漸くここまで
「それでは行きますよ母様」
「いつでも来なさいミーナちゃん」
魔晶核からの魔力の練り上げと身体強化を同時に発動し、私は母に向かって飛び出す。正面から突っ込む私に、母は構えを取らず開始時の体勢のままだ。
余裕を見せる母に、私は軽く右にフェイントを入れて左側から回り込み、低い身長を生かして太腿に拳を叩き込む。私の拳を母は軽く足を上げ脛で受ける。
予想の範囲内だと、突撃の勢いそのまま身体を回転させ背後に回り込み、今度は膝裏へ蹴りを加える。しかし私が身体を回転させている間に母は背後に身体を向かせ終わっており、最初の攻撃と同様に脛で防がれてしまう。
それから更に連続で拳や蹴りを繰り出すが、そのいずれも受けられ、躱され、いなされてしまうばかりだ。全く私の攻めは母に通じず、攻撃は徐々に単調になっていき、やがて擦りすらしなくなってくる。
最後にはムキになった大振りの拳が掴まれて、背後から地面に倒された。
過度な運動で息を切らせた私に上から声が届く。
「ミーナちゃんも大分動けるようになったわね。これだけやれるなら、もうその辺の荒くれ同然のハンターなら体術だけで倒せるんじゃないかしら」
「ハァ……でも、母様には……ハァ……全然敵いません……」
「それはそうよ。お母さんはその辺じゃなくて有数のハンターだからね」
母の強さは姉様との模擬戦を実際に見ているから知っている。それでも姉様が母とそれなりに闘えていたのに、私はハンデをもらって完敗だ。正直自信がなくなってしまいそうだ。
「……それでも手を使うのを禁止した母様に、全く歯が立たないのは残念です」
「何を言っているのですかミーナ。私でもそれだけできるようになるまで年単位の時間がかかったのですからね。魔闘術は本来数年をかけて基礎を会得するものです。まだ一年程度でその出来なら、ミーナには十分以上に才能があると思いますよ」
悔しそうにする私に話しかけるのは、王都へ行ったはずのクラリス姉様だ。
そしているのは姉様だけではない。
「そうよ! 私がいない間にこんなに強くなっちゃって、私との差が全然縮まらないじゃない!」
メアリーに怒鳴られ、久しぶりのこの感じに元気が出てくる。
「……姉というものは、妹の前ではいいかっこしいところを見せたいのです。だから悪いですが、メアリーには追いつかせるわけにはいかないのです」
姉の余裕を見せる私にメアリーは「なによ!」と怒るが、それすら嬉しく思えてしまう。姉様はなんだか苦笑しているが、ぷりぷり怒るメアリーが可愛いのだろう。
なぜ王都にいるはずのこの二人が、遠く離れたリシャール領であるここにいるのかは簡単なことである。ついに例の魔道具が完成したのだ。
それを私が知ったのは姉様が王都へ行く直前であり、つい数日前にその現物をシャノン自らが届けに来てくれたのだ。シャノンはまだまだやることが残っているとすぐに帰ってしまったが、私は久しぶりに彼女と会えて嬉しかった。
現在王国中、いや、大陸中であることが大きな話題となっている。それは大魔導師シャノン・グレンフェルが、魔法史上最大の難問の一つであるとされる転移魔法の魔術化を成功させ、魔道具として転移魔法を実現させたという話だ。
大陸各国の有力者や商人、魔法使いなどがこの魔道具を求めて魔術協会のある自由魔法都市エンハーレンに殺到している聞くが、彼女は先んじて私に転移魔法の魔道具の試作品をくれたのだ。試作品と言ってもこれはシャノン手ずから製作したものであるため、量産品となるものよりも性能が高い。というより高すぎる。
魔道具というのは魔術を用いて作られた物の総称であり、魔術触媒もこれに含まれる。魔道具の起動に必要な魔力を用意する方法は、人体魔力型と魔石魔力型の二通りが存在し、魔術触媒は基本的に前者に属する。今回シャノンがくれたものもそれに当たる。
そして魔道具の性能に関係するのが、使われる魔晶核のランクである。魔晶核は杖の発動媒体にも使用され、ランクが高いほど性能が良くなる。これは魔道具でも同様のことだ。魔晶核のランクが高いほど性能が向上する魔道具であるが、更に込められた術式の属性に対応した属性魔晶核を使用することで、その性能を飛躍的に高めることができる。
シャノンが作った転移魔道具にはその属性魔晶核、それも以前私に見せてくれたランク3のものが使われていたのだ。
正直これの価値は計り知れない。なぜなら私が想定していたのは、二点間における双方向転移を可能とする転移魔道具であるからだ。一対の魔道具をそれぞれ別の場所に設置し、必要魔力を流すことで移動できるというものだ。
だがランク3の闇属性魔晶核が使われたこの転移魔道具には、そのような制限がなかった。一つの魔道具に、本来の転移魔法と同じ性能を持たせることができているのだ。使用に必要な魔力量も、発動媒体を用いずに転移魔法を使用する程度に抑えられている。
正直言ってとんでもないものだ。転移魔法を使えず魔力量の多い者ならば誰でも欲しがるだろう。競売に出せば天井知らずで値が付きそうだ。こんなものをポンと渡してくるシャノンには相変わらず呆れさせられる。
かと言って私には不必要な物であるため、父に頼んで姉様に渡すことにした。きっとシャノンもそれを想定していただろう。もう一つ双方向型の転移魔道具も貰ったが、これについても私はいらないので父にあげた。
現在はその転移魔道具を使って、姉様がメアリーと一緒に日帰り帰省中なのだ。
「うぅ……私も魔闘術を習得した方がいいかしら……? クラリス姉様はどう思いますか?」
「メアリーがそうしたいのならそうするのがいいと思いますが、メアリーはシャノン先生からの課題がまだ終わっていないでしょう? どっちつかずになるのは良くないですからね。それに誰に教わるのかという問題もあります」
「アナベル母様かクラリス姉様に教えてもらうのでは駄目なのですか?」
「転移の魔道具をひけらかすように使いすぎると、厄介事の種になりかねませんので、頻繁に私たちがここに戻ってくることはできません。ですからアナベル様に教えて頂くのは難しいですね。私が教えるのもいいのですが、イザベル様やカールストン家の方々がどう思うか。私はあまり好かれていませんから」
困ったように笑う姉様にメアリーは何も言わない。
メアリーはまだ子供とはいえ年齢以上に賢い。大人たちの複雑な事情もきっと理解できているだろう。ドヴェルグならばメアリーが強くなり、姉様とカールストン家の繋がりが強まることは、むしろ望むことかもしれないが、それはそれで私が嫌だ。あの男が喜ぶことなんてしたくないしさせたくない。
でもメアリーの希望には応えたいので、私は一つの解決策を提案する。
「私が魔闘術のきっかけを掴めたように、魔力の受け渡しをしませんか? それならメアリーもすぐに覚えられるはずです」
しかし私の出した提案に、姉様が少し不機嫌な気配を醸し出した。
「……練り上げた魔力の受け渡しとは、本来大変危険な行為です。回復魔法を使えるミーナがいるので、この場合に限ってはそのような想定をする必要はないのかもしれません。それに、それが最善の方法なのかもしれません。ですが……効率がいいからと、あなたは妹を傷つける可能性のある方法を用いても良いのですか?」
「わっ、私は早く覚えられるならそれがいいです!」
「メアリー、私は今ミーナと話をしているので、少し静かにお願いします」
「ひゃ、ひゃい!」
なんだか姉様を怒らせてしまった。確かに私の言い方では失敗してメアリーが怪我をしても、回復魔法で治せば問題がないと言っていると思われても仕方ないかもしれない。だから弁明する意味でも私は言葉を付け足した。
「勘違いしないでください姉様。私は別にメアリーを傷つけるつもりは欠片もありません。ただ私なりにメアリーにとって最も良いと思うやり方を提案しただけです」
メアリーが傷ついても構わないと捉えられてしまったことで、自然と私の語気が強いものになってしまった。私は真剣な表情をしている姉様へまっすぐに見つめ返す。やや険悪な雰囲気になりメアリーがあわあわしたところで、この場にいる四人目から待ったがかかった。
「はいはい。ミーナちゃもクラリスちゃんも喧嘩しちゃダメよ。メアリーちゃんが困っちゃってるでしょう。二人とも冷静に話し合いましょうね」
「……そうですね。アナベル様のおっしゃる通りです。少し熱くなってしまいました。すみませんミーナ」
「構いませんクラリス姉様。それと私も姉様の気持ちは理解できるので、私の言い方では勘違いされても仕方のないことだと思います」
母から仲裁が入り、私と姉様のささやかな姉妹喧嘩は即時の終結を迎えた。
「それで、ミーナちゃんが提案する方法ってなんなのかしら? ミーナちゃんのことだから、他の人には真似できない突飛なものだとは思うけど」
「はい。私の考えたやり方は、姉様が練り上げた魔力を私が仲介して、メアリーに受け渡すというものです。私が受け取った姉様の魔力を、私の制御化に置いた状態でメアリーの魔力回路に通します。そのまま私が練り上げられた魔力をメアリーの持つ魔力と混じり合わせて、その感覚をメアリーに掴ませるというものです」
メアリーと母はイマイチ何を言っているのかわからないという顔をしているが、姉様だけはいまの話が理解できたのか別の反応を見せている。
「……そんな方法が本当に可能なのですか? ミーナの卓越した魔力操作は理解しているつもりですが……他人から受け渡された魔力を更に別の人物の魔力回路で、それも二つの魔力を混ぜ合わせながら操作するなんて。いくらなんでもそれは……」
姉様が私のやろうとしていることを聞いて信じられないという反応をする。
それも無理のない話である。私が言ったのは要するに、メアリーの魔力回路と私の魔力回路の一部を接続して、メアリーの魔力回路内で僅かな魔力だけを操作するというものだ。
他人の魔力を操作するという方法自体は存在する。保有する魔力量に大きく差がある場合、一方の魔力を強引に流し込むことで、もう一方の魔力回路を侵食して強制的に支配下に置くことができるのだ。
しかし私が言った方法とはこれとは真逆のものだ。川にコップ一杯の紅茶を流し、その紅茶が川の水に溶けないように維持したまま、周囲の水を少しずつ取り込んで紅茶に変えていく。言うなればそんな方法だ。紅茶は薄まるだけで増えないがそんなことはどうでもいい。
「……ミーナ、その方法はメアリーよりもあなたの方が危険ではないですか? いえ、私も全てを理解できているわけではないので、正確にはわかりませんが……」
姉様は気づいたらしい、この方法の欠点に。
私だってメアリー相手でなければこんなことは絶対にやらない。なぜならそれは単純に危険すぎるからだ。
私がメアリーの魔力回路に意識を集中させている間、逆に私の身体はひどく無防備の状態になる。もしメアリーが私が動かす魔力を不快だと感じ、少し反発しただけで私の貧弱な魔力回路に大きなダメージを負うほどに。
ただでさえ不可能に近い魔力操作に大きすぎるリスク。まともな人間なら考えても実行することはないだろう。
「確かに危険かもしれませんが、これくらいなら許容範囲ですよ。それに私が魔力制御に失敗したらメアリーもダメージを負いますし、危険なのはお互い様……あれ?」
「……あなたは私の言ったことを本当に理解しているのですか? 私はメアリーだけでなく、あなたが傷つくことも嫌なのですよ? それにもかかわらず二人とも危ないだなんて、あなたは馬鹿なんですか?」
「姉様、ちょ、痛いです! やめてください!」
途中で失言に気づいたが、姉様にはバッチリと聞かれたようで指でツンツンと突かれる。結構力が入っていて普通に痛い。
「でも姉様、危ないと言ってもそもそも魔法自体が危険そのものです。それに比べたら私の言う危険なんて大した問題ではないですよ。そんなあってないリスクに怯えるよりも、私はメアリーに少しでも力をつけて欲しいです」
「……それとこれとは話が違います。ですが…………一理ないこともありません。それに、あまり私がとやかく言うものでもないですからね。最終的にどうするかは本人の意思に委ねます。聞いていましたねメアリー?」
「え、えっと……失敗したら、私とミーナが危ないって話ですよね? 私は別にいいですけど……」
ミーナが不安気にこちらを見てくるので、私は堂々と言う。
「私も問題ありません。それに絶対に失敗させません」
「……はぁ……アナベル様はどう思われますか?」
「そうねぇ……私も二人に危ないことはして欲しくはないけど、魔物と戦うよりはよっぽど安全そうだから、これに関してどうこう言うつもりはないわ」
母も特に否定した様子を見せなかったために賛成多数になり、これ以上は言っても無駄だと姉様は口を閉ざすことになった。
「姉様安心してください。改めて言いますが、絶対に失敗させませんから」
「…………わかりました。あなたがそこまで言うなら信じます。ただしやるのは一度までです。失敗したらそれで終わりにすることを約束してください」
姉様の哀願するような視線が混じった言葉に、私は静かに首肯する。姉様との約束なら絶対に破るわけにはいかない。これでメアリーのためにも、何としても成功させる必要があった。
全員の合意が得られたことで準備に入る。姉様と私が魔力の受け渡しのために手を繋ぎ、メアリーがすぐ側に立って、母が少し離れた場所で見守る。
そして準備は整い、決行する。
「ではお願いします、姉様」
私が出した開始の合図に、姉様は黙ったまま目を閉じて魔力の練り上げを開始する。
姉様が保有する莫大な魔力量からしたら、とても小さな少量の魔力。更にそのうちの極々僅かな量が、ゆっくりと私の内側に流れ込んでくる。私は受け渡された魔力を崩さないよう慎重に維持しながら、自身の魔力操作の制御化に置いていく。
私の様子を見て、役割を終えた姉様が静かに離れ行く。そして姉様がいた位置に代わりにメアリーが立ち私と手を繋ぐ。私は繋がれたメアリーの手から練り上げられた魔力を流し込み、それをメアリーの体内で自然に流れるように操作する。自分のものではない他人の魔力回路の中を、周囲にある自分が動かしている以外の魔力を取り込んでいきながら、丁寧に泳がせていく。
徐々に増えていくその魔力を感じ取らせるように、メアリーへ声をかける。
「わかりますかメアリー? これが練り上げられた魔力です。これは決してあなたを害するものではありません。だから受け入れてください。自分の魔力であると認識するのです」
私の言葉にメアリーは反応を示さない。ただ目を閉じ黙したまま集中している。自分の妹ながらすごい信頼感だ。私がメアリーを傷つけることを少しも警戒していない。ただただ私を信頼し、受け入れてくれている。
そのまま私は、自分が操作していた魔力を少しずつメアリーに受け渡していく。最初メアリーはその魔力の扱いに困った様子を見せたが、少量ずつであったため徐々にコツを掴んでいった。メアリーの受け取りを確認した私は、徐々にその量を増やしていく。やがて動かしていた魔力を全てメアリーへ受け渡し終わると、私はメアリーの手を離して静かに離れた。
私と姉様と母の三人は言葉を発しないままメアリーを熟視する。しばらくメアリーは同じ姿勢のまま微動だにしなかったが、ほどなくゆっくりと瞼を開いた。
目を開けたメアリーは、自分の状態を確認するように手のひらの開け閉めを繰り返し、感嘆するように呟いた。
「すごい……これが練り上げられた魔力……。今なら大きな岩だって壊せそう……」
急に物騒なことを言い始めるメアリー。確かに私も初めて練り上げられた魔力を纏ったときは無性に何かを壊したくなった。新しく覚えた魔法をぶっ放したい感覚に似ているのかもしれない。
「おめでとうございますメアリー。無事、魔闘術の基礎である魔力の練り上げの感覚を掴んだようですね。ミーナもあなたも、怪我なく終われて本当に良かったです」
若干自分の力に酔い気味のメアリーに姉様が賛辞を述べる。
メアリーは姉様に話しかけられたことでハッとする。
「はっ、はい! これもクラリス姉様とミーナのおかげです! ありがとうございます!」
「いいえ、私よりはミーナのおかげです。それにこれは、あなたもミーナに全幅の信頼を寄せた結果でしょう。そうでなければこれほど上手くはいかなかったでしょうから。お互いに素晴らしい信頼感です。少し嫉妬しちゃいます」
姉様の言葉にメアリーが少し恥ずかしいそうにする。確かにメアリーがあそこまで私を受け入れてくれたのは、私としても正直意外だった。メアリーからは全く抵抗を感じなかった。いくら信頼している相手でも、ちょっとは反発してしまいそうなものなのにだ。
実はメアリーは私のことが大好きなのかもしれない。そう思った私はメアリーに抱きつく。
「メアリーがそんなにも私のことを好いてくれていたとは知りませんでした。姉はとても嬉しいです。さぁメアリー、存分に私に甘えてくださいね」
「ちょっ……! ミーナ! はっ、離しなさいよね! やめっ、やめてっ!」
「照れなくてもいいのですよメアリー。あなたが私をどれだけ思っていてくれているかはちゃんと伝わりましたから」
顔を赤くしながらも必死になって抵抗するメアリーに、私は調子に乗ってスキンシップを激しくしていく。だんだんとメアリーの抵抗が弱まり、勝ちを確信したところで私の耳に咳払いが届いた。
「……それは私への当てつけですかミーナ? それと私の話はまだ終わっていません」
「もしかして姉様は嫉妬されていますか? 安心してください。私はメアリーと同じくらいクラリス姉様も大事に思っていますから」
メアリーを抱いたまま擦り寄る私の頭に、姉様はチョップした。
「ミーナの気持ちは嬉しいですが、今は私の話を聞きなさい。──メアリー、あなたが今回習得した魔闘術は大変危険なものです。これは魔法に関しても同様です。あなたは賢い子ですし悪用するとは思いませんが、それでも肝に銘じておいてください。力は力そのものでしかなく、その力を振るう者次第であるということを。あなたが力の使い方を誤らないことを願っています」
「は、はい!」
頭を押さえてうずくまる私の横で、メアリーが緊張した声音で返事をした。
確かに魔法も魔闘術も大変危険だ。どちらも使えば簡単に人を殺傷することができる。特に魔闘術は、魔法のように危険度が視覚化されるわけではない上に、身体強化と違って魔力そのものに物理的な破壊力を持たせることができる。姉様が言いたいのはそういうことを含めて、力に溺れるなということだろう。
姉様からの忠告でメアリーの魔闘術習得は締めくくられ、私たち四人はその後訓練場を後にして、久しぶりのお茶会やおしゃべりを楽しんだ。
「それではミーナちゃん。登録名はこれでいいですね?」
「はい、よろしくお願いしますマリーさん」
私は今ハンターギルドリシャール領都支部に赴いていた。
理由は私のハンターギルドへの登録、つまりはハンターになるためだ。
「これでミーナちゃんのハンター登録は完了しました。ミーナちゃんがハンターとして活動するときはこちらの名前を名乗ってくださいね。──ハンターギルドへようこそ、プラウスさん」
私は手渡された金属のプレートに視線を落とす。真新しい光沢を放つ銅色の金属と、そこに刻まれたプラウスという名前。これが私がハンターであることを証明する唯一の証だ。
「いろいろありがとねマリーちゃん。マリーちゃんがいなきゃ板無しとして活動することになったから、本当に助かったわ」
「ありがとうございますマリーさん」
「いえいえ、別にこれくらい構いませんよ! アナベルさんやミーナちゃんのお役に立てて私もとても嬉しいです!」
私たちと机を挟んで対面のソファーに座り、溌剌とした口調で喋るのは、リシャール支部の受付嬢であるマリーだ。この人は母のファンらしく、以前ここへ来たときも無茶苦茶に歓迎された。その際に困ったときはいつでも頼ってくださいと言われ、今回はそのお言葉に甘えることにしたのだ。
本来13歳以上でなければ登録できないハンターギルドではあるが、マリーの父親はギルド内でも結構な大物らしく、今回のような黒に近いグレー行為を、彼女は融通利かせて行ってくれたのだ。別に登録しなくてもそれはそれでいいのだが、どのみち魔物を狩るときは姿を偽るつもりであったため、偽名でハンター登録することにしたのだ。母が言った板無しのように、資格剥奪者などと思われて不要なトラブルを招くことを避ける意味もある。
「でも本当に大丈夫? これでマリーちゃんの立場を悪くしたりしない?」
「全く問題ないですよ! あくまで13歳以上の登録は、大人による強制的な子供のハンター登録を防ぐためのものですから! ミーナちゃんのように実力ある子なら、ギルドとしてもウェルカムウェルカムです! それに他の支部や本部だと、賄賂もらって依頼の融通やランクの格上げを行っている職員もいますから! 私のしたことなんてそいつらに比べたら無いに等しいことです!」
マリーの口から急にギルドの裏事情が飛び出したせいで、微妙な空気になる。
「い、いえいえ! もちろん私はそんなことはしてないですよ! ただパパがたまにそんな馬鹿がいて困ってるって愚痴を吐いてくるんですよ! 本当ですよ!」
別に私も母もマリーが汚職に手を染めているとは思っていないのだが、本人は必死に弁明し始めた。
それにしてもランクか。ランクが上がれば母のように二つ名とか付いたりするのだろうか。私の場合はどんなものになるのか。少しだけワクワクする。
「マリーちゃんがそういうことをしているとは全然思ってないから大丈夫よ。でももう少し、勤務態度は改めた方がいいと思うけどね」
「アナベルさぁん……それは先輩も悪いのですよぉ……」
「言い訳してはいけません」
マリーとの付き合いはまだまだ短いが、能力は高いのに母とサフィナが絡むと途端に駄目な人になる気がする。それともこれがこの人の素なのだろうか。
「──とにかく今回はありがとねマリーちゃん。このお礼はまた今度別の形でさせてもらうから」
「お礼ならまた一緒に食事にでも行きましょう! なんなら王都まで行っちゃいましょう! パパが例の転移魔法の魔道具を、主要なギルドに設置することを計画しているみたいなんですよ! ここは弱小ですけど国内屈指の都市でもありますし、強引に話を進めれば可能性あると思うんですよね!」
「マリーちゃん……それはどう考えても職権乱用でしょ……」
また残念なことを言い出したマリーに改めてお礼を言って、私たちはハンターギルドから立ち去った。
ようやくだ。あの日ドヴェルグと会い、私が私の望みを自覚し目標を定めてから一年半。ようやくここまで来た。
まだまだ最強への道のりは程遠い。私の力は母にも姉様にも及んでいない。しかしそれでも確実に前進し続けている。なんの力も持たなかった頃に比べれば天と地の差があるほどにだ。
待っていろ私の敵たちよ。今から私がそちらへ行くぞ。
──そして私の強さの踏み台になれ。
少女は自身の中で燻る闘志を自覚し、笑みを浮かべた。
少女の隣を歩くその人物は、顔に僅かに憂いを滲ませた。




