怒りの母
「ではこれにて依頼完了となります。報酬は口座に振り込まれまれますので後ほど確認してください。お疲れ様でした」
あるシンボルが掲げられた立派な木造建築の建物。その屋内に存在する広い空間に備え付けられた細長い台を挟んで、二人の女性が向き合っていた。
「そういえばアナベルさん聞きました? マルクタのすぐ近くに存在する森の入り口付近で、ランク6の魔物が確認されたそうですよ」
二人の女性の内の片方、青い制服に身を包んだくせっ毛のある金髪の女性が、対面に立つ女性に話題を振った。
「マルクタ? へぇ〜、でもサフィナちゃんがここで呑気に話題に出すってことは、その魔物はもう討伐されたんでしょ?」
「呑気って言い方は酷いですよぅ。確かに討伐は既にされてますけどさぁー」
アナベルと呼ばれた女性は、自分の言葉で不貞腐れた様子を見せた相手に苦笑して謝罪する。
「ごめんごめん。別にサフィナちゃんが偶にぼんやりしてミスするからって、それをイジったわけじゃないからね?」
「むぅ……私は出来る女なので広い心で許してあげます」
唇をすぼませたサフィナに、アナベルは相変わらず面白い子だなぁと思いながら続きを聞く。
「それで、そんな浅い場所にランク6の魔物が出て、それだけで終わった話なの?」
「ええっと確か、出た魔物がシルヴァヌディアだったらしいんですよね。それで他の個体や群れがいないか調査するって話だったですよ」
「森の悪魔かぁ。単体ならハグレの可能性が一番高そうねぇ。ところでサフィナちゃん、シルヴァヌディアはどのパーティーが討伐したの? マルクタは魔物領域が近いけど基本的に強い魔物は出ないし、仮にランク6の魔物が出たらここから侯爵家が戦力を出すわけだし。あの街はそこそこの魔物狩りしかいない筈だから、たまたま有名パーティーがマルクタにいたんでしょう?」
「はいはい! それなら私知ってますアナベルさん! 討伐したのは確かその侯爵家の騎士だったはずです!!」
そう言って元気な声で二人の会話に割り込んできたのは、背中まで茶色の髪を伸ばした顔にあどけなさが残る背の低い少女だった。
「ちょっとマリィー? アナベルさんは私と話してるでしょう? あなたは他の人の相手をしていなさい」
「サフィナ先輩ばかりずるいです! 私もアナベルさんとお話ししたいです! それにここはいつも人が少ないので相手する人がいません!!」
マリーと呼ばれた少女は元気よく先輩に返事をする。その声は大きかったため、周囲の迷惑になると思われたが、それに文句を言う人物はこの空間に存在しなかった。
「……確かに人は少ない、というよりアナベルさん以外いないけど……それだけ私たちの仕事が少ないってことだからきっと良いことなのです」
「確かにサフィナ先輩なんて他の場所ならすぐにクビになりそうですもんね!」
その言葉についにキレたサフィナがマリーの頭に両手の拳をグリグリと押し付ける。
マリーは悲鳴を上げてアナベルに助けを求めるが、?今のはマリーちゃんが悪いわぁ」と言ってその手を跳ね除けた。
「ふぅ……。そもそもここで受付やってるのはあなたも同じでしょうが。それに私は他の場所だとモテモテになること間違いないから、ここくらい静かな方がみんなのためなの。分かった?」
「うぅ……痛いです。私はアナベルさんがいるからここに志望して来たんですぅ。あり得もしない妄想でここにいる先輩とは違うんですぅ」
マリーの言葉に、もう一度制裁を加えようとサフィナが手を持ち上げたところで、アナベルから待ったがかかった。
「もう二人ともそれぐらいにしなさい。いくら人が来ないからってそうやって遊んでばかりだと、本当にクビになっちゃうでしょ。もう少し真面目にしなさい」
アナベルの言葉にピシリと動きを止めて、素早くいつもの受付嬢スタイルに戻るサフィナ。
そんなサフィナを見て先輩って変わり身だけは早いですよねとマリーが軽口を叩くが、言われた本人はその言葉を無視する。
「それでマリーちゃん。侯爵家の騎士が倒したって話だったけど、どうして侯爵家の騎士がその場にいたのか分かる?」
「はい! もちろん知っていますアナベルさん! 昨日侯爵家から複数の魔動車が出てその夜に帰って来るのが確認されています! だから侯爵家の住人の内の誰かの護衛のはずですが、消去法で第一夫人だと思われます!」
「思われますってマリー、それ知ってるって言わないじゃん。いくらアナベルさんの前だからって見栄張って、不確かな情報教えるのは感心しないなー」
反撃の機会が来たことですぐに出来る受付嬢から素に戻るサフィナと、そんなサフィナの言葉が今回は正しいとぐぬぬと唸るマリー。それを無視してアナベルはさらに情報を得ようとする。
「その侯爵家の車に他に誰が乗っていたのか分かる? 例えばその第一夫人の子供とか」
「えっとそうですね。確かに夫人一人でそんなにたくさん護衛を引き連れて行くのは変ですから、その可能性も十分あると思いますが……すみませんこれ以上は分かりません。それにサフィナ先輩の言った通り、不確かな推論を交えて伝えるのはよくありませんので……」
そう言って謝罪するマリーに、色々参考になったとお礼を言うアナベル。今の話を聞いてなんとなく早く帰らなければという思いが強くなったところで、新しくこの場に騎士風の男が現れた。その人物は小袋を出して換金してくれとマリーに告げる。マリーは受付嬢として生真面目に対応し、サフィナも外面を保った。そんな中、アナベルはその人物の見た目に覚えがあったので思わず声を掛ける。
「……あなたのその鎧、侯爵家の騎士の人よね?」
騎士風の男は横から声を掛けられそちらの方を向くと、驚愕する様に目を見開いた。
「アナベル様!? ええと、どうしてこちらに……?」
「ちょっと依頼でね。数日家を空けてたのよ。それであなた、昨日イザベルが護衛を連れてマルクタ近辺の森に行ったらしいけど、何か知ってる?」
「は、はい。自分もその場にいましたので知っています」
「そう、ちょうど良かったわ。なら教えて頂戴。どうしてイザベルはそんなことしたの? それと他に誰かいた?」
「えっと……夫人以外には護衛対象が三人いました。ベルトラン様とメアリー様とミーナ……様です」
その言葉にアナベルの視線が険しくなる。
「ミーナ……? どうしてそこでミーナの名前が出るの?」
「たっ、確かミーナ様にも魔物狩りをさせようと、イザベル様が連れ出したようで……ヒッ!」
アナベルから洩れた殺気に堪らず悲鳴をあげる騎士の男。
そしてそのすぐ側ではサフィナが青い顔をして震えていた。
「アナベルさん、殺気を抑えてください。このままだと先輩が結婚に差し障る痴態を公共の場で晒すことになっちゃいます。ただでさえ貰い手の少ない先輩なのに、これ以上減っては可愛そうです」
マリーから冗談混じりにそう言われたことで、アナベルは自分から殺気が漏れていたことに気づく。そしてサフィナの様子を一瞥すると、目を閉じて数回深呼吸を繰り返すことで、なんとか自分の感情の制御に成功した。
「ありがとねマリーちゃん。……それとごめんね? サフィナちゃん」
「いえいえ、アナベルさんのお役に立てたなら私も嬉しいです!」
嬉しそうなマリーと対照的に、ブンブンと首を振るサフィナ。それを見てアナベルはもう一度謝った。
落ち着いたところでようやく騎士の男に意識を向け、先ほどの話を聞かせるように迫った。
「……まず聞かせて。ミーナは無事なのね?」
「はっ、はい! ミーナ様はご無事です! 怪我なく帰還したことをこの目で確認しております!!」
望まない答えを返そうものなら物理的に危害を加えることも辞さない。そんな雰囲気を醸し出すアナベルに気圧されて、騎士の男は冷や汗をかきながら必死になって答えた。
「そう……それが聞けてとりあえず安心したわ。……あなたはイザベルが魔法をほとんど使えないミーナを連れ出した理由を知ってたりする?」
「い、いえ……自分は知りません。ただこれはあくまでその……同僚と話した予想でしかないんですが……ミーナ様が森に入った際の護衛の人数は他のお二人の半分である二人だったのと、ミーナ様が森から出てきた時にミーナ様の護衛をしていた男にイザベル様が……その……すごく不機嫌になりまして……。まるでミーナ様が森から帰還なさることを、望んでいなかったみたいなことを怒鳴りながらおっしゃっていて……。それでイザベル様がミーナ様を亡き者にしようとしているんじゃないか……なんてことを考えまして……。ミーナ様が暗殺者にも狙われているって噂も聞いたことがありますし……。あっ! あとミーナ様の護衛はカールストン家の騎士だったって話です」
騎士の男は質問にない内容までもペラペラと話した。本来なら憶測で主人の非道を語るなんてことは許されないし、騎士の男もそこまで口は軽くない。しかしその前に当てられた殺気によってアナベルに精神的に屈服してしまい、彼女の機嫌を損ねないように、主人を裏切るような憶測までも口にすることになってしまった。
アナベルは知りたいことは知れたといった雰囲気で騎士の男に礼を述べる。
「色々教えてくれて助かったわ。でも今の話がイザベルの耳に届くと問題よ。ここだけの話で止めるから、あなたも今の話を私にしたことは忘れなさい。もう行っていいわ」
アナベルの言葉に騎士の男はコクコクと首を振り、逃げるようにその場を後にした。
「もしかしてアナベルさん、カールストン家と戦争でもします? さすがにアナベルさんでも、あそこを一人で相手するのは辛いと思いますよ」
「……そこは無理って言わないのねマリーちゃん」
「あはは。確かにさっきのアナベルさんを見るまでだったらそう言ったと思いますけど、今のアナベルさんなら魔王や龍だって倒せそうな気がしますよ」
「それならカールストン家は魔王や龍よりも強力な戦力を保持してるってことになるけど?」
「それは比喩ですよ比喩。でも実際大貴族は手強いですよ。金、人材、権力全部持ってますからね。それに単純な戦力に関しても誇張だとも言えないんですよね。カールストン家の騎士団は精鋭ですし、側近や侯爵本人も実力者だという話です。それと最近のあの家って、巧妙に隠してるけどどこかと戦争するんじゃないかってくらい魔石やら魔晶核やら色々集めているみたいだから警戒しとけって、パパにも言われましたし。それとさっきの騎士の人が言ったことで気づいたんですけど、例の魔物を討伐した騎士ってカールストン家の騎士ですね。確か戦った片方が死亡したって話でしたし、アナベルさんの娘さんの護衛をしていた二人って話にも一致します。それが事実なら、カールストン家の騎士はランク6の魔物を二人で討伐できるってことですよ。これは正直魔物狩りの存在意義が問われる大問題です。本当に先輩の働き口が無くなってしまいます! ……少し脱線しましたが、娘さんというアキレス腱があるアナベルさんがカールストン家と戦争するなら、超短期決戦で侯爵を暗殺するくらいしかないと思うんですよね。アナベルさんならそれも可能かもしれませんけど、失敗するリスクと成功した場合のその後を考えたら、私はやって欲しくないですねって話です」
冗談っぽく言うが、その目は真剣にアナベルを案じていた。それを察したアナベルは思わず目の前の少女の頭を撫ででしまう。
「うわっ! アナベルさんに撫でてもらえるのは嬉しいですけど! 今は真面目な話の最中じゃなかったですか!!」
「ありがとねマリーちゃん。少し冷静になれたわ。それに私だって大貴族に殴り込みに行くほど考えなしじゃないからね?」
内心でそれはどうだかとマリーは苦笑いした。実際この人なら子供が無事じゃなかったら平気でそういうことをしただろう。そういうところも魅力的なのだが、あまり考えなしに自分の身を危険に晒すようなことはしてほしくなかった。
アナベルの手が引かれ名残惜しそうそうにするマリーは最後に確認した。
「でもどうするんですかアナベルさん? 今回は何も問題なかったそうですが、これが続くならアナベルさんも娘のミーナちゃんも危ないですよ。やっぱり私がパパに頼んで亡命の手引きでもしましょうか? 私としてはその場合アナベルさんについて行くのでそれでも構いませんよ?」
亡命の話はともかく、後半の自分もついて行く云々というのはよく分からないが、そんなつもりはないと首を振る。
「大丈夫よマリーちゃん。さすがに私も、今回はイザベルに何もしないという選択肢はないわ。それにあの子……ミーナが頑張ってるのに、私が勝手に逃げるのを決めるのもね。もちろんそれ以外に選択肢が無ければそうするけど、あの子には父親がいる今の環境の方がいいはずだから」
「アナベルさんが決めたらなら私から言うことはもうありません。でも困ったらいつでも頼ってくださいね! 私とパパの権力がアナベルさんを助けますから!」
マリーにまた礼を言い、アナベルはサフィナの方を向いた。震えや恐怖はもう収まったようで、今はぼけーと口を開けてアナベルとマリーの会話を聞いていた。アナベルの視線に気づくとまたピシッと姿勢を正し身体を強張らせた。
「サフィナちゃんも今日はごめんね。また怖がらずに私と話してくれると嬉しいわ」
「いっ……いえ! 私もアナベルさんとまた話したいです! そそそれにちょっとびびっただけで、アナベルさんは怒ると怖いですけど……普段はそんな風に思っていませんから!」
「先輩もう少しで粗相しそうになりそうでしたもんね! 先輩の悪評がまた一つ増えるところでしたね!」
「漏らしてないから! それに私にそんな悪評もないから!」
茶化すマリーにすかさずツッコミを入れるサフィナ。いつも通りの雰囲気にアナベルも口元を緩める。
「それじゃあ私はもう行くわね。人が来ないからって、あんまり遊んでばかりいては駄目だからね?」
「はい! アナベルさん、またのお越しをお待ちしてます!」
「アナベルさん!今度はミーナちゃんも連れて遊びに来てくださいね!そしてついでに先輩も入れて四人で食事にでも行きましょう!」
「ついではあんたの方でしょ!」と、またサフィナがマリーに突っかかるのを見て、アナベルは建物を出た。そのまま早足で上流階級が住まう区画に入り、やがていつも寝起きしている屋敷の敷地の前に辿り着く。そこには侯爵の私兵が門兵をしていて、アナベルの姿を確認すると速やかに門を開こうとする。
アナベルはそれに声をかけてその行為をやめさせる。
「ああ、門は開けずそのままでいいわ。それとあなたたちは少しここから離れていなさい」
アナベルのその言葉に意味がわからないという顔をする門兵だが、アナベルが早く早くと急かすと、やれやれといった風に頭を振って言われた通りにした。
(あの人や関係ない屋敷の人には迷惑な話だけど、これもミーナのために必要なこと……。マリーちゃんが言った通り、今回ミーナが無事だったのは運が良かっただけ。これまでみたいな半端な対応じゃあの子をもう守りきれないとわかった。これで私の立場が悪くなろうとも、あの子の敵にあの子の母親が誰であるのか改めて教える必要がある)
決意を固め体内の魔力を高めるアナベル。腰を落として構えに入り、前方の被害が出そうな範囲に人の気配がないのを確認して、一気に魔力を解放する。
勢いよく突き出された拳はそのまま門に直撃し、爆発系の上級魔法が炸裂したかのような爆音を周囲に轟かせた。殴られた門はひしゃげたまま吹き飛び、屋敷まで続く道が整備された広い中庭の中ほどに轟音とともに落下した。
その結果に狙い通りだと納得の表情を浮かべたアナベルは、衝撃で倒れこんだ門兵を無視してリシャール家の敷地内に足を踏み入れる。
「今日の私は大人しくないわよイザベル。私の逆鱗に触れたことを思い知りなさい」




