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魔道のマナー  作者: 青梨
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カラッソの長

 辺境の街カラッソに訪れた大規模な魔物の襲撃。

 ランク5という、人類領域に出現する最大級の魔物を含めた絶望的な魔物災害。それを乗り切ったこの街では、戦闘後のゴタゴタとした事故処理が終了し、犠牲者への追悼が行われていた。


「彼らはこの街を守った英雄であり、またその勇気ある行動は翳りあることなく──」


 今回の魔物襲撃による犠牲者の数は19名であった。

 これは群れの規模を考えれば望外の結果であると言えた。通常ランク5やランク6を含めた襲撃など、カラッソ程度の規模の街なら壊滅していてもおかしくはなかった。それを街の外で押し留め、街中に被害を出さなかったという功績に、カラッソの守り手たる精強な騎士団やハンターたちへ惜しみない賞賛が贈られた。彼らの犠牲を悲しむことはあっても決して悲観することはなく、人々は誇らしい思いを抱き哀悼の意を送った。


「また悪辣なる計画を企てた者たちにより、本来失われるべきでない尊き命が失われたことも忘れてはならない」


 騎士団やハンターは確かに魔物の群れを食い止めた。しかし民間人の死者は0ではなかった。街の混乱に乗じて悪事を働いた者による被害者や、唯一街中で起こった戦闘において亡くなったリシア・テラムの存在もそこには含まれていた。


「彼女は暴漢から命を賭けて子供達の命を守り、その命を散らした。その有様はまさしく勇聖教としての──」


 街を命がけで守る者たちがいる一方、街を破壊するため暗躍する者たちの存在があった。

 街側は当初、時が来るまでこの事実を伏せることを考えた。計画の首謀者が見つかっていない状況で人為的災害であることを公表すれば、更なる混乱が予期されると考えたからだ。

 しかし犠牲者の存在がその行為を躊躇わせた。更に襲撃犯に高ランクのハンターが含まれるなど、街の住人が関わっていたことも関係した。魔物寄せを用意した者たちに、ハンターを含めた協力者。それらの事実に、街側も事態の隠蔽を諦め全てを詳らかにすることを決めた。

 人々の反応は様々だった。ハンターギルドに責任を追及する声もあれば、多くのハンターが街を守ったと擁護する声もあった。計画の首謀者を掴まえられない街への不満の声も上がった。

 その中でも特に問題視されたのは、協力者の大半が魔力的才能に乏しい者であり、魔王教団の思想を持っていたことだった。社会的弱者の彼らが体制への不満を抱き、街への襲撃行為に加担した。当初この噂が人々に広まり、下層階級に対する犯罪的行為を助長しかけた。

 それを結果的に食い留めたのが、献身とも言えるリシアの死だった。彼女が体を張って魔法の才能が無い孤児達を守ったことは美談として人々の間に伝わり、不満は不満として燻りつつも振り上げられた拳を収められることとなった。




 あの夜から数日が経ち、私は現在またプラウスとしての格好をしている。


 二人組との戦闘後、即帰還した私は結果的に朝帰りとなったわけだが、私を待っていた母は最初何か言おうとしてすぐに口を閉ざした。なんだか悲しそうな、そんな顔をしていた気がしたけれど、疲労と睡魔に襲われた私はそれにほとんど関心を向けられずに寝てしまった。

 翌日起きた時にはもう夕方で、結局半日以上も寝てしまった。その後は疲れの抜けない身体を無理に動かす気にもなれず、一日のほとんどをベッドの上で過ごし、それから数日間も特に何かすることはなかった。

 母が何か聞きたそうにしていたので、私は起きた出来事を順番に教えることにした。その数日間は今まででも特に母が優しかったかもしれないと、そう感じた。

 胸元と腕部分がボロボロになった私のハンター活動用の装備であるが、これは適当に余っていた素材を使用して補修を行った。元々自作の素人作業であるため、状態は補修の前後で変わっていないと思いたい。


 修理した装備を着用して、私はカラッソを訪れた。

 そして今は、この街の主人と言える人物と向かい合っていた。


「お招きにあずかり感謝するダヴィーノ子爵。ところで口調は改めた方がいいだろうか」

「いいや、この街の英雄殿に謙った態度は要求せんよ。楽にしてくれて構わない」


 私と対面しているこの男は、王国からこの街の管理を任じられているゴルディ・ダヴィーノ子爵だ。

 貰い損ねていた魔物討伐の報酬を受け取りに行ったら、対談の機会を設けたいとギルドを通じて連絡があった。貴族の要望を無碍にするわけもいかず、それに私個人としてもこの街の支配者と話したいことがあったので、丁度いい機会と受けることにした。


「まずは先の件の礼を言わせてくれ。貴公がいたおかげで街への被害は最小限のものに留まった。カラッソを預かるものとして、また一人の住民としてお礼申し上げる」

「ハンターとしての義務を果たしただけだが、礼は受け取ろう」


 謝辞を述べた子爵に私も軽く返答する。ほとんど社交辞令に近いものだ。

 挨拶は終わりと、ゴルディの雰囲気からもやや穏やかさが抜けたような気がした。


「それではここから本題に入ろうか。いくつかあるが、先に今回貴公に払うべき報酬について話そうか。ハンターギルドから既に話は通っているかもしれないが、貴公の戦功は他より抜けているという意味で特殊でな。そこを含めて直接交渉したかったのだ」


 私は途中から参戦したわけだから、それほど多くの魔物を討伐したというわけではない。むしろ数だけを競うなら全ハンターの中でも下の方ではなかろうか。ただ倒した魔物に大物が多い。ランク6だけでも5体くらいは倒した気がする。それに加えてランク5だ。騎士団がいくつか魔法を当てていたが、これもほとんど私一人で倒したと言っていい。そういう意味で私の戦果はかなりのものになるはずだ。


「有難いことに貴公の戦果は分かりやすい。ランク6のような大物ばかりを倒していたから複数人から矛盾なく戦果を確認することができた。加えてほとんど一人で倒しているため他の者と戦果を分け合うこともない。個人での報酬額なら貴公がトップだぞ」

「そうか」


 大体予想できていた内容のため、話を早く先に進めるためにもそっけなく返す。


「ふむ、あまり手柄争いというのには興味がないタイプか。さすがは魔導師殿と言ったところか?」

「別に。ただ為すべきことは過程にあって、過ぎた結果に興味を持てないだけだ。それに言うなれば街を守るために戦った者全員が勇者だ。そこに上下など貴賎を付けて誇る気にはなれない」

「なるほど……誠英雄らしい言い種だな。ただ報酬は報酬として受け取ってくれ。でなければ勇者たちが命を賭けた対価に釣り合いが取れなくなってしまう」

「もちろんだ」


 命を賭けていた者たちか。そこに果たして私は含まれるのだろうか。一人だけ並外れた力持ち、如何なる怪我も魔法で治す。おそらく私は死など覚悟していなかったと思う。

 そしてそれはきっと、あの場で戦った者たちの中で私だけだったはずだ。


「貴公が倒した魔物をこちらで算定した結果、素材報酬で大体3800万。そこにギルドからの緊急依頼の報酬2500万を加えた、計6300万リアが貴公に払う報酬となった」


 その額を聞き正直割と高いなと思った。倒した魔物に関しては経験として色が付いている気がするし、緊急依頼の報酬2500万というのも相当高いのではないか。私一人にこれだけ払っていたら破産しそうな気もするが、貴族はやはり金を持っているなということを実感する。

 ただこの中にはアレが含まれていないが。

 そんな私の言いたいことを察したのかゴルディは付け加えるように言い足した。


「貴公の言いたいことは分かる。ここにはまだランク5である災害級の魔物の報酬は含まれていない。そしてそれが本日の本題だ。3億出す。だからあの魔物の遺骸を売って欲しい」


 真剣な表情でそう言われた。


「遺骸、というのは魔晶核を含めたという意味か?」

「ああその通りだ。貴公が魔物の素材で魔晶核だけを手元に残していることは知っている。先ほど算定した素材報酬に関しても、魔晶核だけは実物で渡す用意がある。だからこその交渉だ」


 なるほど。わざわざ私を呼んだのはこれが理由か。

 確かに額が額であるし、貴族本人が直接したいのも理解できる。勝手に清算して金を渡し黙らせて仕舞えばよさそうなものではあるのに。誠実なのか、不興を買いたくないのか。両方だと思う。


「別に払うべき報酬を払うなら譲っても構わない。だが理由を聞いてもいいか。わざわざ魔晶核を含めてと言うからには何か理由があるのだろう?」

「滅多に手に入らないランク5の魔晶核だ。手にする機会に恵まれたのならそれを逃したくはない。それに今回の魔物襲撃事件の解決を象徴する意味でも、それを当家が確保する意味は十分以上にある」


 表情も変えずにゴルディは平然とそう語った。

 納得できる理由であるが、なんとなく全てを口にしているというわけでもないように感じる。理由は少し気になるが、わざわざ語らないと言うことは私には言えないことなのだろう。

 ハンターと貴族、その領分を越えない意味でも無闇に突くのはやめた。


「そうか。そういう理由があるならば譲ろう」

「ご理解のほど感謝する」


 またしても礼を伝えてくる彼に適当に返事を返すと、ゴルディは一度姿勢を正した。


「次は貴公の件であるな。貴公は魔導師であるという報告を受けているが、特級魔法の使用の是非について所属、あるいは滞在する国への報告責任があるのを理解しているか?」

「もちろんだ」


 魔導師。すなわち特級魔法の使い手というのは、その能力の高さ、また危険度の高さから、自身が身を置く国に自分が特級魔法の使い手であることを報告する義務がある。これは原則どの国、地域でも当然とされていることだ。魔導師は単身で災害級の魔物を打倒できる。それはつまり一人で街や都市を壊滅させることができるという意味でもある。そんな人物たちが正体をを隠しての活動するというのは国としても安心できることではない。


「ふむ、だが我々が調べた限りではその義務は果たされていないようだが?」

「それは申し訳ない。私としては特別国に対して反意や敵意があるわけではない。ただうっかりその報告義務を怠っていてしまっただけだ。謝罪しよう」

「うっかりでは仕方ないな。こちらも謝罪を受け取ろう」


 これは魔導師と国の間でよくある茶番だ。

 報告義務は魔導師が国家に対して敵対意思がないことの表明をすることに等しい。これをすることで、何か大規模な魔法による事件があった際、報告義務が果たされていれば誰がそれを実行したのか国が特定しやすくなり、魔導師はアリバイ次第で潔白を証明できる。そして魔導師であることを隠した人物はこの手の事件があった際、例え明らかに無罪であっても容赦なく身柄を拘束されることになる。

 とはいえ魔導師としても、いちいち自分が特級魔法を使えることを公言して、公的機関から注視されるような窮屈な思いはしたくない。これはそのために生まれた、暗黙の了解と言うべき国側からの妥協案だ。

 その気になれば国は国家への破壊工作の疑いで、義務を果たさない魔導師に対し故意の隠匿行為として重い刑罰を課すことができる。しかし報告を怠った者へ国がいちいち何らかの罰則を課せば、それがきっかけで国と魔導師の間で流血を伴う争いを招きかねない。それはどちらにも良くない結果しかもたらさない。

 だからこのような双方にとって不利にならない慣習が生まれた。


「それでは貴公は己が魔導師であることを正式に認めるということだな?」

「その通りだ」


 特級魔法を使えるかはあくまで自己申告だ。例えそれの目撃者が存在したとしても、当人がそのことを認めない限り魔導師とは公式には見なされない。そしてこれがネックでもある。自分が特級魔法の使い手であることを認めたくない魔導師に対して、国はその事実を確認した時点で一度本人へとその確認を行う。そこで公に魔導師であることを認めるならば話は終わりであるが、それを否定し、また後日その事実が明らかに発覚した場合、いくら弁明を重ねようとその魔導師はその国家への敵対者と見なされる。その後の対応は国によってマチマチであろうが、大体国外退去と入国禁止措置が取られる。血気盛んな国ならそのまま処刑だ。国としてもいくら強力な戦力だろうと、信用のおけない人物など膝元に置きたくはないからだ。


「そうか。変に拗れなくて助かった。中には頑なに自身が魔導師であることを認めない御仁もいるそうでな。見間違いやなんだのと明確な証拠を要求したり、大量の魔石を使った強化魔法だと言い訳したりするそうだ。話が逸れたな。さて、これから三つ目の話に入るわけだが、その前にこの場に一人追加してもいいか?」


 特に不都合もないので軽く頷く。

 ゴルディが手元を軽く動かす。しばらくすると一人の人物が扉から現れた。


「やあ、数日ぶりだね。プラウス君」


 現れたのはカラッソのハンターギルド支部長リュメールだった。リュメールは私の対面側、ゴルディの横のソファに腰掛けた。


「この間はありがとう。君のおかげで随分と想定していた被害を抑えられたよ。もう散々言われたかもしれないが私からも言わせて欲しい。この街を救ってくれてありがとう」


 感謝の言葉を言いながらリュメールは頭を下げた。


「子爵にも告げたが礼は受け取ろう。それで、支部長がこれからの話に加わるということはハンター絡みか?」

「そうだね。君が交戦したハンターパーティー我獣の牙についてだよ」


 その件か。


「何を聞きたいんだ?」


 リュメールは困ったように苦笑した。


「聞きたいというよりは事実確認かな。エミリス君から事のあらましは聞いているけど、支部長の立場としては関係者全員に聞かないわけにはいかないからね」


 そういうことかと納得し、私はリカルドと交戦したときのことを語った。


「ふむ……確かにエミリス君が語った内容と矛盾しないね。そういえば、プラウス君は随分と高価な回復薬を持っているそうだね?」

「何の話だ?」

「エミリス君が言っていたよ。リカルド君から受けた傷をプラウス君に回復薬で治療してもらったって」


 どうやら回復魔法のことを誤魔化すためにそういう話になったらしい。エミリスには特に口止めしていなかったが、彼女も事情を汲んでくれたようだ。

 不都合はないので彼女の話に便乗することにする。


「そういえばそうだったかもな。効果が不確かだったから問題なく効いて良かった」

「そうだね。それにしても、発光する回復薬なんて随分と珍しいものを持っていたんだね」


 リュメールの雰囲気が変わり、僅かに目が細められる。

 仮面の下で顔を顰める。動揺が外に漏れないように自然体を意識した。


「あの場にいた少年ザック君が言っていたよ。君が彼女に近づいた途端そこが発光して、光が消えると斬られたはずのエミリス君が何事もなく立ち上がったって」

「そうか。側から見たら随分と幻想的な光景に見えただろうな」


 私は適当に誤魔化す。冷静に考えて、それだけの情報から私が回復魔法を使えることがバレる筈はないと気付いたからだ。リュメールもそこに突っ込むことはしなかった。


「ところで、君は常に仮面で顔を隠し声を変えているけど、素顔を確認させる気はあるかな?」

「……なぜそんなことを聞く?」


 リュメールの代わりにゴルディが口を開いた。


「顔は個人を特定する上で最も重要な個人情報の一つだ。それをわざわざ隠すというのは、この街を預かる立場としても防衛上の観点から中々に許容できないものだ。特に怪しい人物が彷徨いた後では尚更な。貴公は一体どのような用向きでこの街にいるのだ。魔導師プラウス」


 ゴルディとリュメール、両者から厳しい視線が注がれる。

 これはアレか。もしかしなくても私が疑われているパターンか。

 この疑われているがどこまでなのかは不明だが、私の存在が不審の一点に集約することは間違いなさそうだ。確かに魔導師ならばここよりも活動地域を西側に移している方が自然だ。私が顔と声を隠していることもその疑いを助長していることだろう。


「怪しい人物というのはリカルドたちのことか?」

「違う。奴らも協力者であるが本命は他にいる。魔王教団だ」

「私たちは君が彼らの関係者ないし、協力者の一人ではないかと疑っているんだ」

「私はこの街の防衛に尽力した。つまり奴らの企てを防いだわけだ。それで疑われるというのは正直理解できないな。荒唐無稽だと言わざるを得ない」

「事実だけを挙げるなら確かにそうだろうね。でもそれが彼らの自作自演だとしたら? 街の有力者に恩を売り、社会的信用を得て街に対して大きな影響力を持つ。その可能性があることは決して否定できない」

「なにせ奴らのことは我々とてほとんど知らない。今まで表に出なかったからと、これからもそうであるはずもない。であるならこれが奴らの策謀の一環と考え、相応の対処を行うのが貴族としての責務だ」


 権力者側から見るとそう見えるわけか。不満はあるが少し納得してしまった。

 ただどうも不自然だ。この二人には多少の緊張はあるが、これから殺し合いをする準備を済ませているようには見えない。私が実際敵側だとしてここで暴れたらどうするのか。問題なく抑える手段があるのかただのカマかけか。正直分からない。


「……私が教団側の人間だったらどうするのか問いたい気持ちはあるが、私は奴らの仲間などではないと断じさせてもらおう」

「ではなぜ貴公ほどの実力者が、こんな辺境で正体を隠してハンターなどしている?」

「変な誤魔化しはいらないよ。君が使用した回復薬、もしくは回復魔法の魔道具は、少なくともこの国では一介のハンターが手に入れることはできないものだ。ならばなぜそれを君が持っていたか。国外から来たか、誰かから受け取ったか。二つに一つしかあり得ない」


 私は黙りこくる。どうすべきか判断を決めかねていた。

 まさか回復魔法一つでこんな厄介事が訪れるとは。使わない手はなかったが、もう少し何か隠す努力をすべきだったか。あの時は冷静さを欠いていたから他の事に気が回らなかったが、今更それを言っても仕方ない。

 それにしても、やはりこの二人の意見はどうも突飛に感じる。無理矢理に私と魔王教団を繋ぎ合わせたいような強引さだ。あるいは正体不明の魔導師の素顔を単純に確認でもしたいのか。

 仕方がないので私は収納魔法からある物を取り出した。唐突な魔法に二人は一瞬警戒するような素振りを見せたが、出された物をのを目にすると驚くように目を見開いた。


「これは……リシャール侯爵家の家紋か」


 これは私が持つ最終手段だ。

 いくら私でも、仮面を被った黒ローブの(なり)をして、それが問題なく受け入れられるとは思っていない。当然身元を疑われた際の対応策を用意していた。姿を隠しているのにあまり侯爵家との繋がりをひけらかす様な真似はしたくないが、こういう時のためだ。許容範囲と割り切る。


「そういう事だ。これの意味が分からんでもないだろう?」


 ゴルディが「ううむ……」と唸る。

 貴族の家紋を持っているということは、リシャール侯爵が私の身元を保証しているのに等しい。いくら街の責任者の立場があるとしても、上位の貴族の決め事に疑義を唱え敵対する様な手段は取りたくない筈だ。私がこれを出した時点で彼らは黙るしかない。


「……なるほど、そういうことか」


 一方リュメールは得心がいったという風に頷いている。何がなるほどなのか疑問に思ったが、彼はいち早く態度を変えた。


「いや、疑って申し訳ない。街では怪しい黒い影の目撃情報があったからね。一応とはいえ、プラウス君に疑いの目を向けないわけにはいかなかったんだよ」

「構わない。私も自分が怪しい格好をしている自覚はある。謝罪には及ばない」

「そういう訳にはいかないよ。お詫びに何か私たちに要望はないかな? 報酬の吊り上げや貴重な魔道具の融通なんかも、出来る限り受け付けるよ」


 私にとって都合のいい展開になったので素直に要望を告げることにした。


「それなら話は早い。私が今回手に入れた報酬、大体3億6000万リアだったか。これを全て渡す。だから魔力的才能に劣る子供や大人達のための施策を行って欲しい」

「それは……君が懇意にしている孤児達への支援、という話ではないんだよね?」

「その通りだ。今回の事件の煽りを食らうであろう者達への支援だ。端的に言えば魔法教団の思想に毒されず、魔法の才能の有無に囚われない。そんな環境を作って欲しい」


 魔王教団による暗躍と協力者の存在は、低階層に属する孤児やその延長線上にいる者達と、それ以外の人々との間に分断を招きかねないものだった。リシアの死が無ければ彼らの排斥は実際に始まっていたかもしれない。これは彼女が絶対に望まないことだ。

 リシアは言った。不幸な子供は不幸な親から生まれると。だから子供達を助けるだけでは駄目だ。場当たり的な感傷行為では何も救えない。レントのような大人を生み出さないことこそが彼女の理想に叶う筈だ。

 もちろん私とて全てが救うに値する善人とは思わない。魔法の才能が無いことだけが不幸を生むとも思わない。だが生まれや才能、育った環境による生じる偏り。それを少しでも正したいという気持ちであった。

 告げられた要求の予想外の困難さに、ゴルディは眉間に皺を寄せ腕を組んだ。


「ううむ……その問題は政治的な要素を排除しても、人類全体としてとても難しい課題であるが……他でもない英雄殿の頼みだ。やるだけはやって」

「言っておくが、引き受けておいて出来ませんでしたは許さない」


 その発言に、安請け合い仕掛けた彼の身体が強張った。


「……それは脅しか?」

「いいや、覚悟の話だ。リシア司祭は文字通りその命を懸けて子供を守った。その彼女に報いるために、私も半端はしないと決めている。だからできないならできないと断ってくれても構わない。そのときは別の手段を模索するだけだ」


 ゴルディが眉間の皺を深くさせて考え込む。これは非常に難しい問題だ。なにせ勇聖教の本山があるアルスレア勇聖国でも解決には至っていないからだ。それを一つ街を預かるだけの彼に求めるのは酷かもしれない。だから私は逃げ道を用意した上で彼の判断に委ねた。

 やがてゴルディが顔を持ち上げ答えを出した。


「……いいだろう。その頼みごとを引き受けよう」

「いいんだな?」

「ああ、私とて彼女の行動に思うところが無いではなかった。その彼女に報いると言われれば反るのも躊躇われるというものだ。それにこれは領主としての私本来の責務だ。街を預かる貴族として断るなどと無責任はできん。……君のような人材と縁を保つという下心も無いでないがな」


 ゴルディはそう最後に付け足し冗談っぽく苦笑した。

 言わなければ良さそうな腹の中までわざわざ口するとは、なんとも憎めない相手だ。私も頼みを受けられたことで一安心と自身の気配を和らげた。


「ああそうだ。もう一つ頼みがあって……」




 プラウスとの対談を終え、疲れた様に首を回し肩を揉むゴルディ。

 中々に癖のある人物だったと感想を抱きつつ、彼は今しがた新たに入室した人物へと声をかけた。


「……これで良かったですかな?」

「ええ、ありがとうございますダヴィーノ子爵。これで私たちも憂いなくこの街を発てます」


 灰色のローブに淡い青のマントを羽織ったその男性は、人好きのする笑みを浮かべて返した。


「……だとしても、他にやりようがあったのでは?」

「余計な懸念は排除しておきたいんですよ。教団の一味でないにしても、他所の勢力の魔導師に我が国をコソコソと彷徨かれては、国家の安寧が揺らぎかねませんから」


 ──それはそちらの事情だろう。ゴルディは内心で悪態つくがその内心はおくびにも出さない。 一人の貴族としてその程度のことは弁えていた。


「それにしてもリシャール侯爵家の紐付きとは。あの家の話題は特にご息女について度々上がりますが。いやはや、あのような魔導師とも繋がりがあるとは、真に計り知れませんね。あなたもそう思いませんか、ノンナ?」

「そうですねぇ。あの子クラリスちゃんはぁ、ほんとにすっごいですよねぇ。でも先輩ぃ、それはそれとしてもぉ、あの仮面の人ぉそのまま返しても良かったんですかぁ? 顔だけでもぉ、確認した方が良かったと思うんですけどぉ?」


 間延びした独特の喋り方をするもう一人の、ノンナと呼ばれた女性がそんなことを言った。


「そこまでする必要はありませんよ。秘密を暴いて余計な敵愾心を持たれてはそれこそ本末転倒です。私たちの職務はあくまで、未知と不確定の危機への対処ですから。我が国の貴族、それも王家に友好的な家との間にいらぬ揉め事を増やしかねない行動は控えるべきです」

「そうですかぁ。……顔見たかったのになぁ」


 小さな声で本心を呟くノンナに、先輩と呼ばれた男性は溜め息を吐く。

 その二人の会話を側で聞いていたゴルディが、機を見て口を挟んだ。


「それで国家魔導師殿、お二人はこれからどうされますか? これから街では数日間祝いの祭りを行いますが、それまで我が家で逗留されますか?」

「わぁ! それはいいですねぇ! 是非そうしますぅ!」

「いいえ、私たちはこのまま直ちに王都へと帰還します。ここで得た情報を一刻も早く上に報告せねばなりませんから」

「えぇ! そんなのぉ、他の人に任せればいいじゃないですかぁ……」

「いいわけないでしょう。それにそもそも、私たちはこの街に何の貢献も果たしていないでしょう。厚かましいにも限度がありますよ」

「そんなぁー……」


 漫才じみたやり取りをいくつか交わしながら、二人の魔法使いはこの部屋から姿を消した。

 途端に静けさを取り戻した室内で、部屋の主人であるゴルディが小さくボヤいた。


「全く……いくら国家魔導師といえ、憶測だけで敵を増やすような真似は控えて欲しいものだな。ここが戦場になったらどうするつもりだったのか。……そうならない確信でもあったか、それならそれで構わなかったのか」


 カラッソに訪れた災難に際し、ゴルディは迷わず王都へと報告を飛ばしていた。例えこの街が滅びようと災害級が健在であったなら、確実にその存在を滅ぼしてもらうためだ。

 その結果派遣されたのがあの二人の国家魔導師であった。

 意外と言ってはなんであるが、彼らは予想よりも早くカラッソに到着した。ゴルディはその迅速な対応に感謝を述べた。ただ既にして全てが終わっていたので、彼らには事の顛末を報告するだけになった。今回の立役者である黒仮面の魔導師の存在を含めて。

 しかしそれを聞いた彼らは、あろうことかその魔導師を今回の敵の一味、そうでなくても他国の工作員である可能性が高いと言い出した。状況証拠からそれはあり得ないとゴルディは否定したが、プラウスの素性の不確かさから断定することはできなかった。

 そうしてゴルディは街を守った英雄に対して、尋問じみた応接をしなければならなかった。


「疑ってはいなかったが……なんであれ何事もなく終わって良かった。魔導師同士の殺し合いなど本当に……本当に笑えないからな」


 ゴルディは屋敷にいながら、大気を震わせた魔物の叫びを耳にしている。更にそれを為した怪物の死体と、魔導師による戦いの戦闘痕も目にしている。

 ──化け物を超えた化け物。

 それが彼が率直に抱いた魔導師という生き物への感想だった。


(まあ、それと大して変わらない奴も身内にはいるんだがな……)


 隣で温和な気配で座り込む弟を見て、彼は苦笑して立ち上がった。

 ゴルディは自分も応接室から退室しようとして、あることを思い出し振り返った。


「そういえば……リュメール、お前はさっきなるほどと頷いていたな。一体どういう意味だったんだ?」


 ゴルディの問いかけに、うつむき気味でいたリュメールが顔を上げた。


「ん? ああ、兄さんは知っていたかな。先の話に出たリシャールの神童とその家庭教師の噂について」

「いや、クラリス・リシャールの名前は耳にしたことがあるが、家庭教師については初耳だな。国定魔導師の誰かか?」


 不思議そうな顔をする兄のゴルディに、リュメールは微笑と共にそれを教えた。


「いいや、彼女クラリス様の家庭教師を務めたのは、時の大魔導師シャノン・グレンフェルという話だよ」


 その言葉にゴルディは短く息を詰めた。


「……認定魔導師か。それは、確かにとんでもないな」


 国定魔導師と認定魔導師。両者は同じ魔導師という括りに入るが、その格はまるで異なる。

 ラークシャル王国には魔導師含め多くの魔法使いが存在する。その最上位に位置するのが一流の魔法使いだけで組織された宮廷魔法士団である。宮廷魔法士団に所属する国定魔導師を、一般に国家魔導師と呼んでいる。

 そして、そんな国定魔導師を含めた全ての頂点に存在するのが、王国唯一の認定魔導師である人物だった。

 ゴルディは魔導師を化け物と評したが、その化け物たちの中でもなおそう呼ばれるに相応しい者こそが、認定魔導師と呼ばれる存在なのである。


「だが、それとさっきの話になんの関係が……」


 そこまで言いかけて気づいた。黒衣黒面の魔導師が、リシャール侯爵家の紐付きであることを。


「まあ、あくまで予想でしかないけどね。それにそもそも、どうしてこんな所で魔物狩りなんてしているのかっていう疑問は解消できていない訳であるし」


 リュメールはそう言い苦笑した。ゴルディもそれを見て考えるのをやめた。

 今はとにかく、認定魔導師の一派と敵対しなかった数十分前の自分を、素直に褒めてやりたい気分だった。

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