学ぶ
それなりに長い時間待たされてようやく母が現れた。それも姉様を伴って。
どうして姉様がいるのか。私はそのことが気になり聞いた。
「なぜ姉様もここにいるのですか? 私は今日から母様に鍛えていただくことになったのですが、姉様もそうなのですか?」
「はい、その通りです。私も久し振りにアナベル様からご指導賜ろうと思ったのです」
冗談半分の私の問いを、姉様はあっさり肯定した。
姉様が母を師として仰いでいることは既知のことではあるが、どうして今更そうするのか。それはもうやめたのではなかったのか。
「急にどうしたのですか? 姉様は国伝統の正統武術を修めることになったと、他でもない姉様の口から聞いたのですが」
「その通りですよ。しかしやはり実戦でより力になるのはアナベル様の魔闘術であると、先ほどの闘いを見て思い直したのです。文句を言う方がいれば言ってやればいいのです。それならば、アナベル様よりも強い指導者を用意してみろと」
「……」
なんだか知らないうちに姉様が反抗期になってしまった。
私にとっては常に優しく理想的な姉であるが、日頃から自分の教育方針に不満を持っていたりしたのだろうか。姉様にしてはなかなか過激なことを言っている気がする。
「……姉様がそうしたいのであればそれがいいと思います。でもあまり無理をせず溜め込まないでくださいね」
「……? ええ、わかりました」
私の忠告が姉様に届いていればいいのだけれど、どうなるかは私にもわからない。これから姉様と接するときはできる限り気を遣おう。姉様に嫌われたら普通に悲しい。
「ミーナちゃんもクラリスちゃんもお喋りはそれくらいにしましょう。特にクラリスちゃんは長い時間教えることはできないでしょう?」
「そうですね。武術や魔法の訓練の時間を引いても、座学や作法がありますから」
姉様には私と違って他にもやるべきことがたくさんあるらしい。
思えば私は一応貴族の娘であるのに、その手のことを学んだ記憶がまるでない。正確には違うのだが、私はいずれリーシャル家の一員に戻ることを父が約束してくれている。当時は正直あまり興味がないことではあったが、今の私は可能なら姉様の妹やメアリーの姉であると堂々と名乗りたいとも思っている。そしてそれは遠い話ではない。それならば私も貴族らしいことを学んだ方が良いのだろうか。
「母様、私も姉様のように貴族の令嬢らしいことを学ぶべきでしょうか? 将来的にはリシャールの家名を再び名乗ることになるでしょうし」
「ミーナちゃんが? そうねぇ……私は別にその必要はないと思うけど、ミーナちゃんがそうしたいと思うならそれもいいんじゃないかしら」
「いえ、別にそうしたいわけでは……」
「それならミーナも私と共に淑女のマナーを教わりましょう。ミーナも次にメアリーに会ったときに、姉としてそれらしい態度で接したいのではないですか?」
姉様からメアリーの名前を出されては私は何も反論することはできない。私はメアリーの前では威厳ある姉としていたいのだ。ただ、強くなることを目標に定めたというのに、なんだかそれとは無関係なことまで学ぶことになったのはどういうことなのだろうか。
私の悶々とした気持ちを読み取ったのか母が言う。
「ミーナちゃんはまだ子供なのに生き急ぎすぎよ。そんなことをしていたらすぐに疲れちゃうわ。私は今のミーナちゃんのように強さをひたすら求め続けた人を知っているけど、ミーナちゃんにはそんな風になってほしくはないわ。色々なものを見て様々なことを学んでほしい。時には無駄だと思うこともして寄り道もしてほしい。そうして多くのことを経験しながら大人になってほしいの。……じゃないと、ミーナちゃんの将来が本当に心配だわ」
最後だけは冗談っぽく言うが、母の言いたいことはしっかりと伝わった気がする。
生き急ぎ……確かにその通りだ。最強になることを決して諦めたわけではないけれど、別に人生はそれだけではないのだ。私はもっと肩の力を抜いた方がいいのかもしれない。以前はそんなことを考える余裕はなかったが、 今の私は違うのだ。
それに私の敵は暴力の塊である魔物だけではない。権謀や謀略に優れた人間が敵になることも想定する必要がある。そういう相手には豊富な経験や多角的な視野を持たなければ、簡単に足を掬われ戦う前に敗北しかねない。
そのことに気づいた私は母の提案に頷いた。
「わかりました。母様の言う通り私は強くなると同時に、色々なことを学びながら成長しようと思います」
私の言葉に母は嬉しそうに顔を綻ばせた。
やはり私の生き方は親として心配だったのかもしれない。これからは母の気持ちももっと慮ることにしよう。
「ミーナちゃんもわかってくれたみたいだし、そろそろ訓練に入りましょう。ミーナちゃんに教えるのは初めてだから最初から説明するわね。クラリスちゃんも復習のつもりで聞いてね」
私と姉様は揃って首肯する。
「私が今から教える闘い方は魔闘術というの。この武術、というより技術の源流は定かではないわ。今の形になったのは比較的最近になってかららしいけど、同時に勇魔大戦のときには一部の戦士が既に使っていたとも言われているから。それだけ近接戦闘を行う人にとっては必須の技術ということでもあるわね。 ──その魔闘術だけど、簡単に言うとこれは体内の魔力を練り上げて身体に纏うものなの」
「魔闘術だけにですね」
それを言った姉様に、私は思わず真顔を向けてしまう。姉様がなんだかしょうもないギャグを口にした気がしたからだ。
そんな私の反応を見て、姉様は焦ったように言い訳した。
「あ、あのですねミーナ。別にこれは私が考えたわけではなくてですね。定番の冗談としてアナベル様に教えていただいたものなのですよ、ええ」
別に私は特に何か言ったわけではないのだが姉様は必死だ。
そのまま私がなんの反応も私が見せないせいか、姉様は顔を赤くして恥ずかしそうに俯いてしまった。反抗期といい今の冗談といい姉様はこんな人だっただろうか。なんだかメアリーっぽい愛おしさを感じてしまう。
私が姉様を慰めようとしたところで母がゴホンと咳払いを入れた。
「……話に戻るわね? 魔闘術は言った通り身に……纏うものです。練り上げた魔力はときに強力な鉾となり、強固な鎧にもなります。魔闘術は攻防優れた武術なのです」
「……ん? それならどうして皆その闘い方を学ばないのですか? それにそれだけ優れているなら、別に姉様が母様にそれを学んでも問題ないのではないですか?」
「いい質問よミーナちゃん。一つ目の質問から答えるわね。その答えは単純なものよ。誰もが使えるほど容易に習得できるわけではないからなの。全員が全員、ミーナちゃんやクラリスちゃんのように魔力に対して高い順応性を持っているわけではないわ。普通の人が魔闘術を実戦で使えるようになるには最低でも三年から五年はかかると言われているの。それだって最低限の話だからね。それ以上となるともっと時間が必要になるし、所謂才能といったものが必要になってくるわ。そしてこれが二つ目の質問に関係するの。魔闘術の原型自体は古くから存在する。それはさっき話したわね? これが使えるか否かで戦闘力に大きな差が出ることも。でも言った通り、魔闘術自体は誰にでも習得できるわけではない。そこでもっとお手軽に強くなれる方法を考えた人たちがいたの。それが身体強化の魔法よ。これは名前の通り身体能力を強化する魔法ね。適正属性は関係なく、俗に言う無属性、純粋魔力を使うから誰にでも覚えることができる。魔法の習得難易度としても、高く見積もっても上級ほどはないから比較的簡単に使えるようにもなる。そういう理由で多くの人に好まれ浸透していったの。更にこの国ラークシャル王国は大魔法使いイクリア・ラークシャルが建国した国。だから魔闘術なんていう習得に時間がかかる武術由来の技術よりも、お手軽に身体能力を強化できる魔法の方が好まれて、そして優れていると勘違いした人たちが現れたの。魔法使いには基本的に近接戦闘をすることはないからね。それでそういう人たちが今でも存在するってわけ。まあ、そう考えるのはこの国の人に限らないけどね。一部の人しか使えない魔闘術よりも、多くの人が使える身体強化の方が戦術的価値は高いと説いている人たちもたくさんいるから」
母様の話を聞いて私はなるほどと思った。
確かに魔法の世界でも、適正属性にない魔法を誰にでも使えるようになる魔術は、魔法史における最大の発明だとされている。この話はそれと同じようなことなのだろう。
「でも実際に両者が戦えば勝つのは必ず魔闘術の方よ。身体強化は身体を強化するだけなのにに対して、魔闘術は武器や防具にも使えるからね。拳に纏えば鋼のように硬い魔物の外皮を砕くことができるし、剣に纏えばよりその切れ味を一層増すことができる。魔闘術の達人なら、木の枝で鋼鉄の武具を切断することができるほどよ。だから私としてはまず魔闘術を学んで、適正が見られなかったら身体強化魔法に移行した方がいいと思うんだけど……やっぱり魔闘術を教えられる人は少ないし、身体強化を教える方が楽だからって理由で思うようにはいかないのよね」
母はやれやれといったように肩を竦めた。
つまり母から魔闘術とやらを教われる私たちは運がいいのだろう。母は一体誰からそれを習ったのか気になったが、それよりも先に聞きたいことがあった。
「魔闘術についてはよく分かりました。でもそれは魔力が無い私でも使えるものなのですか?」
「え? ミーナちゃんは魔法を使っているから大丈夫じゃない?」
「いえ、正確には私は魔晶核から魔力を引き出して、魔法を再現しているだけですよ」
「……お母さん違いがよくわからないんだけど、説明してくれる?」
私は母とついでに姉様に、私の使う魔法の仕組みについて説明した。
それを聞いた母はむむむと唸りだした。
「魔闘術に重要なのは体内での魔力の練り上げなのよね。ミーナちゃんはそれは可能なのかしら……? とりあえずやって見せてくれる?」
やって見せてと言われてもどうすればいいのかわからない。そのことを母に聞いたら、魔晶核の魔力を体内に取り込んで動かせるか試してほしいそうだった。
だが私はそれをしなくても結果は既に知っている。
「あの……母様? 魔力には適正属性とは別に個人毎に違う波長というものが存在します。人同士なら魔力の受け渡しにもある程度融通は効いても、魔物の魔力を人体に取り込んでも馴染むことはありません。無理矢理馴染ませようとすれば人体が魔物化してしまいます」
「え……? そっ、それは駄目よ! ミーナちゃんが魔物になるなんて絶対駄目!! お母さんそれ禁止します!!!」
母がすごい慌て様で止めに来た。まあ、私の場合は全く関係無い話ではあるのだが。
慌てた母に姉様が困った顔で助け舟を出した。
「落ち着いてくださいアナベル様。ミーナのこれは人体の魔物化に関する実験の話です。確かにミーナの言ったように身体が魔物に変質こともありますが、それは体内に魔晶核と大量の魔力を取り込んだ場合の話に限ります。ですから魔晶核をただの魔力に分解しているミーナにはあり得ない話の筈です。ミーナもアナベル様をあまり脅かさないであげてください」
姉様の言う通りだ。
私の予想では魔物化とは魔晶核と人の魂が混じり合い、その影響が肉体に及ぶものだと考えている。仮に魔晶核から引き出した魔力が魂に影響を与えることがあっても、私の魔力操作ならそんなヘマはしない。そんなことになる可能性よりも魔法暴発で死亡する可能性の方が遥かに高いだろう。
その様なことを母に伝えてあげると、ホッと安堵すると同時にどうしてお母さんを脅かすのかと頭グリグリの刑を実行した。私の頭と喉は悲鳴を上げた。
「ミーナちゃんへのお仕置きはこれくらいにして……でも困ったわね。本当にできたりしない?」
「うぅ……魔晶核の魔力を強引に体に取り込んで維持することは出来ると思いますが、魔力を練り上げる操作というのを同時に行えるかはわかりません」
「うーん……これじゃあ、私がミーナちゃんに教えられることほとんどなくなっちゃうのよね。簡単な護身術くらいかしら。ミーナちゃんは身体強化の魔法は使えたりするの?」
「はい、使えますよ。じゃなきゃ母様の動きについていけません」
以前森で黒い魔物を倒したとき、私は自然と身体強化を使って動体視力を上げていた。それができなければ、あっという間にひき肉にされてしまうことを本能で理解していたからだ。母との決闘でも当然使っていた。
身体強化を使えれば別にわざわざ魔闘術を覚える必要はないのかもしれない。でもこれは私が最強になるには必須の技術だ。覚えないという選択肢はない。
「とりあえず魔力の練り上げ方を教えてくれませんか? 私は魔力はないと言っても全くないわけではありませんから、魔力の練り上げ方が理解できれば何か解決策が思い浮かぶかもしれません」
「わかったわ。そういうことなら予定通りにミーナちゃんにも教えるわね。クラリスちゃんも待たせてごめんなさいね」
「構いません。もともとミーナに教えるのを、私が途中で混ざることになったのですから」
姉様は本当にできた姉様だ。反抗期とかは気のせいだったのかもしれない。
──とにかくこうして、私の修行の日々が始まったのだった。




