巍峨たる山巒
転移魔法で街から外へ出るため南門付近へ飛んだ私は、突然現れた黒い人物に周りの人達が驚くのも構わず魔力感知を行った。
広がった魔力の知覚能力はまず多くの人や魔法の魔力を捉え、その後すぐに魔物の魔力を感じ取る。
魔法の魔力が散る度に魔物の魔力も消えているが、次から次へと後続が現れ、未だその波が止まる様子はなさそうであった。
私は魔物と対峙する人の中からお目当ての人物を発見すると、魔晶核節約のためにもシャドウムーブを使ってそこへ移動した。
影から影というより闇から闇からへと移動して目的の場所へ辿り着いた私は、シャドウムーブの発動を終え闇から出ると同時に、火属性の魔法でそこにいた魔物を焼き払った。
「なっ!?……プラウスさん!? えっ、どうしてここに……?」
突然の闖入者に警戒するように剣を向ける人物は、その相手が知った顔であることに気付くと、驚いたように剣を引いて質問してきた。
「遅ればせながら私も参戦することになった。闇雲に戦ってもいいのだが、それよりは既に戦闘中の者に聞いた方が混乱も少なく、今後の戦いもスムーズになると思ってな」
私は軽く肩を竦めて目の前の人物、炎の剣のリーダーであるウェントにそう告げた。
「そういうわけだ。現在の戦況について諸々教えてくれると助かる」
「えっ、えぇ……っプラウスさん!!」
状況の変化に付いてこれなかったのか、困惑気味であったウェントが突如表情を必死なものに変え、私の名を叫んだ。
ウェントに言われずとも気付いていたが、丁度私に対して魔物が襲いかかってきていた。
「後で存分に相手をするから今は引っ込んでいてくれ」
脚が異常に太く発達した兎の頭部にファイアボールを当てる。橙色の火球は着弾と同時に爆発して、兎の突撃の威力を殺した。
そのままファイアボール一発で瀕死になった魔物の命を力を使い断つと、続けて現れた三体の魔物の頭部付近を熱線で撃ち抜いて絶命させた。参加早々、焼き払ったのを含め五体の魔物を討伐した。
この五体は私が倒したものであるからと、回収しようとした私にウェントが待ったをかける。
「あっ、倒した魔物は後で回収班が来るので勝手に回収しては駄目ですよ。それをやるとハンター同士で倒した魔物の奪い合いが始まってしまうなど、討伐そっちのけの事態になりかねないらしいですから」
「むっ、それではどうやって個々の報酬を決めるんだ?」
「えーと、その辺は確か個人やパーティーの活躍を見る専門の人がギルド職員にいるとか、そんな説明がされました」
どうやらそんな感じらしい。仕方がないので私は倒した魔物の回収を諦める。
「それで、今はどういう状況なのかも聞いていいだろうか」
「はい……ってプラウスさんはどこまで知ってますか?」
「魔物寄せが使われ現在も魔物の襲撃が続行中。それくらいだ」
「なら今の状況について手短に最初から教えますね。今俺たちは大きく三つに分かれて戦っています。中央をダヴィーノ子爵の騎士団が担当し、その左右を俺たちハンターがって感じです」
なんだか大きい魔力が多く、練度の高そうな集団がいたがそういう理由か。
ここカラッソで鍛え上げられただけあって、その騎士団は精強のようだ。
「魔物の襲撃ですが、今は第二波と第三波の中間といったところです。襲撃当初は浅層付近の弱い魔物ばかりでしたが、そこからランク8ほどの魔物が現れて、今はランク7辺りが現れるようになったところです。プラウスさんが来る直前に、一度足が速いランク6のローンガウルムが出ましたが、騎士団によって即討伐されました」
もうランク6の魔物が出ていたのか。しかもローンガウルムとは。強靭な脚力を使い、相手を一瞬で喰い千切る強力な魔物だったはずだ。私は戦ったことはないが、ウェントの話からしてそれを苦もなく討伐するとは、やはり彼らの実力は本物らしい。
それにしても奥地に生息する高ランクの魔物も出始めたのか。いいタイミングだと喜べばいいのか、一体どこまで魔物を引き寄せたのかと怒ればいいのか、微妙な心境だ。
「だからランク6が出始めそうなときにプラウスさんが来てくれて助かりました。今はエミリスがいないので……」
「それについても聞こうと思っていたが、ウェントはエミリスがいない理由を知ってるのか?」
「いえ、知りません。最近のあいつが孤児院に出入りしてることは知ってるんですが、あいつこの非常時に現れなくて……。たぶんその孤児院にいると思うんですけど……」
どうやらエミリスの不在はウェントにとっても不慮の出来事らしい。
いくらエミリスが抜けていても、この状況でどこかで道草を食ったり、ぐっすりお休み中だったりということはない筈だ。ならば孤児院の子供達が不安がり、側を離れられないとかだろうか。
私も急にリナが心配になって来た。
「おいウェント! プラウス! お喋りもいいがそろそろ戦闘に参加してくれ! 向こうさんもようやく本格的になってきたところだ!」
「あれはさすがにあたしたちだけじゃキツイっしょ!」
炎の剣の残り二人のメンバー。私の中ではエミリスとウェントに比べ、印象の薄いニックとリザから声がかかる。
ニックが槍を豪快に振り回し、リザが的確に急所を貫く。息の合った連携を見せる二人であるが、新たに現れた魔物に対しては泣き言染みたことを口にした。
二人だけでなく、ここ右翼側を担当しているハンターたちも、現れたその魔物に対して若干腰が引き気味だ。
「──ランク6、名前は確かポイズングラスシェル……だったか?」
私は自然の先にいる魔物の名前を記憶から引っ張り出した。
見た目は草のカーペットを被った甲殻類の化け物といった感じだ。生態は地面の下に潜り込んで草に擬態し、獲物が近くを通ったら二つ持つハサミでバッサリするとか。なんだか鈍間な魔物に思えるが実は移動速度も速く、特に鍛えていない一般人が全力で走ったくらいじゃ逃げられない速度を出すらしい。
そして特に悪質なのが、奴が体内に持つという毒だ。
草を纏ってるから単純に燃やせばいいと思われがちだが、実際にその草を燃やすと分泌した毒が気化して周辺に惨劇を齎すのだ。奴が瀕死になっても同様である。そのくせ火には強い耐性があるという見た目詐欺までしている。
脅威度はランク6でも最上位。とにかく強く危険で厄介な魔物として、ハンター達からも嫌われ避けられている。プラウスとしても相性が悪いと言わざるを得ない魔物だ。
「火を使う俺やプラウスさんでは相性が悪い相手です。エミリスがいればまた別なんですが……。ここは騎士団の魔法士部隊に任せましょう」
「いや、私がやろう」
しかし私はこの程度の相手に逃げはしない。
「いくらプラウスさんでも無茶では……?」
「私が火属性しか使えないわけではないのは知っているだろう。まあ、見ていろ」
ウェントの忠告も気にせず、私は前方の敵にシャドウムーブを使用して一気に距離を詰める。
そして相手の側面から飛び出すと、そのまま腰を入れ、擬態用の草の上から魔力を纏って殴りつけた。突然に自身の肉体に感じた強い衝撃に、目の前の魔物から食器を擦り合わせたような甲高い悲鳴が漏れる。
そんな不快な雑音も気にせず、二撃,三撃目を繰り出し、トドメとばかりに四撃目で内部へ浸透させるイメージと共に掌底を打ち出した。私の掌から放出された充分に練り上げられた魔力は、相手の外殻の魔力防御を容易く貫通し、内部に到達するとその中身をぐちゃぐちゃに掻き混ぜ破壊した。
魔物は致命となる強撃を食らうと、多節足の脚を折り曲げ崩れ落ち、毒々しい色をした体液を放出する。そうしてまだ微かに息のあるこの魔物の命も断ち、私は無傷で打倒することに成功した。毒の気化を起こさせないため瞬殺である。
魔物を倒した私はいつもの癖で回収しようし、一瞬思い留まるが、ポイズングラスシェルを倒したのは多くのハンターや職員が見てるわけだし、それに毒もあって危険であるのでいいかと、収納魔法にしまった。
目の前からたった今討伐した魔物の姿が消えたことを確認し、私は元の場所へ帰還した。
「おいおいスゲえな! なんだよ今の! お前魔法使いだったはずだよな!?」
「あたしも今日一驚いたかも」
帰還した私に、ニックとリザから興奮の混じった賞賛の言葉が送られた。
「魔法使いだとは言ったが、近接戦闘を不得手だと言った覚えはないさ」
ニックからの確認を否定せず、誤魔化すように私は答えた。
「プラウスさん……今のって……」
「ウェントの察しの通りだ」
私はそれだけを口にした。
ウェントもそれで確信したのか、それ以上無意味な問いは重ねなかった。リーダーが納得するのを感じ取ると、ニックとリザもそれ以上この件の追求をせず、戦闘態勢に意識を偏らせるように離れていった。
私が先ほどの毒草蟹を殴り倒した際に使ったのは、当然魔闘術である。
魔闘術は非常に強力な魔力攻撃方法だ。まともに扱えれる様になれば、それだけでランク6の魔物ですら苦にしなくなるほどに。もちろんその分習得難度も非常に高いわけだが。
毒草蟹が分泌する毒は魔力的な要素と特性を存分に有しているため、私の魔力干渉術なら毒を無効化した上で火魔法で焼き殺すこともできたが、魔力を無駄に使う事になるのと、この場に余計な混乱を齎しかねないためやめにした。
魔法使いである私が、ウェントたちの前で戦士の奥義とも言える魔闘術を披露することは彼らの自尊心を傷つけることにならないか、とも少し思ったが、今の私は凄腕の魔物狩りプラウスなのでいいかと結局躊躇わず使用した。ウェント達も含むところはなさそうなので、余計な気を使わず一安心といったところである。
私はそうして気持ちを入れ替ると、依然として現れる魔物に意識を傾けた。
ランク6の魔物が現れ始めたからといって、その脅威度の魔物がずっと現れ続ける訳では無い。魔物の大半は未だランク8以下だ。ランク7やランク6の魔物の数がそれらに比べ単純に少ないというのもあるが、ランク6くらい強力な魔物になると、魔物寄せもほとんど効果を発揮しなくなるのが、理由と言えるだろうか。
ランク6が今この場に現れるのは、魔道具に引き寄せられた結果というよりは、獲物である格下の魔物の大移動に釣られる形になっただけだと思う。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私はたった今ランク6の魔物、サウザンニードルを仕留めた。
この魔物は本来山岳地帯にいるはずなのだが、こんな所まで転がって来たらしい。
サウザンニードルは後頭部から背面にかけて、大きな棘を大量に生やした巨大なげっ歯類みたいな魔物だ。丸まって転がりながら獲物を蹂躙するこの魔物は、ランク相応に非常に危険である。
最初遠くからとんでもない速度で転がって来たこいつは、移動線上のハンターを串刺しか轢死させ、その後あっという間に街まで達してしまうかに思われた。速度と体積を伴ったあまりの勢いに、私も反射的に魔法を使おうとしたが、特級魔法か上級魔法を使うかで夋巡してしまい機を逃してしまった。
一瞬で距離を詰められ、止むを得ず私は魔闘術で応戦しようと覚悟を決めたのだが、その魔物は急減速すると私たちの前で止まり、なぜか丸めていた体を戻し顔を見せた。そして体を震わせると、振動で背中の針から串刺しにした魔物を抜き取り、なんとその場で食べ始めた。
急に現れ唐突に食事を始めたこいつは、移動する速度に匹敵する早さで自分の背中に串刺した獲物を食べ終わると、周辺に転がっている私達が倒した魔物にまで手をつけ始めた。
流石にそれは見過ごせんと、周囲の呆気にとられた面々をほっといて、仇敵である人間がいるのにも関わらず呑気に食事しているこいつを、私は魔闘術で殴り飛ばした。私の拳打の不意打ちを頭部に食らったこいつは、そのまま頭が潰れて死んだ。
空気が固まった空間で、こんな間抜けな魔物もいるのかと私は内心で嘆息した。
戦場で微かに訪れた間の抜けるような時間も、すぐさま魔物狩りの意識からは抜け落ちる。
迫り来る魔物に対し、余計な思考は命取りであると、彼らは本能で理解しているからだ。
人と魔物、古来より続く両者の争いは。規模は、場所は、武器は、意識は、対峙する面々はそれぞれ違えど、その本質は些かも変わらない。
あるのは生物としての生存本能か、はたまた存在に根差した敵意か憎悪か。
人と魔物、勇者と魔王。過去の大戦、両者の子孫か末裔は、今まで脈々受け継がれた。
ならばこれも必然か。
時代を超えて、互いは再び相見える。
私が戦闘に参加してどれだけ経ったか。一時間か二時間か。
ようやく魔物の勢いも衰えを見せ始め、最早掃討戦に移行しつつある。私もちょくちょく休憩を挟んでいたが、今ではすっかりランク6が出現した場合のみ出撃する、特別戦闘員の身となっていた。
本来魔物領域の奥地まで徒歩で出向かなければならないハンターにとって、不謹慎とも言えるがこういう機会は滅多にない稼ぎ時だ。なにせ獲物である魔物が向こうから来てくれるのだから。だから現在のように余裕があるときに、あんまり手柄や獲物を奪うのは良くはないらしい。
そんなことをウェントから説明された私は素直に引っ込むことにした。彼には「プラウスさんに文句言えるハンターはもういないでしょうけどね」と苦笑されたが。
そんなわけで、今の私は戦う時間より休憩時間の方が多くなってしまった。
暇なので周囲の休憩中のハンターの話を側聞していると、どっかの国では魔物寄せを大々的に使用して魔物狩りを行なっているらしいとの話が聞こえてきた。
確かにそんなことが出来れば大繁盛間違いなしだが、一歩間違えれば国家滅亡の危機だ。そんなことをするのは一体どこのアホ共だろうと思ったら、例の帝国だった。
確かに話に聞くあの国の戦力ならそれも可能なのかもしれない。なんなら大陸西側の魔物を引き寄せても同じことができるかもしれない。
そんなことに思考を割きながら、遠くのハンターと魔物の戦闘をぼんやりとした気分で眺めていた私であったが、忽然と空気が変わったことを感じ取った。私がここに来る要因となった違和感や胸騒ぎに近い感覚だ。
正確には空気というより、場に漂う魔力の質が変化したのを私の魔力知覚が捉えたのだろう。
それを察知した私は休憩をやめ、徐にこの場から移動する。自身の感覚は、この違和感の正体は前方から訪れることを教えてくれた。
早歩きでほとんど前線付近まで移動した私に、他のハンターは驚くような反応を見せるが、それには構わず私は視線の先、魔物達のさらに奥を見やった。
まず初めに、魔力の知覚能力が高い者がそれに気付いた。そして突然に異変をきたしたその者を、仲間や周辺のハンターが気にかける。気付いた者は、自分が受け取った感覚の変化、その原因を突き止めようとするが、茫漠としたものであったため判然としなかった。
そして次に気付いた、いや、見付けたのは、前線付近で魔物と戦闘している者達だった。まさに今戦闘中という者ではなく、後衛として前衛のサポートをする者や、眼前の魔物を討伐し、一時的な空白地帯を築いた者達であった。
その者らは自らの視界の違和感に気付いた。視界の先にある峰々たる山岳が、蠕動したかに見えたからだ。
現在は真夜中。昼夜を生きる者たちは寝静まる時間だ。戦場は魔道具の光で爛々と照らされているが、その彼方まではっきり見通せる訳ではない。
自分の見間違いであったか。そう意識を切り替える者もいる中、その違和感を取るに足らないものなど切り捨てず、己の直感を信じる者が目を凝らした。
そして確とその目で確かめた。見間違いなどではない。確かに山が動いていると。
その者は即座に声を張り上げ周囲へ呼びかけた。その突然の喚声に、聞いた者はギョッとその者を見やるが、言葉の意味を咀嚼し理解すると、皆が同じように戦場の彼方へ視線を向けた。
そして皆も同じく理解した。確かに山が動いていると。
山が動く。
今なお続く魔物の襲撃という異常事態に、更に加えて重ねられた異常事態。
それでもこの場にいるのは歴戦の魔物狩り。この戦いでの余裕も合わさって、下手に動じず沈着な対応を心掛けた。ある者はこれを後方へと伝えに行き、ある者は粛々と魔物を狩り続けた。
そんな中で、その場の誰かがポツリと言う。いいやあれは山ではない。山にしては小さすぎると。
山ではない。その先入観が頭から消える。
ならばあれはなんなのか?
発せられた問いに、答える者は誰もいない。しかしてこの場の多くの者が、その答えに行き着いていた。
やがて意を決した誰かが、それを言葉に出そうと口を開きかけ。
────それより早く、答えは前方より訪れた。
轟音。
大気を、木々を、空を、大地を、それが届く生きとし生けるもの全てを。
総身から、胸の内から、魂の底から震わせる叫び。
生命力の弱い小動物はそれだけでショック死し、ランクの低い魔物は動作を急止し身を竦める。
人ですらその例に漏れることなく、耐性のない者は泡を吹いて気絶した。ある者さえも、その王者の雄叫びに顔面は蒼白とし、心胆寒からしめられたが如く、真冬のように身を震わせた。
そして僅か数十秒前と、気勢と意気が真逆に転じた何者かが、震えた声音で呟いた。
「……間違いない……あれはランク5……。災害級だ……」
古の大戦。数多の命を喰い荒らし、夥しい数の死体の山を築き上げ、果てに英雄達の手により討ち取られた伝承の怪物。
悠々たる聳え立つ様峻嶺の如し
暴れたる様天地慄わす暴嵐の如く
────其の名は、巍峨たる山巒ギガラスボア




