110_妹は配信をしたい
「お兄ちゃん、退屈なので配信アプリを始めようと思うんですよ」
「やめろ」
俺は即答した。そんなもん考えるまでも無い。トラブルになるのは目に見えている。なんなら櫻の木の下に埋められるか賭けてもいいほどだ。阿地が配信をやると絶対にトラブルになる、保証したっていい。
だからあっさりと頭で考えるよりも早く妹の提案を否定した。意味を脳が理解する前に脊髄が拒否したのは我ながら妹のことをよく理解していると思った。
「でももうインストールまでは終わってるんですよ? 立ち絵まで用意したので後は配信開始するだけなんですよ?」
「自分がトラブルをいくら起こそうと自分で責任を取れる分には構わないが、だったら質問なんてするなよ。それとどうして俺に聞いたんだ? 俺はお前の尻拭いをする気はないぞ」
そう言うと阿地は『心外です!』と言ってから語り出した。
「お兄ちゃんは『配信切り忘れ』というジャンルがあることをご存じないんですか? 私が配信を終わってスマホを置いたときにお兄ちゃんが私を呼んで、その声が配信に乗るってドラマチックな体験が出来るんです! これは一回経験しておくべきでしょう?」
「絶対体験しなくてもいいヤツだろ! 炎上待ったなしだよ!」
言わないが阿地は声もいい、こんな声で配信をしているときに男の声が乗ろうものならリスナーの反乱が起きること間違い無しだ。頼むからやめてくれ、炎上するのが確定していることを狙って起こすんじゃないっての。
「お兄ちゃんが私のためにネット上の有象無象と戦ってくれるかと思うと私は大変興奮するんですよ!」
「お前がどんな癖を持っていようがか勝手だけどなあ、俺が巻き込まれるような歪んだ希望を持つんじゃねえ!」
ああもう、なんてヤツだ。炎上するのをしっかり理解した上で言ってやがる。初めっから燃えるのなんて織り込み済みなのかよ。
「どうですか、お兄ちゃんも私を守りたくなってきたでしょう? そしてお兄ちゃんがネットでの戦いに消耗したところで私が優しくケアしてあげるんです! いいですねえ!」
酷いマッチポンプだ……自分で炎上させて後始末を押しつけた上で俺を助けた人間に成田院なんて都合の良すぎる考えだろう。俺だって誰が原因かくらい分かるんだよ。
「頼むから自分のトラブルは自分で片付けてくれ。俺が後始末をする気はない」
「うぅ……後はお兄ちゃんが同意してくれれば計画が成立したのに……酷いです!」
「俺の犠牲を前提にした計画をドヤ顔で良く俺に言えたもんだな、その胆力だけはすごいと思うよ。全く尊敬はしないけどな!」
まったく、好き放題するヤツだ。
「分かりましたよ、じゃあ配信派諦めます」
言うが早いかスマホの画面を押して操作してから『アプリ消しときました』と言うので、思わず『配信がしたかったんじゃ無いのか?』と聞いてしまった。
それに対する反応はシンプルで『お兄ちゃんが関係無い配信なんてしたって虚しいだけですから』という潔すぎる返答が返ってきたのだった。
俺の犠牲はどうやら配信のためにあったのではなく、それ自体が目的だったらしい。妹に対して目的と手段はきちんと聞いておかないといけないなと思わされた一件となった。




