035_妹の呼び声
「お兄ちゃん大好き!」
さて、そんな台詞が聞こえてくるわけだが、俺は一体どうすればいいのだろうか? こんなもん兄としての未解決問題じゃなかろうか。別に妹の阿地が直接俺にそういっているわけではない。問題はそこにあったりする。
そう、この言葉は隣の部屋から聞こえてきている。俺に直接言っているわけではない。だからいいというわけでもないだろう、こちらの部屋の壁に向けて聞こえるのを承知で言い続けていることになる。それも部屋の壁はベニヤ板一枚のような薄いものではない、それなりに大きく音楽を鳴らしても問題無いほどだ。
多分隣の部屋で録音したものをループ再生しているのだろう。こちらの部屋でも聞こえるほどなので妹の部屋では結構な音量で響いているに違いないのだが、耳栓でも使っているのだろうか?
「言うて……こんなもん考えても無駄か……」
全てを諦めて耳栓代わりにノイキャン機能の付いたヘッドホンを付けてスマホでアニソンを流した。とりあえず心が落ち着くので我慢しよう。
しばしの間我慢していたのだが、集中して作業をしていた後でヘッドホンをとると結構な音量で相変わらず響いている。ただ、少しだけ静かになったので向こうの耳も耐えられなかったんだなと気が付いた。
そうだとも、そんなに長くあんな大音量を響かせて耐えられるものか。そう考えてさあ昼飯でも食べに行こうとしたとこでゲホッと一つの咳払いがした。
途端に今まで隣でウッキウキでこちらにスピーカーを向けていると思っていた妹に恐怖感が湧いた。録音を流しているなら咳払いは入れないだろう。つまりは……まさか、まさかとは思うのだがこれはずっと肉声が流れているのではなかろうか?
そう考えると部屋の気温が五度くらい下がったような気がする。まさか、子の声が聞こえ始めてからずっと壁に向けて言い続けていたのだろうか、これもうホラーなんだが……
しばし壁に向けて耳を澄ませていると咳払いから少しして音が止んだ。それから「お兄ちゃんにもこれだけサブリミナルしておけば大丈夫でしょう」という声まで聞こえてしまった。サブリミナル何の関係もない大音量だったんだが……
こっわ……と思いながら気を取り直して昼飯にしようと部屋を出た。隣には阿地の部屋があるので出来るだけ刺激しないようにキッチンに行き、トースターに食パンを入れて待っていると阿地がやって来た。
なんだか妙にニヤけている。いや、可愛げというか邪悪なものを感じる。見た目だけは確かに兄に懐いている妹の顔なんだが、その奥底に暗いものを感じずにはいられない。しかし、阿地がハッキリアレは肉声だと宣言したわけでもない、ここは曖昧なまま、たまたま集力しておいた音声に咳払いが入ってしまっていただけだと思うことにしよう。
そう考えて焼けたパンを皿に載せるとそそくさと部屋に戻った。もうすっかりあの声が消えているのはきっと阿地が再生を止めただけだろう。そう思った方が気が楽なのでホラー展開は考えないようにしておく。




