初めての別れ
「……ミーナはすごい。……私なんかよりも遥かに天才。……すごくすごすぎる」
語彙が貧弱になったシャノンを横目に、私はメアリーを慰めていた。
「うぅ……ぜんぜんわかんなかった。ミーナは私と同じねんれいなのにどうして」
「安心してくださいメアリー。私も理解できませんでしたから。6歳でこんなことを理解できるミーナがおかしいのです」
地味にひどいことを言う姉様に、メアリーが私の手を跳ね除けて「クラリス姉様!」と叫びながらその胸へ飛び込んでいった。
「あぁ……」と悲しそうな声が私の口から漏れて、仕方ないとシャノンに構うことにした。
「シャノン様、そろそろ落ち着きましたか?」
「……問題ない。私は初めから終わりまで間違いなく正常。そしてミーナは賢者の天才」
まだ少しだけ駄目そうだなと思いつつも、このままでは埒があかないと話を進めることにした。
「転移魔法の術式は姉様の提案通りシャノン様の名前で公表してくれませんか? 報酬に関しては特許で入るであろう金額の半分を充てるでどうでしょうか?」
「……いや、そのお金はミーナのもの。この件で私は特に何もしていない。だから報酬は不要」
そういう訳にもいかないと私はシャノンを説得し、なんとか一割を受け取らせることに成功したが、シャノンは未だに納得していない面持ちだった。
だから私も自分の正直な気持ちを伝えた。
「迷惑料とでも思っておいてください。私が嫌だから、という理由でシャノン様に押し付ける形になったのですから。きっと今まで以上にシャノン様の名声は高まって、煩わしい思いをさせることも増えると思うので」
「……その時は逃げる。そのための転移魔法。これまでもそうしてきた」
唇の端をつり上げ得意気な様子を見せるシャノンに、私はなるほどと適当な反応を返した。この短い間でシャノンの扱いがわかった気がしたが、それは彼女が気を許してくれたからだろう。
その事実に自然と頬が緩むが、シャノンにじっと見つめられていることに気づき慌てて話題を変えた。
「今日の魔法を見せる約束はどうしましょうか? 私としては転移魔法を使って見せたわけなので、終わりにしたいと思うのですが」
「……私もそれで構わない。早く帰って術式がちゃんと起動するか試したい」
シャノンにわかりましたと返して姉様とメアリーをこちらに呼び寄せる。そのままシャノンの転移魔法で私たちは元いた部屋に帰還した。
「……今回は非常に有意義な時間だった。ありがとう」
「いえ、シャノン様のお役に立てたなら良かったです。次もよろしくお願いします」
帰還早々に礼を述べるシャノンに決まり文句のように私も返すが、シャノンは黙ったまま私の顔に視線を固定するだけだった。
視線から逃れるように私が移動すると、シャノンは重たそうに口を開いた。
「……いや、次は必要ない。今回で対価以上のものを貰った。それに、なんとなくミーナの魔法の正体も理解できた。多分、ミーナは何らかの方法で魔晶核から必要な魔力を確保している。今までも発動の前後で違和感はあったけど、今回で確信した。転移魔法発動後に、胸元の魔晶核が明らかに減少しているのを確認出来た。どうしてそんなことが可能かまでは分からない。でも、発動媒体も無しに魔法を使っているのもおそらくそれが理由」
シャノンの長い考察に私は否定も肯定もしない。シャノンもおそらくそれは望んでいまい。シャノンほどの魔法使い相手に何度も魔法を見せ続ければ、遅かれ早かれ気付かれるとは思っていた。
だからこれ自体に驚きはない。それよりも私が気になったのは。
「シャノン先生、もしかして家庭教師を辞められるのですか?」
私がなんとなく察して抱いた疑問を、姉様が先んじて口にする。
「……今すぐにではない。でも、転移魔法の術式を公表するためにもエンハーレンへ行く必要がある。私でも国を跨ぐ転移を頻繁に行うことは出来ない。だから一度行けば、すぐにここへ戻って来ることは実質不可能。それと向こうにどれだけ滞在するかも不明。それなら必然的にそういうことになる」
「私が提案した結果なのでこれを言う資格はないかもしれませんが、私が学園に入学するまではなんとかなりませんか?」
「……私は一人の魔術師として、魔法使いとしてこの偉業を広める責務がある。だからその提案は飲めない。そもそもクラリスはとても優秀な弟子。私が教える必要もないくらいの。あなたのそれは、他に意図があってのこと?」
「私個人が先生に教えを請いたいと思っているのは本当ですよ? ただ厚かましいとは思いますが、メアリーにも先生からご教授をお願いしたかったのです。今この子には魔法の先生がいませんから」
姉様はメアリーの両肩に手を置いて、シャノンの前に突き出すように移動させた。メアリーは唐突な姉様の行為にあたふたしているが、置かれた手が外されないことを理解すると逃れるのを諦めて黙したまま立ち尽くした。
シャノンはそんなメアリーに見極めるように薄緑の瞳を向けた。メアリーもシャノンの瞳を覗き返す。二人は数秒間見つめ合った。
やがてシャノンの方から視線を外し、そっとメアリーの頭に手を置いた。
「……私がクラリス、あなたを教え子に選んだのは、あなたにそれだけの才能があったから。メアリーにはそれほどの才能はない。──でも、だからこそメアリーの方が教え甲斐がある」
才能はないの部分で一瞬顔を俯かせたメアリーだったが、後の言葉を聞くと途端に顔を上げ、今耳にした内容が空耳でないか確認するような表情をした。
「あ、あの、シャノン様? それはもしかして、わ、私に魔法を教えていただけるということでしょうか?」
「……そう受け取ってもらって構わない。あなたの姉二人は私が教える必要もない程優秀。だけどあなたは違う。でも、それはあなたに才能がないからではない。あなたにも十分それがある。そしてあなたはきっと教えるほど伸びる。短い間だけど、教えられることは可能な限り教える。だからメアリーも必死に学んでほしい。それと、明日からあなたも私の弟子。これからは先生か師匠と呼ぶように」
シャノンの言葉に数泊の間を空け、意味を理解したメアリーは表情を一気に明るくした。
「はいっ!よろしくお願い致します先生っ!!」
深々と頭を下げるメアリーに満足そうにシャノンは頷くと、もう一度私の方へ視線を向けた。
「……ミーナには教えることはない。寧ろこちらから色々と教えてもらいたい」
「ならたまにで良いので遊びに来てください。私もそれを楽しみにしていますから」
シャノンは「……わかった」と短く頷き、もう一度私たちをぐるりと見渡すと、「……では」とだけ言い残して闇に包まれた。闇が晴れたときにはもうシャノンがいた痕跡は無くなっていた。
「良かったですねメアリー。これであなたも先生の弟子です。私とお揃いですね」
「はいっ! クラリス姉様もありがとうございます! おかげでシャノンさ……先生から教えていただくことになりましたっ!!」
「それはメアリーが優秀だからですよ。えらいえらいです」
メアリーの頭を優しく撫でる姉様に、それを本当に嬉しそうに受け入れるメアリー。
自然と省かれた私は、目の前のそれを口元に笑みを浮かべつつ、感情のこもらない目で眺めていた。
その後私の様子に気づいた姉様とメアリーに慌てて慰められた。
「母様、私魔物狩りをしたいです」
急にそんなことを言い出した私に母は困惑顔だ。
「なに? 一体どうしたのミーナちゃん? 頭がおかしくなったとかじゃないわよね?」
「私は母様と違っていつでも至って正常です。私は魔物狩り、というより魔物を狩って魔晶核やその素材を売って魔石を手に入れ、魔道具を作ってみたいのです」
私は母に、姉様やメアリーと話して自分のやりたいことを見つけたくなったという旨の話を語った。
途中転移魔法のくだりでまたアホの子を見るような眼差しを向けられたが、それが事実であるのを転移魔法の実演を交えながら根気強く説明すると、途中何度も頭がおかしくなったのか心配されながらも最終的にはちゃんと褒めてくれた。
魔法が専門外の母でも転移魔法の術式化が難題であることを知っている。そのため、私がそれを実現させたと言っても素直に信じられなかったそうだ。更に大魔導師であるシャノンの名前を出したからか、シャノンの手柄を自分のものと思い込んでいる可哀想な子だと思われてしまったらしい。
ついムキになって、私は母様と違ってそんな残念な頭じゃないと思わず言ってしまったら、母に頭グリグリの刑に処されて泣きながら謝る羽目になった。
「お説教のために魔法界の宝である私の頭脳を破壊することを厭わない母様。……流石です」
「ま〜だ足りなかったかしらぁ?」
笑顔で刑続行を示唆する母に、両手で押さえたままブンブンと頭を振った。
「理解してくれたようで何より。それでミーナちゃんがしたいことだったわよね。それ自体はお母さんとしても喜ばしいとは思うけど……さすがに魔物狩りは認められないわね。魔晶核や魔石が欲しいならエドモンに頼めばいいでしょう? わざわざミーナちゃんが危ないことする必要はないわ」
「でも父様には一度断ってるし、それに自分のやりたいことは出来る限り自分の力でやった方がいいと思うし……」
「あのねぇミーナちゃん。確かにミーナちゃんは同年代の他の子と比べて、頭が良くて力もあるかもしれない。でもミーナちゃんはまだ6歳でしょう? どこの世界に材料の調達から魔道具の作成までこなす6歳の子供がいるの?」
「……ここに」
私の呟きを確かに拾ってまたお仕置きの準備に入る母に、冗談ですと必死に笑みを作って誤魔化す。
「はぁ……とにかく魔物狩りは、危険なことをするのだけはお母さん許可しません。これが守られない場合は、またミーナちゃんをこの部屋に閉じ込めて勉強させることになります」
ここまで強く言われては仕方がない。母に心配をかけるのは私の本意ではないので渋々と頷いた。
物分りのいい娘の私を見て、母は困ったように笑った。
「ミーナちゃんが13歳になって、ハンターギルドに登録できるようになったらお母さんも魔物狩りを許可するから。せめてそれまでは我慢してね?」
母の言葉に素直にはいと返事をした私は。そのまま痛いことしてごめんねと母に撫でられた。
母に甘えながら私は考える。
(13歳……つまり7年後。今の私からしたら途方もなく遠く感じる。でも母様を不安にさせるのは私だって心苦しいし、こればっかりは納得するしかないか。……それまで手元に入るであろうお金で豪遊して楽しむとしようかな)
そんな馬鹿なことを考えながら、私は母に抱かれて眠りについた。
「……じゃあ行く。メアリーは教えたことと、残した課題を頑張って。次会うときにどれだけ成長しているか楽しみにしている」
「はいっ! いつか私も先生のような大魔導師になります!」
数ヶ月が経ち、メアリーへの指導が一段落ついたと判断したシャノンは、いよいよこの国を離れる決断をした。
その当日である今日。私たち四人がいるのは屋敷の玄関前ではなく姉様の部屋であり、シャノンの見送りと別れの挨拶をするために集まっていた。
シャノンは鷹揚に頷きメアリーの頭を軽く撫でる。
「……うん。そしてクラリス、貴方なら私を超える魔導師。クアッドにもなれるはず。でも無理はせず、着実に成長して欲しい」
「はい。先生のような偉大な大魔導師になれるよう、メアリーと一緒に頑張りますから、楽しみにしててくださいね」
「……わかった、楽しみしてる。最後にミーナ。貴方が魔法界に齎した偉大な功績は私が知っている。あなたなら魔道の深奥にも辿り着けるかもしれない。……あと、特許料はちゃんと振り込んでおくから、心配しないで欲しい」
「そんな心配してませんから。いえ、ちょっとはしてますけど、なにもいいこと言う雰囲気のこの場で言う内容じゃないじゃないですか」
私の言葉にメアリーと姉様が笑い、シャノンもつられるように穏やかな笑み浮かべた。
笑いが収まるとシャノンは表情をいつもの無表情に戻し、もう一度だけぐるりと私たち三人を見渡した。最後に「……また会おう」といつものように短く言い残し、闇に包まれて消えた。
そこにはもはや誰かがいた痕跡すら無いが、シャノンがいたことを示すかのように私の頬を雫が伝った。




