歌う少女
ラークシャル王国。
勇者の魔法の師にして大戦時に活躍した英雄の一人でもある、大魔法使いイクリア・ラークシャルを祖に持つ大陸有数の大国である。
国の西側には国を左右に両断する大河が存在しており、東から南にかけては広く魔物領域が分布している。魔物領域の付近には街や都市が多く建設され、魔物から得られる素材を目当てに多くの魔物狩りが集まり魔物討伐に精を出す。彼らが落とす富とそれを求める商人や職人たちの存在は、日々その地を賑わせている。
それらの街の中でも特に南に位置する都市カラッソは、近隣に存在する魔物の数や脅威度の高さから、ラークシャル王国内でも屈指の規模を誇ることで知られていた。
そんなカラッソの街中を、漆黒の仮面に漆黒のローブを纏った、いかにも魔法使い然とした人物が歩みを進めていた。その人物は人で溢れる大通りを進み、左右の屋台や店舗には目もくれず、確かな足取りで目的地を目指していた。
やがてその人物は一際大きな建物の前に到着する。だがその中へは入らず、その建物を迂回するするように裏側へ回り、先ほどよりもさらに大きく、もはや倉庫とも言える大きな建造物の中へと入っていった。
建物の中は広いながらも機能的に区切られており、多くの人間が自身の目的が叶う場へと各々集っているようだった。
全身漆黒の人物も例に漏れず、同じように空間内に存在する一角に向かった。
目当ての場所には現在進行形で魔物の死体が積み上げられ、解体されている。解体を待つ魔物はいずれもランク的には大物に属し、これらを狩った人物が相応の実力者であることを窺わせる。
漆黒の人物は、解体場の脇に存在する受付カウンターのような場所へ行き、そこにいる人物に話しかけた。
「解体を頼みたい。費用は素材の買い取り代から引いてくれればいい。それと魔晶核は売る気がないから取り出したら私に渡してくれ」
「はい。いつものようにですねプラウスさん。ではこちらへ解体希望の魔物をお出しください」
カウンターの前にいた男性に促され、プラウスと呼ばれた人物はカウンターの隣の解体場に、魔法で作り出された亜空間から買取希望の魔物を取り出す。
その場に出された魔物を見て、男性は驚きの声を上げた。
「これは……アイアンロックリザードですか。プラウスさんが相当高位の魔法使いであることは知っていましたが、まさか魔法耐性の高いこいつを単独で討伐するなんて……。今年一番驚きましたよ」
「……単独で討伐したとは限らないのではないか?」
「ははっ、もしプラウスさんが誰かとパーティーを組んでいたら、ギルド内でもすぐに噂になりますよ。パーティーを組んだことだって、私たちが知る限り一回しかないじゃないですか。それもここに来たばかりの頃の話ですし」
そう言われてプラウスは黙る。
特段実力を隠したい理由があるわけではないが、こうも堂々と自分の実力が察せられると、なんだか隠した実力を見抜かれたみたいでむず痒くなる思いだった。
「アイアンロックリザードの外殻は頑丈ですからね。解体には時間がかかりますから、魔晶核は後日受け取りに来てください。素材の売却ですが、こちらで捌いてもいいんですか? 確か素材買い取りの依頼があったはずです。そちらに回した方がギルドへの貢献度評価も高くなりますし、多少は高く売れると思いますよ?」
「構わない。貢献度には興味がない。金の方は手間と相殺されるだけだ」
「大した手間じゃないと思うんですがね……。分かりました。売却代はプラウスさんの口座に振り込んでおきますので、後で確認しておいてくださいね」
「分かった」
短く頷きプラウスは踵を返す。その背中に職員は「またのご利用を〜」と定型の挨拶を送り見送った。
「実力ある魔物狩りには変わった人や気難しい人が多いけど、プラウスさんも相当だなあ。……いや、そういうのは魔物狩りに限らないか」
職員はそうひとりごちると、テキパキと解体の手配を開始した。
プラウスは解体と売却の手続きを済ませ建物を後にすると、ここに来たとき同様迷いのない足取りで次の目的地へ早足で向かっていた。そこは大通りとは違って道が細く入り組んでおり、ここに来たばかりの者なら間違いなく迷ってしまい、通行人か巡回中の衛兵に泣きついて道を聞く羽目になるような所であった。
そんな複雑な街路を、もう何度も通ったかのようにぐんぐんと進んでいくプラウス。
だんだんと周囲の建物が減っていき、その建物も明らかに質が悪く、通りすがる人物の身なりも貧相である区画に辿り着く。そこまで来て少し歩みを緩めると、プラウスは目的の人物がいないか耳を澄ました。
するとそれほど遠くない場所から誰かが歌うような声が聞こえてくる。それを耳で捉えて、プラウスは仮面の下で愛好を崩すとそちらへ足を向けた。
そのまま歌声へ導かれるようにして歩を進め、それなりに広けた場所にたどり着いた。
その空き地には一人の少女がポツンと立ち尽くし、先ほどから聞こえていた歌声の発生源だと確信させるような、綺麗な歌声を周囲に響かせていた。
プラウスは歌の邪魔をしないように気配を消しながら近づき、その歌を独占するような気分で耳を傾けた。
やがて少女の歌が終わり、空間を静寂が支配したところで、ぱんぱんと拍手にしては鈍い音がその場に響いた。
「相変わらずいい歌声だ。この歌声を独占できる私はきっとこの都市で一番の果報者だな」
「……プラウスさん! また私の歌を聴きに来てくれたんですね! ありがとうございます!」
歌を歌っていた少女は、漆黒の人物であるプラウスの姿を発見すると、嬉しそうな声を出して自分の歌を聴きに来てくれたことの感謝を口にした。
「礼を言う必要はない。私は私の意思で君の歌を聴きに来た。寧ろこちらが謝辞を述べるべきだ」
「い、いえ! プラウスさんにお礼を言われることなんてありません! プラウスさんいつも色々してくれるし……それに私の歌を聴きに来てくれて本当に嬉しいですから……」
頬を赤らめてモジモジと恥ずかしそうにする少女に、プラウスは呆れたように言う。
「以前にも言ったが私は女だ。そんな恋する乙女のような反応をされても対応に困る」
「しっ、知ってますから! 前は勘違いしたけど今は違います! 普通に照れてただけですから!」
さらに顔を赤くさせて抗弁する少女にプラウスはどうだかと首を振る。
この少女には仮面の下の素顔を見せていない上に、声も男に聞こえるように魔術で変声しているからか、たまにプラウスを男だと勘違いしているような態度を取るのだ。だから少女のその言葉には説得力がなかった。
「し、信じていませんね……。わ、私は別にプラウスさんが女の人でもあ、アリだと思ってますから……」
少女の言葉を聞いて思わず後ずさるプラウス。
(まさか人生初めての告白……のようなものを同じくらいの年頃の、それも同性の少女の口から聞くとは思わなかった……)
プラウスのそんな内心の思いは知らないだろうが、引くような動作を見せられたことで慌てて否定する。
「あ、アリってそういう意味じゃなくてですね!? いえ……別にそういう意味で取ってもらってもいいんですけど。──と、とにかく! 今日の歌は店じまいですからっ! 帰りましょう!」
一方的に会話を終わらせて、恥ずかしそうに顔を俯かせ逃げるようにこの場を去る少女。そのの背中を見て、プラウスはなんだかなという気分になりながらも少女の後ろについて行った。
目の前にいる少女、およそ10歳前後に見える彼女の名前はリナ。
彼女には保護者のような人物はいても、親と呼べる人物はいない。
人や魔物に殺されて失ったわけではなく、事故や病気で亡くなったわけでもなく、ただ単純に捨てられたからだ。
──それも、彼女が5歳を迎えた時に。
5歳の魔力測定は、全ての子供を対象に行われる。
それは西部だけでなく東部の国々でも同様であり、認知されていない子供のような一部の例外を除いて、大陸中で共通していることである。その結果は子供の将来に大きく影響するが、文明の発達により魔力測定至上主義的な考え方は廃れ、それだけが人の優劣を決めることはなくなった。
しかし、それでもその結果が重視される場合もある。その筆頭例が支配者である貴族だ。
貴族と呼ばれる者の家系は、そのいずれも祖先が功績と実績を積み上げたが故に今の地位を得ている。同時にそれを積み上げた方法というのが、往々にして魔法の実力によるものであった。そのため時代錯誤と言われながらも、力の象徴である魔法と、その素質を明示化する魔力測定の結果を、貴族はひどく重視している。
そして、貴族に次いで魔力測定の結果を重視しているのが、貧しい家庭の者たちである。自分の子供の魔力測定の結果次第では、困窮する今の生活を脱することができる。そう考える者たちが決して少なくないからだ。だからと言って、子供の魔力測定が微妙な結果に終わっても、残念だったねで終わるのが普通の話である。
しかし、中にはその結果次第で子供を捨てる親たちが存在している。
リナもそんな親に捨てられた子供の内の一人だ。
しかも、リナはそれだけではない。
彼女の魔力測定の結果は、私と同様全ての評価が最低でありながら、適正属性も皆無というものだった。
──彼女は忌み子と呼ばれる存在だった。




