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魔道のマナー  作者: 青梨
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孤児院

 エミリスに魔法を教えることになってから数日後。私はエミリスを伴ってカラッソの街中を歩いていた。

 その道中でエミリスが私に問いかける。


「ねぇ、これって街の外に向かってるのよね? なんだか道違わない?」

「いや、これが正しい道順だ」


 街の外に向かっていないことは特に否定せず、私は師匠然とした態度で応じる。その答えに首を傾げながらも「そう……」と呟き、エミリスは納得した様子を見せる。

 物分かりのいい弟子で何よりである。


 そうして黙々とした道程はやがて終わりを迎え、私たちは目的地に辿り着いた。


「……これは一体何なわけ?」

「孤児院だ」

「そういうことじゃないわよ! あんた私に魔法を教えてくれるんじゃなかったわけ!? それがどうして孤児院なんかに来てるのよ! もしかして私を騙したの!?」


 先程までずっとだんまりだったせいか、その反動で煩く喚き立てるエミリス。

 それを喧しく思いながら、平常通りの対応をする。


「別に騙してなどいない。今日は孤児院に来る日だったからここに来ただけだ」

「はあ!?」


 もはや意味がわからないと言ったように叫声をあげるエミリスを無視して、私は孤児院の扉をノックしようとする。が、外の喧騒が聞こえたのか、それより早く扉が開いた。

 中から現れた人物に私は軽く挨拶する。


「連れが騒がしくしてすまないリシア司祭」

「いいえ、プラウスさんのお連れさんなら誰でも歓迎致しますよ」


 私が司祭と呼んだその女性は、温和な雰囲気で笑みを浮かべながらそう口にした。

 落ち着いた空気を纏った第三者が登場したせいか、エミリスも分別を弁えて大人しくなった。


「……いいから後でちゃんと説明しなさいよね」

「わかっている」


 私はエミリスに軽く頷いて、司祭に導かれるまま院内への扉を通った。

 司祭に続いて中を進むと、前方からドタバタと騒がしい足音が近づいて来る。


「リシアしさいお客かー? あっ、プラウスだー!」

「ほんとだ! 黒いやつがまた来てる!」

「なんか知らないのもいるー」

「青いやつだ! 青いやつ! 黒いやつと青いやつ!」


 騒がしく登場したのは、この孤児院に住まう子供達だ。

 彼らは一斉に駆け寄って来ると、年齢に関係なく飛びついて来た。


「えっ、えっ、ちょっ……!? はあ!? な、なんなのよこれ!?」


 前回までは私一人で彼らの相手をすることになっていたが、今日はエミリスがいるのでそれも半分だ。


「ちょっ、ちゃんと相手してあげるから一人ずつに……っていたたたたた! 髪引っ張らないで! ……ってどこに入ってきてるのよこのエロガキ!」


 エミリスの方は腰に抱きつかれたり、髪を引っ張れたり、ローブの下に潜られたりと大変そうだ。私も始めの頃は仮面が剥がされかけて、あわや謎のハンタープラウスの正体が露見しそうになるなど激戦を繰り広げた。

 その後ローブと仮面の佩帯強度を上げることになったのは言うまでもない。


「はいはい、それくらいにしなさい。プラウスさんとお連れさんも困ってますからね」

『はーい!』


 司祭からの注意に物分かり良く子供たちは従う。若干一名の男子は未練がましくエミリスに引っ付いていたが、エミリスに強引に引き剥がされ渋々離れていった。

 乱れた髪と着衣を整えながらエミリスは恨み節を吐く。


「本当になんなのよ一体……」


 半目で睨んでくるエミリスの視線から逃れるように、私は顔を背けた。




 私がこの孤児院に通い、子供たちと戯れるようになったのは、当然ここを住まいとしているリナが理由の発端である。

 本人はあまり気が進まない様子であったが、彼女との仲をそれなりに深めた段階で私が半ば強引に付いて行ったのだ。もしも孤児院がリナとって劣悪な環境だった場合、そこからリナを連れ出そうと考えてだ。

 結果から言えばそれは杞憂で終わった。この孤児院を運営している勇聖教の司祭であるリシアは優れた人徳の持ち主であり、危惧しているようなことは何もなかった。それにリナを気持ち悪いと言った子供は少数で、別にリナに対していじめや嫌がらせを行なっているわけでもなかった。

 そんなわけで、私の考えたリナ連れ出し計画は頓挫に終わり、代わりに彼女へ会いに来るついでに、孤児院に足を運んで子供たちの相手を務めるようになった。

 ハンター活動をしている最中は年齢不詳のハンタープラウスの立場を取るとはいえ、実態は十に満たない子供のミーナ・リシャールである私が、孤児院の子供の遊び相手を務めるのはなんとも不思議な気分ではあったが。


 私とエミリスは左右に子供たちを伴いながらぞろぞろと廊下を移動する。孤児院内は言うほど広くもないので、すぐに普通の家ならば居間とも言える大きめの部屋に着く。

 中には数人の子供がおり、子供向けの本や積み木に人形が、片付けもされずに床に転がっていた。


「皆さん、プラウスさんが来てくださいましたよ。挨拶をしましょうね」


 部屋で遊んでいた子供達と、それからついでに側にいる子供達から次々と、挨拶やそう言っていいのか微妙な表現で色々と言われる。それに私も普通に返事を返していく。

 そのやり取りがひと段落し、またリシア司祭が言葉を発する。


「ではプラウスさん。私は昼食の準備をしますが、プラウスさんたちはどうしますか?」

「私とエミリスは彼らの相手をしよう。前回した約束も果たさなければならないからな」

「まあ、本当ですか。ありがとうございます。皆さん、プラウスさんが皆さんに魔法を教えてくださりますよ。他の子達も呼んで、あまり迷惑をかけない様に教わってくださいね」


 魔法という言葉を聞いて騒がしくなる子供達。ドタバタ走り回ってたり子供同士でじゃれ合ったりして、明らかに興奮している様子が見て取れた。


「あんた……こんな子供達のついでに私との約束を果たそうってんじゃないでしょうね?」


 そんな中、エミリスが不満の混じった怪訝な表情で聞いてくる。


「いいやそのつもりだ。だが彼らとは関係なく君に教えることも同じものだ。仮にもし今回私が教えることを君が理解しているのなら、君は私に教わることはないと言えるだろう」

「それならいいわ」


 まだ完全に納得した訳ではなさそうであるが、もう文句は言ってこず、素直に口を閉ざした。

 そうして相変わらずぞろぞろと子供達を引き連れ、私たちは敷地内にある中庭に移動した。元々側にいた子達に加え、呼ばれて来た子らも合流して二十人近い人数になった。下は5歳から上は10歳以上と年齢帯は様々だ。

 自分より年上の教え子も相手にして、私の魔法教室はついに開室となった。


「へっ、何が魔法を教えるだよ。そんなの教えてもらったって無駄だろ」


 しかし、私の魔法教室にいきなり異を唱えるものが現れた。


「……君は、確かザックと言ったな。無駄とは一体どういう意味かな?」

「そのまんまの意味に決まってんだろ。ここにいる奴らがどうしてここにいるのか、どうせお前知ってんだろ」


 私がザックと呼んだ赤髪の少年。その彼が私に対する敵意を隠さず、鋭い目付きで睨みながら、ここの子供達が抱える問題を迂遠に指摘する。

 こうなると決まったときから予想はしていたが、出鼻から直面するとはなんとも幸先が悪い。

 いや、これならこれで逆に都合がいいか。彼らにとっても知るのは早い方がいいだろう。


「そうだな。君が言うことは当然私も理解している。君たちが魔力測定の結果、魔法に関する才能が無いと判断されたということだろう?」


 はっきりとした私の物言いに、ザックは言われたくないことを言われたといった風に顔を苦々しく歪めた。私とザックの会話を聞いた他の子供達の中にも、先ほどまでの揚々とした気配を消して、暗い表情を浮かべて顔を俯かせている子たちがいる。

 そんな中リナとエミリスだけは、私がこの先に何を言うのか期待するような、試すような瞳を向けてきた。


「ザック、君の適正属性はなんだった?」

「……なんだよ急に?」

「いいから教えてみてくれ」

「……火だよ」


 赤い髪だったので火属性であることを期待したが、どうやら本当に火だったらしい。

 私は彼に指を立てながら問いかける。


「ではザック、君はこういうのを見たことがあるかな?」


 そう言って魔晶核から魔力を引き出した。引き出した魔力を火属性に変換して、頭部ほどの大きさがある鳥の姿を形作る。いきなり出現した火の鳥に、子供達からはどよめきが起こった。

 掴みは上々と、私はそのまま子供達の頭上でその鳥を飛行させた。

 暗い表情を一転して輝かせた子供達は、頭上を飛び行く火の鳥に向かって、思い思いのリアクションを起こす。流石に手で触れられると火傷してしまうので、子供達が触れられない安全な飛行高度を維持し、火の鳥に多彩な動きを披露させる。

 そして子供達の視線と興味を十分に集めたところで、私は更に芸を盛り上げていく。

 人の頭部大だった大きさの鳥を、一瞬で十羽の小鳥に変化させた。それをまた、まるで本物の小鳥が飛んでいるかのように不規則に飛ばした。十羽の小鳥は、各々が自らの意思を持っているかのように振る舞った。

 そこから小鳥たちを空中の一箇所に集うように動かし、再び一つの炎へと戻していく。そして、今度はその炎からドラゴンを出現させた。形成と同時に火を吹かせた龍の登場に、子供達は大盛り上がりになる。火を吹きながら空を悠々と飛行する物語上の存在に、彼らの歓声と興奮は最高潮を迎えていた。

 しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないので、ほどほどのところで龍を上空へ飛翔させ、それを飛び散るように拡散させた。綺麗な魔力の発光が火花となって降り落ちる。花火のように美しい光景だが、それが完全に消えるとその場には残念がるような大きなため息が漏れた。


「どうだったかな私の魔法は。君と同じ火属性だが、大したものだったろう?」


 今の今まで私の魔法芸に見惚れていたザックにそう問いかける。ザックは私の質問を受けて我に帰ると、慌てた様子で言い返してきた。


「な、なんだよ! あんなもん見せて、自分は俺たちとは違う凄い魔法使いだって自慢したいのかよ!」


 私が魔法を見せた真意をそう解釈したのか、ザックは卑屈とも取れる反応をした。


「いいや、違う。確かに私は優れた魔法使いである自負はあるが、それを一々他者に誇示することはしない。ここで一つ、おそらく君が……いや、君たちが抱いている勘違いを正しておこう。たった今私が披露した魔法に込めた魔力は、初歩の初級魔法と同程度のものだ」


 私の発言を理解できたのかできなかったのか、ザックは眉を寄せて黙り込む。他の子供達の中にも首を傾げている子がチラホラいる。

 そんな中、エミリスだけが驚愕した様に目を見張っていた。


「簡単に言うとだ。今の魔法は努力次第で君たちを含め、誰にでも使える様になるということだ」


 それで子供たちには意味が伝わったのか、騒めきが広がっていく。


「それってほんとにおれでも使えんのか!」

「どやごんだせるようになる?」

「……わたしにもできるのかな」

「えー、うそだー」


 嬉しそうに顔を輝かせる少年。困惑気味に半信半疑でいる少女。肯定的に受けて取る子から、無理だと決めつけ否定気味に受け取る子まで。思い思いの感想を口にする彼らに、今度はしっかりと断言する。


「確かに疑問に思うのも理解できる。だがこれは大なり小なり魔法の才能を持って生まれた者ならば、誰でも習得する事が可能な技術だ。だから君たちの頑張りによっては必ずできるようになる。それなりに優秀な魔法使いであるこの私が保証しよう」


 それで疑問や疑いの色を強くしていた子達も、表情が前向きなものに変わる。

 やいのやいのと騒ぎ始めた子供達を眺めながら、私は内心では彼らに若干申し訳なく思っていた。私の発言は確かに事実だ。そこに嘘を含めたつもりは無い。だが誤魔化しや詐術に近い類の話であるのも確かであった。

 魔力の精密操作とは子供から大人、一流から三流の魔法使いまで、魔法を扱う者にとっては切っても切り離せない絶対に付いて回る課題だ。

 そもそも、初級の魔法を発動する為の最低限の魔力操作は、誰しもが無意識下であっても必ず行なっているものである。中級や上級の魔法になるとその魔力操作の行程が複雑化し、更に潜在的な才能も必要とするため習得できる者が限られてくる。そして魔力操作を上達させれば、少ない魔力でも先の魔法のような曲芸は誰でも使用可能になるのだ。……ただそのために求められる魔力操作のレベルが異常に高くなるだけで。

 一つの魔法を完全に支配し、魔法発動中の魔力ロスをほぼゼロにするためには、最低でも融合魔法を扱える程度の魔力操作技術は必要となる。それは十分に一流の魔法使いと呼ぶに値する、紛れも無い才能と言える。

 だから彼らの中で先の私の魔法を再現出来る者が一人でも出るのは、常識的に殆どあり得ないことだと言わざるを得ない。それがこの世界の現実なのである。


 明るい雰囲気ではしゃぐ子供たちの姿を見て、やっぱり勢いでこんな話するんじゃなかったかなと、私は微妙に後悔し始める。

 リカルドの件と言い今の件と言い、私は他人からの挑発に乗りやすいのかもしれない。ベルトランとドウェルグに対しても同様の経験があるわけであるし、私は煽られたらやり返してしまう性分であることを自覚し始めた来た気がする。もう少し忍び強くなるべきだろうか。

 そう考えていると、私の耳が唐突に子供の笑い声を捉えた。私はその声のする方に顔を向け、突然に笑い出したザックに問いを投げかけた。


「ザック。今の私の発言の中に可笑しな点でもあったか? それとも突如頭に大発明でも閃き、高笑いを抑えきれなかったのか?」

「別に。ただ笑えるから笑っただけだよ。だってあんたが言ったんだろ? 大なり小なり才能を持って生まれたなら、誰でも使えるようになるって」

「それが何か?」


 視界の隅で一人顔を暗くしている少女に気付きながらも、私はそれに気付かない振りをする。


「ここには一人いるだろ。出来そこないの俺たちよりももっと才能がない奴がさあ」


 鬼の首を取ったように喜々としてそんなことを指摘してくる。

 いったい何がそんなに嬉しく、何が彼にそう言わせるのか不思議に思いつつも、私は仮面の下では冷めた目を向けて彼の会話に付き合った。


「それはリナのことを言ってると思っていいのか?」

「そうだよ。そこの出来そこないは魔力が全然無くて、誰でも持ってる適正属性すらも一つもない。あんたは誰でもすごい魔法を使えるって言ったけど、じゃあ、そもそも魔法を使うことすらできないそいつだけは無理ってことじゃん。だから笑ったんだよハハハッ」


 笑い声を上げてご機嫌な様子を見せるザック。そんな彼とは対照的に、顔を俯かせて身を縮こませているリナ。この件については彼女の中では決着がついたと思っていたが、流石にそう簡単に吹っ切れはしないかと息を吐きながら、私はリナにも聞かせるようにザックの相手をした。


「確かに君の言う通りリナには無理だろう。私にとっても彼女は例外中の例外と言えるからな。では訂正しよう。リナを除く君達の全員が、私が見せた魔法を使える可能性がある。これでいいか?」

「……」


 私があっさりと同意したのが理解できないのか、ザックは眉を寄せて黙りこくる。


「別に不思議に思うことはない。リナは魔法を使えない。それだけの話だ」

「……じゃあそいつがあんたの話を聞いても無意味だろ。なんでここにいんだよ?」

「魔法を使うことはできなくても魔法を見て楽しむことはできるだろう。それに世の中には何事も学んで無意味ということはないものだ。今日得た知識がリナにとってこの先絶対に役に立たないと、どうして君にわかる。君は未来を知る術でも持っているのか?」


 また若干語気が強くなってしまった私に、ザックは反論する余地が見つからないのか悔しげに顔を歪める。

 私はそろそろザックとの会話に決着をつけるため、彼の心の内側に踏み込んだ。


「ザック、君が何かを諦める理由に他者を使うのはいい加減止めろ。そんなことをしても君にとって良いことは何もない」

「なっ……!?」


 図星を突かれたのかザックの口から驚愕が漏れる。私は更に言葉を重ねた。


「君の考えていた事は予想できる。自分よりも魔法の才が無く、劣っていると見なしたリナを蔑むことで自分には下がいる、だから自分は大丈夫だと、そう思っていたのだろう? 確かにそれで安心感を得られるかもしれない。優越感に浸れるかもしれない。だがそれは無意義だ。誰かを下に置いても君が上に行けるわけではない」


 他者を貶めても自分の価値が上昇することはない。相対的には上がるかもしれないがそんなのは欺瞞だ。自分より優れたものを全員蹴落とせば、あるいは殺せば、そうした者より優れた力や知識や技能を獲得できるのか。そんなことは絶対に有り得ない。自らの真価は自ら高めたものだけが上乗せされる。そこに他者の存在が介入し得ることはない。

 そして私はそういうことをする人間が単純に嫌いだ。ベルトランを思い出す。


「ここにいる他の者たちにもはっきり言おう。君たちは大なり小なり魔法に関することで嫌な思いをしてきただろう。生まれついての才能という名の、絶対的な価値観で自分の価値を決められ、お前には価値が無いのだと、そう立場を弁えさせられできただろう。だがはっきり言ってやる。そんなことは無い。人の価値はそんなものでは決まらない。なぜなら魔法など所詮才能の一つでしかないからだ」


 急に始まった私の論説に、聞いてる子供達は困惑気味になる。エミリスですら急に何を言い出すんだこの黒いのは、と言いたげな顔をしている。しかし私はそんなことに構わず続ける。


「魔法の才能があれば確かに人生における選択肢が増えるだろう。その才能だけで良い学校に入れる。良い教育を受けられる。お金だってたくさん稼げるようになる。ハンターとして大成することも可能であるし、魔導師を目指すことだってできる。魔法の才能があるだけで多くの選択肢が生まれ、多くの成功する未来が待っている。──だが、そんなのはごく一部の者だけだ。ほとんど多くの人間はその魔法の才能を人生で大きく活かせることはない。火魔法が使える? 危ないだけだ。水が出せる? 魔道具でいい。風を吹かせても土石を出せても日常生活で大した意味はない。光や闇でも同じことだ。大抵の人間が魔法でできることは、人間が生み出した魔道具という文明の力で代わりが務まる。今はそういう時代だ。この話を聞いて中には一流の魔法使いとして成功している者たちもいるじゃないかと、そう思う者もいるだろう。確かにそれはそうだ。魔法という絶対の才能を生まれついて獲得している者とそうでない者の差は大きい。しかしそんな者たちを羨むのは無駄だ。王族や貴族や金持ちの子供として生まれればと考えるのと同じくらい無駄だ。この世の大多数の者たちはそれらとは無縁の生活を送っている。だからそんなことは例外として、すぐに自分の人生から弾き出してしまえばいい。大切なのは今の自分がどうするか、どうしたいかだ。確かに君たちは魔法の才能が無かった。だから親から、社会から見限られた、見捨てられた。それを忘れろとは言わない。気にするなとも言わない。だが他人が決めた価値観で自分の生き方までも制限する必要はない。自分の生き方をやり通していい。生き様を貫き通していい。その資格は生まれつき君たちの誰もが持っているものだからだ」


 もはや子供達の口は半開きだ。何を言っているかも理解できていないのかもしれない。

 リナも難しそうな顔をしている。エミリスだけはちゃんと理解したのか真剣な眼差しを向けてくる。彼女を連れてきて良かったかもしれない。

 そして話し終わってから気づいたのだが、そもそも冷静に考えて、私は『国有数の貴族の娘に生まれ、両親は共に優しくて、姉は人格者で妹も可愛く、魔法の才能は無いもののそれ以上に異質な力を持っている』と、彼らにとって滅茶苦茶嫌な奴と言える。

 いくら今の私がプラウスという別人物であるとしても、そんな恵まれた人間がこういうことを言っても説得力以前に、お前が言うなと怒られそうな話である。私なら怒る。


「つまり簡潔に言うとだな。君たちは胸を張って生きればいい。もし文句を言う者がいれば私が代わりに殴ってやろう。とまあ、私が言いたいのはそんな感じだ」


 最後無理矢理に締めたせいで、余計に説得力が薄れたかもしれない。

 エミリスも真剣味から一転呆れた表情だ。帰りたくなって来た。


「……ザック、私の言葉が君にどれだけ届いたかは不明だが、これだけははっきりと言っておこう。これ以上リナに先のような暴言を浴びせるならば、宣言通り私が相手になろう。君の言動は決して見過ごせるものではないからな」


 私は早速有言実行とばかりにザックに忠告する。流石に殴るのはどうかと思うので、これで聞き分けてほしい。

 当のザックは私からの敵対とも取れる発言内容について怯みつつも睨み返し、そしていよいよこの場にいるのが耐えきれなくなったのか去っていった。私は特に引き止めることもせず、黙ってその背中を見送ることにした。

 なんとなくこの場の空気が白けたものに変わってしまったので、私はまた魔法を色々と披露しつつ子供達のご機嫌を伺いをして、魔法を使う基本の魔力操作について教えたのだった。




 子供達と遊びながら魔法や魔力操作について色々と教えつつ、エミリスにも約束通り指導を行う。とりあえず私くらいの魔力操作が出来るようになれば魔法の扱いも上達することを教え、とにかく今はそれだけをすることを薦めた。エミリスは真面目な顔で私の教えを実践し、そして子供達にじゃれつかれた。

 その後昼食の時間を迎えて、私とエミリスも食事を共にすることになった。

 食事の際に私の顔を見られるかもと、特にエミリスやリナを含め、ほとんど全員がこちらに注意を向けていたが、そこは顔を闇魔法で顔を覆って見えないようにした。

 エミリスなんかは「そんなの卑怯じゃない!」とかなんとか喚いていたが、こんなの仮面を着けると決めた段階で思い付いたのだ。顔を隠す時点でそれくらい対策していると予想しておいてほしい。


 食事が終わり食器を片付けると、各々が遊びに行ったり魔法の訓練を再開したりと好きに活動し始める。そんな中で、私はリシアに呼び止められ、二人きりで話すことになった。


「お話に応じてくださりありがとうございますプラウスさん。これはプラウスさんが寄進してくださった物ですがどうぞ」

「お気遣い感謝する」


 リシア司祭は手元に持った盆から湯気の立つカップを差し出してくる。それを私をありがたく受け取る。


「流石にお客様に出涸らしを用意するわけにはいきませんからね。こういう出花を頂けるのは応対する私の特権とも言えます。ふふっ」


 茶の香りを楽しみながら上品な所作でそれを口にし、リシアはお茶目に笑う。


「と言っても、最近はプラウスさんが色々と持ち込んでくださるので、子供達もこうした嗜好品を楽しめるようになっています。少し舌が贅沢になったのは困りものですが」

「それはすまない。私もこの手のことには疎くてな。リシア司祭の方で調整してくれると助かる」

「いえいえ、とんでもありません。寧ろ『お行儀の悪い子にはあげませんよ』と言うだけで、以前よりも子供達の振る舞いが良くなったくらいですから。私も子供達もプラウスさんには本当に感謝しています」


 頭を下げるリシアに、私は気にする必要はないといった風に手を前に出す。リシアもそれを見て頭を上げた。

 私はここに初めて来た時から金銭や物品をこの孤児院、というより併設された勇聖教に対して寄付していた。ハンターとしての私の目的はあくまで魔晶核を入手することであり、その他の素材で手許に入り込んだお金については溜まるばかりで支出が無い。普通のハンターであるならば装備の修繕や新調にお金を費やす。宿代でも食費でもそこそこの出費となる。だが私にはそのどれも必要としない。寝泊まりや食事は自宅である侯爵家本邸で済ませることがほとんどであるし、装備に至っては修理も買い替えも全く必要ない。まあ、頻繁に魔法使いが装備の新調なんかしていたらあっという間に破産する。私の装備も今までハンターとして稼いだ額では全然足りない。懐に溜め込んだ魔晶核を全て売っても無理かもしれない。

 とにかく私は偶に目に付いた珍品や書物を買う機会があるくらいで、現状入るお金に対して出て行くお金がとても少ないのだ。だから子供達に土産を持参するくらいの出費は全然問題なかった。


「それよりもリシア司祭、私に何か話したいことか聞きたいことがあるのでは?」


 私からの促しに、リシアは「そうですね」と躊躇うようにカップの縁を口に付ける。

 それからカップを机上に戻して口を開いた。


「プラウスさんはこの孤児院や、それを運営する私たち勇聖教についてどう思われますか?」

「どう、というのは具体的に何を意味するのだろうか?」


 漠然とした質問に私は問いで返す。


「子供達のことです。確かに私たちは教えに従い身寄りのない子達を成人となるまで育て、日々の糧を得ることを保証しています。ですが、言ってしまえばそれだけでしかありません」

「それでは充分でないと?」

「はい。私たちは子供達の今の生活を保証していますが……子供達の未来には、何の保証も希望も与えてあげることはできません」

「……なるほど」


 悲痛と自嘲の混じったリシアの言葉に、私は重々しく頷いた。

 勇聖教。それは大戦が終結し、大陸東側の地域で数々の国が興る中、大陸の西側に対して人類の生存圏に対する防波堤を兼ねて、聖女が主導することで建国された国家、アルサレア勇聖国発祥の宗教である。

  その教義は人類の英雄である勇者と聖女の在り方を基にした、苦難に恐れず立ち向かう心と、迷える弱者の救済を是とするものだ。そのため勇聖教はその教義による慈善事業の一環として、身寄りのない子供達の保護を行なっている。ここラークシャル王国でも、大戦の英雄を祖とする国同士として勇聖教の信者は多く影響力も強いため、各地にここのような教会が建てられている。

 ただしそんな勇聖教の活動も順調とは言えない。確かに親がおらず生活能力のない子供を保護し育て上げることは素晴らしいことだ。尊い行いだ。だがその育てられる子供たちはどうか。魔力が無い。才能無し。公然と差別されることはない。しかし未だ多くの者が胸の内に植え付けられた侮蔑の感情。

 守られる子供の内はいいだろう。魔力に恵まれずとも、親に捨てられた可哀想な子供として同情を集められるかもしれない。だが成長し成人を迎え、一人の大人として社会に出ることになったらどうだろうか。孤児として充分と言える教育は受けられない。誇れる技術も無い。兵士やハンターとして魔物と戦う術も持たない。賃金が少なくてもまともな仕事に有りつけられたらまだいいとさえ言えるかもしれない。

 育てるだけ育てはするがそれだけであり、その後の人生には助力しない。するだけの余裕がない。リシアはそう言っていた。


「リシア司祭の言いたい旨は何となく理解した。しかしその上で問わせてもらおう。それはあなた達がそこまで責任を持つことか? 本来ならば国が解決すべき課題ではないか。更にもっと言えば、その子供たちの親こそが責任を持つべきではないか」


 私はとりあえず常識的な意見を述べた。

 貴族の一員として、これは私が向き合うべき問題の一つと言える。しかし言い訳になるが私はまだ十に満たない子供であり、これに関する明確な意見も有効な解決策も持ち合わせていない。それに私程度が簡単に思いつくなら、とっくに誰かが実行しているだろう。

 そんなありきたりを述べる私に、リシア司祭は慈愛の表情を浮かべて、


「プラウスさん。不幸な子供達というのは、不幸な親から生み出されるものなのです。真に子供達を救いたいと願うのならば、子供たちが不幸になる前に、その子たちの親御さんを救わなければならないのです。子供達にとって、親元から離される以上の不幸はないのですから」


 そう口にした。

 私はそれを聞いて、メアリーとイザベルの親子を思い出していた。


「確かにプラウスさんのように、私たちは子供の内の面倒だけを見て、成人した後は責任は本人に帰属するものだという考えを持つ人も沢山います。ですがそれは間違っていると思います。どの子供達もいずれは成長し、大人になり、結婚して、親になります。その親である者たちが生活に困らず、心に余裕があり、生まれた子供に愛を捧げられるのなら、親のいない不幸を味わう子供達はいない筈です。しかしながら現実には存在しています。そして大抵の場合、そういった親は日々の生活に苦労してしている方達ばかりです。私たちが子供達を育て、成人して社会に送り出したとしても、そうした親を増やすばかりで、根本的な解決になっていないと私は思います。子供の才能の有無なんて所詮言い訳でしかありません。現に裕福な家庭では、魔法の才能なんて重視することはありませんから。何より子供達はそんなものがなくても、元々とても愛おしい存在なのですから」


 そこまでを言い切ったリシアは、喋り過ぎたのか喉を潤そうとしまたカップを持ち上げる。しかし中身が無いことに気づき、苦笑しながらポットのお茶を注いだ。私も一息つくために仮面を外してお茶を口にする。

 そうして場に落ち着いた静寂が訪れ、耳を澄まさずとも子供達の遊び声が自然と聞こえてきた。

 私はカップを置き、仮面を着けて会話を再開する。


「……リシア司祭の考えは理解したが、結局のところ司祭はその話を私にしてどうする? 今の話について私の所感を告げたところで、やはりなんの解決にもならないのではないか?」


 私の核心をつくような少し刺々しい言い方にも、リシアは穏やかな雰囲気を崩さない。


「そんなことはありませんよ。こうして誰かと語らい、問題の理解を深め合うだけでも有意義な時間と言えます。それにですね。実は私、先ほどのプラウスさんのお話を聞いていたんです」


 突然の暴露に私は思わず吹きそうになる。お茶を飲んでいないときでよかった。

 正直あれはその場のノリと勢いで語ってしまっただけなのに、まさかリシアにまで聞かれていたとは。正直かなり恥ずかしい。


「……つい子供達にあのような説教臭い真似をしてしまってな。ザックにもキツく当たってしまったわけだし」

「いえいえとんでもありません。むしろ私はプラウスさんのお言葉に感銘を受けたくらいです。この人は良いこと言う方だと」

「そ、そうか……?」

「はい」


 その通りだと言わんばかりに頷くリシアに、私は恥ずかしさが紛れた思いだ。それとこの人はとてもいい人だと思った。


「ザックについてはプラウスさんが気にする必要はありません。あの子は以前は違ったのですが、誰の影響を受けたのか、いつからかあのように自分よりも下に見た子、特にリナを標的にするようになりまして。何度も注意してるのですが、態度が治るどころか一層悪くなるばかりで、私もほとほと困り果てていたわけです。プラウスさんのお言葉で自分を見つめ直してくれたらいいんですけど……」


 ザックはあの場から逃げ去った後から私の前に姿を見て見せていない。昼食時にもいなかった。そのことをリシアが気にした様子がなかったのはそういう理由だったのかと納得した。


「ザックのことはひとまず置いておいて、私がプラウスさんに改めて感謝を申し上げたいのはリナのことです。あの子は元々とても内気と言いますか、そうならざるを得ない出来事があったんです」

「歌のことですか?」

「やはりプラウスには伝えていましたか。そうです。ここに来たばかりの頃、リナはたまにこの院内で歌を歌っていたのですが、それを耳にした子達が体調に異変を来すことがありました。私が聴いても特に問題はなく理由は不明だったのですが、その件でリナを気味悪がる子たちがいましてね。それからリナは歌わなくなるどころか、あまり話すこともなくなったのです。言い訳になりますが、私としてもリナ一人に掛かりっきりになることもできませんでしたから」


 リシアが語ってくれた初めて聞くリナのこれまでの経緯に、私は歌うのを聴かれることを嫌がっていた理由が分かった。それにしても体調に異変を来すか。そのままの意味なのか比喩なのか。リシアには影響が無かったようだが、私とリシアの共通点と言ったらなんだろうか。慈愛に満ちているところだろうか。

 私のアホな考えには気付かずリシアは言葉を続ける。


「あの子が一人、人気のない場所で歌っていることは知っていたのです。しかし歌を聴かれたくないあの子に私はどうすることもできずにいました。そんな時にあの子と共にここへ現れたのがプラウスさんでした。それらから、と言うよりその少し前から、あの子が明るい雰囲気を醸し出していた理由をそこで知りました」

「私がしたかっただけのことだがな」

「ええ、もちろんです。ですがその結果リナも私達も大変助かっています。私は子供達の中で特にあの子が心配でした。あの子は魔力が本当に少なく、虚弱ではありませんがひどく脆弱と言えます。肉体労働には当然耐えられませんし、そっちの……女性の仕事でもきっと長くは持ちません。だからプラウスさんがあの子の才能、歌の上手さを認めてくださり、私は一つ胸のつっかえが取れた気分でした」


 そう少し悲しそうに、嬉しそうな顔をするリシア。

 本人の肉体強度は魔力の多寡に大きく依存する。魔力を多く有する植物や鉱物がそれ以外より頑丈の理由と似たようなものだ。もちろん鍛える必要はある。しかしそのための下地がなければ意味が無い。

 それにしてもリシアは濁したけど、女性の仕事って要するに体を売るってことか。私がいなければリナもきっと、というより孤児院の女子たちはそうせざるを得ないということか。なんか嫌だな。そう思うのは私が同じ女子だからだろうか。


「しかしそれはリナに関してだけ、という訳か。リシア司祭がこの話を私にし始めたのはそれが理由か?」

「そう、なんでしょうかね……? 私としては、魔法ではない子供達一人一人の才能を見るべきだと、そう言ってくださったプラウスさんにこそ、知っておいて欲しかったのかもしれません。ただ魔法の才能が無かった。それだけで、人生の選択が大きく閉ざされてしまう子供達と、それでも生きていかなければならない大人達がいることを」


 そうリシアは結論付けた。

 そのまま彼女は「お茶のお代わりを淹れて来ますね」と席を立った。

 一人残された私は今の話の内容について考える。彼らは有り得たかもしれない私だ。貴族に生まれなかった私。前世の知識が無かった私。両親に愛されなかった私。

 リナだけだと思っていた。忌み子と蔑まれ、艱難の生を歩き、なお歩み続けなければならない子供は。私はそんな彼女に自身との共通点を見出していた。共感を抱き同情もしていた。

 実際世の中を最も生き難いのはリナだろう。だがそれ以外の孤児達にとってもほとんど似たようなものだ。大人達についても同様だ。

 同時にこの世はそういうものだという思いもある。生まれ、環境、境遇、容姿、能力、富貧、人間関係、運。人はあらゆる要素要因で差別化され格付けされる。それを画一し、平均化などできはしない。そんなことは神でもない限り不可能だ。だから私もそれを踏まえ、受容した上で自らの生き方を選べと、そう言った。

 リシアもそれは理解している。だから話の終着を私が知ることだけに留めた。

 しかしこうも考える。彼女はそれでも現状を変えたいのだと。生まれつき持たざる者である彼らの人生が、このままであっては駄目なのだと。

 私は彼女に言った。これは私や彼女が考えるべきことなのかと。その思いは本心だ。これは為政者が、国が、人類全体が解決すべき事柄だ。仮にこの現状が既に出された結論であるならば、もはや個人の力ではどうしようもない。そうでなくても現時点で解決は絶望的だ。

 しかしそうやって自分には不可能だから、関係ないことだからと切って捨て、見て見ぬ振りをするのは正しいのだろうか。個人としてそう結論を下してしまっていいのだろうか。


 分からない。私がどうすべきか判らない。どうすればいいのかも解らない。


 真面目に考えすぎたせいか、少々陰々とした暗い気分でいる私の耳に、なんだかドタバタうるさい足音が近づいて来るのが届いた。

 その足音は廊下を渡りすぐにこの部屋にまで迫ってきた。


「ああもう! あのガキンチョたち本当になんなのよ! おかげで全然魔力訓練が捗らないじゃない!!」


 現れたのはエミリスだった。どうやら彼女一人のようだ。

 部屋に入り込んだ瞬間から子供達へ悪態付くエミリス。そんな彼女もすぐに視界に私の姿を捉えていた。


「……随分と騒々しいな。今の君の発言で大凡は把握したが、詰まる所君は彼らから逃げて来たというわけか?」

「逃げて来たですって!? 違うわよ! 休憩よ休憩! すぐにリベンジしてけちょんけちょんにしてやるんだから!!」


 なんだか思いっきり子供達と遊んでいた様子のエミリスを見て、少し私の気分が立ち直ってきた気がする。決して馬鹿に思えたわけではない。


「どうやら随分と子供達のお相手をして頂いたようですねエミリスさん。宜しければ喉を潤していきませんか? 淹れたてですよ」

「あっ、いただきます」


 姦しさから一転、しおらしくなったエミリスはお礼を言ってお茶を受け取っていた。


「プラウスさんもどうぞ」

「有り難く」


 私もリシアに注いでもらい、それを飲み下して微妙な渇きを癒す。

 鼻から抜ける茶の香りと舌に伝わる仄かな甘みに癒される。これからは飲食にももう少し拘ってみようか。そう考える私の近くで、いち早く飲み干したエミリスがカップを机の上に置いた。


「ご馳走さま。じゃ、私はあいつらにリベンジして来るわね」


「待ってなさい!」と決意高らかに叫んで、来たときと同じように騒がしく退場するエミリス。そんな彼女と子供達が遊ぶ声が間も無く外から聞こえてきた。

 そんな燥声を耳にしながら、私は自然と口を開いた。


「……今の私ではまだ、打破するための妙案も、そのための心意気も持ち合わせてはいない。だが考え続けようとは思う。……それでもいいだろうか」


 曖昧で消極的に聞こえる私の意思表示に、それでもリシアは、


「ええ、それでいいと思います」


 穏和な笑みを浮かべ、そう言ってくれた。






「うぅー……普通に魔物と戦うよりも疲れた……。休養日だったのに……」


 子供達と遊び過ぎて疲弊した様子のエミリスと共に、私は孤児院を後にした。

 リシア司祭との談話が終わってからは、私もエミリスらに混ざって気分転換も兼ねて戯れあった。結局は、日の暮れまでそうして過ごすことになった。


「明日も休むようにウェントに相談しようかしら……」

「怠け癖が付くと取り戻すのが大変だぞ。それに何のために私から教わったのか。本末転倒というものだ」

「ゔっ……冗談よ冗談! 明日からもバンバン魔物を狩るわよ!」


 挑発のような発破が効いたのか、一転してハンター活動に意気込むエミリス。

 そんな彼女とそろそろ別れを告げようと考え出したところで、私は前方にいる人物らに気づいた。


「あれはザックか……?」


 視線の先にいたのは赤髪の少年ザックだ。私の魔法教室を授業放棄してどこかに行ってしまった彼は、どうやらこんな時間まで遊び呆けていたようだ。実際に遊んでいたかは不明だが。

 そんな彼と一緒にいるのは誰であろうか。見た感じ大人ではある。


「あれってあんたとやり合ってたあの性格悪いガキンチョね。……って一緒にいるのって確か、リカルドの奴んとこのポーターじゃない」


 どうやら見知らぬ人物は、我獣の牙で荷物運びとして雇われている者らしい。

 そんな彼とどうしてザックが一緒にいるのか。理由は知らないが足を止めるほどでもなく、私たちは自然と進行方向にいる彼らに近づいた。

 私たちが近付いたことで向こうもこちらに気付いた。ザックは途端に顔を顰めていたが、もう一人は特に表情を変えなかった。


「こんな場所で遭遇するとは偶然だな。それとも私と顔を合わせたくない君としては、私が居なくなるのを見計らっていたからある意味必然か? 私たちの帰還ルートも頭に入れておけば鉢合わせずに済んだろうに」

「ちょっと、なんであんた喧嘩腰なのよ。大人気ないわよ」


 エミリスは私の態度に思うところあったのか窘めてくる。だが見た目はこんなだが私は歴とした子供だ。大人気ないのはザックやエミリスの方だ。

 頭の中でそんな言い訳をする私に、話し掛けたのはザックではなかった。


「ええっと、あなたは確かプラウスさんでしたよね? 本当にザックと知り合いだったんですね」

「……こんな奴に敬語使う必要ねえよレント兄ちゃん」


 ザックにレントと呼ばれたこの男。エミリス曰くリカルドと知り合いなわけだから、私のことを知らされていても不思議はないか。自他共に認めるそこそこ目立つ見た目であるし。


「そんなことを言うなザック。俺たちポーターはハンターあってこそのものだ。お前もいずれそうなるつもりなら、そういう言動は慎めといつも言っているだろ」


 レントに言い返され鼻を鳴らして顔を背けるザック。どうやら生意気さは私以外でも大して変わらないらしい。

 それにしてもレントと言ったこの人物、なかなか謙虚というか弁えているというか。とてもリカルド達と行動を共にしているとは思えない人柄だ。


「すいません。こいつには色々教えてるんですが、生意気さは未だに抜け切らなくて」

「あなたに謝罪される謂れはない。そもそも謝罪が必要な間柄という訳でもない。彼が謝罪すべき相手は別にいる」

「いねえよそんな奴」


 レントが言ったそばから持ち前の生意気さを発揮するザック。これ以上は言っても無駄だと思ったのかレントは苦笑するだけだ。私も今更この程度気にしない。


「ところでレントはザックとどういう関係か聞いてもいいか?」

「お前には関係ないだろ!」

「俺はザックと同じ孤児院出身なんです。こいつがまだ小さい頃からの付き合いってわけです」


「なるほど」と私は頷いた。つまりレントはリシアの話にあった大人達の一人というわけか。彼を見てるとどうやら立派に生計を立てているようで、リシアが口にした問題があるとは思わない。

 だがそれは彼に限った話で、他の者たちについては不明であると考えを改めた私は、その思考を打ち切った。


「質問に答えてくれてありがとう。ザックにも君の言動を少しは見習ってほしいな」

「いえいえお役に立てたなら良かったです」


 私の礼に対し、後頭部に手をやって頭を下げるレントと、それを見て面白くなさそうな顔をするザック。

 当初彼を謙虚と見なしたが、どちらかと言えば卑屈と言った方が正しいかもしれない。やはりリカルドたちと組んで順風とはいかないのだろうか。


「それじゃあ俺たちはこれくらいで失礼させてもらいますね」

「ああ、話を聞かせてくれて助かったよ」


 向こうから会話の打ち切りに私も特に気にすることなく応じる。

 急な立ち話の終わりに、ザックは清々するといった表情を浮かべ、エミリスは興味無さげな顔をし、レントは諂うような笑みを見せていた。

 それを最後に目にして、私は彼らの横を通り過ぎた。


 ──レントの瞳に暗い感情が篭っていたことに気付かないまま。


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