認定魔導師
「ちょっとミーナ、ここの術式ってこれであってる?」
「ああ、うん。それだと惜しいね。ここが……」
今私とメアリーは一緒に勉強会をしている。イザベルとベルトランがこの家を去ってから、こういう機会は自然と増えた。基本的に私は一人で勉強していることが多いので、それならとメアリーの方から声をかけてきたのだ。もちろん私はこの提案を承諾した。
貴族の子息子女には主に二通りの教育環境が用意される。一つは王都や大きな都市や街に存在する比較的裕福な家庭の子供が通う学び舎だ。ここでは主に中等教育を受けることになる10歳になるまでの期間、5〜9歳の子供が初等教育を受ける場である。初等教育自体は全ての国民が受けることができ、そのための学舎も広い範囲で用意されているが、貴族がこちらに通うのは稀である。二つ目はそれぞれが家庭教師を付けて学ぶ方法だ。こちらは専属で教師を雇う分金銭的な負担が大きいが、その分集中的に教育を受けることができ、学習的な成果も出やすい。そしてこの家は後者の教育方針を取っている。ここリシャール領の領都にも上等な学舎はあるが、侯爵や夫人の意向で家庭教師を招いている。だからこの家の子供が他の子供と勉強するのは中等教育になってからである。
メアリーにもそうした家庭教師が用意されていたのだが、魔道学に関してはベルトランとの兼任であったため既に契約は切れ、今は後任を探している最中である。だから今はこのように私と椅子を並べて学ぶようになったのだ。
「うーん……こんなところかなぁ」
伸びをしながら呟くメアリーの方を向いて、私は労いの言葉をかける。
「お疲れメアリー、今日も勉強頑張って偉かったねー」
私はメアリーの席の後ろ側に立って、メアリーの肩をもみもみ揉んであげる。
「その言い方バカにしてるように聞こえるんだけど……。それにあなたはいつもこれ以上にやってるんでしょ。今のままじゃぜんぜん追いつけないし、もっとやった方が」
「駄目ですよ。今のままでも十分早いペースです。これ以上は効率も下がりますし、メアリーの身体にも良くありません。子供は学ぶのと同じくらい遊んだ方がいいんです」
「あなただって子供じゃない! だったらあなたも勉強ばっかしてないで、もっと子供らしく遊びなさいよねっ!」
「はい、メアリー。だから私はあなたとおしゃべりしたり遊んだりしたいのです」
「ゔっ……」と言葉に詰まり恥ずかしそうに顔を俯かせるメアリー。私はそんな妹が愛しくて両手でメアリーの綺麗な水色の髪をわしゃわしゃと撫でた。
そこでノックとともに部屋の扉が開かれ、部屋に入室者があった。
「二人とも楽しそうに会話していますね。私も混ぜてもらえないでしょうか?」
「クラリス姉様!」
落ち着いた声色で現れた姉様にメアリーが嬉しそうに声を上げた。メアリーは私の手から逃げるように駆けようとするが、私は離すまいとその腰にしがみつく。
「みっ、ミーナ!? ちょっと離しなさいよねっ! これじゃあうまく歩けないでしょっ!」
「駄目です。私という姉がいながらクラリス姉様の元に行くのは許されません」
「何わけわからないこと言ってるのよっ!」と喚くメアリーと、それでも離さない私を見て、楽しそうに笑いながらクラリス姉様が近づいて来た。
「ふふっ、ミーナがメアリーを離さないなら、私は二人の姉としてまとめて頂いちゃいましょうか」
姉様が私とメアリーを覆い被さるように手を広げ抱きついてくるので、私はキャーと言いながらメアリーを抱いたままその腕の中に飛び込んだ。
そんな風に姉妹三人で姦しく騒いでると、ごほんごほんと自らの存在をアピールするような咳払いが耳に届いた。その咳払いに私たち三人の意識が向く。
「……美少女姉妹が楽しそうに戯れるのは目の保養になる。でも、私がいることも忘れないでほしい」
言葉を発したのは、まだ十代前半から半ばほどに見える一人の少女であった。
「もちろん忘れていた訳ではありませんよシャノン先生。それなら先生もこちらに混ざりますか?」
クラリス姉様にシャノン先生と呼ばれた少女は「……ではお言葉に甘えて」と言ってこちら側に近づき、密着するするように私たちの側に立った。
「……シャノン先生。別に先生を嫌っているというわけではありませんが、冗談に対してそのように言葉通りの受け止められ方をされても反応に困ります」
「……もちろん冗談だと理解している。理解した上でこうしている」
やれやれといった風に首を振る姉様を横目にして、私はこの少女を見上げた。
薄緑の短い髪に、同色の瞳の色をした幼く見える外見。その身には髪の色と同じ緑のローブを纏い、胸元に赤、緑、黒色をした六芒星の形をした金属の徽章を付けている。
この人はシャノン・グレンフェル。姉様の魔法の家庭教師である女性だ。そして魔法協会から正式に認められた認定魔導師でもある。
魔導師とは魔法使いの一つの頂点である。その条件は一つの属性を極めることであるとされていて、極めるの定義はこの場合、使える魔法の種類や特級魔法の発動がこれに該当する。
認定魔導師とは、それを魔法協会に保証された者に与えられる称号なのである。認定魔導師はその証として極めた属性の徽章が贈られ、それを身に付けることが許されている。
つまりこの女性は火、風、闇と三つの属性を極めた大魔導師とも言える人物なのである。
「それで、シャノン先生がここにいるのは、私たちとこうしてじゃれ合う為というわけではないのでしょう? ミーナに用があったのではないのですか?」
「……その通り我が弟子クラリス。私はミーナに用がある」
「私は先生の教え子ではありますが、弟子になったつもりはありませんよ?」
「……この私が直々に教えている。その時点であなたは私の弟子ということ」
この調子では何を言っても無駄だろうと、姉様諦めた雰囲気を出した。
「私に用とは、私が魔法を使用するところを見たいという話ですよね?」
「……それで正しいミーナ。今回も色々と観察させてほしい」
初めてこの人に私の魔法を見せたとき、私は彼女に質問攻めにあった。体内の魔力増減がないだとか、適正属性がどうだとか、魔力の流れがおかしいだとか。いつもは物静かな口調なのに、熱くなった彼女は普段の様子では考えられないほど早口で迫ってきた。私はあまり答えたくないことでもあったので、これらの質問を丁寧に躱していった。そうしたらシャノンは「……では質問には答えなくていいので、私の前で魔法を使うところを見せてほしい」と、頭を下げて頼んできたのだ。さすがに大魔導師である彼女にそこまでされたら私としても断り難いので、渋々条件を付けて、これが満たされるならば承諾する旨を伝えた。そうしたら彼女は魔法を見せてくれるならなんでも構わないと告げてきたので、私は意地悪くなって、「なら報酬としてシャノン様が持っている魔晶核の中で最もランクの高い物をください」と言った。そうしたら彼女は難しい顔をしたが「……魔道の探求には代償は付き物」と言って、一つの魔晶核を取り出した。
『……これが私の出せる最高の物。これ以上は無理。それとこれは私の杖にも使われている』
私の前に出されたのは、拳ほどの大きさの黒い魔晶核だった。
それを知覚した瞬間、私はその場から飛び退り反射的に魔力障壁を張っていた。
壁際まで退避した私は、どっと全身に冷や汗が流れるのを感じていた。
『……やっぱりあなたは魔力の知覚能力が異常に高い。普通は畏縮しても、そこまで過剰な反応は見せない』
私は額から流れる汗を拭うこともせず、シャノンに質問する。
『……それは、一体なんなのですか?』
彼女は私の質問に溜めるように少し間を空け、机の上に置かれた純黒の結晶体を指差しながら答えた。
『……これは以前私がパーティーを組んで討伐した闇龍の魔晶核。その推定ランクは3とされている』
ドラゴン、そしてランク3という言葉に私は唖然とした。
かつてこの大陸の人類を滅ぼそうとした魔王の推定脅威度。それが現在の基準に照らすと3か4相当と言われているのだ。それを数人で討伐したという事実にも驚きだが、私が唖然としたのはそんな物をたかが魔法を見せる対価として差し出すつもりのこの人に対してだ。
売れば屋敷か小さい城は建てられるだけの金銭が手に入るはずだ。属性の付いた魔晶核とはそれほど高価なものだ。ランク3ともなれば尚更である。
『……さすがに魔法を見せる対価に属性付き魔晶核は頂けませんので、それを早くしまってもらえませんか?』
私の言葉に何もない空間へ魔晶核を仕舞うシャノン。ようやく圧力から解放された私は、展開していた魔力障壁を消して額の汗を拭って一息ついた。
『……それなら代わりにどんな対価を払えばいい?』
その問いに私は少し考え、じゃあランク6の魔晶核を5つほどくださいと言った。これでも私としては過剰な報酬だと思うが、ランク3の魔晶核を見せられた後で感覚が若干麻痺していた。
シャノンは迷う素振りも見せず分かったと言い、何もない所から要求された物を出した。
私は彼女が使っている魔法を観察する。実際に目にするのは初めての魔法だ。
さっきから彼女が使用しているのはほぼ間違いなく闇属性の魔法である亜空間収納だろう。これともう一つの魔法が闇属性の魔法使いの存在を、他属性と比べて特別なものに押し上げている。
私はそれ以外の条件についても伝えた。
週に一度であること。使用する魔法について希望は聞くがこちらが決めること。難度の高い魔法を使うほどその日に使う魔法の回数が少なくなることなど。色々条件を付けたがシャノンは全て受け入れた。
こうして私はシャノンに魔法を見せることになった。
「……移動するから掴まってほしい」
言われた通りに私と姉様とメアリーはシャノンの衣服や手に触れた。
「……じゃあ飛ぶ」
その瞬間私たちの周囲が闇に覆われる。
闇が晴れたときには閉ざされた室内ではなく、青い空が見える外にいた。




