私の妹
私が今日という日を新しい私が生まれた記念日だと一人ニヤニヤしていると、突然窓の外から何かが爆発するような轟音が聞こえてきた。
いったい何事だ。誰かが魔法の制御に失敗したのか。それとも魔術処理のされた訓練場が破壊されてその音がここまで聞こえてきたのか。いろんな可能性を考えながら私は窓の近くに行き、外の様子を確認しようとする。
しかし今いる部屋から窓の外を見ても特にそれらしい煙や何かが見えないので、寝室の方にある窓から外を見ようとした。
そして窓から外を見た私は、信じられないものを視線の先に捉えた。
なんと中庭に正門らしきものの残骸が転がっていたのだ。あれは間違いなくこの家のものだ。
そのことから事態を推測しようとした私は慌てる。もしかして私を暗殺しようと暗殺者が正面から乗り込んで来たのか。それとも侯爵家に敵意を持つ勢力か個人が襲撃を仕掛けてきたのか。焦った私は首から下げた小袋に魔晶核が入っているのをを確認すると、これからどうするべきか、隠れるか、それとも逃げるかあるいは戦うかを考える。複数の選択肢が瞬時に浮かんだが、とりあえずここから正確に事態を把握しようと、まずは襲撃者の正体を確認することにした。
私の視線の先には、一人の人物が正門があった方向から堂々と歩いて来るのが確認できた。
その人物をよく見ると女性だということがわかって……………………あれは私の母だ。
数秒の間思考が停止した私は、何が起きているのか訳が分からなくなった。
何者かが侯爵家の門を破壊した。そしてそれを為したのが私の母だった。
つまり私の母が侯爵家に敵意を持った襲撃者……?
何故そんなことになったのか。実は母は凄腕の工作員であり、父と結婚したのは侯爵家の内部情報を引き抜くためで、それを完了させた母は自身の痕跡を消すために白昼堂々と屋敷の住人を亡き者にしに来た? 意味がわからない。
私が支離滅裂な思考に耽っていると、侯爵家が有する騎士たちが母を取り囲んで何やら問答をし始めた様だった。しかし話し合いはすぐに決裂したようで、母と話していたらしい騎士は母に蹴り飛ばされていた。
その騎士が吹っ飛んだのと同時に周囲の騎士が抜剣し、魔法を発動させ、戦闘が開始された。
戦闘自体は直ぐに終わった。母の圧勝だ。
母は騎士の剣や鎧を的確に破壊していき、死角から飛んできた魔法を躱したり、時には手で払うようにして打ち消したりして、次々と騎士たちを無力化していった。
母が強いのは最近知ることになったが、正直ここまでとは思っていなかった。
もちろん騎士たちは手加減していただろう。敷地内で上級魔法のような強力な魔法を使うわけにもいかず、中級の魔法すらほとんど使っていないようだった。その上いくら母が襲撃者とはいえ、父である侯爵の裁可を待つことなく殺すわけにもいかず、生け捕りに留めなければならなかったはずだ。それでも近接戦闘はそれなりに本気だったようだったし、多勢に無勢でもあった。
それらを覆した母がとんでもないとしか言いようがなかった。
母は周囲の騎士を無力化するのに成功すると、死屍累々となった騎士たちを素通りして、屋敷の玄関に向かって行った。
そこで私は、母がなぜこんなことをしたかは分からないが、止めるならば娘である私の役目だと考え、使命感に駆られると母の元へと駆け出した。
別館を出て本館に入り、私は母が向かったと思われる場所を予想した。
おそらく母が用があるのはイザベルだろう。それくらいしか候補となる人物がいないからだ。
彼女が一体どうして母の怒りを買うことになったかは知らないが、あのイザベルのことだしきっと何かしたのだろう。
私はそう決めつけて目的の人物がいるだろう場所へ駆けた。途中には不安そうな表情をした使用人に他の使用人が現状を説明していたり、私を見かけると「あっ」と声を上げる人がいたりしたが、私はそれに構っている余裕はないと一切を無視した。
一刻も早く母の元へ行き、母の暴挙を止めさせようと必死だった。
おそらく目的の部屋があると思われる廊下付近には使用人たちが集まっていたが、小さい体を強引に割り込ませてそこを抜け、部屋の前で倒れている人を跨いでドアが破壊された部屋の中へ飛び込んだ。
部屋に入るとまず母の背中が目に入った。それからイザベルの姿を確認し、二人の他にはイザベル付きの侍女と数人の使用人、そしてメアリーがいた。
部屋中の人物が、今入って来た私の姿を確認して驚いたような表情を浮かべた。
それは母も同じようで、一瞬軽く目を見開いたが、すぐに居心地が悪そうに視線を逸らした。
まるで私に、今自分がしていることを見られたくなかった。そんな反応をした母を見て、母の性格が変貌した可能性を排除することができ、ひとまず私は安堵した。
「ミーナ! あなたっ……その女の娘でしょう! その女を今すぐ止めなさい!!」
普段と変わらない口調で私に指図するイザベル。言われるまでもなくそのために来たので、私はこちらを向かず険しい表情でイザベルを見る母に声をかける。
「母様……一体どうしたのですか? 母様にも理由があってしたことでしょうが、今回のことは私はやりすぎだと思います。理由があるなら聞かせてくれませんか?」
私のその質問に、母は躊躇するように口元を引き締めたが、やがて口を開いた。
「……あなたがイザベルに連れ出されて魔物領域に行ったことを知ったの。魔法をほとんど使えないあなたをそんなところに連れて行って……どういうことか問い詰めに来たのよ」
「だとしても、それならば普通にイザベル様に聞けば良いのではないですか? 何も正門を破壊して、騎士たちもなぎ倒す必要は無かったのではないですか?」
「……っそうです! あなたこんなことをしてタダで済むと思わないことです!!」
私の言葉に呼応するようにイザベルが母を非難するが、母はイザベルを睨めつけて黙らせた。
「……その女があなたを連れ出して、しかもその女の子供のベルトランやメアリーよりも護衛が少なく、その上あなたの護衛をしていたのがカールストン家の騎士だったって話を聞いて思ったのよ。この女は私やエドモンのいない時を狙ってあなたを……っ……殺そうとしたんだって!!」
「そっ、そんなものはあなたの妄想です! 現にその娘の護衛はその娘を守って一人が亡くなりました! あなたの言うことが正しいならばその娘も死んでいるはずです!!」
「それはランク6の魔物が出たからでしょう!? その騎士がその魔物の討伐を優先しただけじゃないの! 私が言っているのは、そもそもどうしてミーナを連れて行ったかってことよ!! この子をあわよくば魔物に殺させようとか思ってたんでしょ!?」
母とイザベル、互いに自身の主張を譲らず口論になる。
そんな二人の大人の言い争いを見て、この場にいるメアリーは泣きそうな顔をしている。
母が私のために怒ってくれていると分かったのは素直に嬉しいが、私は今悲しそうにしている私の妹をそのままにしておけないため、一つの魔法を使用する。
その魔法が発動した瞬間室内を光が照らし、二人の声をかき消すような高い音が響いた。
母は魔法を察知した瞬間動こうとしたが、その使用者が私だと分かり驚いた表情で動きを止め、イザベルも何事かと目元を手で覆っていた。
室内を静寂が支配したところで私は口を開いた。
「お二人とも少々落ち着いてください。頭に血が上っては冷静に判断することもできません。……それに、メアリーが怖がっています」
メアリーは急に自分の名前が出て焦ったような顔をする。そして母はそんなメアリーを見て申し訳なさそうな顔をした。
「い、今の魔法はお前が使ったのですか……?」
「はい、イザベル様。私が使わせて頂きました。突然の魔法の使用をご不快に思われたのなら申し訳ありません」
イザベルの瞠目しながらの質問に、私は素直に答える。
私が発動したのはなんてこはない普通の光魔法と中級の風魔法だ。風魔法の中には単純に音を出すものから会話を再生するものまであり、私が使ったのはその初歩のものだ。しかしイザベルは気づいたのだろう。適正属性にない魔法を私が使ったことに。
「い、いえそんはずはありませんでした。あなたどこかに魔道具を隠し持って魔術でも使ったのですね大方その女に買い与えられたのでしょう! 親が親なら子も子ですか! 見栄を張って偽る様な真似はやめなさい!」
違った……。確かにそれならば私も魔法を使えるかもしれないが、それらしいものは持っていないように見えるだろうに。いやでも、彼女の常識に照らせばそうなるのが当たり前かもしれない。私もなるべく隠すと決めた魔法をノリで使った軽挙を軽く自省する。
「……とにかく、話し合うならば冷静にお願いします」
「話し合うことなんてありません! その女が言いがかりをつけてこのような暴挙に出たのです! 侯爵が帰還するのを待つまでもありません! 当主代理として命じます! お前は今回当家に与えた損害を賠償し、お前とお前の娘は侯爵家から追放します!!」
一方的に結論を下すイザベルを見てまたしても母は顔を険しくし、私も正直不快な気分になっていくのを感じていた。さっきまでいい気分で今日という日に感謝していたのに、この親子のせいで台無しだ。
いっそのこと、イザベルの言われた通り出て行くのも良いかもしれない。もちろん心残りはたくさんある。父と仲直りしたばかりだし、姉様とも一緒にいたい。メアリーとだって仲良くなりたかった。しかし母が行ったこと自体は償うべきことだ。母の言い分は他でもない私が正しいことを知っているが、騎士の人が罪に問われる可能性があるため、私から正直に話すわけにはいかない。第三者が証言してくれればまた別なのだろうが、証言だけでイザベルを裁くことはおそらくできないだろうし、母のやったことが帳消しになるわけでもない。母はきっとイザベルを反省させ、その実家のカールストン家を牽制する目的と、私がされた仕打ちを純粋に怒り今回のことを実行したのだろうが、この女の面の皮の厚さは母の想像以上だったのだろう。
私がもはや諦めと冷めた気持ちでイザベルを眺めていると、一人の少女が声を上げた。
「……おっ、お母様は、ミーナを魔物におそわせようとしていました。……わたし聞きました」
突然そんな事を言出だすメアリーに、最も驚かされたのは母であるイザベルだった。
「な、何を言っているのですかメアリー? 私がそんな事を言うはずがないでしょう……?」
「お、お母様言ってたじゃないですか! あのいみごを魔物にしょぶんさせれば手間もかからず楽だったのにって! わたし、お母様が昨日の帰りにそう言っていたのを聞きました!」
「……ッ!! 黙りなさいっ!!!」
室内に乾いた音が響いた。イザベルがメアリーの頬を叩いたのだ。メアリーは一瞬叩かれたことに唖然としたような表情を見せ、目元に涙を溜めるが、必死にそれを堪えてさらに続けた。
「……っだまりません! そもそも昨日の魔物狩りに、ミーナを連れて行く必要はなかったはずです! それなのに強引にミーナを連れ出して、ミーナを危険な目に合わせました! お母様は悪いことをしたので、ミーナのお母様が怒るのは当然です!!」
「この……ッ! 黙りなさいと……ッ!!」
もう一度手を振り上げメアリーを叩こうとするイザベル。それを目にしたメアリーは覚悟をするように目を瞑った。
しかし、その手が振り下ろされることはなかった。
「それくらいにしては如何でしょうかイザベル様。これ以上は主人に留守を預かっている私としても、見過ごすことはできません」
現れたのは家宰のギルベルトだ。彼は振り上げられたイザベルの腕を途中で止めていた。
「離しなさいッ! 家宰といえど度が過ぎますよ!これは私とメアリーの問題です!! 使用人風情は引っ込んでいなさい!!」
「ええ、もちろんです。ですが私としてもエドモン様から御家族のことを任されていますので、過度な暴力はお止めしなければなりません。ご理解ください」
イサベルが視線鋭くギルベルトを睨むが、彼が引かないと理解すると、イザベルは舌打ちしながら腕の力を抜いた。それを見てギルベルトも手を離すと、イザベルはふんっと鼻を鳴らして腕を摩りギルベルトに言いよった。
「家を任されているというのならさっさとこの女と娘を屋敷から追い出しなさい! さぁ! 早く!!」
イザベルの言に「ふむ……」と口元の髭を撫でると、その意図を聞いた。
「アナベル様とミーナ様を追い出すですか……。それは一体どのような理由があってでしょうか?」
「理由ですって!? あなたも知っているでしょう!! この女は正門を破壊して更にそれを咎めた騎士を叩きのめし、剰え侯爵夫人であるこの私を害そうとしたのですよ!! そんなことわざわざ言われずとも分かりなさい!!!」
「いえいえ、それは違いますよイザベル様。正門が破壊されたのは事故です。老朽化したあの門をアナベル様が強引に開けようとして、あのような結果になってしまったのでしょう。私もそろそろ新しいものに変えようか検討していたところです。そしてアナベル様が騎士を薙倒した件は訓練です。最近主人であるエドモン様が家を空けて気が抜けていましたからね。実戦も兼ねてアナベル様にお相手してもらったのですよ。最後にアナベル様がイザベル様を害そうとしたという話についてですが、家宰の身でしかない私では判断がつきません。見たところイザベル様のお身体はご無事のようですが、もしイザベル様がそうであったと主張するならば、エドモン様が帰還された際にじっくり話し合うと良いでしょう。複数の妻を娶った家では、夫人同士が喧嘩や口論になるというのは珍しい話ではないですからな」
つらつらと語るギルベルトの言葉に、イザベルは口をパクパクと開閉させるだけであった。
私としても意外な気持ちだった。ギルベルトの立場としては、母よりもイザベルの側に立つのが当然だ。片や正妻、片や妾か愛人の立場なのだから、どちらに味方するかは考えるまでもない。しかも母がやらかしたことを母の都合の良いように解釈したこともそうだ。
ギルベルトはこの場に限っては、完全に母の味方をしている。
「お前……ッ!! 使用人の分際で私の意見に逆らうのですか!?」
「何のことだかわかりませんな。私は家宰として中立の立場に立って判断申し上げているに過ぎませんから」
イザベルは凄い形相でギルベルトを睨むと「覚えておきなさい!」と恨み言を残し、侍女を引き連れてこの部屋から出て行った。
ギルベルトにも意外だが、イザベルがあっさり引いたことも意外だ。あの女ならば家宰といえど強引に意見を通すかと思ったのだが。
私がそんな疑問を頭に浮かべていると、ギルベルトの方から話しかけてきた。
「ミーナ様アナベル様。この度は家宰である私の不徳と致す所でした。申し訳ありませんでした」
頭を下げたギルベルトに私も母も困惑顔だ。母はそんな疑問をギルベルトにぶつけた。
「えっと……ギルベルトさんの所為ってどういうことかしら? それってイザベルを止められなかったってことであってる?」
「はい。今回のイザベル様の企みを防げず、ミーナ様を危険な目に合わせることになりました。エドモン様からお二人を任されていると身として恥じ入るばかりです」
「……はぁ、別に悪いのはイザベルだからギルベルトさんが謝ることはありません。だけど私がいない間くらいは、もう少しミーナを気遣っていて欲しかったです」
「おっしゃる通りです」と再び深く頭を下げた。そして母がようやく私の方を向いて何か言おうとするが、私はそれを無視してある方向に向かった。
「メアリー様、先程は庇ってくださりありがとうございました。おかげで私も母様もこの家を出て行かずに済みました」
イザベルに叩かれ置いて行かれた彼女は、酷く悲しそうな顔で俯いていた。
母親に逆らい私を庇い傷ついた少女をそのままにするなど、私には到底できることではなかった。
「そ、そう……。それ、は……良かったわ……」
いつもの小憎らしさを感じさせる明るい彼女の姿は、しかしそこにはなかった。私の言葉に顔を一度顔を上げただけでまたすぐに下を向き、ぎこちなく答えるだけだった。
そんなメアリーの両頬を私は両の掌でやさしく触れ、私の顔が見えるように顔を上げさせた。
「ミーナ……? 一体何を……」
「メアリー。母親は違いますがあなたは私の妹です。あなたが悲しい顔をしていると、私も悲しい気持ちになります。だからそんな時は私を、姉を頼ってください。私はいつもあなたが私を気に掛けてくれいたことを知っています。そのあなたの優しさを知っています。あなたが悲しい今こそ、私にあなたを支えさせてください。姉として……そして一人の家族として」
私はメアリーの瞳を正面から見つめて言う。
私が理想とする姉である、クラリス姉様の振る舞いを参考にした私を見たメアリーは、姉の威厳を感じ取ったのか目を見開きながら顔を赤くし、頬に添えられた私の手を払うと背中を見せて目元をゴシゴシと拭った。
「あ、姉って少ししか違わないでしょ……! 私の方が姉みたいなものだもんっ! そっ……それと、かっ家族って言うならそんなたにんぎょーぎな話し方はしなくていいからそれやめなさいよねっ!」
「これはクラリス姉様の口調を真似たのだけれど……メアリーがそう言うならやめようかな。だけどメアリー、貴族の子女ならそれらしい言葉遣いが必要じゃない?」
「私はちゃんとれいぎ作法できるわ! きぞくのマナーは完ぺきなんだからっ! あなたと話しているときはこれでいいのよっ!」
いつもの調子に戻ったメアリーに私は笑みを見せると、メアリーも恥ずかそうに笑う。
私とメアリーはこの日、初めて家族になった。




