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激突

割れた窓から、朝の光が差し込んでいる。


床に散らばったガラス片が、その光を反射して鈍く輝いていた。


風が吹き抜けるたび、廃ビルに積もった埃が舞い上がる。


その中央で、尊流さんと梓(しずき)さんが向かい合っていた。


尊流さんは、長槍の穂先を梓さんへ向けている。


対する梓さんは、巨大な大鎌を肩に担いだまま、気楽そうに笑っていた。


どちらも動かない。


それなのに、息をするだけで胸が苦しくなる。


次の瞬間には、何かが起きる。


そう分かっていても、その瞬間がいつなのか、俺にはまるで分からなかった。


尊流さんの槍が消えた。


そう見えた。


キィンッ!


甲高い金属音が、廃ビルの中に響き渡る。


気づいたときには、尊流さんの槍が梓さんの喉元へ迫り、大鎌の柄によって外へ逸らされていた。


無拍子。


地面を踏みしめることも、身体に力を溜めることもなく、完全に力を抜いた状態から放つ槍宮一心流の突き。


起こりがないから、相手には槍を放った瞬間すら見えない。


俺も修練場で何度も教わっている。


それでも、今の一撃には反応できなかった。


けれど、梓さんは防いだ。


尊流さんの起こりを読んだわけじゃない。


梓さんは大鎌を肩に担いだ姿勢のまま、すでに防御へ移れるように構えていた。


尊流さんが最初にどこを狙うのか。


たぶん直感で、半ば予測していたんだ。


「あぶなっ。いきなり全力やね」


梓さんが、大鎌の柄を滑らせながら言う。


それまで真剣な表情を崩さなかった尊流さんも、獰猛に歯を見せて笑った。


「はっ! やるじゃねえか」


尊流さんが笑った、その直後だった。


梓さんは、槍を外へ逸らした動きを止めない。


一歩、尊流さんの懐へ踏み込み、空いた右の掌を大鎌の柄の下へ添える。


掌底で押し上げられた長い柄が、尊流さんの顔面へ向かって跳ね上がった。


「――っ!」


尊流さんが上体を反らす。


黒い柄が、その鼻先すれすれを通り過ぎた。


けれど、梓さんの攻撃は終わっていなかった。


跳ね上げた勢いを殺さず、左手を軸にして大鎌を一回転させる。


巨大な刃が弧を描き、下から尊流さんへ襲いかかった。


尊流さんが、さらに半歩退く。


大鎌の間合いからは、完全に外れた――はずだった。


ジャラッ!


金属が擦れ合う音がした。


大鎌の柄が、途中から黒い鎖へと変わっている。


回転の勢いに引かれ、鎖が一気に伸びた。


遠ざかったはずの刃が、尊流さんの顔面へ迫る。


けれど尊流さんは、外へ流されていた槍を、すでに身体の正面へ引き戻していた。


ギィンッ!


顔面を切り裂く寸前、大鎌の刃が槍の柄に弾かれる。


尊流さんはそのまま槍を滑らせ、梓さんの胸元へ鋭い突きを放った。


「おっと」


梓さんは地面を蹴り、後方へ大きく跳ぶ。


伸びていた鎖が音を立てて縮み、再び一本の長い柄へ戻っていった。


「……今のも防ぐんか」


梓さんの笑みが、わずかに深くなる。


「あの人、かなりやるわね」


隣にいた灯莉が呟いた。


「決まった流派の動きじゃない。たぶん、実戦の中で身につけたのよ。型がないから、次の動きが読みにくい。それに、あの鎌……」


灯莉が、梓さんの大鎌を睨む。


「攻撃の途中で間合いまで変わる。厄介よ」


尊流さんが、右手の槍を大きく引いた。


「だったら――」


全身を使い、槍を投げ放つ。


「間合いが読めねえなら、こっちも遠距離だ!」


凄まじい速度で飛んだ槍が、梓さんの胸元へ迫る。


梓さんは身をひねり、紙一重でかわした。


槍はその背後を通過し、廃ビルの壁へ深々と突き刺さる。


そのときにはもう、尊流さんの周囲に複数の召喚陣が展開されていた。


肩口。


腰の左右。


頭上。


すべて、尊流さんの身体から五十センチほどの範囲内だ。


そこから召喚された槍が、次々と射出される。


尊流さんを中心に広がった槍の雨が、扇状に梓さんへ襲いかかった。


梓さん本人だけじゃない。


左右にも槍が放たれ、逃げ道まで塞いでいく。


梓さんが、大鎌を振り回す。


柄が黒い鎖へと変わり、巨大な刃が梓さんの手元を中心に円を描いた。


ギンッ! ギィンッ!


迫る槍が、次々と叩き落とされる。


弾かれた槍が床や壁へ突き刺さり、コンクリートの破片が飛び散った。


その間にも、大鎌の回転は速さを増していた。


黒い刃が残像を生み、梓さんの周囲に巨大な紫色に光る円を描く。


やがて梓さんは、回転の勢いを乗せたまま、その刃を尊流さんへ向けて放った。


「今度はこっちの番や」


鎖を引きながら、巨大な刃が恐ろしい速度で迫る。


尊流さんは、その軌道を見切ったように横へ跳んだ。


これなら、届かない。


そう思った瞬間。


梓さんが、大鎌の柄から手を離した。


「なっ――」


それまで梓さんを中心に弧を描いていた刃が、回転の軌道から解き放たれる。


鎖と柄を引きずりながら、刃はそのまま一直線に飛んだ。


尊流さんが避けた先へ。


まるで、そこへ逃げることまで分かっていたかのように。


けれど尊流さんも、すぐに槍を召喚していた。


新たに現れた槍を両手でつかみ、迫る大鎌を柄で受け止める。


ギャリィンッ!


耳をつんざくような金属音とともに、火花が弾けた。


弾かれた大鎌が床を滑り、コンクリートを削っていく。


武器を手放した。


今度こそ梓さんは無防備だ。


尊流さんもそう判断したのか、すぐさま地面を蹴った。


一気に距離を詰め、梓さんの胸元へ槍を突き出す。


その穂先が届くより早く、梓さんの足元に紫がかった黒い召喚陣が開いた。


召喚陣から、新たな大鎌の柄がせり上がる。


梓さんはそれをつかみ、迫る槍を受け流した。


投げ捨てた大鎌は、いつの間にか黒い粒子となって消えている。


「はっ! 武器を使い捨てるたぁ、気が合うじゃねえか!」


尊流さんが楽しそうに笑う。


梓さんは新たな大鎌を肩へ担ぎ、いつもの気楽な笑みを返した。


「また出せるもんを、大事に抱えとく理由もないやろ?」


梓さんが距離を取る。


尊流さんは、その隙を与えなかった。


地面を蹴り、一気に梓さんとの距離を詰める。


同時に、身体の左右へ召喚陣が開いた。


そこから放たれた槍が、梓さんの左右を通過する。


横への退路を塞いだ。


尊流さんが、正面から渾身の突きを放つ。


逃げ場はない。


槍の穂先が、梓さんの胸元を貫く――その寸前。


梓さんの足元に、紫がかった黒い召喚陣が開いた。


召喚陣から、黒い鎖の巻きついた長い柄が勢いよくせり上がる。


その先端が梓さんの足裏を跳ね上げた。


地面を蹴る動作すらない。


梓さんの身体が、垂直に宙へ打ち上がる。


尊流さんの槍は、その真下を通り過ぎた。


宙へ飛び上がった梓さんの左手のそばに、新たな召喚陣が開く。


そこからせり出した柄をつかみ、勢いを利用して身体を振り回す。


梓さんは尊流さんの頭上を越え、その背後――斜め上へ回り込んだ。


左手を柄から離すと、右手の大鎌を横薙ぎに振るう。


「後ろ!」


俺が叫ぶより早く、尊流さんが振り返った。


ギィンッ!


槍の柄が、大鎌の刃を受け止める。


だが、梓さんはまだ空中にいる。


空いた左手に、すでに別の召喚陣が開いていた。


召喚陣から現れた二本目の大鎌をつかみ、最初の一撃とは反対側から振るう。


左右から挟み込むように、二枚の刃が尊流さんへ迫った。


尊流さんが強引に身体をひねる。


黒い刃が肩口を浅く切り裂き、鮮血が宙へ散った。


「お兄ちゃん!」


灯莉の声が響く。


そのときにはもう、梓さんの足元に新たな召喚陣が開いていた。


せり上がった柄を蹴り、別の方向へ跳ぶ。


梓さんが、次々と現れる柄を足場に空中を飛び回る。


「次、こっちやで」


尊流さんの右側から、大鎌が迫る。


槍で弾く。


梓さんは別の柄を蹴り、その反動で尊流さんの左側へ回り込む。


二本目の大鎌が振るわれる。


尊流さんは新たに召喚した槍で受け止めた。


続いて、頭上。


巨大な刃が振り下ろされる。


尊流さんが身を沈めると、刃はその髪をかすめ、すぐ後ろの床を深く切り裂いた。


どこから攻撃が来るのか分からない。


鎌の柄が鎖へ変わるたび、間合いまで大きく変化する。


尊流さんは手にした槍と、次々に召喚する槍を使い、迫る刃を防いでいく。


それでも、すべては防ぎ切れない。


腕。


脇腹。


頬。


少しずつ、尊流さんの身体に傷が増えていく。


それなのに、尊流さんは笑っていた。


「はっ! 面白え!」


尊流さんが、槍の石突きを床へ叩きつける。


次の瞬間、その周囲を埋め尽くすように召喚陣が展開された。


前後左右。


そして頭上。


尊流さんを中心に、三百六十度を取り囲んでいる。


召喚陣から現れた無数の槍が、隙間なく斜め上へ穂先を向けた。


梓さんの表情が、初めてわずかに引きつる。


「はっ! ほんま、むちゃくちゃやな!」


尊流さんが槍を振り上げる。


「落ちてこい!」


無数の槍が、一斉に放たれた。


空中へ向け、ほとんど隙間なく槍が飛んでいく。


梓さんは両手に二本の大鎌を召喚した。


左右の大鎌を高速で回転させ、迫る槍を次々と叩き落としていく。


金属音が途切れることなく響き渡り、砕けた槍の破片が床へ降り注ぐ。


梓さんの攻撃が止まった。


その瞬間。


尊流さんの足元に召喚陣が開く。


飛び出した槍の柄を蹴り、尊流さんの身体が宙へ跳ね上がった。


空中で新たな召喚陣を展開し、現れた槍の柄を足場にする。


さらにもう一本。


尊流さんは、梓さんと同じ高さまで一気に駆け上がった。


「よお」


尊流さんが槍を肩へ担ぐ。


「これで、お前だけの空じゃねえぞ」


梓さんが、一瞬だけ目を見開く。


けれど、すぐに楽しそうな笑みを浮かべた。


「ほんま、君おもろいな」


二人が、空中で同時に動いた。


尊流さんが槍を再び召喚し、両手に一本ずつ、構える。


梓さんも、二本の大鎌を構えた。


尊流さんが、足場にしていた槍の柄を全力で蹴る。


その身体が、一直線に梓さんへ向かって飛び出した。


同時に、尊流さんの周囲へ複数の召喚陣が開く。


そこから放たれた槍が、梓さんに飛び、そして別の槍は左右へ逃げようとする梓さんの進路を塞いでいった。


梓さんが二本の大鎌を振るう。


高速で回転する刃が、正面から飛んでくる槍を叩き落としていく。


それでも、尊流さんは止まらない。


二本の槍を前へ構えたまま、梓さんへ突っ込んでいく。


「ほんま、死ぬで!」


梓さんの声に、初めて焦りが混じった気がした。


それでも、左右の大鎌を振りかぶる。


このままいけば、尊流さんの槍が届く前に、鎖の先で回転する二枚の刃がその身体を切り裂く。


そう思った直後。


尊流さんは、両手の槍を進行方向の斜め上へ突き立てた。


二本の穂先が、廃ビルの天井へ深々と食い込む。


次の瞬間、両腕から肩、背中にかけての筋肉が一斉に盛り上がり、空中を突き進んでいた尊流さんの身体が、急停止した。


「なっ――」


梓さんの目が見開かれる。


振り下ろされた二本の大鎌が、尊流さんの胸と脇腹を浅く切り裂いた。


けれど、刃の中心は届かない。


大鎌はそのまま、尊流さんの目の前で空を切った。


鎌を振り抜いた梓さんの身体が、大きく開く。


尊流さんが、天井へ刺した二本の槍から手を離した。


気がつくと、尊流さんの背後に異様な数の召喚陣が展開されていた。


召喚陣は隙間なく並び、まるで一枚の壁を作り上げている。


「なんや、それ――」


無数の槍の柄が、爆発するように飛び出した。


ドンッ!


空気が弾ける。


尊流さんの姿が消えた。


次に見えたときには、その肩が梓さんの胸元へ突き刺さっていた。


ドガッ!


鈍い音とともに、梓さんの身体がくの字に折れる。


尊流さんはその胴体へ腕を回し、勢いを殺さないまま一緒に地面へ落ちていった。


「尊流さん!」


二人の身体が床へ激突する。


コンクリートに亀裂が走り、激しい土煙が舞い上がった。


俺は思わず駆け寄ろうとした。


けれど、橘部長の腕が俺の前へ伸びる。


「待て、円」


「でも!」


「まだ終わっていない」


舞い上がった埃の奥から、人影が見えた。


尊流さんだ。


床に倒れた梓さんの上へ片膝をつき、新たに召喚した槍を握っている。


その穂先は、梓さんの喉元へ突きつけられていた。


「終わりだな」


尊流さんの声が、静まり返った廃ビルに響く。


梓さんは、喉元の穂先を見た。


それから、尊流さんの顔へ視線を向ける。


やがて全身から力を抜き、床の上へ両腕を広げた。


「……まいったな」


負けたというのに、その顔にはどこか楽しそうな笑みが残っていた。


尊流さんは槍を下ろさない。


「約束だ」


さっきまでとは違う、低い声で告げる。


「修二の兄貴がいる場所を教えろ」


梓さんの笑みが消えた。


「…………」


何も答えない。


ただ天井を見上げたまま、黙り込んでいる。


「梓さん」


橘部長が、その名を呼んだ。


梓さんの目が、わずかに動く。


それでも、口を開こうとはしなかった。


このままでは、何も変わらない。


三件の事件が起きた。


能力者を恐れる人は増え続けている。


それでもサモンズが止まらないなら、次はもっと大きなことが起きるかもしれない。


「俺たちは!」


気づいたときには、声を上げていた。


全員の視線が俺に集まる。


それでも、止められなかった。


「俺たちは、橘部長のお兄さんを傷つけたいわけじゃありません」


梓さんが、黙ったまま俺を見る。


「でも、このままにしていたら、きっと誰かが傷つきます。能力者じゃない人も、サモンズの人たちも」


うまく言葉にできているのか、自分でも分からない。


それでも、今は伝えなければならないと思った。


「誰かが傷つくかもしれないなら、その前に止めなきゃいけないんです」


梓さんの目が、わずかに見開かれる。


「能力者とか、そうじゃないとか、そんなことは関係ありません」


俺は、梓さんの目をまっすぐに見返した。


「俺は、誰にも傷ついてほしくない」


「…………」


梓さんは、驚いたような顔で俺を見つめていた。


けれど、その目は俺ではない誰かを見ているようにも思えた。


しばらくして、何かが腑に落ちたように、その表情が緩む。


「……そうやな」


小さく呟く。


その声には、さっきまでの気楽さも、戦いを楽しんでいた響きもなかった。


「あいつなら……」


梓さんは目を細め、どこか遠くを見るように笑った。


寂しそうな、それでも懐かしそうな笑みだった。


「海なら、そう言うたやろな」


橘部長が息を呑んだ。


◇


なんで修坊に会いに来たんか。


ほんまに自分でも分かっていなかった。


昔の仲間の顔を、久しぶりに見たくなっただけかもしれん。


けれど、あの少年の言葉を聞いた瞬間。


胸の奥に引っかかっていたものの正体が、ようやく分かった。


高城海(たかしろ・うみ)。


あいつは昔から、誰かが傷つくことを、何よりも嫌うやつやった。


俺が海と初めて出会ったのは――まだ、召喚術を身につけてすらいなかった頃のことだ。

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