084_妹は平穏を知らない
今日は朝起きたときには穏やかな朝食食べられると思っていた。俺は随分と考えがおめでたいらしい、隣の部屋が静かだから平和に過ごせるだろうなんて思ってしまった。
部屋を出るなり妹にハグをされた。いや、これはハグなのだろうか? どちらかというと相撲の鯖折りに近いような気がしないでもない。その程度には力強い抱きしめ方だった。
「お兄ちゃん! 一晩お兄ちゃんと離れてて寂しかったですよ!」
「一晩って……普通に夜寝ただけだろう? 毎晩お前は一晩離ればなれになったと主張する気か?」
「ああいえ、昨日は寝てしまいまして……いつもはお兄ちゃんの寝顔を撮ってから寝るのですが……」
「撮って!? え!? 俺が寝ているときにお前は忍び込んできてたの!?」
衝撃の事実である。正直分からなければそれでいいだろうと言われそうだが、割と本気で監視カメラを自室に設置したい。
「気にしないでください、お兄ちゃんの寝顔を撮影するのは前妹の権利ですから」
「主語が余りにも大きすぎないかなぁ! 全国の妹にその権利があるか確認してみろよ!」
阿地は目を逸らしてから何事もなかったかのように振る舞う。
「とにかく、お兄ちゃんを満足いくまで堪能出来たので今回はいいとしましょうよ。お兄ちゃんは私を満足させるのが義務なんですよ」
「俺はお前のなんなんだよ……」
訳のわからん理屈をこねられても困るんだよなあ……静かな朝だと思ったら部屋のドアを開けた途端平穏な日が脆くも崩れ去った方の身にもなってほしい。たまには普通に起きて何気ない朝食を食べたいものだ。
「まあまあ、深く考えたら負けですよ。私はその場のノリで生きているものですから、考えて理解出来るものじゃないんですよ」
開き直りにしか聞こえないような気がするが、確かに阿地はその場のノリで生きている感じがある。人生をライブ感で生きているような気がしてならない。お前は本当にそれでいいのかという行動だって平気でするもんな。
「まあいいや、朝飯はコーヒーとトーストでいいか?」
「はい!」
とりあえずキッチンに行きトースターにパンをセットし、インスタントコーヒーをマグカップに入れる。眠気覚ましなので自分の分には砂糖もミルクも入れない。妹用にはたっぷりを入れておく。ノリだけで食べるが、コーヒーは砂糖がないと飲めないというのが微笑ましい……そういうところだけは微笑ましいんだがなあ……
チン
トースターが焼き終わった音を立てたのでマーガリンを出して塗っておく。実は英国名物マーマイトを塗って食べていたこともあるが、一瓶食べ終わったときに阿地が『やっと終わった』と言ったので無理して遭わせていたのを知ってからトーストに癖の強いものは塗らないようにしている。
「ほら、じゃあ食べるぞ」
「はい! お兄ちゃんの手料理はありがたいものですねえ……」
「ただのトーストだろうが……」
阿地の方がよほど凝った料理を作るのに俺の事なら些細なことでも喜んでくれる。少し気恥ずかしいものの辛辣な言葉をかけられるよりはよほど嬉しい。
「お兄ちゃん、一つ言っておきますよ」
「なんだよ真剣な顔をして」
「私はお兄ちゃんを愛してるってことですよ、お兄ちゃんがどう思っていようとね。覚悟はしておいてくださいよ」
その答えに俺はシンプルな言葉を返した。
「何年兄妹やってると思ってんだ? 分かってるよ」
そう言って二人して笑いながら朝食はのんびり進んでいった。物好きが世界に少しくらいいたって良いじゃないかと思う。ただそれが妹だっただけの話だ。
二人して微笑み合いつつ多少のピリピリとした空気を出しながら朝食は終わったのだった。




