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魔道のマナー  作者: 青梨
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確かな約束

 母との決闘で完敗した私は、荒れた訓練場の整備を姉様に任せて、泥だらけの格好をなんとかするためシャワーを浴びて着替えることになった。


 着替え終わった私は、同様に決闘で着用していた武具を外した母様と向かい合った。

 しばらく沈黙が続いた後、私の方から口を開いた。


「……決闘は私が負けました。そのことに文句はありません。で、ですが……! 私はそれでもハンターにならなければ……いえ、なりたいのです!」


 私の必死の懇願に母は沈黙を保つ。しかし昨日と違ってその様子から荒々しさは感じず、とても落ち着いているようだった。

 これならいけるかと期待し始めたところで、母は無慈悲に告げた。


「約束は約束です。決闘で負けたミーナちゃんに、魔物狩りを許可することは出来ません」


 母は毅然とそう言い切った。

 その母の言葉を聞いて、やはり駄目だったかと私は肩を落とし、母に手も足も出なかった私の実力じゃ仕方ないかと、そう諦めそうになったところで続けて母は言った。


「……かといって、ミーナちゃんの気持ちは私も理解しています。それに親として子供のやりたいことを応援したいという思いもあります。でも今のままではミーナちゃんは魔物と戦ってもすぐに殺されてしまいます。ですから私がミーナちゃんを鍛えることにしました」


 その言葉に、俯きかけた私は再び顔を上げる。母が私を鍛えるとはどういうことなのだろうか。


「母様、それはどういう意味なのですか? 近接戦闘を主体とする母様が、私に魔法での戦い方を教えるということですか?」

「全然違います。私がミーナちゃんに私の戦い方を教えるという意味です」

「……私は6歳ですよ? 母様に武術を習ったからといって、身体がそれについていきません。もしかして……13歳になるまでずっと修行を続けるということですか?」

「特に期間を決めるつもりはありません。ミーナちゃんに十分な実力がついたと判断すれば、そこで終わりにしようと思います。もちろん13歳になれば無条件でハンターになることは許可します。これが私からミーナちゃんへの譲歩です。──ミーナちゃんはどうしますか?」


 私は母の言葉を聞いて迷わず答えた。


「それでいいです! いえ、それでお願いします!」

「わかりました。訓練は今日から始めます。この後すぐに訓練場に来るように」


 母は席を立つとそのまま部屋から出て行ってしまった。

 よくわからないがこれは強くなるチャンスであるし、結果を出せば母に認めさせることができると、私は静かに喜んだ。





 退出したアナベルは、その足で再び訓練場に向かっていた。頭にあるのは、今さっきのミーナとの会話の内容である。一人の親として本当にあれで良かったのか、歩きながら自問するが納得に値する答えは出なかった。


 訓練場に行く途中、前方からクラリスがやって来るのが見えた。

 それを目にしたアナベルはクラリスに声をかける。


「ごめんねクラリスちゃん。私とミーナの後始末をさせちゃって。私にはあれをどうにかするのは出来ないから」

「構いませんよアナベル様。お二人の決闘の観戦代だと思えば安いものですから」


 アナベルの謝罪に、気にしていないといった風に返すクラリス。

 自分の娘もそうだが、本当によくできた子だと感心していた。


「ところで、アナベル様はまたこうして出歩かれてどうされたのですか? もしかして私になにか用件でもありましたか?」

「いいえ。さっきミーナと話してね。ミーナに私が訓練をつけることになったの。それを今日から開始しようと思って」

「アナベル様がミーナに? それはまたどうしてなのですか?」

「それを答える前に一つ聞いてもいい? クラリスちゃんは、さっきの私とミーナの決闘を見てどう思った?」


 唐突なアナベルからの問いに、クラリスは少し不思議に思いながらも思案する。


「……そうですね。ミーナは上手く戦っていたと思いますが、顛末を語るならばアナベル様の圧勝だった、でしょうか」

「そう。それならもしあれが実戦だったらどうなっていたと思う?」


 続いてかけられた問いに、質問の真意を探りながらクラリスは答えた。


「実戦ですか。……ミーナの強みは、状況に応じたあらゆる魔法を行使できる点と、魔法発動の早さです。逆に弱点は、本人の身体能力の低さと魔力源を魔晶核に頼っているといったことでしょうか。ですから仮にミーナが殺傷能力は高くても魔力消費の多い魔法を多用していれば、アナベル様相手にもっと戦えたと思えます。ミーナには転移魔法がありますから。しかし最終的には手持ちの魔晶核が無くなり、結局アナベル様が勝利していたのではないでしょうか」

「その言い方だと、ミーナに充分な量の魔晶核さえあれば、私が負けるように聞こえるけど?」

「……失礼ですが、その通りだと思います。全ての魔法使いやアナベル様のような戦士も含めて、魔力量とその回復手段は、戦う上で絶対に切り離せない問題です。発動媒体で威力を上げ相対的な魔力消費を抑えたり、魔石を使って魔力消費を肩代わりさせたりする方法がありますが、自前の魔力が無くなれば終わりです。そこは魔法の初級者も熟練の魔導師も変わりません。ですが、ミーナの場合は魔力源を完全に魔晶核に頼りきっているため、自身の残存魔力の有無は関係ありません。ですから魔晶核を大量に確保できれば、実質全属性に適性を持ち、卓越した魔力操作が可能なミーナは、世界最高の魔法使いになり得ると私は思います。……まぁ、魔晶核を消費して魔法を使うということは、まさに宝石を砕いて魔法を使うようなものですので、決して現実的とは言えませんが」


 クラリスの冷静で忌憚のない評価に、聞きたかったかことが聞けたと、アナベルは満足そうに頷いた。


「最初の質問に戻るわね。──私はミーナに、あの子に危険なことは何一つさせたくないわ。でも、あの子はきっと私が止めても止まらない。自分がそうすべきだと思ったら、絶対にそうするの。それで自分がどれだけ傷つくことになろうとも」


 クラリスは何も語らずに、真面目な表情で先を促す。


「クラリスちゃんの言ったように、あの子は現時点でも十分すぎるほどに強いわ。そして遠くないうちに私を超えるほどに強くなる。今は私があの子を守る立場であっても、その立場が逆転して私が守られることになったら、あの子にとって私は守るべき弱者になってしまう。だから今だけなの。私があの子よりも強者として何かを教えることができるのは。私は後悔したくない。私がするべきなのは、あの子を大事に育てて成長を阻害することではなく、あの子に私が教えられる限りのことを伝えて、それをあの子の力にして守り続けることだと、そう思ったの。それが私がミーナを鍛える理由。親としては不甲斐ない限りだけどね」


 アナベルは冗談っぽく笑うが、その笑みは哀愁を帯びていた。

 本当は親としていつまでも子を守ってあげたい、でも自分ではそれを為すには力が足りない。そんな諦めと寂しさが含まれていた。

 それを見て取ったクラリスは、真面目な表情を崩さず再び口を開いた。


「アナベル様は覚えていますか? 私がアナベル様に指導して頂くことになった発端を」

「……確か、クラリスちゃんがミーナについて聞いてきたのよね。どういう子なのか教えて欲しいって」

「はい、その通りです。──当時の私は周囲からの期待、称賛、そして嫉妬や嫌悪。自分に向けられる正負入り混じった感情にとても……ええ、うざったく感じていました。それと同時に調子にも乗っていました。とにかくお行儀よく結果を出して周りの人間を喜ばせていれば、私は特別な存在として褒め囃される。私を疎ましく思っている人たちも、そんな私に何も言えない。それが私を冗長させ、同時に空虚なものにしました。誰も私のことをわかっていないと。

 ちょうどそのときでした。自分と腹違いの妹に、とても賢い子供が存在すると知ったのは。私はその子のことを無性に知りたくなりました。自分と同じように、大人たちから過大な期待をされていることをどう思っているのか。その子なら私の気持ちを理解してくれるのではないか。子供ながらに、その子に共感を覚えることを求めました。

 そして私は、書庫に通って子供ながらたくさんの本を読み漁っているその子のところへ行き、聞いたのです。あなたはどうしてそんなに本を読んでいるのか、それは辛くないのかって。私のその質問に、その子は答えませんでした。ただ『今本を読んでいるから後にして』、そんな事を短く言うだけで、こちらを見向きもしなかったのです。私が再び話しかけても二度目からは何も言わず、ひたすら読書に没頭し続けました。

 その時の私は、自分よりも年下のその子供に無視されたことが非常に腹が立って、思わずその子が読んでいた本を取り上げました。本を取り上げて、私のことを無視するなと、興味を持てと主張したかったのだと思います。

 そんな私を前にして、その子は不機嫌そうな顔をするだけで、そのまままた別の本を読み始めました。私はなぜ何も言わずにそんなことをするのか理解できなくて、ただただ苛立ってその本も取り上げました。そうすることでようやくその子が私を視認しました。そして私は愚かにも自分の方を見た事実に気分が高揚し、もう一度質問しようとしました。けれど、その子はすぐに視線を外して積み上げていた本を元の場所に戻すと、数冊の本だけを手に持って書庫を出て行ってしまったのです。

 私はその行動に絶句しました。子供ながらに衝撃を受けたのを、今でもはっきりと覚えています。なぜなら私の人生で、ここまでのことをしてなんの興味も抱かれなかった経験は初めてだったからです。大人たちでさえ、私がすること一つ一つに気を使うのにです。

 私はどうしたらいいのか分からず、ただその場を後にしました。

 後日、自分がした大人気ない行いを恥じると同時に、より一層その子のことを知りたくなりました。だけどもう一度その子に話しかけるのは躊躇われたため、その子の母親であるアナベル様に、話を聞きに行ったのです」


 クラリスはそこで一端言葉を切り一呼吸ついた。

 アナベルはクラリスが一体何を言いたいのか分からないが、それでも真剣な様子のクラリスを見て何も言えなかった。


「それからその子、ミーナのことを聞いて私は思ったのです。ミーナはきっと、確固たる自分を持っているのだと。だから他人の目を気にしない行動を取れるのだと。それが私にとってはとても羨ましく、彼女を眩しく感じさせました。ミーナはまさに、私にとっての理想だったのです。

 その時から私は自分を変えようとしました。クラリス・リシャールではなく、ただのクラリスで在ろうとすれば、ミーナのようになれるのではと考えたのです。同時に、年下であるミーナに負けまいとも思いました。周囲からの目も気にせずアナベル様から武術を習い、魔法や座学にも以前よりも精力的に取り組みました。そんな私を周りの人たちはさらに評価しましたが、私にとってはもう、そんことはどうでもよくなりました。私は私であることに、それでしかないことに気づいたからです。

 ……でも、私の理想であったそんなミーナでも、魔力測定の結果で落ちこぼれの誹りを受けました。私はそれがとても衝撃的で、同時にミーナが一人の子供でしかなかったことを気づかせました。私はせめて、私を変えるきっかけを与えてくれたミーナの力になろうと声をかけました。今度は私が力になってあげる番だと。

 でも、それは私の驕りでした。ミーナは無能と蔑まれても変わらない、以前のミーナのままでした。それは強がりだったのかもしれません。内心では酷く傷付いていたのかもしれません。それでもミーナは努力を決して欠かしませんでした。常に自分自身を磨き続けました。そんなミーナを見て、私も負けてはいられないと、これまで以上に頑張ることができました。ミーナならきっと這い上がってくる。だからそのミーナを今までのように見上げるのではなく、今度は並び立ちたい。あるいは少しでも先を歩きたい。そんな決意を私に抱かせました。

 ──だけど、ミーナはまた私の手が届かないところへ行ってしまいました。正直に言って、私はとても悔しいのです。天才だ神童だと言われても、ミーナには何一つ敵わない。才能という絶対的なアドバンテージを得たにもかかわらず、結局ミーナの足元に縋ることしか出来ない。それなのに、そのことを心地いいととすら思っている。ミーナは私の理想で、特別だから敵わなくても仕方がない。そんな風に考えてしまう自分が不甲斐なくて、悔しくて堪らないのです。

 でも、私はこのままでいるつもりはありません。ミーナに負けたままで、あの子の背中をいつまでも見続けるつもりはありません。私は必ずあの子に追いついて、そして追い越してみせます。

 だからアナベル様……私に任せてはくれませんか? ミーナは……私の妹は、あの子の姉である私が必ず隣に立って守ります。あの子よりも強くなって、私が助けます。絶対に一人の、孤独な戦いはさせません。それがミーナの姉である私がするべき……いいえ、姉として私がしたいことなのです」


 クラリスの静かな、頑とした決意を感じさせるその宣言を聞き、アナベルは真剣な表情でクラリスの瞳を見つめた。そして静かに腕を上げて、そのまま頭を撫でた。

 ただ無言で、力強さを感じさせながらも、優しく丁寧に撫で続けた。

 やがて撫で終わり頭から手を離すと、今度はその手で自分の頬を思いっきり叩いた。乾いた音が響き、叩いた頬は赤く腫れていた。

 アナベルは深呼吸をして、突然の行為に僅かに目を見開かせたクラリスに告げる。


「ミーナのことをそこまで想ってくれて、ありがとうクラリスちゃん。それとまだ子供のクラリスちゃんに、そんなことを言わせてしまってごめんなさい。……きっと、私もクラリスちゃんと同じだったんだわ。自分よりも遥かに才能に恵まれているあの子に対して、あの子は強いから、だから一人でも大丈夫だって諦めちゃっていた。そういう問題じゃないのにね。あの子がどうなろうと、私があの子の親である事実が変わることはない。私にとってはあの子はいつまでも子供、いつまでも守るべき、守りたい対象なのに。……さっきの言葉は取り消すことにするわ。あの子が強くなるなら私も強くなる。もう諦めて、黙って自分の手から離れていくのを眺めたりしない。あの子は私が守るわ。クラリスちゃん、気づかせてくれてありがとね」


 表情を明るくさせ、暗い雰囲気が吹き飛んだアナベル。それを見て、驚きから一転しクラリスも笑みを浮かべる。


「ふふっ、では私とアナベル様で競い合いですね。どちらがよりミーナの力になれるか勝負です」

「私もまだまだ若いから負けるつもりはないわよ? それに母は娘よりも強いものだから」


 不敵に笑い合う二人はそれを互いに見合い、可笑しくなって吹き出すように笑った。

 この日、一方にとっては娘であり、もう一方にとっては妹である少女を支えるための小さな、しかし確かな約束が交わされた。




 その頃、話題の中心にいた肝心の少女は何も知らずに、一人待ちぼうけを食らっていた。


「母様来るの遅すぎないかな? もしかして忘れてる? さすがにそれはないか。ならこれも訓練の一環? どこか遠くで見張ってたりするのかなぁ……」

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