ハンターギルド支部長
今日の私は直接魔物領域に転移することはせず、カラッソの街中を歩きハンターギルドに向かった。
ハンターギルドは魔物を狩るハンターに向けて様々な支援を行なっている。その支援の中の一つに、その地域周辺に生息する魔物の出現情報の貼り出しがある。どこそこの魔物の数が減ったあるいは増えたとか、とある魔物の生息圏が変わっただとか、強力な魔物が出没しただとか、そういったものだ。カラッソの騎士団の魔物狩り情報なんかもたまに貼り出されている。ハンターと騎士は険悪などではないが、余計なトラブルは避けるための注意喚起としてだ。
横の繋がりが豊富なハンターならともかく、私のような孤高な狩人にとっては、ギルドでの貼り出しは貴重な情報入手の機会となる。当然情報の鮮度としては良くないものではあるが、気晴らしも兼ねこうしてたまに情報の更新を行なっているのだ。
お馴染みのシンボルがあることを確認し、私はハンターギルドの中へ入った。
特に代わり映えのない内装を見て、記憶にある掲示板の位置へ歩を進めると、そこに見知った顔の先客がいた。向こうも近付いて来た私に気づいたのか、表情を緩めて先に挨拶して来た。
「おはようございますプラウスさん。プラウスさんがこの時間帯にここに来るなんて珍しいですね」
「おはようウェント。私でもたまにはそういう時もあるさ」
私の返しにウェントは「そうですか」と苦笑し、場所を譲るように少し横にずれた。
それに軽く礼を言い、掲示板に張り出された内容を確認する。
ふむ、どうやら一部の魔物の生息地域に変化があるらしい。特に中層の魔物が浅層付近に出没したり、逆に深層まで移動したりしているようだ。それに合わせて実力の低いハンターに対して、注意を呼びかける旨も記載されていた。
「どう思いますプラウスさん?」
「さあな。別に私は魔物の専門家というわけではないからな。生態系や習性に関連しそうなことを問われても困る」
「どうだかね。案外どこかの誰かさんが奥地で強力な魔物を乱獲したのが原因だったりして」
「エミリスか」
私の後ろから出会い頭に嫌味とも取れる発言を口にしたのは、青髪の魔法使いエミリスだった。
「こら、やめないかエミリス。プラウスさんに失礼だろう」
「失礼も何も、私は可能性の話をしただけじゃない。それに実際強力な魔物を討伐してるのは事実でしょう? 噂になってるわよ。度々ランク6の魔物を一人で狩っては持ち込んでるハンターがいるって。そうでしょ? 黒衣黒面のプラウスさん」
ウェントが嗜めるもエミリスは意に介した様子もない。付き合いは短いが彼女らしい振る舞いだと思った。
それよりも、エミリスの発言で気になる点があった。
「噂になっている? 私がか?」
「もしかして自覚ないの? ……呆れた」
エミリスに半目でそう言われてしまった。
いや、確かにちょくちょく周囲の視線を集めているという自覚はあった。だがそれは身なりに原因があると思っていたのだ。
「ほら、あっちの方見てみなさい。あいつら、あんたが入ってきた途端にあんたのことを意識し始めたわよ。今だってチラチラとこっちを窺うような姿勢を見せてるじゃない」
エミリスに言われてあっちの方、テーブルと椅子が多数設置されている場所へ視線を移してみる。しかしながら、なんとなく空気が固いような雰囲気は察せられるが、それだけのようにしか思えない。
「それは自意識過剰というものではないか? 私には普通に休憩してるようにしか見えないが」
「あれのどこが普通よ! 明らかに会話とか少ないでしょ!?」
そう言われてもここへ来る機会はあまりないため、会話の多い少ないをはじめ、変化の多寡を知る材料が足りない故に違いがわからない。
そんなことを考えているとあちら側からヤジが飛んできた。
「俺たちばっか意識してるみたいに言ってるが、気にしてるのはお前も一緒だろ!」
「いつもよりもよっぽどはしゃいでるじゃねーか!」
「そんなに黒仮面が恋しかったのかよ、エミリスちゃーん!」
『ギャハハハハハ!!!』
「うっさいわねあんたたち! はしゃいでなんかないわよ! それに恋しくなんかもあるか!!」
飛んできたヤジに怒鳴り声を上げて言い返すエミリス。
先ほどまで静かだった空間が一気に騒がしくなった。
「すみませんプラウスさん……エミリスの奴が……」
「いや、別に気にしていない。それにエミリスが言った通り、これが常の光景なら確かに違和感を覚えるべきだっただろう。私に非があるかは別として」
それからウェントと近況を二言三言交わし、この場を去ることにした。
「ではなウェント。久々に語らえて楽しかったよ」
「こちらこそ。今度はニックやリザも交えて話し合いたいです。機会があれば狩りにもまたご一緒に」
「ああ、その時は宜しく頼む。エミリスもではな」
「え? ちょ? プラウス!?」
最後に外野とやり合っているエミリスに声をかけて出口に向かう。
しかし、その機会は新たにこの場に現れた人物によって引き伸ばされた。
「オイオイ、随分と楽しげに騒いでるじゃねェか? 俺たちも混ぜてくれよ」
その男が言葉を発した瞬間、今までバカにみたいに騒がしかった室内が、水を打ったように静まり返った。
「なんだなんだ? 急に黙り込むなよ。これじゃァまるで、俺たちが来たせいで雰囲気が悪くなったみたいじゃねェか」
「みたいじゃなくてそれこそが理由でしょ。見たまんまじゃないのよリカルド」
「ハッ、俺に真っ先に噛み付く女はお前くらいのもんだぜエミリス」
エミリスにリカルドと呼ばれたその男は獣のように笑った。
橙色の逆立った短い髪に、魔物の皮をそのまま身に飾っているような衣服。そして特徴的なのは2メートルはありそうな体格と、それに匹敵する大剣を背中に背負っていることだろう。
見た感じというより、見たまんま戦士タイプのハンターだ。これで魔法使いならば対人戦に限り、相手の虚を突く有効な擬態と言えるはずだ。魔物相手の有効性は不明だが。
それにしても強そうな男だ。私が今まであった中で一番強者っぽい見た目をしている気がする。シャノンや母といい、私が見たことある強者は見た目詐欺みたいなのばっかりだった。
「それでウェント。エミリス曰く、この場の雰囲気を悪くしたらしい彼は何者なんだ?」
「ちょっと! 私だけがそう思ってるなんて言い方やめなさいよ! これはこいつらとあんた以外、ここにいる全員の総意よ!」
ウェントに質問している私にエミリスが舌先を向けてくる。正直狂犬みたいな女だと思ってしまった。
「その辛気臭さそう仮面を被ったおめェは、最近少し噂になっているっていう新顔か。新顔ならまず俺のとこに挨拶しに来いよ。質問には優しく答えてやるぜ。その仮面の下の、ブサイクな面を拝みながらな!」
リカルドから私への悪意のこもった発言に、ゲラゲラと笑い声をあげる取り巻きっぽい後ろの三人。彼らはリカルドのパーティーメンバーか何かだろうか。
「リカルド、プラウスさんに対する失礼な発言はやめろ。いくら君でも言葉が過ぎるぞ」
「あぁ〜ン? エミリスの次はお利口さんのウェントくんの出番でちゅかァ〜? 今日も仲裁係お疲れ様でーちゅ!」
『ウェントくーん!!』
リカルドの明らかな煽りの後、ウェントの名を声を合わせて呼び、再び腹を抱えて大声で笑う取り巻きたち。
それをみてウェントは悔しそうに唇を噛み締めていた。
「あんたたちいい加減に……ッ!!」
「ではお言葉に甘えて私の方から質問させてもらおう。リカルド、君たちは何者なのかな? ちなみに私の名前はプラウス。言うまでもなくギルド所属のハンターだ」
怒りが激発しそうなエミリスに先んじて私が問いを発した。
「ハッ、新顔へのサービス期間はとっくに終わってんだよ。それとも今からブサイクな面をこの場で披露するってンなら延長してやってもイイぜ」
しかしリカルドはニヤニヤと笑いながら、私の質問に答えることを条件付きで拒否した。
「ふむ、流石にそれはお断りさせてもらおう。ただ、君は私を知っているようだが、私は君の噂とやらを耳にする機会に恵まれなくてな。周囲の反応を見るにそれなりに有名人らしいから、その機会が訪れたなら知っておこうと思ったが……今すぐ知らずとも支障は無さそうか」
知らないという言葉に反応したのか、リカルドの鼻がピクリと動く。
「それで、君たちはこの場に現れるなり喧嘩腰の態度を崩さないが、一体何がしたいんだ?」
「ハァ? 何がしたいもなにも、先に突っかかってきたお前らに対して、俺はここの職員顔負けの態度で丁寧に対応してやっただけだろ? 一体なんの問題があるってんだァ?」
その反応をすぐさま引っ込め嘲りの笑みが深くなったリカルドに、私はあくまでも冷静に言い返す。
「いいや、別に問題はないさ。ただ今のが君の言う丁寧な対応と言うのならば、私と君たちの間では常識に致命的な食い違いがあるようだと思っただけだ。なるほど、エミリスの言った通りこれが君たちの常の態度ならば、周囲の雰囲気を悪くするのは当然だろうな。当人らにその自覚がないのも絶望的だ。幼年学校からやり直し、社会的な通念常識を学んで来ることをお勧めする。まあ、君たちの頭の出来では存命中にそれを身に付けるのは難しいと思うがな。ほらよく言うだろう。馬鹿は死んでも治らないと」
私のユーモラスな表現に、リカルドは何を言われたかわからないという風に口を半開きにしていた。
周囲からは笑い声が漏れ、徐々にそれが増えていく。それを聞いて馬鹿にされていることに気づいたのか、あるいは発言の理解が追いついたのか、リカルドは表情を少しずつ怒りに歪めていく。
「笑声が君たちの耳にも聞こえるだろう? これが人並みのジョークというものだ。君たちの内輪ノリでしか笑えない寒い三文芝居と違ってな。一つ学べて賢くなったか? だとしたら私としても幸いだ。精々ここを出るまでは、君の小さい脳みそに留めておけることを願っている」
私の更なる煽りにより、忍び笑いだったものが我慢の限界を迎えたのか、空気が破裂したかのように一気に騒がしくなった。
ウェントに対する無礼を言い返すだけのつもりだったが、よほど彼らは嫌われているのか周りの反応は大盛り上がりだ。エミリスの方を見ると笑いながらこちらに親指を立てており、ウェントの方は苦笑いを浮かべていた。真面目な彼には他人をこけ下ろす冗談は合わなかったらしい。
『──黙りやがれェ!!!』
ピシャリと、今まで騒がせていたさざ波を一瞬で打ち消す、大きく短い大波が空間を飲み込んだ。まるで先ほど彼らがこの場に訪れた再現のように、この場は凪を迎えた。
私は仮面の下でほうと、短く関心する。
今の怒声に込められた覇気と魔力が、彼が紛れもなく一流の戦士であることを証明していた。
「テメェ……これだけ俺たちを虚仮にしてタダで済むと思ってんのか?」
「無料でも有料でも構わない。私はただ君たちの流儀に合わせて売られた喧嘩を買っただけだ。売るつもりがなかったなら、休業中の看板でも掲げて大人しくしているといい。そうすれば間違って商品を手に取ることもなくなる」
リカルドの脅しともとれる発言に私は真っ向から受けて立つ。
隣でエミリスが吹き出し、それを見てリカルドたちが青筋を増やしているが今更気にはしまい。
そして場に緊迫した雰囲気が立ち込め始める。
空気が変わったことを理解したことのか、エミリスはすぐに笑いを引っ込め視線を鋭くする。
リカルドたちからは物騒な気配が滲み出ており、後ろにいた三人が前へ出てくる。リカルドとパーティーを組むだけあって、どうやら彼らも相応の実力者らしい。こちらもエミリスを庇うようにウェントが前に出て来る。
先ほどまで馬鹿騒ぎをしていたハンターたちは、巻き込まれて堪らんとばかりに壁際に寄り、今度はこの喧嘩の観客になろうとしていた。
お互いまだ武器は抜いていない。手をかけてもいない。若しくはただの喧嘩であるので、武器を使うのはご法度なのかもしれない。
誰か一人が動けばそれが開戦の合図になる。それを理解しているかのように、互いに最低限の身じろぎしか行わない。
やがてこの静寂を嫌ったかのように、舌打ちしたリカルドがこちらへ踏み出そうとし、
いよいよ────
「そこまでです! 双方手を引きなさい!!」
そのときは訪れなかった。
声がした方に顔を向ければ、受け付けから出てきたと思われるギルドの職員が一人立っていた。その職員は自分が集めた周囲の視線に若干億しつつも、すぐに毅然と振る舞った。
「ぎ、ギルド内での喧嘩や暴力行為は厳禁です! これを破ったハンターは当ギルドの判断でハンター活動の停止! あるいは資格を剥奪となります!」
……知らなかった。
もしかしなくても、このまま止められなかったら、間違いなくその罰則を適応されていたはずだ。そうなったらハンター活動だけでなく、魔物狩り自体も間違いなく母に禁止されていただろう。
ハンター資格の剥奪だけなら私の父か、マリーの父親の権力に頼れば問題ないと思ったのはここだけの話だ。
「オイオイ……たかだかギルドの一職員が、5等級の俺に口出しする気か? 調子に乗ってるとテメェから潰すぞゴラァ!!」
リカルドの怒りが今度はギルドの職員に牙を剥いた。
リカルドの覇気を直に浴びた彼女は、青い顔でその場にへなへなと座り込んでしまった。なんだか床も濡れているような気がする。
そうしてギルドからの仲裁が消え、邪魔者は消えたとばかりに再び睨み合う両者。
弛緩した空気が再び張り詰める。
しかし、正直私の方はかなり気勢を削がれてしまっている。やはりやり合えば資格を剥奪されるというのが大きかった。こうなったら先に向こうに一発殴らせて、正当防衛を主張した反撃を試みるしかない。
そう結論を出し、どこを殴られようか思考したところで、
「たかだか一職員ね。ならばさしずめ私は、たかだか一支部長ということになるのかな。リカルド君」
再びの仲裁役が登場した。
なんだか今日はこう同じような状況が繰り返し訪れることが多い気がする。
「どうしたのかな? 私にもジュリア君にしたみたいに威圧を飛ばしてみたらどうかな?」
「……」
「そうだよね。できないよね。それをしたら私は間違いなく君をギルドから除名する。そうしたら君はただの板無し、ただの危険人物だ。すぐに懸賞金をかけられて、逃亡生活を送るしかなくなくなるだろうね。それは当然嫌だよね。もちろん知っているよ」
突然現れた人物。
このギルドの支部長らしい彼の発言に、リカルドはさっきまでの態度が嘘のように大人しくしている。相変わらず視線ば厳しく、射殺さんばかりにその人物を睨みつけているが、行動を起こすどころか言い返すことさえしない。
ハンターギルドの支部長というのは、それほどの力を持っているのだろうか。
結局リカルドは支部長が登場してからは言葉を発することはしなかった。睨みつけるように周囲を睥睨した後、大きく舌打ちをしてハンターギルドから出て行った。一体何しに来たんだ。
「メイラ君、ローナ君、二人はジュリア君の世話してくれないかな? いくら私が紳士的でもさすがにそれを手伝うのは配慮に欠けるからね」
メイラとローナと呼ばれた女性の職員は、支部長の発言でそれに気づき、慌てたように素早く行動した。
羞恥で身を縮めたジュリアを一人が支え、もう一人が魔法で水を出しモップをかけていた。
「ウェント君、エミリス君、そしてプラウス君。君たちもほどほどにね。リカルド君は強く言わなければ理解しないからああいう言い方をしただけで、私の言葉は君たちにも当てはまるからね。君たちは実力あるハンターなわけだから、その分他の者の手本になるような振る舞いを心掛けるようにしてね」
「は、はい!」
「わかりました!」
「……えぇ」
私たちの返事を見て満足そうに頷いた彼は、そのまま踵を返して奥に消えていった。
彼がいなくなったところで初めて、張り詰めていた場の空気が元に戻った気がした。
「……びっくりした。まさか支部長が出てくるんなんて」
「そうだね。正直僕もリカルドたちと向き合っているときより緊張したよ」
ウェントとエミリスは支部長が消えていった方向を向きながら、そんな感想をこぼした。
ウェントはともかく、誰が相手でも強気な態度を崩さなそうなエミリスまで殊勝な態度で応じたことに、私は不思議に思った。
「リカルドは潔く引き、エミリスですら丁寧な対応を心掛ける。さっきのおじ……支部長というのはよほど優れた人物なのか?」
「今支部長のこと何か悪く言いかけたでしょ? ……それと、あんたが私にどういうイメージを持ってるのかよく分かったわ」
私の言い間違いを的確に指摘し、睨みつけてくるエミリス。エミリスに対して抱く印象に関しては概ね正しいものだと思う。
私たちのやり取りを横で見ていたウェントが苦笑しながら説明してくれる。
「プラウスさんは支部長のことはご存知なかったんですね。あの方……リュメール様は、支部長になる以前はハンターとして活動されていて、現役時代には大きな功績を挙げ、最終的に6等級にまで上り詰めた猛者なんですよ。だからそれを知っているここのハンターたちからは、畏敬の念を抱かれているわけです。それと確か、今のカラッソを治めている貴族家の一員でもあったはずです」
あのおじさんは一流のハンターで貴族だったのか。通りで気品と武威が混在しているような不思議な気配があったわけだ。思い返せばどこかドウェルグと似ていたかもしれない。
支部長の顔と名前を記憶した私は、ついでとばかりに問いを重ねる。
「支部長のことは理解した。では今度はリカルドたちについて教えてくれないか? 彼らが人に好かれるような性格をしていないことは短い間によくわかった。だがあそこまで他のハンターと敵対的だった理由はなんなんだ? 彼らはここに来ると毎度あんな調子なのか?」
リカルドについての私の質問にエミリスは嫌そうな顔をし、ウェントは相変わらず苦笑していた。
「そうですね……彼ら、我獣の牙は確かにあまり好かれてるとは言えませんね」
「嫌われてるってはっきりと言いなさいよウェント。あんな奴らに憚る必要なんて何もないのよ」
リカルドたちに対する遠慮がちなウェントの評価を、エミリスはバッサリと切り捨てた。
「そうは言っても彼らの噂のどこまで真実か……」
「なによ。噂はともかくあいつらが運び人に酷い扱いをしてるのはあんたも見たでしょ? どうせ噂もほとんど真実に決まってるわ。それに性格も素行も最悪じゃない」
ウェントの発言を変わらず素気無い態度で撥ね付けるエミリス。ウェントも言い返す材料を持たないのか、そこまでリカルドたちを擁護する気がないのか、エミリスの説得を諦める。
「彼らのその噂とやらはどんなものなんだ?」
「……黒い噂よ。一般人を恐喝してるとか、裏社会の連中と付き合いがあるとか……人を殺してるとか」
想像よりも物騒な内容に少し驚く。
「殺人か? さすがにそれが事実なら見過ごされる理由はないはずだが」
「だから噂よ。でもあいつらに雇われてたポーターが失踪したり、明らかに人の手で殺されたハンターの死体が見つかったりしてるのは事実らしいわ。あいつらと険悪だったらしい、それなりの実力があったハンターのね」
「その死体からは何かわからなかったのか?」
「私も人伝に聞いた話でしかないから詳しくは知らないわ。でもあいつらが今も悠々とハンター活動を続けてるってことは、そういうことなんでしょうね」
「ふむ……」
噂は噂。疑惑は所詮疑惑か。エミリスの話だけでは噂の真偽も判断しようがない。
しかし、私はすでにリカルドたちと敵対関係になってしまったわけだから、警戒する意味でも彼らを悪人認定しておこう。エミリスの言う噂が事実だった場合、いざというときに判断を鈍らせないためにも。
「色々と教えてくれて助かったよ。ありがとうエミリス、ウェント」
「お役に立てたなら幸いです」
私は二人に礼を告げ、今度こそここから立ち去ろうとするが、今度はエミリスに呼び止められた。
「ねぇ、私、あんたの質問に答えたわよね?」
「確かに答えたな。いろいろ教えてくれてありがとう」
「それはもう聞いたわ。ってことは、その分あんたは私に借りがあるってことよね?」
「うん……? そうなるのか?」
エミリスがジトっとした目をしながら急にそんなことを言ってきた。
借りとはなんだろう。エミリスは私に何か聞きたいことでもあるのだろうか。というかその理屈だと、私はウェントにも借りを作ってしまったのか。
「なら私の言うことを一つ聞きなさいよ」
「……それを受け入れるかどうかは別として、聞くだけなら聞いてみよう」
私の言に僅かに顔を顰めるエミリス。
その後逡巡するような、迷うような素振りを見せるだけで、一向に要求を言い出す気配がない。
「……エミリス?」
「ちょ、ちょっと待って。えっとね……」
一体なんだというのか。
呆れが混じり始めた私と、それでも言い出さないエミリスを見かねたのか、ウェントが助け舟を出した。
「おそらくエミリスは、プラウスさんに魔法について教わりたいんですよ」
「ちょっ、ウェント!」
エミリスの胸中を代弁するウェント。その内容が正鵠を射ていたのか、エミリスは慌てたようにウェントの名前を呼ぶ。
私といえば、なんだそんなことかというのが正直な感想だ。
「要求は理解した。だがエミリスはどうしてそんなことを言い淀んでいたんだ?」
「だ、だって私とあんたは対等なハンターじゃない……。確かに魔法使いとしてはあんたの方が格上だけど、それとこれとは話が別って言うか……質問に答えた対価としては要求し過ぎかもって思ったし……断られるかもって考えたらどんどん言い出しにくくなって……」
なんだからしくない態度で釈明するエミリス。どうやら色々と考えすぎてしまったようだ。エミリスは持ち前の図太さで強引に要求を通すタイプだと思っていたので、この反応は素直に意外だった。
ともかくこれに対する私の答えはもう出ている。
「魔法を教えるくらい別に構わないが」
「……いいの?」
「ああ。とはいえ学園の卒業生であるエミリスに私がどれだけ教えられるかは疑問だが」
「それは問題ないわ。あんたの魔法を見るだけでも勉強になるもの」
嬉しいのか「やった……!」と小さくガッツポーズを作るエミリス。
そんなエミリスを見ながら、姉としてメアリーにも色々教えたことを思い出して、少し懐かしい気持ちになった。
こうして私はエミリスに魔法を教えることになった。




