炎の剣
炎の剣に一時的に加入したことで、私はそのパーティー名の由来を知った。
「どうですかプラウスさん、俺たちの実力は?」
「私は戦士とともに行動することはほとんどないが、それでも良い腕をしていると思う」
私の率直な賞賛にウェントは照れたように頭を掻く。エミリスは「何様のつもりよ」と悪態付くが、私はそれを無視する。
炎の剣、それはリーダーであるウェントが使うある技に由来していた。ウェントは魔法剣の使い手だったのだ。
魔法剣とは魔闘術のように純水魔力ではなく、属性魔力を武器に纏わせる技術だ。魔法剣と言われているが特に剣に限らず、これは属性魔力を纏わせたあらゆる技術の総称とされている。
魔闘術と魔法剣、どちらがより優れているかと問われれば、それは当然魔闘術だろう。だが魔闘術の方が優れているからと言って、魔法剣が全てにおいて劣った技術というわけではない。
魔物によって属性を使い分けることで効果的にダメージを与えられる上に、身体強化とも併用できる。場合によっては魔法剣の方が活きる状況もあるだろう。
強くなるなら魔闘術だが、魔法剣の方が見栄えが良いという理由で人気がある。この国でも魔法剣の人気は高い。だが魔法剣の修得難易度は魔闘術とそれほど変わらないと言われている。
だから魔法剣というのはなかなかに珍しい技術なのだ。
「それにしても魔法剣とは珍しい。私も見るのは初めてだ」
「まぁそうですよね。俺も俺以外で使っているの見たことないですから」
「誰かに習ったのではないのか?」
「はい、必死に魔闘術を覚えようとしていたら、いつ間にかこっちを覚えていたんですよ。最初は落ち込んだんですけど、今では結構気に入ったりしてます」
苦笑しつつも誇らし気に言うウェントを見て、そういうこともあるのかと思う。私からしたらどうしてそんなことになるのか疑問なのだが、おそらくウェントは魔法使いとしての才能があったのかもしれない。魔力の流れが読めるというのもそういう理由に違いない。
私もそのうち魔法剣を覚えてみるのも良いかもしれない。戦うなら魔闘術で十分だと思っていたが、実際に見てみると魔法剣は想像以上に格好良い。魔闘術より人気が出るのも分かる。
「私たちの実力は見せたわけだし、次はあんたの実力を見せてもらおうかしら」
魔法剣の魅力に気付いた私に、エミリスが今度はこちらが実力を示す番だと促してくる。
「私は先ほどから魔物の回収を行っているが、それでは不満か?」
「不満じゃないわ。でもあなただって戦えるなら戦いなさいよ」
「素直にプラウスの実力が気になるって言えよなぁー。エミリスはさぁー」
「別にそういうんじゃないわよ!」
茶化すニックにエミリスはキレる。
炎の剣が討伐した魔物を私が闇魔法で収納する。これだけで私は十分役割を果たしていると言える。一流の冒険者はマジックバッグを当たり前のように持っているが、彼らはまだそこまでではないらしい。普段は魔晶核と持ち運びに苦慮しない程度の素材を回収するだけで、後はその場に捨て置くらしいのだが、今回は私がいることでかなりの稼ぎになっているらしい。だからわざわざ私が戦う必要はないのだが……。
「そうだな。私もこの辺りの魔物がどれほどのものか知りたいと思っていたから丁度いい。次の戦闘は私に任せてもらえないか」
「プラウスさんがそう言うなら……。はい、次は任せます」
私の提案にリーダーであるウェントが頷く。いよいよ私が戦うことになった。
私はどうせ戦うならそれなりの強敵がいいだろうと、先ほどから感じていた魔力の気配の方へ歩みを進める。やがて他の四人もその魔物の気配に気づいたのか、ウェインが心配そうに声をかけてきた。
「キラーマンティス……ランク7の魔物です。プラウスさん、ここは全員で……」
「必要ない」
小声で予定変更を告げてくるウェインに短く答える。
そのまま木々の合間を抜けて、大きなカマキリっぽい魔物の前に堂々と姿を晒した。背後からエミリスの「ばかっ!」という罵声が聞こえてくるが、構わず目の前の魔物に意識を片向けた。
私は魔物と戦うときは、可能な限り正面から挑むようにしている。 これは私の個人的なこだわりだ。
魔物を己の都合で殺す以上、あまり卑怯な手を用いたくはない。他の人間のそういうやり方を否定したいわけではない。ただ私が魔物を殺した後に、後ろめたさを感じたり後味の悪さを残したりしたくないからだ。殺される魔物にとっては知ったことはないだろうが、私も魔物の事情など知ったことではない。私にとってこれは魔物と戦うための、ある種の儀式のようなものなのだから。
そういう理由で私は魔物とは正面から戦う。それに、この程度の相手も正面から下せないようでは最強への道は程遠い。
堂々と姿を見せた私に、キラーマンティスは虫のような複眼を向け、羽音を鳴らしてこちらへ突っ込んでくる。魔物というのは基本的にワンパターンな生き物だ。人間を見つけたらとりあえず突っ込む。ランクや知能が高い魔物はそんなことはないが、本能が強い魔物に関しては大抵同じような行動をする。
私は正面からその鋭利な鎌を掲げて突撃して来る魔物に回避動作を取らない。
そのまま蟷螂の鎌が私の体を両断するかに思われたが、私の姿は既にそこから消えていた。切った感触もなく獲物が突然に消えた状況に理解が及ばないのか、間抜けな格好で自分の鎌を見つめている魔物へ向かって、背後から複数の熱線を照射する。熱線は魔物の頭部や胸部を正確に貫き、貫いた箇所から発火させた。自身が受けたダメージに気づきもがき苦しむ魔物に、私は近付きつつ体内の魔晶核に干渉する。対魔物特攻の力を使ってとどめを刺せば、キラーマンティスは崩れ落ちて二度と動くことはなかった。
その結果を確認した炎の剣のメンバーは、死んだキラーマンティスに少し警戒しながらも私の前に姿を現した。
「……キラーマンティスを一人で、それにこうもあっさりと倒してしまうとは。本当に凄いですねプラウスさんは」
「これくらいはな。知能が低い魔物とは戦い方的に相性がいいんだ」
「いやいや! ランク7の魔物を相性だけでこんな楽に倒すとか無理だろ!」
「確かにねぇー。同じ魔法使いとしてその辺どう思う、エミリス?」
リズに話を振られ、キラーマンティスの死体をじっと見ていたエミリスが口を開いた。
「……上級魔法のシャドウダイブに、同じく上級魔法のイフリートレイ。発動速度はどちらも一流と言っていいわ。正直私なんかよりも……っ魔法使いとして遥かに格上なのは間違いないわ」
悔しさが混じった口調で私を評価するエミリスに、私を含め全員が驚いた顔をする。
私が驚いた理由はプライドが高そうな彼女が私の実力をあっさりと認めたからだ。なんやかんや多少強引にでも、私と同格というところに持っていくと思っていた。メアリーにそんな負けず嫌いのところがあるからそう思ったのかもしれない。
「遥かに格上って、それは言い過ぎじゃないか? お前の魔法だって当たり所が良ければキラーマンティスを一撃で倒せるだろ」
「当たり所が良ければね。でも私が同じことをした場合、魔法を発動する前に間違いなく殺されるわ。それにプラウス……プラウスさんが凄いのは魔法の発動速度だけじゃないわ。プラウスさんが使った火属性魔法イフリートレイは、威力は高いけどこんなに狙いを絞れる魔法じゃないの。それをこれだけ収束させて同時に複数発動する……魔力操作や魔法の制御能力も私なんかよりも抜群に優れているわ。……こんなの学園の教師でもどれだけ同じことをできるか」
なんだかすごい褒められている。
大きいメアリーにこれだけ褒められていると考えればすごい嬉しいかもしれない。
「ねぇ……プラウスさん。答えたくなければ答えなくてい……いんですけど、プラウスさんは魔導師なんですか……?」
アホなことを考えている私に、エミリスが口調を改めて問いかけてくる。彼女の中では格上の魔法使いに対しては敬意を持って接する、ということになっているのだろうか。もしかしたら王都の学園で礼儀作法の一環でそう教えられるのかもしれない。
それはともかくエミリスの質問にどう答えるか迷う。正直に答えるとなるとやはり違うと答えるのが正しいのだろうか。私は特級魔法は使えるが、自前の魔力は一切消費しない。分類としては魔術で特級魔法を使えると言っているような状態だ。しかしそれを言っていつか私が特級魔法を使うところを見られたら、真実はどうであれ結果的に嘘を伝えたということになってしまう。
それは嫌なので、私は普通にはぐらかすことにした。
「答えなくていいならば答える気はないな。いや、そもそも私は自分の姿を隠しているわけであるし、教えるつもりは元々なかったが。それと口調は元に戻してもらって構わない。魔法使いに上下関係があったとしても、私たちは同業のハンターだ。その手の礼儀は必要ない」
「そ、そう……わかり……わかったわ」
微妙に納得していない様子のエミリスだったが、それでも上位の魔法使いである私の言葉に逆らい難いのか、それ以上何も聞かずに納得したようだった。
その後は私は回収役に徹することになり、ほどほどのところで帰還した。
「今日はありがとございましたプラウスさん。また機会があったらよろしくお願いします」
ウェントの言葉に軽く頷いてから、私は炎の剣と別れた。
意外なことに特にパーティーへの勧誘は受けなかった。その理由について尋ねてみたが、実力が違いすぎるのと、私がおそらくパーティーを組みたがらないのを察してのことだったらしい。
炎の剣との報酬分配は、私が倒したキラーマンティスを除いて全てあちらに譲った。
向こうには遠慮されたが、正直そのあたりの報酬分配は面倒だったので、情報料として受け取らせることにしたのだ。今日一日で魔物狩りについて色々知れたし、パーティーというのがどうやって戦闘するのかも間近で見れた。個人的な収穫としては十分である。
それに私は母との約束で可能な限り日が沈む前に帰還しなければならない。報酬の分配なんかで帰宅を遅らせるわけにはいかないのだ。
私は人目のつかない場所に移動すると、転移魔法を発動して自宅に帰還した。
プラウスと別れた炎の剣のメンバーは、討伐した魔物の換金を終えた後、そのまま労いのために行きつけの店で卓を囲んでいた。
既にテーブルの上には料理が並べられ、それを囲む面々の手には飲料が注がれた容器の取っ手が握られている。
「それでは、今日の狩りとみんなの無事を祝して、乾杯!」
『乾杯!』
リーダーであるウェインの音頭で杯を掲げ、それを各々のペースで呷る。
勢いよく喉の奥に酒を流し込んだニックが「ぷはぁーっ」と盛大に息を吐いた。
「今日みたいに特別稼げた日の酒はやっぱ格別だねぇ……っ!」
「お酒の味は特に変わらないけど、確かにニックの言う通りかなあ」
リザは卓上の食べ物をつまみながらニックの言葉に一部同意する。
「それもこれも闇魔法のおかげだよな。なあウェント、今回の稼ぎも入れりゃそろそろマジックバッグに手が届くんじゃねぇか?」
「そうだね。ニックの言う通り、もう安いのなら買えるくらいの資金はあるかな。でも俺としてはもう少し上のランクの物を買いたいと思ってるよ」
「そーなの? それじゃあ、各自で足りない分は出し合ったらいいんじゃない?」
「……ええっとリザ? 俺が言ったのはそれを含めての話なんだけど……この話以前もしたよね……?」
「そうだっけ?」と首を傾げるリザに「相変わらずリザは話聞いてねえな!」と、酒が入ってテンションが上がったニックが大声で笑う。その言葉にムスッとして机の下のニックの足を蹴るリザに対して、「効かねえな」と余裕な態度を崩さず酒を追加で注文するニック。
いつも通りの二人にウェントは苦笑して、先ほどからチビチビと果実酒を舐めているエミリスに話を振る。
「エミリスも今日はお疲れ様。今日はいつもよりたくさん戦闘をこなしたし疲れただろ? 明日は休みだからゆっくりと身体を休めてくれ」
「……そうね」
ウェントの言葉に短くそれだけ言うエミリス。狩りを終えた後からずっとこの調子の仲間に、ウェントもどう対応すればいいか困ったように笑う。
ウェントがかける言葉に迷っていると、リザとのじゃれ合いが一段落ついたニックが独りごちるように口を開いた。
「……それにしても、いるとこにはいるもんだねぇ」
ニックの発言にピクリと反応したエミリスを見て、やはりそのことを考えていたのかとウェントは思う。
「それって仮面の人のことでしょ? 確かにねー、あたしも魔法のことはよくわからないけど、あれはすごいと思ったよ」
「ああ、俺もだよ。なあエミリス、お前あの人に魔導師がどうのとか聞いてたけどさ。それってやっぱすげえ魔法使いってことだよな?」
ニックの質問に、エミリスはようやくまともな反応を見せると、呆れたようにため息をついた。
「……いくらあんたたちが魔法に興味無いからって、その認識はヤバいわよ」
「いや、俺だって上級魔法を複数使えるのがすごいってのは知ってるよ。だけどそれ以上って言われても、会ったことないしいまいちわかないんだよなぁ」
ニックの言葉にそうそうと頷くリザを見て、エミリスは再度ため息を吐いた。
「……魔導師って言うのは、要はその属性を極めたとされる特級魔法の使い手を指す言葉よ。上級以下の魔法しか使えない、私のような普通の魔法使いとは一線を画した魔法使いのことを、そう呼ぶの」
「それじゃあプラウスはその魔導師ってやつなのか?」
「……わからないわ。でも、魔法への理解度は私なんかよりもずっと上よ。私は以前国定魔導師の方の魔法を見たことがあるけど、それと比べても遜色ないように思えたわ」
国定魔導師という言葉にまた首を傾げるニックとリザに、エミリスの言葉を引き継いだウェントが説明した。
「国定魔導師というのは、国から正式に魔導師だと認められた人たちのことを言うんだよ。俺たち魔物狩りで言ったら、実力を表すプレートの星の数がそれに相当することになるのかな。大体六つ星か七つ星くらいで魔導師クラスと言えるんじゃないか?」
「おいおい! 七つ星ってあいつそんなに凄かったのか!?」
「いや、だからプラウスさんは魔導師と決まったわけじゃ……」
リズと同じで話を聞かないニックの誤解を解こうするウェントを他所に、エミリスはようやく自らも机の上の料理に手を出した。そして料理を口に運びながら、改めてあの仮面の人物について考える。
あの洗練された火属性魔法と闇属性魔法。特にあの闇魔法にはなんとなく見覚えがあった。自分がかつて学生だった時代に、一度だけ目にする機会があった大魔導師。仮面の人物の魔法はあの大魔導師が使っていた魔法にそっくりだった。もちろんあの大魔導師がこんな所で魔物狩りをしている筈がないし、闇魔法の使い手は他にもたくさんいる。そもそも自分程度ではあのクラスの魔法のレベルを測れないことだって理解している。しかし自分の目標である魔導師に匹敵するであろう魔法使いを間近で見て、自分との差だけは嫌でも自覚させられた。
学園を卒業してから少しは成長したと思っている。卒業時点では一属性しか使えなかった上級魔法も、あと少しで二属性を使えるというところまで来ている。このまま魔物狩りとして経験を積み、順調に成長していけば、いずれ特級魔法に、魔導師という頂に手が届く。そう思っていた。
でも、まだ未熟であった学生だった頃とは違い、なまじ魔法使いとして優秀と呼べるほどに成長してしまったが故に、知ってしまった。理解させられた。あれが才能の差かと。
魔力の操作、感知能力、知覚範囲、魔法の発動速度、制御能力……どれもこれも自分とは段違いであり、どれもこれも自分にはない才能だった。
エミリスはいつの間にか奥歯に力が入り、手に持った食器を噛み締めていたことに気づく。
食事の手を止めて食器を卓上に置き、大きく深呼吸をするエミリス。その彼女に、他のメンバーからの視線が集まった。
「……ぜったい……っ……絶対に、諦めてなんかやるもんですか……っ! 私は絶対に魔導師になるわっ! 待っててなさい!!」
叫ぶように独り大声で宣言を行ったエミリスは、肉の積まれた大皿を自分の方へ抱き寄せると、モシャモシャと口いっぱいに詰め込み始めた。
そんなエミリスの様子に他の三人は呆気に取られたが、いち早くニックが反応した。
「へへっ、よくわかんねえがその意気だぜエミリス! おい! 俺の方にもエミリスが食ってるやつを持ってきてくれ!」
追加で料理を注文するニックにやれやれといった様子で肩を竦めたウェントは、自分もと酒と料理を頼むことにした。
炎の剣の賑やかな食事は、この後しばらくの間続いた。
翌日、ウェントとニックは二日酔いで、エミリスは胃もたれと腹痛で動くことができなくなり、一人平気なリザに大層呆れられることになった。




