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魔道のマナー  作者: 青梨
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二人組

 遠くにカラッソの街並みを一望できる高台の上に、夜に紛れるように一つの闇が形作った。星明かりすらも吸い込む、周囲より一層の暗さを宿す闇。その中から一人の人物が姿を現した。

 隠密性に優れた黒いローブを顔を隠すように深く被り、表情を全く窺わせない格好。全身を黒く染めたその者は、遠くに見えるカラッソへ視線を向けるように、闇で隠された顔を上げた。ジッと動かず、何かを観察するように、顔のある部分を同じ方向へ向け続けた。その内側に一体いかなる感情を抱いているのか。闇で覆われた表情からはカケラも計り知れない。

 黒い人物は数分ほどその姿勢を維持し続けていたが、堪能したのかはたまた飽きたのか、やがて眼下の景色から視線を切った。振り返るように背中を向けた。

 そして、そのまま木々の奥へと姿を消そうとして、自身の右手から人の声が発せられるのを聞いた。


「こんな夜分に、こんな所で散歩でもしているのか?」


 気配もなく唐突に現れた存在を知覚し、黒い人物は反射的に体を向ける。視線の先にいたのは、自分と同じ黒いローブを着込みながら、自分とは異なり、黒い仮面を身につけた人物の姿だった。


「色々と聞きたいことはあるが、とりあえず身柄を拘束させてもらおうか」




 リナをエミリスに預けた私は、転移魔法を使ってある魔力の元へ飛んだ。

 その魔力の持ち主は常に自身の魔力を消しながら行動していた。本来なら意識に残らないほど隠蔽された気配だったが、広範囲に魔力感知を発動した際、その魔力を消すという違和感から逆に意識に残ったものだ。

 この有事の際にコソコソと活動するような輩は、奴らの仲間である可能性が高い。そうでなくても、何か後ろ暗いことに手を出しているに違いないのだ。見逃す手はなかった。


「大人しく捕まるか、実力行使で捕まるか今すぐ選べ。即決しなければ問答無用で──」


 選択を与える途中に、相手から行動で返答が示された。

 闇に紛れた何かがこちらへ飛来する。風切り音すらほとんど聞こえないそれは狂いなく私の体を狙っていた。何か分からないものを堂々と受けるわけにはいかない。そう判断した私は横へ滑るように移動する。

 そして相手との距離を詰めようとしたとき、視界の端を何かが過った。ほとんど無意識に魔力障壁を前方に展開した。何かが障壁にぶつかった手応えを感じながら、地面に落ちた物へ視線を向けた。


「黒いナイフ……飛び道具か」


 おそらく私が最初に避けた攻撃は、比較的視覚で認識しやすい程度の隠匿性しか持たせていなかった。その見させる攻撃で敵を動かし、動かした先に本命の攻撃を置いておく。

 初見で気づけたのは運が良かった。おそらくこれは魔法使い対策に魔力的な加工を排除した武器であろう。意識に入れてなお、そのナイフの存在感は希薄に感じる。いくら私でも察知できない攻撃は防ぎようがない。だがこの世界に魔力を全く含まない物質というのは存在しないのか、その技術が存在しないだけなのかは不明であるが、黒いナイフの魔力が皆無だったわけではなかった。だから反射的に反応できた。


 相手の攻撃への考察を数瞬で終えだ私は、攻撃と同時に身を翻し木々の奥へと身を隠した黒ローブの後を追う。今しがたの攻撃だけでいくつかの確信を得ながら。

 おそらくこの相手は、まともな攻撃手段というのを持ち合わせていない。奇策染みた認識の裏をかいた飛び道具や、攻撃の結果をまともに確認せず逃げに徹したのがいい例だ。いくら私が転移魔法で現れた推定魔導師だったとしても、対魔法使い用の策を躊躇いなく披露している時点で、己に戦闘能力が備わってないのを明かしているようなものだ。この相手はおそらく隠密を専門とした諜報要員か、事を起こす際の裏方役といったところだろう。奴らの仲間かは不明だが、あいつの口振り的に別勢力の協力者がいてもおかしくはない。

 魔王教団に繋がる手がかりならば絶対に逃がしはしない。


 魔闘術で身体能力を高めた私は、僅かな時間で相手の背中へと追いすがる。

 そのがら空きの背中へ掌打を加えようと腕を引き、打ち出す前に、目の前に何かが散らばった。視界に散りばめられた魔力の反応。これが何であるかを一目で理解した私は、舌打ちしながら身に纏う魔力の出力を引き上げた。

 瞬間、目前で橙色の光を振りまきながら光と音が炸裂した。

 熱が地面と木々を焼き焦がす。衝撃が付近の樹木を揺らしながら幹を削り、枝から葉を吹き散らす。魔術反応により起こされた小規模な爆発は、星明かりがろくに届かない森の中で小さな光の花を咲かせた。空間を局地的に眩く照らした後は、残り火が仄かに火の粉を散らしていた。


「自爆ではなさそうだが、随分と無茶をする」


 爆発の瞬間、私が正面から受けることを選択したのに対して、相手は闇魔法を使っての離脱を試みていた。取る選択に迷いや躊躇が見られない。余程修羅場を潜ったか、相当の訓練を受けた者の動きだ。

 その思い切りの良さには賞賛を抱きたいところだが、この程度で逃げ切れると思われるのも心外である。魔力の気配を上手く消そうと、私にとっては足音が浮き彫りであるのと変わりない。

 相手が逃亡した先に向かって大地を蹴って疾駆する。疾走と兼行し、火属性の魔法を一瞬で組み立て発動待機する。それを対象を射程に収めると同時に放った。放たれた魔法は高速で中空を飛翔し、狙い付近に着弾するとともに爆発を引き起こした。

 先ほどより大きな熱と爆風が辺りを蹂躙する。爆発によりその場の木々は姿を消し、周囲は空き地のように禿げ上がった。

 並みの相手ならば死んでいてもおかしくないが、相手の対応力を推定して攻撃を繰り出したからか、予想通り爆心地の中心に蹲るようにして、身を守っている黒ローブの人物を発見した。

 未だ五体満足で生存している相手に、内心で僅かに感心しつつ告げる。


「お前の望み通り実力通りの捕縛になったわけだが、これでもまだ続けるつもりか? 流石にこれ以上となると、手足の一、二本は切り落としてでも──」


 最後の勧告を行っている刹那の瞬間、私は反射的に身を屈めた。

 直後、私の頭部があった空間が、黒い剛風によって薙ぎ払われた。

 頭上を何かが通り過ぎた。その確認も儘ならないまま、膝を折った私はこの場にいてはならないという本能が発する警戒音に従い、我も忘れて風魔法を使う。自分の身体を後方へと押し出した。

 つかの間、ほとんど仮面と掠るようなタイミングで、それが地面へと突き刺さる。

 熱を伴わない爆発。衝撃で土砂が巻き上がり、大地がクレーター状に落ち込んだ。

 加速する思考の中、風景がゆっくりと減速する世界で、私は初めて攻撃者を視界に捉えた。

 新たに登場した黒ローブの人物。そんな余計な情報はすぐに頭から排除される。私の視線は、尋常ではない武威と覇気を放つこの戦士の存在に釘付けとなった。

 ──あり得ない。

 ここに来て、並外れた戦闘力を有した人物の出現に、私の思考は動揺で混乱しかける。

 しかし当惑する私に、この歴然の猛者たる風格を醸し出す人物は、一切の隙も猶予も与えてくれはしなかった。無駄のない動きで高速の追撃を仕掛け、迷わず命を取りに来る。死の気配を感じ取り、私は無我夢中で魔闘術の強化を引き上げた。

 高速で様変わりする戦闘。一瞬の隙と選択の誤りが致死を招く戦い。けれど私の技は、この並外れた強者に対抗できるほど、熟達してはいなかった。

 あっという間の攻防。たかだか三撃を打ち合わせただけで、私の両腕は弾け飛んだ。ローブの下に着込んだスーツは破れ去り、中から私の手の役割をこなしていた小手が砕け散る。魔力伝達用の粘体が飛び散った。

 子供の短い腕をカサ増しするための擬似腕。それを破壊されリーチを喪失した私へと、決着を決める必殺の四撃目が突き出された。

 しかし、拳が接触する寸前、この戦士は素早い動きで後方へ飛び退った。

 そして一瞬前まで奴がいた場所には、青白い炎が空間を占拠し、その存在を主張していた。


「──特級魔法ゴラ・ムス」


 龍の息吹を模した灼熱の業火が、大気を焼き尽くし轟々と唸りを上げる。注ぎ込まれる膨大な魔力により、炎を焼く蒼白の炎が、体積を増大させて激しく猛り狂う。

 生み出された獄炎は触れる木々を一瞬で灰燼に帰すと、使い手の意思に則り全方位から敵対者へと押し寄せた。


「……逃すくらいならここで殺す」


 仄暗い殺意を込めて、容赦なく相手の殺害を実行する。いくら私でも、あの二人を相手に手心を加える余裕などありはしない。殺す決断を下すのに迷いは無かった。

 接する大地を溶解させながら迫る業火。それを前にしても、二人の敵対者は慌てるそぶりも、逃げる様子を見せはしない。逃亡を諦めたのか。一瞬そんな考えが思い浮かぶが、即座に打ち消した。

 一人目の黒い人物が巨大な魔力を解放した。それは闇属性の魔法を発動だった。黒い影が二人を隈なく覆う。現出した闇の壁に、炎の波が衝突する。

 強力な魔法と魔法のぶつかり合い。黒い壁に跳ね返された熱波が吹き荒び、灼熱の猛火が荒れ狂った。


「上級魔法、闇極牢か」


 外界と内側を闇の魔力で分断し、内外のあらゆる影響を遮断する闇の結界。

 上級魔法でありながら、その防御力は格上の特級魔法すら防ぎ切る。だがその高い防御力の反面、発動に使用される魔力は莫大だ。継続発動型の魔法であるため、解除しなければ使用者の魔力を容赦なく削っていく。

 私の見立てでは持って十数秒といったところだ。この魔法を正面から打ち破る手段も存在するが、もう一人の超級の戦士の存在を考慮して、このまま特級魔法で削り切る選択をする。

 激しくぶつかる炎を依然としてはじき返す闇。そこに油断なく意識を向ける。魔法が解除された瞬間の、力任せで強引な突破も許す気はない。

 やがて、私の予想よりも早く闇の結界は晴れ、押し止まっていた業火が一気に閉ざされていた空間へとなだれ込んだ。

 しかし──


「馬鹿な……」


 その姿は既にしてそこに無かった。焼き尽くすべき相手を失った業火が、不満そうに暴れるのを、私は呆然として眺めていた。


「まさか……闇極牢の中で、転移魔法を発動したのか……?」


 その事実に自然と行き当たった私は、あり得ないはずの事態に愕然とする。

 闇極牢は上級魔法のくくりに該当するが、ほとんど特級に近い上級という高難度の魔法だ。その闇極牢を発動しながら、更に特級である転移魔法を並列発動する。

 そんな真似ができるのなんて、


「そんなの……認定魔導師くらいしか……」


 全ての魔導師の頂点である認定魔導師。一人一人が国家間のパワーバランスを変える力を持つという、最上位の魔法使い。

 実際に彼らに匹敵するとは思わない。それでも、それに準ずる魔導師であることは疑いなかった。


「ふざけるな……っ」


 思わず口からは怒りの言葉が吐き出される。なんだそれは。反則だろう。

 ランク6を含む魔物の群れに、街を滅ぼし得る災害級の魔物。それを招いた魔王教団。加えて超一流の戦士とそれと同格の魔導師。たかだか一国の、大都市でもない、辺境の街に、どれだけの戦力が投入されているんだ。

 怒りに任せて地面を殴りつける。

 既にあらゆる魔力を解除している上に、生身の体が漏出しているため、土の感触が直に伝わる。魔法で熱を帯びた地面に構わず、拳をめり込ませた。

 そして、土に塗れた手で仮面を投げ捨てると、私はその場に蹲った。


「うっ……ぇあ……うぐぅ……」


 今まで張り詰めていた感情が一気に決壊する。悔しさに涙が出る。嗚咽が漏れる。

 理由はわかっている。自分が弱いせいだ。鈍磨なせいだ。愚かなせいだ。

 数時間前に呑気に魔物狩りに興じていたとき、現れた災害級の魔物相手に力試しと余裕ぶっていたとき。そんなクソな自分の判断が、


「リシア司祭をころした……」


 リシアだけではない。エミリスだって死にかけたし、リナは人ですらなくなろうとしていた。その事実を思い知り、自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうだった。

 もちろん客観的な自分の功績は理解している。ランク6の魔物を個人で複数打倒し、魔物の群れ相手に戦線に余裕を持たせたし、災害級の魔物を一人で討ち果たした。エミリスだって回復魔法で瀕死の重傷から救ったし、魔物になりかけたリナも暴走を収めて人に戻した。どれも私だからこそできたことだ。


 だけど……リシアだけは救えなかった。

 そしてもしも、もしも救えなかった一人が、メアリーだったら? 母だったら? 父だったら? 姉様だったら?

 想像しただけで身の内に形容し難い恐怖が湧き上がり、気持ちの悪い吐き気が込み上げてくる。


 私は何のために強くなろうとした。強くなった。家族を守るためじゃないのか。

 私は強くなった。最強になったのか。なっているわけがない。

 ならどうして強者の余裕を持っている。振りかざしている。そんなもの持つ資格もないくせに。


 蹲るのをやめる。泣きじゃくるのをやめる。

 過ぎたことを嘆いても時間は巻き戻らない。失われた命も戻らない。

 目元をボロボロになった袖で拭う。投げ飛ばした仮面を拾い上げる。

 土を払い、汚れを拭いて、また顔を覆い隠す。

 自分の弱さに、愚かしさに、泣くのはこれが最後だ。


 私は強くなる。力だけじゃない。全てにおいて。

 もう二度と何かを失わないために。

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