鎌
橘部長がお兄さんのことを話してくれた、その日の夜。
俺は、奇妙な夢を見ていた。
パンッ!
乾いた銃声が響く。
続いて、腹の底まで揺さぶるような爆発音。
これは……橘部長の召喚術?
部長のことを心配しているから、こんな夢を見ているんだろうか。
パララララッ!
タンッ、タンッ!
いや、銃声は一つじゃない。
遠くからも、近くからも聞こえてくる。
機関銃の音まで混じっていた。
周囲には、崩れた建物。
空を覆う黒煙。
武器を手に走る兵士たち。
ここは――戦場だ。
なんで俺は、こんな夢を……。
そう思った瞬間、目の前の景色が切り替わった。
次に見えたのは、どこかの実験施設だった。
軍服を着た人たちと、白衣姿の研究者たちが、大きな装置を取り囲んでいる。
その装置の中央には、黒い亀裂のようなものが浮かんでいた。
あれは……次元の裂け目。
どこだ。
この裂け目は、どこにつながっている?
まさか、俺たちの世界に異客が現れるように、別の次元とつながっているのか?
俺は、裂け目の向こうへ目を凝らした。
暗い。
初めは、何もない闇にしか見えなかった。
けれど、よく見ると違う。
裂け目の向こうには、トンネルのような空間が続いている。
その奥に、小さく光が見えた。
さらに目を凝らす。
道路を走る車。
行き交う人々。
どこにでもある、見慣れた街並み。
裂け目の先にあったのは、なんてことない――俺たちの暮らす、現実世界だった。
「うわっ!」
俺は跳ね起きた。
「はぁ……はぁ……」
全身が汗で濡れている。
しばらくの間、自分の部屋だということさえ分からなかった。
「なんだ、あれ……」
◇
次の日、Zは祭りになっていた。
俺もサモンズに関する情報が見つかるかもしれないと思い、能力者に関係しそうな話題をチェックするようにしていた。
そこで、三件目の事件が起きたことを知った。
しかも今回は、能力者の関与を露骨に連想させるような事件だった。
今日未明、都内にある内閣府所管の建物が全焼した。
建て替えを予定していた無人の建物で、けが人はいなかったらしい。
不自然なのは、周囲への燃え広がりがまったくなかったことだ。
全焼したのは、その建物だけ。
隣接する建物には、ほとんど被害が出ていない。
ちょうどそのとき、加藤からLINNが届いた。
『おい! 一ノ瀬、これ見ろ!』
『今回のはやばいぞ!』
『絶対、能力者が何かやってる!』
その下に、Zの投稿へつながるリンクが貼られていた。
開いてみると、今回全焼した建物を遠くから撮影した映像が流れ始めた。
初めは、建物の一部が燃えているだけに見える。
けれど、炎はみるみるうちに広がっていった。
青い炎。
建物全体が、不自然なほど鮮やかな青い炎に包まれていく。
それなのに、すぐ隣にある建物へはまったく燃え移らない。
投稿の下には、ものすごい勢いでコメントが増え続けていた。
『うおおおお! 決定的証拠きた!』
『フェイク乙』
『どう見てもAIやん』
『いや、これニュースの映像と同じ建物だぞ』
『青い炎って、普通じゃないだろ』
『これはやばい』
また、起きてしまった。
この映像を見たとき、橘部長はどんな顔をしていたんだろう。
そう考えていると、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
直後、部屋の扉が激しく叩かれる。
「円、起きてるか!」
尊流さんの声だ。
「起きてます!」
「修二から連絡があった! 今から事件現場に向かうぞ。すぐに支度しろ!」
「はい!」
俺はパジャマを脱ぎ、すぐにランニングウェアへ着替えた。
戦闘になる可能性もある。
動きやすい格好のほうがいいよな。
部屋を出ると、灯莉も準備を終えていた。
灯莉もランニングウェア姿だ。
「円。戦闘になるかもしれないし、気合い入れてくわよ」
「うん!」
俺たちは尊流さんと一緒に、急いで階段を駆け下りた。
◇
俺たちは駅で橘部長と合流し、朝凪市から電車で一時間ほどの、都心にある事件現場へ向かった。
電車の中で橘部長から聞いた話では、今回の火災は朝のワイドショーでも大きく取り上げられ、能力者が関与した可能性にまで言及されていたらしい。
話している間、橘部長はずっと辛そうな顔をしていた。
現場に着くと、焼け焦げた建物の周囲には規制テープが張られ、警察や消防、報道関係者が慌ただしく行き交っていた。
その外側には、大勢の野次馬が集まっている。
土曜日だからというのもあるだろうけど、Zであれだけ話題になっている影響も大きそうだ。スマートフォンを建物へ向けている人も多い。
尊流さんが、人混みを見回した。
「修二。サモンズの連中はいるか?」
橘部長は、集まった人たちの顔を一人ずつ確かめるように視線を動かした。
「……少なくとも、俺が知っている顔はいない」
「さすがに、事件現場へ戻ってくるような真似はしないか」
そのときだった。
人混みの後方――少し離れたところから、俺たちに向けて声が飛んできた。
「修坊やん。やっぱ来とったか」
俺たちは一斉に振り向いた。
そこには、尊流さんと同じくらい背の高い、細身の男が立っていた。
目元にかかるほど切り揃えられた黒い前髪。
全身を黒い服でまとめ、場違いなくらい気楽な様子で、こちらに片手を上げている。
橘部長が目を見開いた。
「――梓さん」
「こいつは?」
尊流さんが、梓と呼ばれた男を睨みながら聞いた。
「蒼月梓。サモンズのメンバーだ」
橘部長が答えた、その瞬間。
尊流さんの髪が、逆立ったように見えた。
空気が震え、身体に重いものがのしかかる。
「……っ!」
思わず息を呑む。
けれど、その圧力は一瞬で消えた。
尊流さんは梓さんを見据えたまま、低い声で問いかける。
「敵のほうから出てくるとは、どういうつもりだ?」
「おお、怖っ」
梓さんは少しも動じた様子を見せず、困ったように首を傾げた。
「うーん……なんでやろな。別に、そない深い意味はないで」
それから橘部長へ視線を向け、どこか懐かしそうに笑う。
「なんとなく、修坊が来とる気ぃしてな」
「梓さん。どうして、こんなことをしているんですか。目的は何です?」
橘部長が問いかける。
梓さんは、何をいまさらと言いたげに肩をすくめた。
「そら、能力者を守るためや」
「これが……?」
「一樹が能力者を守ることしか考えとらんのは、修坊がいちばん分かっとるやろ」
「これが、能力者のためだっていうんですか!」
橘部長が声を荒らげた。
「こんなことが続けば、能力者を恐れる人間が増える。最後には、能力者を社会から切り離せという声まで――」
そこで、橘部長の言葉が止まった。
何かに気づいたように、目を見開く。
梓さんは、その表情を見てわずかに口元を緩めた。
「……なんや。気づいたみたいやね」
「梓さん」
橘部長は一歩、前へ出た。
「兄に会わせてもらえませんか。直接、何をしようとしているのか問いただします」
「そら、無理な相談や」
梓さんは、あっさりと断った。
「まあ、なんにせよ――修坊が元気そうでよかったわ」
その視線が、橘部長から俺たちへ移る。
俺、灯莉、そして尊流さんを、順番に見回していく。
「新しい仲間も、できたみたいやね」
その言葉を口にした梓さんは、ほんの少しだけ懐かしそうに見えた。
「ほんなら、俺はこれで」
梓さんは片手を上げ、俺たちに背を向けた。
「また、どこかでな」
そのまま立ち去ろうとする。
「おい」
尊流さんの低い声が、その背中を呼び止めた。
「ただで帰すわけねえだろ」
梓さんの足が止まる。
振り返ったその顔に、驚いた様子はなかった。
「……そら、そうなるか」
梓さんは俺たちを見回し、わずかに首を傾げた。
「ほな、どうするん?」
細められた目の奥が、鋭く光る。
口角が、ゆっくりとつり上がった。
その瞬間、辺りの空気が一変した。
息をするだけで、胸が押し潰されそうになる。
すごい威圧感だ。
背中を冷たい汗が伝い、額にも汗が滲んでくる。
梓さんは、そんな俺たちから周囲の人混みへ視線を移した。
「せやけど、ここでやるん? さすがに目立つで」
「場所を変えるぞ」
尊流さんは即座に答えた。
梓さんの笑みが、さらに深くなる。
「ええよ。ついてき」
今朝の夢のこと、橘部長に話したほうがいいと思っていたはずなのに、第三の事件と梓さんの登場で、いつの間にかそのことは意識の外へ追いやられていた。
◇
事件現場から少し離れた場所にある、取り壊しを待つ廃ビル。
俺たちは、物の残っていない広いフロアで向かい合っていた。
「戦うんは嫌いやないから、俺はかまへんけど」
梓さんが、辺りを見回しながら言う。
「こんなん、なんの意味もないやろ?」
「サシの勝負だ」
尊流さんが一歩、前へ出た。
「俺が勝ったら、修二の兄貴がいる場所を教えろ」
一瞬の沈黙のあと、梓さんが吹き出した。
「はっ! 無理やって。そんなん、こっちになんの得もないやん」
「俺が負けたら――お前らの仲間になってやる」
「お兄ちゃん!」
灯莉が声を上げた。
「何言ってんの!?」
けれど、尊流さんは振り返らなかった。
梓さんの顔から、初めて笑みが消えた。
尊流さんを値踏みするように、頭の先から足元まで眺める。
「へえ……」
その目が、わずかに細くなった。
「君、相当やるやろ。そら、なかなか魅力的な提案やけど――」
再び、口元に笑みが浮かぶ。
「万が一、俺が負けても、ほんまのこと言うとは限らへんで?」
尊流さんは何も答えない。
ただ黙って、梓さんの目をまっすぐに見返している。
「…………」
しばらく見つめ合ったあと、梓さんが小さく笑った。
「ほんま、君おもろいな」
その足元に、紫がかった黒い召喚陣が浮かび上がる。
陣の内側から、金属の擦れ合う音が響いた。
召喚陣から、黒い鎖の巻きついた長い柄がせり上がる。
続いて現れたのは、巨大な三日月形の刃だった。黒い刀身には紫色の光が脈打っているようだ。
禍々しい大鎌。
梓さんはその柄を片手でつかみ、軽々と肩へ担いだ。
「普通に、戦いたなってきたわ」
尊流さんも右手を前へ出す。
手のひらの先に召喚陣が開き、一本の長槍が姿を現した。
尊流さんは槍をつかむと、穂先を梓さんへ向けて構える。
二人の視線がぶつかった。
それだけで、廃ビルの空気が張り詰める。
息が苦しい。
胸の奥が締めつけられ、身体が勝手に震えそうになる。
俺は――ちゃんと呼吸できているんだろうか。
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鎌を構える梓です
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