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魔道のマナー  作者: 青梨
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母は強し

 自分の望みと目的が明確化されたことで、私がこれからするべきことが定まった。

 私の力の源は魔晶核である。つまり強くなるにはひたすら魔晶核を集める必要がある。

 父に頼めばそれで解決する問題でありそうな気もするが、私がこれから集める量を考えたら侯爵家の財政が傾いてもおかしくはない。それに強くなるには実戦を行い、自分の力を使いこなす必要がある。

 現時点でも四属性融合を扱えるほどに魔力操作は極まっており、知りさえすれば大抵の魔法は使える自信はあるが、魔晶核を使用しての魔法には明確な欠点が存在する。これがある限りただ魔法を使えるようになるだけではダメだ。

 更にもう一つある魔物の魔晶核に直接干渉する能力の方は、それほど使う機会に恵まれず未だ未熟であると言わざるを得ない。

 私が想定する敵はランク3以上である魔王級の魔物だ。このクラスの魔物を単独で相手取るには、おそらく今の私では全く力が足りていない。調べた限り、精々ランク6か5が限界ではなかろうか。

 であるからして、私は自分の力をより深く理解し、自在に操りながらも絶対的な武器にしなければならないことを自覚した。


 そこまで考えてまず初めにすることは、ハンターになる……ことなどではなく、魔物狩りをするために母を説得することである。そういう結論に至った。


「母様、大事なお話があります」

「どうしたのミーナちゃん? そんなに改まって。もしかして他にやりたいことでも見つかった?」


 以前私が母に自分の望みについて話してから、まだそれほど時間が経っていない。だから母は私が他にしたいことを思いついたのか聞いたのだろうけど、話はそう簡単ではない。


「母様、私はハンターになります」


 前回とは違う私の力強い意志が込められた断定に、母は形のいい眉を顰めた。


「……ミーナちゃん言ったわよね? ミーナちゃんがそれするのは13歳になってからだって。ミーナちゃんもそれで納得したわよね? なのにどうしてそういうこと言うのかしら?」


 怒っている。母は静かに怒っている。

 例えるなら、まるで発動待機させた上級魔法のようだ。何かもう一つきっかけを与えれば、その魔法が対象を殺傷させようと私に向かって撃ち出される。今の母はまさにそんな状態に思えた。


「……母様、まずはこれから私が話すことをお聞きください」


 私は母を下手に刺激ないように、慎重に言葉を選び語った。ドヴェルグから聞いた話と、私がこのような結論を出すに至った経緯についてを。

 母は私の話を目を瞑り黙って聞いていた。


「だから私は家族を守るために強くなります。そのためにもハンターになることは絶対条件なんです」


 一通り語り終わった私は、母が言葉を発するのを静かに待った。

 ただ、仮にここで母から承諾を得られなくても、私はそれで納得する気は無かった。なんならこの家を出奔する決意さえ胸の内にはあった。

 それだけ私にとって、今回のことは一大決心だった。


 長い沈黙の後、ようやく母は言葉を発した。


「……ミーナちゃんの決意は伝わりました。しかし、それではいそうですと認められるほど、私にとってミーナちゃんの存在は軽くありません。ミーナちゃんが私を想っている以上に、私はミーナちゃんを想っているからです。だけど、ミーナちゃんの決意を簡単に無下にしたらミーナちゃんに失礼です。──だから、ミーナちゃんには私と闘ってもらいます。私と闘って、勝つことができたらハンターになることを許可します」


 そんな条件付きの提案が母から出された。

 母の強さは知っている。この前暴れていたのを見たことがあるからだ。

 そんな母に勝つことが条件……。


「……わかりました。いえ、寧ろ望むところです。母様に勝てない程度では、最強へ至るに程遠いですから。私は母様を倒して先に行きます」


 私の強気な言葉に対して、母は特に反応する様子もなく、ただ「明日の朝7時に訓練場で」とだけ言い残し部屋を出て行ってしまった。


 結局その日、母が部屋に戻って来ることはなかった。




 母との決戦の日の朝、私は思いの外いい目覚めを迎えていた。

 母が帰らないという、地味に不安になる先制の精神攻撃をやり過ごし夜を越えた私は、朝食を口にしながら決闘について考える。

 母の戦闘スタイルは徒手格闘だ。その威力は凄まじく、素手で鎧を破壊し、金属の塊である門を吹き飛ばすほどだ。身のこなしも優れていて、背後からの剣や魔法による攻撃を視界に入れず躱す。魔法の察知能力も高く、発動に入った時点で感知され守りの姿勢に入られてしまう。


 なかなかに……いや、恐ろしく強敵だ。しかし私は負けられない。私が守りたい家族には母も入っているのだ。私が母より弱ければ意味がない。


 朝食を食べ終わり自身の生命線である魔晶核を確認する。

 シャノンからもらったランク6の魔晶核は5つ全て残っている。転移魔法の使用やらでランクの低いものはほとんど残っていないが、ランク6がこれだけあれば十分過ぎると言えるだろう。


 この時点で私はある問題に気付いた。

 低ランクのものに比べて、ランク6のものは大きいという問題だ。小袋の中に入らないことはないが、戦闘中にそんなのをぶら下げてたら普通に邪魔だ。

 仕方がないので、今回ストックするランク6の魔晶核は3つだけにした。これでも十分足りるだろうという思いだ。目的は母を負かすことであり、そのために殺傷力の高い特級魔法や融合魔法は必要ない。私の魔力操作なら上級魔法で十分無力化出来るはずだ。それに訓練場は特級魔法のような、高威力の魔法に耐えることを想定して作られていないからどのみち使えない。


 頭の中で母との戦闘をイメージしながら戦支度を整え、母の待つ訓練場へと向かった。




 訓練場にはまだ母の姿は見えなかったが、そこには既に二人の人物がいた。家宰であるギルベルトとクラリス姉様だ。


「ギルベルトさんがいるのは決闘の見届け人だからという理由でわかるのですが、どうしてクラリス姉様までいるのですか?」

「アナベル様とミーナが決闘することになったと聞き、居ても立っても居られなかったのです。決して二人が闘うところを観戦したかった、というわけではありませんよ?」

「……申し訳ありませんミーナ様。どこからクラリス様が耳にされたかは分かりませんが、私がここへ来た時には既にクラリス様がいらっしゃったのです。……本当にどこで聞かれたのやら」

「ふふっ、私は単純にギルベルトさんが妙な行動を取っているから、気になって調べてみただけです。おそらくアナベル様は私が知ったことに気づいておられると思いますよ」

「……私は気づかなかったのですがね。クラリス様の成長を喜べばよいのやら、自身の不甲斐なさを嘆けばよいのやら。老いには勝てませぬな……」


 私が知らないところでなんだか高度な情報戦が繰り広げられていたようだった。

 その情報戦の勝者である姉様が私に質問する。


「ところでミーナ、今回の決闘の発端はなんなのですか? 決闘が行われることは知りましたが、その理由までは存じ上げないので教えてもらえませんか?」


 姉様に聞かれたので、私は今回の親子喧嘩の原因をハンターになりたい私とそれを阻止したい母といった構図で簡単に語った。

 その話を聞き姉様が小首を傾げる。


「ミーナはどうして魔物狩りになりたいのですか? アナベル様の言う通り大きくなってからでは駄目なのですか?」

「駄目です。私は私の願いのために強くならなければなりません。姉様からあの話を聞かされたからではありません。私が私の意志で決めたのです。だからこれだけは絶対に譲れません」


 私の強い決意に、姉様が神妙に「そうですか」と答えたところで、ついに母が現れた。

 母は全身を深紅の装いで固めており、両手には漆黒の籠手を嵌めている。徒手ではなかった。


「ミーナがどのような決意でこの闘いに臨んでいるのか私には分かりませんが、アナベル様は決して容易い相手ではありませんからね。決して油断しないでください」

「アナベル様があの戦衣装を身につけるのは、ここに来てから初めてのことですね。あの黒紅拳姫がミーナ様を相手に本気とは……」


 こっこう……なに? なんだか母の二つ名のようなものがギルベルトの口から出た気がするが、今はそんなことはどうでもいいかと頭の隅に追いやる。

 私もこれから戦う母の姿を観察するように眺める。

 ……これが私の母か。普段からは全く想像できない覇気を纏っている。街中で遭遇しても絶対話しかけたくないタイプの人間が出す雰囲気だ。

 6歳の娘相手にここまでするかと思わないでもないが、私から言い出したことであるし、この母を超えなければ最強への道なんて程遠いと、そう思い直して自らを奮い立たせる。


「母様、そのような埃被った衣装をわざわざタンスの奥から引き出してもらって悪いのですが、この勝負は私が勝たせてもらいますよ」

「……」


 私の挑発を兼ねた口上に母は何も返さない。

 なんだか調子を外された気もするが、私は余裕の表情を保つことにした。


「──では、これからミーナ様とアナベル様の決闘を行います。立会いは私ギルベルトと……クラリス様が行います。決闘のルールは武器や魔法の使用を含め、無制限とさせてもらいます。ただし、相手を死に至らしめることはもちろん、後遺症が残るような攻撃は可能な限り控えて頂きます。それはこの訓練場の破壊や周囲への被害も含め同様です。両者異存がないならば承諾の確認を」

「問題ありません」

「……問題ないわ」

「両者の承諾を得られましたので、これより決闘を開始させて頂きます。両者、魔法戦の距離を互いに開けてください」


 魔法戦の決闘は近接戦の決闘よりも広く間合いが取られる。これは実質私にとってのハンデだ。

 離れた位置に母の姿を見据え、私は考えてきた戦術を頭の中で組み立てた。


「互いに十分な距離を取ったことを確認しました。では! これより決闘を開始します! ────始め!!!」


 ギルベルトの開始の合図ともに私は魔法を発動する。水と土の複合属性である泥を使った魔法だ。

 私が魔法を使用した瞬間、周囲の地面が粘性を帯び、沼地のように足場を泥濘(ぬかる)ませる。これでもう母は私にまともに近づくことは出来ない。

 だがこの程度で勝てると思うほど、母は甘くない相手だと私はもう一工夫する。

 周囲の泥で私と母の間に泥の壁を作る。母は魔法の発動を察知できるが、私の魔力操作の前ではそんなのは無意味だ。私は自分の魔力と魔晶核の気配を隠蔽、偽装し、ダミーを複数用意する。

 そして私の方は魔力感知で母の気配を感知し、ダミーの位置含めた複数箇所から母へ魔法を使う。


「戦いの場に卑怯という言葉は存在しません! 負けた方が弱い! ただそれだけです!!」


 調子に乗って自分の位置をバラすような大声を出すも、興奮している私はそんなことは気にしない。気にする必要もない。

 魔力感知では既に母は大量の泥の中に埋もれ、拘束されているのが見て取れていた。


 勝った。私はここで自分の勝利を確信した。


「──見事ですミーナ。しかしその程度では、アナベル様は止められませんよ」


 姉様の声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

 私はギルベルトの方へ自分の勝利を宣言して、この決闘を終わらせようとした。


 その瞬間、目の前に存在していた壁が吹き飛んだ。


「……は?」


 吹き飛び飛び散った泥が私の方へと降り注いだ。私はそれを避けることも出来ず、全身泥まみれになりながら間の抜けた声を口から漏らした。

 現在進行系で何が起きているのか理解不能だった。


「大したものだと思うわミーナちゃん。これだけの魔法、そこらのハンターか騎士ならそのまま終わっていたでしょうね。……でもねミーナちゃん。私のこと、少し舐めすぎじゃない?」


 そう言って壁があった反対側に佇むのは、開始位置から一歩も動いていない母だ。

 私は本当に訳が分からなかった。どうして壁が吹き飛んだのか、どうして拘束が溶けているのか、どうして衣服に泥一つ付いていないのか。

 思考が真っ白になるとはどういうことか。この日初めて本当の意味で理解した。


「ミーナちゃんを傷つけたくはないけど、今回のおいたの罰も兼ねて一発だけ覚悟してね?」


 呆然として固まっている私にそれだけ言って、足元のぬかるみがまるで無いもののように距離を詰め、母は私の頬にビンタした。

 呆けていた私は当然その一撃を避けることができず、あっさりとその攻撃を受けた。

 私が頬の痛みを理解したところで、ギルベルトの決着を告げる声が聞こえた気がした。


 私はこの日、母に完膚なきまでの敗北を喫した。

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