で、大きく目を見開いている。


「……え?」


「あっ、ちゃうちゃう。俺ん家に連れ込もうとか、そういうんやないで」


慌てて両手を振る。


俺まで、そこで伸びとる連中と同類やと思われたらたまらん。


「俺、デモンズってチームに入っとんねん。家出したやつとか、家におれんようになったやつらで集まっとる」


海は、俺の話を黙って聞いている。


無理もない。


知らん男に助けられたと思ったら、今度は名前からして怪しい集団へ誘われとるんやから。


「小さい子もおるけど、俺らと同じくらいのやつも多い。女の子もちゃんとおるで。寝る場所もあるし、飯も食える。風呂にも入れる」


「…………」


「まあ、見てから決めたらええ。嫌やったら、すぐ出ていけばええし」


海は路地の入口と、倒れている男たちと、俺の顔を順番に見た。


それから、消え入りそうな声で尋ねる。


「どうして……私を?」


「どうしてって……」


帰る場所がないように見えたから。


放っておいたら、このままどこかへ消えてしまいそうに見えたから。


それだけや。


せやけど、そんなんを正直に言うのも、なんとなく気恥ずかしかった。


「なんとなくや」


俺が答えると、海は丸い眼鏡の奥で何度か瞬きをした。


しばらく迷ってから、小さく頷いた。


◇


デモンズのホームは、町外れにある古い工場だった。


もともとは、デモンズの仲間である黒石さんの祖父が経営していた工場らしい。


数年前に操業を止めてから、工場そのものは使われていない。


ただ、敷地の奥にある二階建ての従業員寮には、食堂や風呂、いくつもの部屋が残されていた。


電気と水道も、まだ通っている。


そこを俺たちは、ホームと呼んでいた。


敷地に入ると、工場の前に古いワゴン車が止まっていた。


悟さんが、そのボンネットを開けて何かをいじっている。


「おかえり、梓」


「ただいま。それ、また壊れたん?」


「違う。今夜使うから、見てるだけだ」


その近くでは、新之助さんが、赤く腫れた拳に包帯を巻いていた。


「新之助さん、その手どうしたん?」


「昨日の仕事。相手が払わねえって暴れたから、ちょっとな」


それだけ言うと、新之助さんは口の端を上げた。


足元には、折れた木製の棒が転がっている。


向こうも素手ではなかったらしい。


海の足が、わずかに止まる。


俺は少し考えてから、肩をすくめた。


「まあ、こんな連中もおるけど、慣れたら悪いやつらやないで」


「聞こえてんぞ、梓」


新之助さんが笑いながら言う。


悪いやつやないというのは、別に嘘ではない。


ただ、俺たちは決して善良な集団でもなかった。


寮の扉を開ける。


「ただいまー」


声を上げると、廊下の奥から一人の少年が駆けてきた。


「梓! おかえり!」


中学生の勝や。


俺の後ろにいる海を見つけると、不思議そうに首を傾げた。


「ん? 誰、その子?」


「まず、梓さんやろ」


「絶対呼ばへん」


「お前は関西弁使うんやめろ。にわかなの、ばれとるで」


「なんやそれ!」


勝が口を尖らせる。


俺は笑いながら、後ろにいる海を親指で示した。


「この子はさっき拾った」


「なんやそれ。猫みたいに言うなや」


そのとき、背後から小さな声が聞こえた。


「……拾った」


振り返ると、海がわずかに眉を寄せていた。


どうやら、そこは気になったらしい。


「お。そこに反応する元気はあるんやな」


「私は……猫じゃない」


「そら、見たら分かるわ」


俺が笑っていると、廊下の奥から別の声が飛んできた。


「よー、しずき」


明るい茶色に染めた髪を揺らしながら、一人の少女が歩いてくる。


十七歳の美嘉。


俺の姿を見つけると、そのまま隣まで来て、馴れ馴れしく肩へ腕を回してきた。


「なに、その子。お前、こういうのがタイプなん?」


「美嘉! ちゃうわ!」


俺は肩に乗せられた腕を振りほどく。


「ほんで、ええところに来たわ。この子、海いうねんけど、風呂に案内したってくれへん?」


「んー?」


美嘉が海を見る。


乱れた髪。


汚れた服。


傷の入った眼鏡。


美嘉は何かを察したように、俺の顔をちらりと見た。


それ以上は何も聞かず、海へ笑いかける。


「オッケー。海ちゃんね」


美嘉は海の前まで歩み寄り、軽く手を差し出した。


「お風呂、こっち。着替えもあたしの貸してあげる」


海は差し出された手を見つめた。


少し迷ってから、おそるおそるその手を取る。


「……ありがとう」


「いいって、いいって。髪も洗ってあげよっか?」


「それは……自分で、できます」


「そっか。んじゃ、分かんないことあったら、なんでも聞いて」


美嘉に手を引かれ、海が廊下の奥へ歩いていく。


その背中を見送りながら、俺はひとまず息を吐いた。


◇


風呂に入り、少し安心したんやろうか。


海は、美嘉にならぽつぽつと事情を話したらしい。


というより、美嘉が「女同士で話すから」と言い出して、俺は部屋から追い出されてしまった。


まあ、分からんでもないが。


翌朝、海の許可を得た美嘉から、俺たちにも事情が伝えられた。


海は、この春に高校へ入学したばかりだった。


家族は、一緒に暮らしていた祖母だけ。


その祖母を、数日前に亡くしたらしい。


ほかに頼れる親戚もおらず、病院では、これからどこで暮らすのか、相談所がどうとか、そんな話も出ていたそうや。


せやけど、海には何も考えられんかった。


気づいたときには病院を出て、そのまま街を歩いていた。


帰る家そのものは、まだ残っている。


けれど、祖母のおらん家へ一人で戻ることができなかった。


行く当てもないまま何日か街をさまよい、昨日、あの路地裏で男たちに絡まれた。


そこに、たまたま俺が通りかかった。


――そういう流れらしい。


「そういうことなら――」


突然、背後から低い声が聞こえた。


振り返ると、黒石さんが腕を組み、壁にもたれていた。


いつから聞いとったんや。


黒石さんは俺と三つしか変わらんはずやのに、どう見ても三十歳くらいのおっさんにしか見えん。


黒石さんは、海の事情について、特に何かを尋ねることはなかった。


「……気持ちが落ち着くまで、ここにいればいい」


それだけ言うと、廊下の奥へ去っていった。


黒石さんの声、久しぶりに聞いたわ。



これは、あとになって知ったことや。


黒石さんはあのあとすぐ、祖父に連絡を取っていた。祖父が病院や児童相談所との間に入ってくれたおかげで、海は祖母との最後の別れにも間に合ったらしい。


口数は少ないけど、やらなあかんことには誰よりも早く動く。


黒石さんは、昔からそういう人やった。


◇


美嘉から事情を聞いたあと、俺は海のいる部屋へ顔を出した。


海は、美嘉から借りた服に着替えていた。


乱れていた髪も整い、昨日よりは顔色もよくなっている。


「蒼月さん……」


海は俺の姿を見ると、座っていたベッドから立ち上がった。


「昨日は、ありがとうございました。すみません。きちんとお礼も言えなくて」


「あんなん、ゴミ掃除みたいなもんや。気にすんな」


俺は片手を振った。


「それに、ちょっと元気になったみたいでよかったわ」


「はい……」


海が小さく頷く。


「それとな。このホームを貸してくれとる黒石さんが、気持ちが落ち着くまで、ここにおってええって」


海が顔を上げた。


「黒石さん……?」


「ああ。見た目は完全におっさんで、性格までおっさんみたいな十八歳や」


「十八歳……」


「びっくりするやろ? でも、ほんまはめちゃくちゃええ人やから。会ったとき、あんまり驚かんといてあげてな」


海の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……なんですか、その紹介」


初めて見た、海の笑顔だった。


ほんのわずかなものやったけど。


昨日よりは、少しだけ大丈夫そうやなと思った。


◇


その日の昼。


俺たちは、ホームの食堂に集まっていた。


「おら、男ども! 昼飯できたぞ!」


美嘉が大皿をテーブルの中央へ置く。


黒く焦げた肉と、形の崩れた野菜が、よく分からん汁に浸かっていた。


何料理や、これ。


美嘉は海のほうを向くと、急に声を柔らかくした。


「海ちゃんも、遠慮しないで食べてね」


「はい。ありがとうございます」


海が頭を下げる。


その隣では、勝が皿の上の料理を見つめ、露骨に顔をしかめていた。


「げっ。今週の飯当番、美嘉ねーちゃんかよ……外れや」


「あぁ!?」


美嘉が勝を睨みつける。


「勝! 美嘉さんが作ってあげたんだから、ありがたく食え!」


「だって、美嘉ねーちゃんの飯、おいしくないんやもん。梓が作ったほうが、まだましや」


まだ、ってなんや。


勝の耳元へ顔を寄せ、声を落とす。


「ええか、勝。どんだけまずくても、女に作ってもらった料理は、うまい言うて食う。これが漢や」


「でも、まずいもんはまずいやろ」


「黒石さんを見てみい」


俺たちは、そろって黒石さんへ目を向けた。


黒石さんは、きちんと両手を合わせてから箸を取り、表情ひとつ変えず、美嘉の作った料理を黙々と口へ運んでいた。


焦げた肉も、妙に大きいニンジンも、何もなかったように飲み込んでいく。


「この謎料理を食べても顔色ひとつ変えへん。あれが本物の漢や」


「梓。聞こえてるぞ」


美嘉のこめかみに、青筋が浮かんでいた。


「おかしいな。小声やったのに」


「全部聞こえてんだよ!」


美嘉が拳を振り上げる。


俺と勝は慌てて椅子に座り、両手を合わせた。


「いただきまーす!」


「いただきます!」


その様子を見ていた海が、小さく吹き出す。


「ふふっ……いただきます」


◇


それから、数日が経った。


その日、俺と黒石さんは、街のチーム同士で起きた揉め事を収める仕事へ出ていた。


仲裁といっても、最後まで話し合いだけで済んだわけやない。


俺たちは服についた埃を払いながら、夕方になってホームへ戻ってきた。


寮の扉を開けた途端、食欲を刺激する匂いが漂ってくる。


野菜を煮込んだような優しい香り。


少なくとも、美嘉の料理やない。


「なんや?」


匂いにつられて食堂へ向かう。


厨房を覗くと、そこには海が立っていた。


「あっ、おかえりなさい」


海は俺たちに気づくと、少し慌てた様子で頭を下げた。


その隣では、美嘉が嬉しそうに鍋の中を覗き込んでいる。


「おっ、巌(いわお)さん! おかえり! ついでに梓も」


「ついでってなんや」


扱いの差が露骨すぎるやろ。


「見て見て。海ちゃん、料理得意なんだって」


「いや、得意というほどでは……」


海は困ったように笑った。


「祖母と暮らしていた頃は、私が作ることも多かったので」


大きな鍋の中では、何種類もの野菜がスープと一緒に煮込まれていた。


その隣で、海はひき肉を丸く広げ、中央へ切ったチーズを載せている。


食卓の前には、勝が張りつくように立っていた。


海の手元を、目を輝かせながら見つめている。


「梓、見てみ!」


勝が興奮した様子で、俺を手招きする。


「チーズインハンバーグや!中からチーズ出てくるやつ!食べてみたかったんや!」


「よかったな」


「うおおおお……!」


勝は、まだ焼いてすらいないハンバーグを前に歓声を上げていた。


その横で、黒石さんは鍋から立ち上る湯気を見つめていた。


「……うまそうだな」


たった一言。


それを聞いた美嘉が、なぜか自分の料理を褒められたように笑う。


「でしょ? 海ちゃん、すごいんだよ。私も野菜切ったりしたんだ!」


海は少し照れたように俯きながら、もう一つのハンバーグへチーズを包んでいった。


◇


海と出会ってから、しばらく経った。


少しずつ落ち着きを取り戻した海は、黒石さんと美嘉に付き添われ、児童相談所へ行った。


もっとも、美嘉は建物を見た途端、「あとは巌さんに任せた」と入り口で退散したらしいが。


それから話し合いが進み、海は児童養護施設で暮らすことになった。


高校へも、そこから通うようになった。


ただ、学校が休みの日や放課後には、頻繁にホームへ顔を出していた。


その日も、俺がホームへ戻ると、食堂から出汁の香りが漂っていた。


「あっ、梓! おかえり!」


厨房から、海が顔を出す。


「今日はね、肉じゃがだよ!」


海はもう、ここで暮らしているわけやない。


それでも、ホームへ来た日には厨房に立ち、帰ってきた俺たちへ当たり前のように「おかえり」と言った。


「おお、うまそうやん。やっぱ和食はええな」


鍋を覗くと、じゃがいもやニンジン、玉ねぎと肉が、甘辛い煮汁の中で柔らかそうに煮えている。


食卓で待っていた勝が、少しだけ不満そうな顔をした。


「肉じゃがかぁ……カレーがよかった」


「勝。作ってもろといて文句言うな。ありがたがって食え」


「梓、美嘉ねーちゃんの飯には文句言うやん」


「聞こえんかったことにしたる」


「ずるっ」


勝の抗議を無視して、俺は海へ顔を向けた。


「そういや海。施設のほうはどうや? もう慣れたか?」


「うん。まだ少し緊張するけど、みんな優しいよ」


海は鍋をかき混ぜながら、明るく答える。


「ここより、ずっと静かだし。みんな、おとなしくていい子ばかり」


「そら、こっちは騒がしくて悪い子ばっかりやからな」


「もう!」


海が頬を膨らませる。


「梓は、すぐそういうこと言うんだから」


叱られたはずなのに、なんとなく嬉しかった。


「悪かったって。肉じゃが、楽しみにしとるわ」


そう言うと、海は満足そうに笑い、再び鍋へ向き直った。


◇


二〇二〇年一月一日。


正月。


この日ばかりは仕事を入れず、デモンズの全員がホームに集まっていた。


食堂のテーブルには、海が昨日から泊まり込んで作ったお節が並んでいる。


祖母から教わったものらしい。


「うおおおお……!」


重箱の蓋が開いた瞬間、勝が歓声を上げた。


「すげえ! 正月っぽい!」


「正月なんだから、正月っぽくて当たり前でしょ」


海が笑いながら、勝の前に取り皿を置く。


「海、これ全部作ったん?」


「うん。美嘉さんにも手伝ってもらったけど」


美嘉が得意げに胸を張った。


「おう。重箱に詰めた」


「料理してへんやん」


「あぁ!?」


新年早々、美嘉の怒鳴り声が食堂に響いた。


俺たちは朝から騒ぎながら、海の作ったお節を食べた。


勝と新之助さんが最後の栗きんとんを取り合い、美嘉が朝から酒を飲もうとした悟さんを叩き、黒石さんはいつもどおり黙々と箸を動かしていた。


何か特別なことがあったわけやない。


ただ、みんなで飯を食って、くだらんことで笑った。


そんな、いつもより少し賑やかな正月やった。


食事が終わると、海は食器を抱えて厨房へ向かった。


「海、置いといたらええやん。あとで俺らがやるで」


「大丈夫。片づけまで含めて料理だから」


「ようできた子やな。美嘉にも聞かせたってくれ」


「聞こえてるぞ!」


背後から怒鳴り声が飛んでくる。


俺は笑いながら、自分の皿を持って海のあとを追った。


厨房へ入ると、海は流し台の前に立っていた。


けれど、食器を洗っているわけやない。


蛇口は閉じられたまま。


海は自分の右手を見つめ、動きを止めていた。


「海?」


声をかけても、返事がない。


その掌の上に、淡い青色の光が浮かんでいる。


細い線が幾重にも重なり、見たこともない円形の模様を描いていた。


「なんや、それ……?」


青い円の中央から、透明な水が湧き出した。


蛇口から落ちたものやない。


何もない空間から現れた水が、海の掌の上へ集まっていく。


やがて拳ほどの大きさになり、丸い塊となって宙に浮かんだ。


床へ落ちることもなく、光を反射しながら、ゆっくりと揺れている。


海は目を見開き、その水を見つめていた。


「海。自分、何したん?」


「分からない……」


海は水の塊から目を離さないまま、小さく呟いた。


「……なんだろう、これ」


後に、召喚術と呼ばれる力。


それが俺たちの運命を大きく変えることになるなんて、このときは誰も知らなかった。

挿絵を投稿しました!


高城 海が料理をしているところです。

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