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魔道のマナー  作者: 青梨
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魔闘術の真価

 まるで自らの存在を誇示するように、雄叫びを上げた視線の先の魔物。

 そいつは私が今まで対峙した魔物とは存在感が桁違いであった。例えるならばまるで戦士と子供。まさしくそれだけの差がありそうである。

 ランクが一つ違うだけでここまで違うのかと思い知らされるのと同時に、私は一つのことを悟った。

 今のままでは決して、魔王級の魔物を打倒し得ないと。

 私が持つ今の魔法と魔闘術では、これより二つもランクが上の魔王にはきっと歯が立たない。よしんば通用したとしても、死力を振り絞り、力を使い果たした末の勝利では意味がない。敵はそれだけに限られないのだから。

 その事実を突きつけられた思いであるが、私は仮面の下で破顔した。

 ──面白い、そうでなくてはと。

 別に私は好戦的な性格をしているわけではない。私の目的はあくまで強さであり、魔物狩りはその為の手段に過ぎない。魔晶核の量こそが私の強さに直結するからだ。

 だからといって、一方的に自分より弱い魔物を狩り続けるだけでは意味がない。強さは魔晶核の量だけでなく、実戦経験や技術の向上によっても引き上げられるからだ。

 強い魔物と戦えば、その経験は私を更に強くしてくれる。

 だから相対する魔物は強ければ強い方がいい。命を奪う罪悪感も多少は薄れてくれる。


 では早速人生初となるランク5の魔物を狩りに行こうとしたところで、後方から大きな光が打ち上がった。その光は私がいる右翼だけでなく、中央や左翼の後方からも上がっていた。

 何かの合図だろうかと小首を傾げていると、周囲のハンター達が一斉に退却し始めた。

 未だに呆然としている人や、腰が抜けて立てなくなる人などに声を掛けたり支えたりして、一部が殿を務めるような形で皆が後ろへ下がって行く。

 和を乱すのも良くなさそうなので、私も流れに身を委ねて移動する。

 そしてある程度の避難が完了した頃、前方左側から大量の魔力の解放を感じた。

 魔道具の照明に照らされ色付いたそれらは魔法であり、どうやら中央を担当していた騎士団が隊列を組み、魔法を魔物達に撃ち込んでいるようだった。繰り出された魔法は本来の分担を超えて、右翼中央左翼と広範囲にばら撒かれ、その魔法の下にいた魔物を蹂躙していた。

 これは言うなれば、緊急作戦といったところだろうか。

 魔物達の攻勢が過激で戦線をまともに維持できないと判断したら、騎士団が合図を出してハンターを下がらせ魔法をぶっ放す。当然そんなことをすれば魔物の素材は取れなくなるし、魔力の問題でこんなのも長くは続かない。

 終始戦局が安定していたからこの作戦は未遂に終わるはずだったが、災害級の魔物の登場で状況が変わった。いくらカラッソの騎士団が精強揃いとはいえ、ランク5の魔物と戦いながら他の魔物の相手はしていられない。だから場を整える意味でもこの作戦を実行した。そんなところではないか。

 答え合わせする相手もいないので、一人勝手に納得する私に、ハンターギルドの職員が突然話しかけてきた。


「プラウスさん。支部長がプラウスさんをお呼びです。至急ご同行をお願いします」


 そう早口で言われ、私も断る理由がないのでその言葉に従った。




 早足で先を行く職員に遅れないよう追随する私は、やがて魔物を解体するための建物にやって来た。ここは街の外に作られた解体場であり、私のように収納魔法やマジックバッグを持たないハンター向けの場所である。

 何気に初めて来るこの場所の周りでは、慌ただしく人が行き交いしていた。

 支部長のおじさんがここにいるという事は、ここが簡易的な前線基地なのだろうか。魔物の回収班は確かマジックバッグを持っていた。だから今回狩られた魔物は街の中の解体場へ運ばれているということだ。つまりここが利用されたのは当然なのかもしれない。

 そんなことを今更知りながら私は屋内に入ると、室内特有の熱気を仮面の上から感じた。中では喧々轟々と言った様子で会話がなされていた。


「災害級の魔物などカラッソにとっては前代未聞だぞ!」

「だから私は進言したのだ! この街こそ早急に転移魔法の魔道具を置くべきだと!」

「あんな高い物をホイホイ買えるか! 大体こんな事態の予想など誰ができるものか!」

「魔物寄せに災害級……。これは偶然なのか……?」

「魔導師殿の派遣はどうなった!? これは王都に知られているか!?」

「連絡要員は既に出していますが、到着は早くても夜明け頃になるかと……」

「騎士団で討伐は可能なのだろう!?」

「いくら騎士団とはいえ災害級が相手ではな」

「ハンター共を前に出して後ろから魔法を撃てばいいではないか! 結局この街を守れるのは我々だけなのだからな!」

「今まで奮闘した彼らに仇で返すような真似をするというのですか!」

「全員で突撃だ! 人の子たる我らは今こそ一本の槍となって邪悪を撃ち貫くときだ! フハハハハハ!!!」


 なんかもう滅茶苦茶だ。

 ここって作戦本部じゃなかったのだろうか。もう少し建設的な会話をしてほしい。ていうか頭がおかしいのも一人混じってる。頭部が天井の照明でピカピカになってる人だ。

 仮面の下で呆れた顔を作った私は、早くもこんな場所から立ち去りたい気持ちに駆られ、ここに私を呼びつけた人物を探そうとして。


「──うんうん、みんな少し落ち着こうか?」


 すぐに見つかった。

 部屋の奥の一席に座り、たった今一言で場を静まらせたこの男こそが、ハンターギルド支部長リュメール・ダヴィーノだった。


「焦って狼狽えても実のある会話は出来ないよ。それに上に立つ僕らが慌てふためくと、それが下の子らに伝わってしまうわけだしね。ああ、それとテイラー君。僕はこれでもハンターギルドの支部長だからね。ハンターの子達を囮に使うような作戦には反対させてもらうよ」

「いや、私はそんなつもりで言ったわけではなくてな……」

「もちろん分かってるよ。だけど語弊がありそうな発言には気をつけてね」


 リュメールからの窘めに、テイラーとかいう過激な発言をした人物は「ううむ……」と黙りこくった。


「分かってもらえたようで嬉しいよ。それと僕から案を提示させてもらってもいいかな。丁度呼んだ子が来てくれたわけだしね」


 リュメールの発言を聞き取り、この場の人物の視線が入り口付近に集中する。

 その視線は一緒に来たギルド職員が壁際に逃れたことで、私が独り占めすることになった。


「来てくれてありがとう。プラウス君」

「暇を持て余していたから問題ない。帰ろうか検討していたところだ」


 リュメールの謝辞に私は軽口でそう答えた。

 私の特徴的な格好と名前を聞いたことで、ポツポツと私について呟く声が聞こえる。


「いやいや帰られては困るよ。寧ろここからが本番とすら言えるじゃないか」

「そうか? このまま騎士団があの魔物を討伐すれば終わりではないか」


 特に不思議がることなく私は自然とそう口にした。

 私としてはもう騎士団が災害級の魔物を仕留めてこの戦いは終わりだと思っていた。だから正直萎え気味の気分であると言わざるを得なかった。


「さすがに彼らでも討伐までは厳しいよ。ここまでの連戦で確実に疲労は蓄積されてるし、魔力もそれなりに消耗しているからね。今やってるあれはあくまで時間稼ぎや足止めにしかならないよ。それに、たとえ万全時でも何人死者が出るか」

「経験者は語るというわけか」


 私の言葉にリュメールは笑みで返す。

 ウェントが言ったリュメールは元5等級のハンターだったという話。リュメールはこの中で唯一、ランク5の魔物討伐を経験したことがあるということになる。


「経験者といっても昔の話だし、ソロじゃなくてパーティーで討伐した結果だけどね。だけどその時の経験から言わせてもらうと、現状の戦力であれと戦っても非常に厳しい戦いになると言わざるを得ないかな。他の魔物もまだ出るわけだしね」

「特級の魔道具はないのか?」

「……あるにはあるけど、必要な魔力量が多すぎるのと使い捨てなのがね。確実に当てるとしても引き付けるための要員を大量に巻き込みかねない。いざとなれば使用も辞さないけど、それで確実に倒せる保証もないよ」

「なら王都から魔導師を呼ぶことは出来ないのか? 転移魔法ならば距離も時間も問題あるまい」

「今回の事態は王都へ報告済みであるけど、魔導師が派遣されることはあっても転移魔法ではないだろうね」

「なぜだ?」

「魔物寄せが使われたからだよ。今回のこれが何者かの襲撃である可能性があるなら、派遣される転移魔法の使い手が狙われるかもしれない。そんな場所に貴重な転移魔法の使い手を送る決断は国もしないよ」


 色々私なりに思いついたことを質問してみたが、真っ当な理由で返されてしまった。やはりピカピカの人が言ったみたいに突撃するか、魔道具抱えて突っ込むしかないのだろうか。


「プラウス君の質問に色々答えたわけだけど、僕からも君に一つ聞いてもいいかな?」

「別にいいぞ」


 私は特に気にせずそう答える。

 どうもこの聞き方だと聞くだけなら自由だと言いたくなってしまうが、茶化す雰囲気でもないので我慢した。


「君ならあの災害級の魔物倒せたりしない?」

「ああ、倒せるぞ」


 私は即答する。というか倒していいならさっさと倒したい。てっきり武功や面子のために騎士団だけで討伐するかと思っていた。ハンターも下がらせていたし。

 私の返答を聞いたことで、この話を聞いていたこの場の者から「おぉ……」とどよめきが漏れた。


「……隠さないんだね?」

「今更隠してもという思いはあるな。もう人前で堂々と転移魔法を見せてしまった訳であるし」


 転移魔法という言葉に、再び周囲からどよめきと驚愕の声が発せられる。ジュリアの前で使ったからもうここの人たちに伝わっているかもと思ったが、知らない人もいたらしい。

 リュメールはそれほど驚いてなさそうだ。私がさっきの質問にあっさり肯定していた方が驚いていたくらいだ。


「その反応と先ほどの確認。私が魔導師であることを知っていたのか?」

「知っていたわけではないよ。ただかもしれないと思っていただけかな。でもここに現れた時にそれを確信したよ。だってあれだけランク6の魔物を倒した来たはずなのに、以前見た時と微塵も気配が変わっていないんだもの。僕では測りきれない相手であることを察したよ」


 リュメールはそう言って苦笑した。私も仮面の下で苦笑いだ。

 以前というのはリカルドとの一件の時だろう。その頃と気配が変わっていないとリュメールは言う。

 この場合気配とはおそらく魔力のことを指している。リュメールは私の魔力が前回と今回で変化がないことを感覚的に気付いたのだろう。

 それも当然である。だって実際その通りであるのだから。

 私が普段身に纏っている魔力は、魔晶核から引き出したものを魔道具でもあるローブやスーツに通しているだけだ。自分の魔力は一切使っていない。魔晶核が尽きない限り私の魔力も切れず、私の魔力操作は多少の疲れで乱れることはない。だからどれだけ魔力の知覚能力に優れていても、変化などほとんど気づきようがないのだ。

 つまりリュメールの実力不足というよりは、認識不足と言えた。


「失礼します! 災害級の魔物と騎士団が交戦に入りました!」


 そこで兵士らしき人物が慌てた様子で報告に来た。

 それを聞いたリュメールは、表情を真剣なものに変え改めて私に聞く。


「プラウス君、頼んでもいいかな?」


 何をなんて聞き返すまでもなく、私はそれに首肯した。


「ああ、巻き込むつもりはないが、離れていてくれると助かる」


 それだけ言って私は踵を返して屋外へ出る。

 後ろでは急に騎士団に撤退するような指示を出したことで、報告に来た兵士が困惑の悲鳴を上げているのが聞こえた。


 私は屋内の熱気から一転、夜の肌寒しい冷えた空気を吸い、遠くで多くの魔法を浴びる災害級の魔物を見る。その魔物は迫り来る魔法に気圧されるように足を止めているが、身の内の魔力が衰えた様子はまるでない。

 あれだけの魔法をその身にくらい、それでも悠然とそこに在り続ける存在感。まさしく歩く小山。意思を持った自然災害。そんな有様だ。

 では、その災害すら一人で鎮めてしまう人間はなんと呼ばれるべきだろうか。

 英雄か、怪物か。


 私はそんな疑問を思い浮かべ、すぐにどちらでもいいかと結論を出した。

 英雄も怪物も大して変わらない。強い者はただ強い。それだけだ。好きなように、呼びたいように呼べばいい。

 誰が何を言おうと、なんて言おうと、私は私だ。呼び方一つでそれが変わるわけではない。


 胸元に吊り下げられた小袋の中の魔晶核を知覚する。

 補充の手間から最近は必要な分を収納魔法から取り出す戦いを行なっていたため、小袋の中は衣服の魔道具や収納魔法専用の魔力源といった役割付けだ。他にも身体中に予備や緊急用の魔晶核を隠してある。財布を盗まれても問題ないみたいな感じだ。

 それらも十分にあることを確認した私は、いつものように転移魔法用の魔晶核を闇から取り出す。


 そして私の姿は闇に包まれた。




 闇が晴れ視界が変わった瞬間、私はいつもと違う感覚を味わっていた。浮遊感である。

 私は転移魔法でギガラスボアの頭上、つまりは空中に飛んでいた。眼下では未だに魔法が降り注ぎ、奴は守勢に回らされている状態だ。

 まだ命令は行き届いていないようだが、関係ないと私は一つの魔法を発動する。私の魔力操作によって魔晶核の魔力は属性を持ち、その形を顕在化させていく。

 時間にして一秒にすら満たない間に完成したのは、巨大な炎の剣だ。別にウェントのお株を奪ったわけではないこの魔法は、まるで重力によって剣が大地に突き刺さるように落下した。

 そのまま炎の剣は、まるで天からの裁きが如く災害級の魔物の頭上に燦然と舞い降り、その切っ先を突き立てた。

 接触と同時にその衝撃は大気に広く伝播する。落下中の私にも熱を持った空気が伝わってきた。そして接触した剣の炎は大きく揺らめく。まるで相手の抵抗が予想外であるかのように。

 私は魔法との繋がりを維持したまま、その炎の剣が体表を切り裂くように押し込もうとする。しかし動かない。

 まるでこれ以上進むことが世界に禁止されているかのように、炎の剣はその場で留まり空気のみを焼き続けた。

 仕方がないと落下の衝撃に入ろうとした私は、相手の動きの兆候を察知した。魔力防御を高め、自分の周囲の音を遮断させた瞬間、再びそれは発せられた。まるで己の煩わしさを晴らすかのような王者の砲声は、私の魔法を容易くかき消し、周囲のものを音圧と衝撃で吹き飛ばした。

 魔力防御と空気振動の遮断で、ほとんどダーメジ皆無でやり過ごすことに成功した私は軽く舌打ちする。ハンターは後退済みであるし騎士団は精兵揃いとはいえ、この魔物には一度目よりもかなり近付かれている。

 それはその分だけ、ギルド職員のような後方支援を生業としている者達にとっては負担が大きくなったことを意味する。一度目の咆哮で退避してくれればいいが、そう単純な話でもない。

 この魔物の咆哮には魔力が込められている。それはつまり音だけを防げばいいことを意味しない。防ぐにはその魔力に対する耐性や防御を行わなければならないのだ。

 これと同じことは以前リカルドがやっていた。その規模は段違いであるが。

 とにかく私がこの魔物を討伐する上でまず初めにやることは、


「あまりそれを乱発されても困るのだが」


 相手の注意を私に引き付け、街とは反対方向を向かせることだ。

 私は十分に練り上げた魔力を纏って跳躍し、その私の身長ほどもある頭部を全力で殴った。

 ランク6ならばバラバラにできる一撃ではあるが、そこは流石ランク5といったところか。後頭部を大きく押し出される形で前のめりになり、地面に突っ伏す程度に留まった。

 巨大な魔物が倒れた衝撃が大きく地面を揺らした。


「これでも今できる私の最高の魔闘術であったが、効かなかった……いや、防がれたか」


 今の攻撃の瞬間を思い返す。

 私の攻撃が相手に当たる瞬間、その部分の魔力防御が高まった気がした。一瞬のことであったから見落としそうになったが、確かにそう感じた。


「咄嗟に防御へ魔力を回したことを感心するべきか、私の攻撃が防御させたことを誇るべきか。どちらが良いだろうか?」


 私は顔を上げ、そんなことを目の前の相手に聞いてみる。

 しかし、返答は腕の振り下ろしによって返された。

 うつ伏せの状態からすぐに体を持ち上げ振り返ったギガラスボアは、自身に土を舐めさせた不届き者への怒りを全身に漲らせ、地を這う虫けらを叩き潰すが如く腕を振り下ろした。

 それだけで地面は爆発したように大きく爆ぜ、周囲に土砂を撒き散らした。

 攻撃は一度では終わらなかった。対象の魔力が消えていないことに気づいたからだ。二度、三度、四度と続けて地面を殴りつけ、その度に新しいクレーターを生み出し上書きしていく。

 そして未だ変わらずその眼下に存在する魔力が健在であることを察すると同時に、その存在の不自然さに訝しがるようにうめき声を漏らした。


「なるほど。やはり魔力の知覚能力が高いのか。実は後頭部にも目玉があったとか、そんなオチではなかったのだな」


 私はそうして視線の先の魔物の特徴を、観察の結果一つ看破した。

 ギガラスボアとかいうこの魔物。ベースはベア系の魔物であるが腕が六本あり、足を含めれば手足が八本ということになる。そして頭部には二対四つの大きな眼球を備えている。

 だから私の死角からの攻撃を察知した理由がなんなのか考えたわけだが、大方の予想通り魔力を感じ取る力が強かっただけだった。それの所為であると言っていいのか、偽装した私の魔力があるだけで私本体がいないにもかかわらず、その場を攻撃し続けていた。

 それもすぐに気づいたわけだから間抜けとは言えない。それなりの知能を有している。


 やがて足元の魔力が消えたことに気づいた奴は、離れた場所にいる私を発見し、威嚇するように吠えた。それはあの咆吼に比べれば可愛いものであるが、それに気付いた私は気を引き締め魔力を漲らせる。

 本来叫びによって外に放出させる魔力を手足に集めたギガラスボアは、大地を踏み砕き、陥没させる勢いで飛び出した。同時に繰り出される腕の一撃は、突進の勢いと合わさり、己の敵をその下にある大地ごと叩き潰さんとした。

 しかし既にそこには誰もいない。

 シャドウムーブで相手の側面に移動した私は炎の槍を生み出し、それに回転を加えて射出した。螺旋する炎の槍は一瞬で対象に到達するが、頑丈な表皮を削ること叶わずすぐにその効果は消え霧散する。

 私は槍を飛ばした時点でさらに反対側に移動し、炎の槍と挟むような形で熱線を放った。本来ならば小さく収束させ威力を高めていた魔法を、今回は収束させず大口径の状態で発動する。かといってそれは威力を落としたわけではなく、普段よりも多くの魔力を込めたことで、小口径の熱線がそのままの威力を保って巨大化したようなものであった。

 普段よりも太い炎の光線は、狙う相手の肉体を抉り、貫き、内部から焼き焦がそうと迫る。

 しかしてその熱は直前の結果同様、強固な体表と強力な魔力防御に阻まれた。


「この距離でも上級魔法程度では傷つけることすら叶わんか。発動媒体による威力の底上げがない私の魔法であるなら尚更か」


 自身の放った魔法の結果を確認して、私はそう呟いた。

 私の魔法には一つ明確な弱点が存在する。それが今口にした発動媒体を使えない点だ。

 普通の魔法使いは杖のような発動媒体に魔力を通し、そこから魔法を発動している。しかし私の場合は魔晶核の魔力をそのまま魔法に変換している。

 一度発動媒体に魔力を通して魔法発動を試みたことがあるが、駄目だった。発動媒体を通した魔晶核の魔力は、その前の状態とは別物であり私の魔力操作を受け付けなかったからだ。それでも魔力干渉を使えばその魔力は扱えるのだが、その分余計な魔力が消費されてしまうだけだ。更に発動媒体の魔力増幅率が高いほどこの消費魔力も上がるため、私は泣く泣く杖を使うことを諦めることになった。

 そんな私の魔法は他の魔法使いより明らかに弱い。上級以下の魔法だけでなく、特級魔法や融合魔法に関しても同様だ。

 私が最初にランク5の魔物を見て魔王級には勝てないと悟ったのもそのためだ。私が使う特級魔法ではどれだけ数や魔力を上積みしても、ランク3以上のものには歯が立たない。ランク5に対する上級魔法のように軽く散らされて終わりだ。


 迫り来る身の丈を遥かに超えた多腕。計六本あるそれを地を蹴って躱し、闇に潜ってやり過ごし、宙に跳んで逃れた。

 しかし今まで魔法や偽装魔力を使って避け続けていた私の身体を、ついにその剛腕が捉える。回避しきれないことを悟った私は、全身を防護している身体強化を高め、魔闘術による魔力防御を前方に偏らせた。

 そして直後、大気に押されるような圧迫感と共に、全身に伝わる衝撃が私の身体を襲った。

 浮遊感を感じる。

 重力による上から下への浮遊感ではなく、無理やりに物理法則に抗ったかのような、そんな浮遊感だ。

 災害級の魔物が放った一撃により、私の身体は吹き飛ばされた。途中地面を撥ね、木々をなぎ倒し、岩を砕いたかのような衝撃を受け、その度に軌道が変わり勢いが殺された。それはやがて轟音とともに止まった。

 停止と同時に鬱陶しい耳鳴りと平衡感覚の狂いを味わうことになったので、軽く回復魔法を使ってみたが、状態は回復しなかった。どうやら回復魔法は私の肉体は万全であると判断したらしい。

 仕方なく気怠い気分で、へし折れた樹木の木片が散乱した地面から、少し埋まった自分の体を抜き出す。

 そのまま自分の状態を確かめた。回復魔法的に肉体的な負傷はなかったため、主に身につけている衣服の確認だ。

 全身を上から軽く触ってみるが、特に損壊した訳ではなさそうだった。仮面にもひび割れなどはない。強いて言うなら、地面の上を転がったせいで汚れが目立ちそうなところか。それも周りが暗いせいでいまいち分からない。

 状態の確認が済んだので、今しがた食らった一撃について振り返る。確かに物凄い威力であった。だが私の魔力防御は余裕で耐えられた。六本の腕で数十回連続で受ければ話はまた別だろうが、数回ならば大して問題は無さそうである。ランク5でありいかにも物理的な攻撃力に優れていそうな相手にこれだ。私は自分の魔力防御に自身が持てた。

 とはいえ相手の攻撃を無効化できても、こちらの攻撃も無力化されては意味がない。


 特級魔法を使えば勝てる。融合魔法を使っても同様だ。それにまだ力は使っていない。これを使えば上級魔法でも負傷を与えられる自信はある。


 ──だがそれでは駄目だ。

 そんな力押しでは、目の前の敵には勝ててもその先に未来はない。

 武器が必要だ。発動媒体を使えないという不利を埋めるだけの武器が。

 案はある。確信もある。無いのは実践だけ。


 私は大きく空気を吸い、そして息と共に決意を吐き出した。


「私は今日、私を超える」




 魔法にある等級。初級,中級,上級,特級。

 その区分を決めるのは何か。その一つは込められる魔力量だ。単純に初級から特級にかけて発動に必要な魔力量は多くなっていく。

 ただし初級とはいえ余分に魔力を込めることもできる。炎の球を巨大化させるようなことだ。この場合の込められた魔力量は中級魔法に匹敵することもある。だから等級を決める魔力量は、発動に必要な最低魔力量となる。

 では初級と中級を分ける要素とは何か。それは物理的特性の有無だとされる。魔力には物理的な干渉能力がある。でなければ魔力障壁で物質は防げない。そんな物理干渉能力を持たせた魔法が中級とされる。炎の剣や槍がその代表例だ。普通に考えて炎で物を斬ったり貫いたりするのは有り得ない。これはそういう理由があってのことである。

 上級魔法は初級と中級の応用といったところか。

 炎そのものをその性質や形態、特性を生かして発展させる。私がよく使うイフリート・レイは炎の光線であるが、これは火が持つ熱や光の要素を纏め、攻撃的に転じさせたものと言える。

 特級魔法に関してはこれらとは異なる。特級は特別だ。私も火属性の特級魔法は一つ知っているだけだ。

 魔法の等級分けはだいたいこんな感じである。魔力量はもちろん、魔法の構成や属性に対する理解も上の等級になるほど要求は多く困難になる。




 転移魔法を発動した私は巨大な背中を目にする。

 どうやら相手の中では私はもう倒したつもりであるらしい。自身の渇望を満たす獲物を得るため、街への進攻を再開していた。

 その王者の気風を纏った傲岸な背中に向けて、私は炎の球を撃ち出した。その小さな魔法は災害級の存在にとっては取るに足らないものだったらしい。一顧だにするどころか意識を向ける様子さえなかった。

 巨大な背中に比べ、ちっぽけな火球がそこへ着弾し、球内の炎を撒き散らすように爆ぜた。

 そして、苦悶のうめき声が魔物の口から漏れた。


「初級魔法とはいえ、魔力防御を固めなければダメージは通るか」


 私は上級魔法ですら傷一つなかった魔物の体毛に、焦げ目が付いたのを確認した。

 ひとまず試みは成功したと、今度は中級魔法を発動する。初級魔法に比べて大きな集中力を要する必要があったが、無事作成に成功した。


「先ほどの魔法の焼き直しだ。存分に味わってくれ」


 憤怒の形相を浮かべて振り返った目の前の熊に、私は炎の槍を射出した。一度目同様回転を加えたそれは、対象を穿ち貫かんと襲いかかる。

 自身に迫り来る炎の槍と、それを放った矮小な敵への怒りを漲らせ、ギガラズボアは憤然たる様子でその魔法を正面から受けた。

 炎の槍はまたしても強靭な肉体と強固な魔力防御に阻まれる。

 ──かに思われたが。


「GYaaAAAaAAaAaAAAA!?!!?」


 災害級の存在の口から、理解し難いといった絶叫が漏れた。

 炎の槍はその強靭な肉体を、強力な魔力防御すらも貫通し、その全長の中程までを対象の内側に埋めている。炎の槍は確かに魔物の体表を穿ち、体内を焼き焦がしていた。

 食物連鎖の頂点に位置する魔物にとって、おそらく初めて味わった痛み。それはこの魔物に肉体的な苦痛と精神的な不快感を齎し、王者の咆哮とは正反対の絶叫を上げさせた。


「中級魔法でこの威力。正直予想以上だが……考えれば当然か」


 苦悶の叫びを上げる熊に、私はそんな感想を零した。


 私がやったことは単純だ。魔法に魔闘術の魔力を纏わせただけだ。

 魔闘術には、魔力を纏わせることで刃の斬れ味を増幅させる性質がある。これは剣の斬撃という特性が魔闘術の魔力を伝わり、斬撃そのものが魔力的に強化されるからである。

 私はその性質が魔法に応用できないか考えた。

 火属性の熱を、槍としての貫通力を、魔闘術で強化し魔法の威力を底上げる。

 出来るかもしれないという予想はあった。ただ使う機会が思いつかなかったので試すことはしなかった。その横着のせいでぶっつけ本番になったがなんとかなった。


 私は成功したという実感と、予想以上の結果に少し興奮する。

 魔闘術を使えば中級魔法ですら災害級の魔物に通用するのだ。これが上級特級となればどうなるのか。

 もちろんこれは容易では無い。普通の魔法に魔闘術の魔力を上乗せするのだ。必要魔力量は上昇する上に必要工程も実質二倍だ。しかもまだ中級魔法で成功させただけに過ぎない。

 本来発動媒体で魔法の威力を上げる魔法使いに比べ、私はこれでようやく並べた程度でもある。

 だが私にとっては大きな進歩だ。まるで初めて魔物を倒す力を使ったあの時のように。


 私が達成感と充足感を覚えていると、それを邪魔するかのように、大気を二つに裂く剛腕が私目掛けて振り下ろされた。

 私はシャドウムーブで移動しそれを躱す。すると熊は私に向けてすぐさま距離を詰め、六本の腕を同時に叩きつけた。その一撃はこの魔物の最大威力の攻撃なのか。叩きつけられた地面は大量の土砂を巻き上げ、木々は枯れ草のように叩き潰された。

 もはや容赦はなく、形振りすら構わなくなったこの熊に、私は戦いの決着をつけることを決める。

 丁度その時、私の研ぎ澄まされた魔力知覚は、遠方のある魔力を感じ取った。


(これはエミリスの魔力……? しかもこの位置は街中か。余計決着を早める必要がありそうだ)


 突如大きく高まり解放された魔力。それは私がよく知るエミリスのものであった。

 エミリスはこの戦いに不参加であった。そのエミリスが街中で大きな魔法を使用した。

 それはつまり、彼女の敵か何かがそこにいることを意味する。

 素早くその結論を出した私は最早出し惜しみをやめる。転移魔法を発動して上空へ飛ぶ。

 一瞬で文字通り周囲から消えた私を、いかに災害級といえ捉えることは出来ない。

 落下しながら私は、上級魔法と魔闘術を並行発動し、完成したその二つを掛け合わせた。


「上級魔法イフリート・レイ」


 私愛用のこの魔法は、魔闘術の魔力を纏ったことで、大幅に殺傷能力を向上させた。

 そして天から降り注ぐが如く、対象を頭部から貫いた。


 一瞬で頭部を熱線に貫かれ、その中身を焼き焦がされた災害級は、まるで己の死に気付かぬようにゆっくりと、その巨体を大地に横たえた。倒れた衝撃で再び突風が吹き荒び地面は揺れる。

 しかし、それを為したモノが再び起き上がるとは、もう二度となかった。

 一つの伝説はここに沈んだ。


 私は力を使って魔物の生命力が完全に喪失していることを確認すると、倒した獲物を回収することもせずに転移魔法を発動した。


 私の姿が闇に包まれ再び晴れたとき、赤い鮮血が視界を満たした。

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