034_妹は音楽を趣味にするのか?
眠いな……
そんなことを思う程度には朝から眠気がすごかった。それというのも阿地が昨晩隣の部屋で男の声を漏らしていたからだ。決して妹が弟になったわけでも男を連れ込んだわけでもない、隣の部屋から響いてきた男の声は俺のものだった。
俺がこの部屋にいるのにどうして隣から俺の声が流れてくるのか? 理由は簡単、先日ウチに通販の商品が届いたので開封したところ中にはDAWのディスクが入っていた。
それを見たときはてっきり阿地がDTMに目覚めて音楽でも作るのかと思った。打ち込みなら楽器のセンスは必要無いし、趣味を持つのは悪いことではないと思っていた。
ただ、その日はなんだかやけに阿地のやつが話しかけてきた。今思えば素材を収集していたのだろう。警戒も何もせず俺は阿地との雑談を楽しんでしまった、その結果、昨晩寝ようとしたときに俺の声で阿地に愛をささやく声が響いてくるという罰ゲームを体験することになった。
自分の意志で言ったならまだいいだろう、それなら自分の責任だ、しかし阿地のやつは人の声を収録してから合成しやがった。布団に入った瞬間に隣から『愛してるぞ阿地』という声が響いてきて、男を連れ込んだのかと驚いてよく聞くと自分の声だったときの俺の気持ちを考えられるだろうか?
まだ好きなように作った曲のボーカルにされる方がマシだ。なんで愛をささやくなんて使い方をしたのか、正直昨日は『人類にPCは過ぎた技術だった』とマジで思いそうになった。トランジスタを発明したやつを恨み、まだ計算機の部品が真空管だったら良かったのにと割と本気で考えたほどだ。
そうして明け方になってようやく隣の部屋から響く俺の声は止まった。飽きてくれたのか寝てしまったのかは分からないが、自分の声を聞くのがキツいなと気づかされた。
声が静まったところでようやくキッチンに朝食に向かった。そこには阿地が待っていた、我が妹ながらよくあれだけやりたい放題やった後で俺に合わせる顔があったなと言ってやりたい。
「あ! お兄ちゃん! 昨晩はお世話に……おっと、なんでもないです」
まさか……コイツ隣の部屋にあの声が響いていたのを気づいていないのだろうか……?
阿地が気づいていないふりをしているので騒ぐわけにもなあ……一応法律的にアウトなことをしたわけでもないのだろう、倫理的にはアウトを超えて終わっているような気はするのだが……
仕方ない、少し金がかかるが……
「なあ、好きなオーディオブランドってある?」
それとなく阿地にそう訊ねた。
「ん~そうですねえ……ドイツ製……いやオーストリア製……いえ、アレはどちらも高いですね。国産のAとかYが好きですね」
コイツもある程度俺の意図を察したらしく、国産のメーカーを教えてくれた。眠い目を擦りながら朝食のトーストをかじりつつヘッドホンを一つ注文しておいた。
朝注文したこともあり、夕方にはヘッドホンが届いたので阿地にプレゼントしておいた。コイツはスピーカーの方が音質がいいとしても俺がプレゼントしたと言うだけでそちらを使うやつだという確信があった。
実際その晩は俺の声が隣から響くことはなかった。安眠はできたのだが、あくまで無くなったわけでなく聞こえなくなっただけだ。これがベストな対応だとは思わないが、夜ごとに自分の声を聞かされるという罰ゲームから逃げることにはこうして成功した。




