胸騒ぎ
「プラウスさんは私に付き合っててもいいんですか? いえ、私は嬉しいんですけど」
歌の鑑賞会を終え、いつも通り報酬を支払った私に、リナからそんな質問がされる。
「別にいいのではないか? 私の時間は私のものであるわけだし」
「でも、最近は他の子もプラウスさんと遊ぶの楽しみにしてるし……」
「それはエミリスが頑張ってくれているから問題ないだろう。むしろ彼女の方が子供達に喜ばれているくらいだ」
そうなのだ。エミリスはあの日私が孤児院に連れてって以来、そこそこの頻度であそこに通っているらしいのだ。
どうしてそうする気になったのかは本人に聞いていない。元々幼稚な性格だったから波長があったのかもしれない。
「それに元々私は君に会いに来ていたわけだからな。この時間が無くなら、私が訪れる意義も薄れてしまうと言うものだ」
「プラウスさん……」
私の発言に微妙に頰を朱で染めるリナ。
最近の彼女は、私の性別が同性であると知っている筈なのにこういう態度を取るのだ。恋愛感情よりは憧れとしての色が強く、あるいはそれらを混同しているのかもしれないが、動揺するのでやめて欲しい。
とにかく私としては、この手のことには反応しないに限る。
「話は変わる……いや、全くの無関係ではないが。そろそろ拠点を移そうと思う」
「……え?」
突然の報告にリナは唖然とする。
ただその目には、来るべきときが来たという、諦念と悲痛の感情が読み取れていた。
「拠点を変えるって……プラウスさん、いなくなるんですか……?」
「そうだ。元々そう遠くない内にそうするつもりだったが、予定の変更を余儀無くされてな」
私の当初の計画としては、このままカラッソでの活動を続け充分に魔晶核の貯蔵が済んだら、この国を出て西に行こうと思っていた。ランク6よりも上の魔物を討伐するとなれば、もはや人類領域では不十分。勇聖国に活動拠点を変え、大陸西側の攻略に乗り出す必要があった。
そんな計画を自分の中で立てていたのだが、それに待ったをかけたのが母だった。この計画は胸の内に秘めていたため母は当然知らないのだが、だからこそと言うべきか、母はなんと私に学園に通うことを求めて来たのだ。当然私はこれに反駁した。今更そんなとこで学ぶことがあるのかと。魔法に関しては大魔導師シャノンのお墨付きであるし、勉学についても学びたいことなどない。
だが母は私に言った。学園にはメアリーも通うと。既に在校中の姉様に加えてメアリーもそこへ行くことになる。なのに私だけ入学を拒否するのかと。
私は考えた。王都行きを拒んで一度メアリーを泣かせた。またメアリーを悲しませるかもしれないと。
しかしそれ以上に、学園でメアリーが友人を沢山作ることで、私への好感度が相対的に大きく下がってしまうのではないかと。
そこまで考え、私は母の計略に乗ることにした。
そんなわけで魔物狩りプラウスは一時休業になるため、一応プラウスと関わりのあった人たちにはそのことを告げなければならないと、その第一号としてリナに伝えることにしたのだ。
「……」
だが彼女としてはこの話はショックだったようで、顔を俯かせて黙りこくってしまった。
私はそんな彼女に加えて聞く。
「リナはどうする。私と来るか?」
「……え?」
私からの問いに少し間を開け顔を上げるリナ。その目元には少し涙が溜まっていたが気にしない振りをする。
「初めてリナに付いて孤児院に行った時、もしその環境が劣悪でリナにとって酷く居心地の悪い場所であったなら、私は君を連れ出そうと考えていた。その心配は晴れたが、別にそうで無いからといって、そうしてはならないという理由もない。リナが望むなら私が君の身柄を引き取ろうと思っている」
「それは……でも……だって……私ばっかり……そんな……」
そんな私からの提案であったが、リナの態度は消極的であった。ポツポツと溢れた言葉から察するに、他の子達を差し置いて自分だけが孤児から脱するのは後ろめたいのかもしれない。
私もそこに考えが至らなかったわけではないため、構わず続ける。
「他の子供達については気にする必要はない。これはあくまで私と君との関係あってこそのものだからだ。仮に君がこの話を断っても、私は同じ提案を他の子にするつもりはない」
そう堂々と言葉にして伝えた。
言葉通り私がこれを言うのをリナだけだ。確かに他の子供達に対して、後ろめたさや罪悪感に近い気持ちを抱かないではない。だが私がそう望み、相手もそれを受け入れてくれるだけの関係を築けたのがリナだけだった。これはそういう話なのだ。
もちろんある程度の関係を築き、顔や名前を知り合った彼らとそのまま別れるつもりはない。ただリナだけは、私にとって色々な意味で特別と言えるだけだ。
「今すぐ決めろとは言わない。まだ私がここを離れるまでの時間はある。だが数日以内には決めておいてくれ。それ以上迷うなら、君にとってこの話は良いものだとは言えないということになるからな」
「プラウスさんは……」
「ん?」
「……いえ、なんでもないです。数日以内にちゃんと決めます」
言いかけた言葉を途中でやめ、それだけを口にするリナ。
私は言葉の先が気にならないではなかったが、それを特に聞くことはなかった。
リナにあの話をしてから既に数日経ったが、返事は未だ貰っていない。というよりあれからリナに会っていない。
なぜなら私はいつでもハンター活動をしているわけではないからだ。
母との約束通り魔物狩りを行うのは週に二度だけ。一週は八日なのでつまりは四日に一度だ。別に必ずしも四日に一度というわけではないが大体そんな感じである。
そしてその四日に一度の日が明日となるわけで、私はこの三日ほど落ち着かず浮ついた気持ちで過ごしていた。
断られるとは思ってはいない。いないが、もし断れたらという思いが抜け切らない。
今思えばもっと言い方があったのかもしれない。巧みにリナを誘うというか釣り出すというか、断れない雰囲気作りから始めるべきだったとか、あんな唐突に言うべきじゃなかったとか。これなら数日とか期日なんて決めずに、その場で決めてもらった方がよかったかもしれない。
などなどと悶々とした気分で取るもの手につかず、堂々巡りになることもこの三日間では珍しくなかった。
そんな状態で数日を過ごし、決戦を明日に控えた気分で今日はさっさと休もうと、そう就寝時間を早めようとしたときに気づいた。
なんかこう、ざわざわとした落ち着かない様子で自分がいることに。
当然最初に疑問に思ったのは、明日聞くはずのリナからの返答に、自分が不安がっているのではないかということだ。ここ数日ずっとそうだったのだから、その日を前日に控えた就寝前の今だってそういう状態であってもおかしくはない。
私はそんな結論を出そうとして、直感的に否定した。
違う。それとは関係ないと。
そんな自らの内側から溢れ出すような、感覚的な不確かなものに導かれるようにして、私は素早く身支度を整える。収納魔法から取り出した粘体スーツを着込み、その上に黒いローブと同色の手袋を身につける。そして最早見慣れた黒い仮面で己の表情を覆い隠し、私は数十秒で魔物狩りプラウスとなった。
そのまま転移魔法を発動し、私の視界は一瞬で闇に包まれた。
「ミーナちゃーん! おかーさんと一緒に寝ーましょう! ………あれ? ミーナちゃん?」
お風呂上がりと思われるように髪を濡らしたアナベルが、誰もいない寝室を見て首を傾げた。
転移魔法でいつものようにカラッソの街中へ飛んだ私は、普段とは違う街の様子にすぐさま気付いた。今は夜であるから空が暗いとかそんな理由ではなく、こうカラッソ全体が騒がしいというか、物々しい雰囲気に包まれているようであったからだ。
魔道具による明かりは昼のように眩しく照らされ、その光の下を行く人々の様子は慌ただしい。よく見れば街の警備を担当する衛兵や、貴族の私兵と思われるような騎士までもが、焦った様子で駆け回っている。時折通る騎獣車も街中で定められた基準の速度を明らかに超過していた。
そして遠くに聞こえる怒声や爆発音。
どう考えても戦時中にしか思えないような街の現在に、私はそれを知るための最も手早い手段として、ある場所へ転移魔法を使い飛んだ。
私の視界が闇から晴れると、そこにあったのは見慣れたとは言わないまでも、記憶にある通りの木造建築である建物の内部であった。
「……えぇ!? 一体誰って、プラウスさん……!?」
私が飛んだのはハンターギルドだった。
怒声や爆発音が聞こえたのは南側だった。南には国や人里など当然無く、あるのは魔物領域だけだ。
つまりカラッソは現在大規模な魔物の群れに襲われている。そこまで考えた結果私はここへ来た。
転移魔法も堂々と使っているが、いずれバレることではあるし、そもそもこの緊急事態だ。今更隠す必要などない。
私は軽くギルド内を見渡す。どう見ても人が少ない。むしろいないと言っていいくらいだ。
私は一人だけこの場に残っているらしい、いきなりの私の登場に驚愕している受付職員の元へ向かった。
「え? どうしてプラウスさんが? え? え? ……って今の転移魔法!?」
「驚くのは後にしてくれ。それより今この街で起こっていることについて把握している範囲でいい。教えてくれ」
私は相手の疑問に構わず率直な問いを投げかけた。
「は、はい!……って、そうですよプラウスさん! この街は今危機的状況なんです! 魔物に襲われてるです!」
どうやら私の予測は正しかった。
「この場にハンターや君以外の職員がいないのもそれが理由か?」
「その通りです! ハンターの皆さんはもちろん、私たちギルド職員も街の外に築いた前線基地に移動済みです! ……私だけは誰か一人は残っているべきだって理由で、支部長にここに残るよう言われたんですけどね」
少しだけ申し訳なさそうにして目の前の職員はそう語った。
今気付いたが、この職員は私とリカルドが一触触発だった際に止めに入った人だった。名前は確かジュリアン? だったような。
「いや、君がいてくれたおかげで色々知れた。ありがとうジュリアン」
「いえいえ、プラウスさんにお礼を言われることでは……って私の名前はジュリアです! ちゃんと覚えてください!」
一文字違った。
私は目の前のどこかマリーに似てるような職員の顔と名前を今度こそちゃんと記憶した。
「ジュリアだな。よし、覚えた。──それでは私もあちらに合流して魔物討伐に参加するとしよう。あぁ、そう言えばこれはギルドからの依頼という形でいいのか?」
「はい、カラッソの街を治める貴族であるダヴィーノ子爵から依頼され、当ギルドから受理した緊急依頼となります。緊急依頼の拒否は基本的に許されませんが、その分報酬も上乗せされます。ですから報酬については期待していてください」
「いや、報酬は別にどうでもいいんだ。一応聞いただけだからな」
私の答えにジュリアは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐになるほどと一人得心していた。
報酬が必要ないのは本当だ。そんなものがなくても私は戦う。
ならなぜこんなことを聞いたか。それは私が倒した分の獲物の扱いをなんとなく知りたかったからだ。成果報酬なら活躍しただけ報酬は上がるだろうが、倒した魔物の素材は一括買い取りとなってしまうかもしれない。そうなると私が目当てとする魔晶核も手に入らない。
そうなるくらいならいっそのこと、各々の自助努力で防衛をしろと言われた方が気持ち的には楽だったと言える。まぁ、後からその交渉をする手間が増えただけのことでしかないか。
そう自分を納得させ、いざ行かんとしたとき、ジュリアが「あっ」と声を上げた。
その声に振り返った私に、彼女が表情を真剣なもの変えて告げる。
「今回の魔物の襲撃騒動ですが、魔物寄せが使われました」
「なんだと……?」
魔物寄せ。それは私にとっても決して聞き逃せない単語であった。
「それは確かなのか?」
「はい。魔物の襲撃が本格的に開始する前に、森のあちこちに仕掛けられた魔物寄せを複数のパーティーが発見、回収しました。ですから間違いありません。そのハンターたちによるともっと奥にまで、広範囲にあってもおかしくはないそうです」
「そうか……つまり今回のこれは……」
「お察しの通りです。現在この街は何者かの攻撃を受けているということになります。それも、魔物寄せを大量に用意できるかなり大規模な組織か集団に」
ジュリアは組織や集団という曖昧な言い方に留めたが、それだけの魔物寄せを並の力で集めることは不可能だ。魔物寄せは国によって厳重管理されているからだ。
ならばこれはカラッソに恨みがあるこの国の大貴族か、他国の謀略と考えるのが自然だ。真っ先に思い浮かぶのはやはりあの男か。あるいは戦争したい帝国や革命したい東部諸国といったころか。
だがいまいち腑に落ちない。前者は私の偏見が混じってるので置いておくとして、帝国や東部諸国がいくら戦争や革命したいからと言って魔物寄せなど使うだろうか。
人類の歴史は魔物との戦いの歴史と言ってもいい。大戦があったから尚更だ。
そんな人類共通の敵である魔物を人同士の争いに使うなんてあり得るのか。そんなことをすれば人類全体から敵視されるのは目に見えているというのに。
そこで私は思考を中断する。
どのみち今ここで考えていても、分かることなど一つもない。であるなら私がすべきことは考えを巡らせることではなく、魔物と戦うことだ。
そこに思い至り、最後にジュリアに軽く礼を言うと、私は今度こそ転移魔法で飛んだ。




