表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

第三章 最初の依頼と、セサミンの不思議

依頼を選ぶのに、透は思ったより時間をかけた。

ギルドの掲示板には十数枚の羊皮紙が貼られていて、ランクごとに色分けされている。Bランクの透が受けられる依頼はかなり幅広いが、初回はあえて一番地味なものを選んだ。

【依頼】街道沿いの薬草採集

 依頼者:アルヴィス薬師ギルド

 場所:北街道から東に入った草原地帯

 内容:青ミント草、夜露草、赤根を各10束

 報酬:銀貨3枚

 備考:魔物の目撃情報あり(弱種)

「これにします」と透が言うと、受付の職員が少し意外そうな顔をした。

「Bランクの方が薬草採集を?」

「最初だから、様子を見たくて」

「……そうですか。では東門を出て、街道を二十分ほど進んだところに草原があります。魔物はスライム系が数体確認されていますので、お気をつけて」

透は礼を言って外に出た。セサミンが肩の上で依頼書を覗き込んでいた。

「まほう、つかわないの?」

「今日は使わないつもり」

「なんで」

「力の加減がわからないから」透は正直に答えた。「昨日も魔法を少し試したら、思ったより大きな炎が出た。強い力があるのはわかったけど、それをどう扱うかはまだ全然わかってない」

セサミンはしばらく考えた。「ゆっくり、おぼえる?」

「そう。焦ってもいいことない」

「セサミンも、おなじ」とセサミンが言った。

「何が?」

「セサミンも、ちからがある。でも、わからない。どこにあるか、わからない」

透は歩きながら横目でセサミンを見た。孵化して二日目のドラゴンが言うには、妙に核心をついた言葉だ。

「そうか。じゃあ一緒に学ぼう」

「うん」とセサミンは言って、透の首にしっぽをぐるりと巻いた。


北街道は朝の光の中で気持ちよく続いていた。荷馬車が時折通り過ぎ、農村に向かう人々が歩いている。透は急がず、周囲を観察しながら進んだ。

道端の草木がゲームのグラフィックよりずっと複雑だということに気づいた。同じ種類に見える草でも、葉の形が微妙に違う。光の当たり方で色が変わる。踏んだ土の感触が場所によって異なる。

当たり前のことだが、ゲームでは感じられなかった「厚み」がある。

「トオル、あれ」

セサミンが前方を指した。街道から外れた草むらの中、青みがかった草が群生している場所があった。青ミント草だ。特徴的な葉の形はゲームの図鑑通りで、近づくと清涼感のある香りがした。本物だ、とまた思う。

「よく見つけたな」

「においが、した」とセサミンは得意そうに言った。「つよいにおい」

「鼻がいいんだな」

「うん。セサミンの鼻は、すごい」

謙遜という概念をまだ知らないらしい。透は苦笑しながら、腰に下げていた採集袋を出して、丁寧に青ミント草を摘み始めた。根は傷つけないよう残す。再生長のためだ。この知識はゲームから来ているが、植物の扱いとして実際にも正しいはずだと判断した。

「トオル」

「うん?」

「むこう、なにか、いる」

透は手を止めた。魔力視で草むらの向こうを見ると、薄い緑色の光の塊が三つ動いている。スライムだ。ゲームでは最弱の部類の魔物で、攻撃力も低く動きも遅い。だが実物を目にするのは初めてで、少し緊張した。

「大丈夫。弱い魔物だから」

「セサミンが、やっつける?」

「いや、私がやる」透は立ち上がった。「見ててくれ」

魔法を使わずに、ということは——透は腰に差した短剣に手をかけた。戦闘向きではないが、採集用の護身武器として購入していたものだ。

スライムが草むらからゆっくりと滲み出てきた。ゲームで見たものよりも半透明で、内側に小さな核が光っている。大きさはバケツ程度。動きは予想通り遅かった。

透は一体目に向かって踏み込み、核を狙って短剣を突き入れた。ゲームのように数値は出なかったが、手応えはあった。スライムが揺れて、溶けるように地面に広がって消えた。

二体目は横から滑ってきたので、ステップで避けて同じように核を刺す。消えた。

三体目——

「あ」とセサミンが言った。

三体目のスライムが、透ではなくセサミンに向かって伸びてきていた。透が反応する前に、セサミンは小さな口を開けて、息を吹いた。

火ではなかった。

透の目には、それがはっきりと見えた。セサミンの口から出たのは、淡い金色の光だった。光はスライムに触れた瞬間、スライムを包み、そのまま静かに消滅させた。

一秒もかからなかった。

透とセサミンは、しばらく互いを見た。

「……セサミン、今なにをした?」

「わからない」セサミンは自分の口元を前足で触った。「でた」

「出た? 自然に?」

「こわかったから。びっくりして、でた」

透は魔力視でセサミンを改めて見た。小さな体の中に、並外れた密度の魔力がある。色が独特だ——金色に近いが、それだけじゃない。透が今まで見た誰の魔力とも違う質感がある。

「……不思議なもんだな」

「へん?」セサミンが少し不安そうに言った。「へんだった?」

「いや、すごい、の方が近い」透はセサミンの頭をそっと撫でた。「怖い思いさせたな、ごめん」

「こわくない。びっくりした、だけ」

「どっちでも。ちゃんと守ってあげられなかった」

セサミンは少し考えて、「じゃあ、こんどから、セサミンとトオル、りょうほう、まもる」と言った。

「うん、そうしよう」


薬草採集はその後、順調に進んだ。セサミンの鼻が頼りになった。夜露草は岩陰の湿った場所に生えていて、透が見落としそうな場所をことごとく嗅ぎ分けた。赤根は地中に潜っているが、セサミンが「このあたり、においちがう」と言って示した場所を掘ると、必ず出てきた。

採集しながら、透はセサミンにいろいろなものを教えた。草の名前、虫の種類、遠くに見える山の名前。セサミンは教えられたことを全部繰り返して確認し、次に同じものを見つけると嬉しそうに名前を言った。

「あれ、スモークバード」

「そう、よく覚えたな」

「あのくも、コガネグモ」

「違う、あれは——」透は目を細めた。「……あってる。コガネグモだ」

「でしょ」とセサミンは得意そうに言った。

覚えが本当に早い。言葉もそうだが、景色や匂いを記憶する力が際立っている。透は少し驚きながら、それを隠した。セサミンはまだ生まれて二日目だ。どこまで成長するのかが、まったく予測できない。

昼を過ぎた頃、採集が完了した。袋の中には依頼分の薬草が揃っている。透はその場に腰を下ろして、持参した水筒から水を飲んだ。

セサミンが膝の上に乗ってきた。

「つかれた?」

「少し」

「トオルは、よわいの?」

「体力は普通かな。魔法使いは体力より魔力が大事だから」

「セサミンも、まほうつかい?」とまた同じ質問が来た。今朝も同じことを聞いていた。

「さっきのを見ると、魔法は使えるみたいだな」

「でも、わからない。どうやってやるか、わからない」

「それはこれから分かっていくと思う」透は空を見上げた。薄い雲が流れている。「私だって、自分の魔法がどういうものかまだわかってない。一緒に探っていこう」

セサミンはしばらく黙っていた。草原の風が吹いて、透の前髪を揺らした。

「トオル」

「うん?」

「ここにきて、よかった?」

思わぬ質問で、透は答えるのに少し間があいた。

よかったかどうか。正直に言えば、まだわからない。元の世界への未練があるかと言われれば、ないとは言えない。しかしこの草の匂いも、風の感触も、目の前の小さなドラゴンも、確かに今ここにある。

「今のところは、よかったと思ってる」

「ほんとう?」

「本当。特に、セサミンがいるのはよかった」

セサミンは少し照れたような顔をした——表情が豊かになってきている。それ自体が不思議だった。昨日より今日の方が、明らかにセサミンの顔から読み取れる感情が増えている。

「セサミンも」とセサミンは言った。「トオルのところで、よかった」

「なんで?」

「おなか、すかせない」

透は笑った。「それだけ?」

「……もっと、ある。でも、ことばが、まだない」

「言葉が増えたら教えてくれ」

「うん」とセサミンは言って、透の膝に頭を乗せた。「おひさまが、あったかい」

「そうだな」

草原の上に、穏やかな午後の光が広がっていた。風が草を揺らし、遠くで鳥が鳴く。透はそれをただ静かに聞いていた。

急ぐことは何もない。力の使い方も、この世界の仕組みも、これからゆっくり知ればいい。今日は薬草を採って、スライムを倒して、セサミンが不思議な力を見せた。それで十分な一日だった。

立ち上がろうとすると、セサミンが「もうちょっと」と言った。

「帰らないの?」

「もうちょっと、あったかい」

透は結局、もう少しそこにいた。


ギルドに戻って薬草を納品すると、受付の職員が目を丸くした。

「全部そろってますね。しかも状態がいい」

「丁寧に採ったので」

「魔物の被害は?」

「スライムが三体いましたが、問題なく」

職員が書類に何かを記入している間、ヴェルナーが奥から顔を出した。透を見て、それからセサミンを見て、小さく頷く。

「どうだったかね、初依頼は」

「勉強になりました」

「魔法は使ったか?」

「使いませんでした」

ヴェルナーはまた何かを考える顔をした。「使えるのに使わなかった、か」

「加減がわからないので」

「……正直な子だ」ヴェルナーは静かに笑った。「その慎重さは悪くない。力のある者ほど、最初の一歩を軽く踏み出す。君がそうでないのは、良いことだと私は思う」

透は礼を言って銀貨を受け取った。三枚。軽いが、確かな重さがある。

宿への帰り道、セサミンが約束通り屋台の焼き肉の匂いに反応した。

「あのにおい」

「覚えてたか」

「やくそく」

透は苦笑して立ち止まり、屋台でドラゴン肉の串焼きを一本買った——ドラゴンという名前だが、実際は家禽の一種だとゲームで知っている。セサミンに渡すと、熱心にかぶりついた。

「おいしい?」

「おいしい」とセサミンは言い、少し考えてから付け足した。「でも、なんか、かなしい」

「なんで」

「これ、ドラゴン」

「……似た名前なだけで、別の生き物だよ」

「ほんとう?」

「本当」

「じゃあ、おいしい」とセサミンはまた食べ始めた。

透は夕暮れの石畳を歩きながら、今日知ったことを頭の中で整理した。セサミンの力のこと。魔物が実際にどう動くかということ。ヴェルナーの言葉のこと。

わからないことはまだたくさんある。この世界がゲームとどこまで同じで、どこから先が違うのか。自分が転生した理由が何かあるのか。セサミンの「不思議な力」がこれからどう育っていくのか。

でも今日は、それで十分だった。

宿の扉を開けると、夕食の匂いが漂ってきた。セサミンが鼻をひくひくさせる。

「スープ、においがする」

「夕飯にしよう」

「うん」とセサミンは言って、透の肩の上でしっぽを揺らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ