欲得のきっかけ
「……何度体験しても転移魔法というのは慣れませんね。本当にどういう原理で発動している魔法なんでしょうか」
転移魔法で移動した後に、不思議そうに姉様が呟いた。メアリーも同じ気持ちのようでキョロキョロと周囲を見渡している。
「……原理については私も知らない。使えるからただ使ってるだけ。魔法とは本来そういうもの。でもそれを一部の天才が読み解いて、人為的に再現しようとしたのが魔術。だからいつかこの魔法の原理を解明し、魔術として再現出来る者が現れると私は確信している」
普段の雰囲気とは違い若干熱のこもった口調のシャノン。
そのシャノンに姉様が反応する。
「賢者様のことですね? それまで漠然とした存在だった魔術を明確に体系化した偉人。賢者様が今日に至るまでの魔術の基礎を築いたと言われています。──そういえば、そんな賢者様の再来と言われた天才が我が家にもいましたね、ミーナ?」
そう笑いながら私に話を振ってくる姉様。本来なら意地の悪い質問にも聞こえるが、姉様がそんなことを言わないのは分かっている。それに口元は笑っていてもその目は真剣で、何かを確信しているようであった。
「……姉様、それは昔の話ですよ。今の私はそんな風に言われていませんし、期待もされていませんから」
「それはあなたのことを知らない人たちが、の話でしょう? 私ですら現時点で二属性の魔力融合がやっとであるのに対して、ミーナは四属性融合を容易く扱っているではないですか。転移魔法に関しても同様なのではないですか?」
私はその質問に沈黙を保った。正直言って答えたくない。これは母すら知らない私の秘密に関することであるし、それに私はこれで色々できると考えていた。だから姉様から父や母に伝わらないようにするためにもここは沈黙が最善だった。
「……答える気はありませんか。ミーナが話したくないのなら仕方ありませんね。あぁ、もし転移魔法の術式が完成したら、私が王都へ行ってもいつでもミーナに会いに帰って来られるというのに。非常に残念です」
わざとらしい演技で悲しそうに言う姉様の言葉に、私の身体はピクリと反応してしまう。それを畳み掛ける好機と見たのか、姉様はさらなる策を講じる。
「メアリー、あなたもイザベル様と会いたいでしょう? もし転移魔法があればいつでも会いに行けますし、自由に家へ帰って来れますよ?」
「えっ!? 私ですか……? 確かにお母様には会いに行きたいけど、お母様もそうとはかぎらないし……。それにそもそも転移魔法がじゅつ式化されたらの話ですよね? 魔法史におけるなんだいの一つがそう簡単にかいめいされるとは思いません」
「だそうですよミーナ?」
笑って言う姉様に、私は難しい顔をしたままだ。姉様には私がメアリーをイザベルと仲直りさせたいという趣旨の内容を話してしまっている。だからメアリーを巻き込んで私を説得しに掛かったのだろう。そしてその作戦は私に対してとても有効だ。私は妹であるメアリーにあまり悲しい思いをさせたくない。これは姉様に対しても同様であるので、そんな二人から求められたら二つ返事で受けたくなってしまう。
しかし事はそう単純ではないのである。
「……仮に、仮にの話ですよ? 私が転移魔法の術式を作り出せたとして、それをどうやって公表するのですか?」
「ミーナがあまり自分の力を公にしたくない事は理解しています。だからそのような場合はシャノン先生を頼れば良いのではないでしょうか?」
「シャノン様ですか?」
「はい。先生は魔法使いとしても超一流ですが、魔術師としても教会の検定で一級を得ているほどの才媛なのですよ。今世にあるマジックバッグを生み出したのは他でもないシャノン先生なのですから。そんな先生の名義で転移魔法の術式を公表すれば、ミーナの名前が広まる事はないでしょう」
「……それで、私に何かメリットがあったりしますか?」
「いえ、ミーナにメリットと言えるものはおそらく特許で入る金銭くらいでしょうね。もちろんミーナが成長してから自分の名前で公表すると考えているのなら、私のこれは差し出がましいものでしかないでしょう。ですがミーナにとってこの話は悪くないのではないですか?」
姉様の言葉に私は少し考える。私が私の名前で転移魔法の術式を公表した場合、真っ先に考えられるのは親戚筋からの手のひら返しだろう。転移魔法を汎用魔術とする研究は長い間行われ続けていることは知っている。そしてそれは理論的には可能でも、未だに成功していないということもだ。メアリーの言った通り、今では魔法界における難題として有名だ。もしそれを私が解決すれば国中と言わず大陸中、なんなら世界中から注目されるだろう。その結果、私はリシャールの家名を正式に名乗ることを許され、公然と父の娘を名乗ることができる。王宮からも召喚状が届き、国王陛下から直々に御言葉を賜り、勲章を授与され叙爵さえされるかもしれない。そうなれば私を出来損ないと罵ったベルトランや、忌み子として暗殺者を差し向けてきた連中も賞賛するに違いない。父も母もきっとそんな私を自慢の娘だと絶賛してくれるだろう。
でも……そんなのは私は御免だ。
父と母には褒めてもらいたい。けどそれだけだ。顔も名前も知らない親戚や、私を忌み子として扱った連中に今更認められるなんてお断りだ。母の強さや私が戦う術を持たないままであったなら、一にも二にもなくその手段を選んでいただろうが、今の私にはそれ以外にも取れる選択肢がある。それに私が魔法を使えるという噂自体は屋敷内に既に広まっているし、その手の連中の耳にも届いている筈なので今更な問題であるのだ。だから私は家族に危害が加われないのであれば、自分から目立つことをするつもりはないし、注目を浴びて家族に煩わしい思いをさせるつもりもない。そのうち、個人的な趣味と実益を兼ねて術式や魔道具開発を行おうと思っていただけだ。
だけど、姉様やメアリーの為になるというなら話は変わってくる。私が負うべき負担もシャノンが代わりに負ってくれるのならば、姉様の言う通り特許料だけを得られて、デメリットと言えることはなにもないのである。
「……姉様は私にそうして欲しいと思っているのですか?」
自分の中で事の損得を終えた私は、そもそもこの姉様がどういう意図でそんな提案をしたのか、気になって質問した。
私のその問いに、姉様は自分の考えをまとめるように目を閉じた。
「……正直、私自身はミーナのしたいようにして欲しいと思っています。確かに先程言った通り、転移魔法の利便性を考えたら、魔術として自分も使えるようになるというのはとても魅力的に思えますし、一人の魔法使いとしてもその偉業が達成される瞬間をこの目で見てみたいという想いもあります。しかし、私の欲がミーナにとって余計な負担を課すことになるのは決して望んでいません」
「なら姉様はなぜこんな話を私にしたのですか?」
「それは、私がミーナにもっと外の世界に目を向けて欲しいと思ったからです。ミーナ、あなたは大変賢いです。あなたほど賢い子供は同年代を探しても私はいないと思います。学園の中等部や高等部ですら、あなたの能力なら十分に通用するでしょう。しかし、あなたはその賢さ故にひどく歪に思えるのです。普通あなたくらい才能に溢れているならば、多少なりともそれを誇示しようと、したいと考えるのが当たり前だと思います。私だってそれは同じです。ですが、あなたの行動基準は家族の為になるかどうか、それだけです。この話の初めに、あなたは私の言葉に沈黙で返しましたね? なのにその後に私やメアリーが望んでいると告げたら、途端に自分の意思を曲げようとしました。それが私にあなたを案じさせるのです。家族の為に。それは私個人としましても好ましいものと思います。しかしそれだけではなく、あなた個人の欲をもっと外に出して欲しいと私は思っているのです」
憂慮と切実さが混じった姉様の言葉。それを聞いた私は目から鱗が落ちる思いだった。言われてみればそうかもしれない。
魔力測定以前のことは正直あまり記憶にないが、以後に関しては良く覚えている。
初めは母を守るためだった。その後に父と和解し姉様とメアリーが家族に加わった。ベルトランやイザベルは相変わらず嫌いだけど、メアリーのためならと二人のことを考えるようにもなった。
では今の私はどうだろう。
家族の為に、それは変わらない。……ならそれ以外は?
私には、自分の夢や目標と言うべきものが存在していないことを、このとき初めて自覚した。
「……姉様は、私が空虚な人間だと思いますか?」
突然、私の口からそんな自虐的な言葉が出る。それを聞いた姉様は目をパチクリとさせた。
若干返答に窮した姉様に変わって、メアリーが久し振りに発言した。
「さっきからてんい魔法がどーとか、家族のことがどーとか話してるけどミーナ! あなた色々と考えすぎなのよ! そんなに色々と考えちゃうから頭がこんがらがってうまくいかないのよ。だからもっとたんじゅんに考えなさいよねっ!」
腰に手を当てて鼻息荒く告げるメアリーを見て、私の心を覆おうとした靄は一瞬で晴れた。短い悩み事だった。
姉様は言いたいことを言われたのも気にせず、メアリーに悩みを吹き飛ばされた私の様子を見て苦笑した。
「メアリーの言う通りです。ミーナはもっと自分自身の欲求に正直になるべきだと思います。勉強が嫌だとか、玩具や服が欲しいだとか、お菓子を食べたいだとか。そんな頭に浮かんだ小さな欲を少しずつ満たしていけば、やがて自分の本当の願いも見つけられると思います。その結果が家族の為にというなら私は何も言いません。でも最初からそれでは駄目です。家族は既にあなたが持っているものだからです。自分にないものを、欲しいものを、あなたの方から、あなた自身の意思で求めてください」
姉様からも追撃するように言われて私はうぬぬと唸る。
しかし特に反論も浮かばないので、その提案を受け入れることにした。
「わかりました。とりあえず姉様とメアリーの言う通りにしてみようと思います。姉様は転移魔法の公開がそれのきっかけになると思うんですよね?」
「いいえ、きっかけ自体はなんでもいいと思います。私はあなたの視点が変わることこそが重要だと思っていますので。だからまずは、手に入ったお金で自分が欲しいものを買ってみたらどうでしょうか。色々と手に入れてみれば、自然と自分の本当にしたいことに気づけるはずです」
なるほどと私は首肯し、今の今まで沈黙を保っていたシャノンに振り向いた。
「シャノン様に魔法を見せる為の時間だったのに、関係ない話で時間を浪費してしまい申し訳ありませんでした」
「……構わない。私にとっても無関係とは言えない話だった。でもあなたは、本当にそれが可能なの?」
偽ることは許さないというシャノンの鋭い視線を正面から受け止め、私は黙って首肯した。
私はそのまま三人から距離を取り、三人の視線が自分に向いているのを確認すると、魔晶核から魔力を引き出した。
「では行きます」
短い言葉と共に私の姿は闇に包まれ、瞬時に三人の背中が見える範囲に移動した。
シャノンだけはすぐにこちらへ振り向いた。軽く目を見開き、「……すごい」と呆然と呟いた。
シャノンに釣られて姉様とメアリーも私のいる方へ振り向き、小走りに近づくと若干興奮したように各々私への賞賛を口にしてくれた。私はやっぱりそれが嬉しくて、私の望みは家族の為になることでは、と早々に結論を出しそうになった。
姉妹のイチャコラにシャノンも合流した。
「……魔力の流れは相変わらず不自然だったけど、その扱いはさすがだった。正直、特級魔法をこうも容易く行使できるあなたには感服した」
大魔導師からのこれ以上ない褒め言葉に私は頬が緩むのを感じていた。姉様も言っていたけど、認められるのはやっぱり嬉しい。ただ私にとってその相手は限定されるだけなのだ。
「……でも、それとこれとは話が異なる。私も転移魔法を使えるけど、術式としては書き起こせない。本当にあなたはそんなことができる?」
先程と打って変わり期待するような視線を向けるシャノンに、先程と同じように私は頷いた。
「はい、できると思います。それもシャノン様に何度も魔法を見せて頂いたおかげです。まずは──」
食い入るように話を聞くシャノンに、私は転移魔法の原理と術式を説明した。
傍にいるメアリーがその話を理解しようと必死に耳を傾け、その様子をクラリスが微笑ましく眺めていた。




