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魔道のマナー  作者: 青梨
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新しい私

 私は現在部屋の中に監禁……いや、軟禁されている。

 机の上には数学や言語学に歴史の本などが山のように積まれ、私はその中の一冊を読みながら要点を紙に写すなどして勉強させられていた。

 私がこれを強制させられているのは母に命じられているからだ。

 その母は私が座る椅子の反対側で恋愛小説を読んでおり、たまにこちらの様子を確認しながらまた読書に戻るといった行為を繰り返している。


 どうしてこんな状況になったのか。私はこうなる前の出来事を想起していた。




 騎士の人と共に森から出ると、既にベルトランもメアリーも帰還していたようで、その場には私たち以外のこの森に来た全員が揃っていたようだった。なぜか護衛の内何人かはイザベルに詰め寄っているようで、それをイザベルの侍女に止められている状況だった。一体何事かと、状況を知らない私は他人事のように考えていたが、一人が私と騎士の人の姿を発見すると、指を指して周囲に伝えたので次々とこちらに注目が集まった。

 もしかしてかなり待たせてしまったことで怒られるのかとでも思ったが、イザベルに詰め寄っていた何人かの護衛がこちらへ駆け寄って来ると、無事でよかったなどと私たちの帰還を喜ぶような言葉を掛けてきた。それでようやく状況を理解できた私は、ご心配おかけしましたと素直にお礼を言おうとしたが、護衛たちの後ろから大声が発せられたことでそれは中止された。


「どういうことですか! あなたはなぜその娘と一緒にいるんです! もう一人はどこにいるんですか!!」


 怒鳴りながら割り込んできたのはイザベルだ。聞く人が聞けば私を始末させようと指示したことを思わせる言葉を発しながら、すごい剣幕でこちらへ向かって来る。


「ギリアムは森での護衛任務中に魔物と交戦したことで死亡しました。これがあいつの遺品です」


 騎士の人はギリアムが死んだことを平静に告げ、ギリアムが持っていた剣を差し出した。

 イザベルは一瞬何を言われたのか理解できないというような顔をしたが、すぐに目尻を吊り上げて怒鳴り返した。


「ギリアムが死んだならなぜあなたとその娘が無事なんです! 答えなさい!!」


 周囲には何をそんなに怒っているのか理解できないといった顔をする人と、意味を理解できて険しい表情をしている人の二種類に反応が別れていた。


「ギリアムはある魔物と交戦し、命を落としました。その魔物は討ちとりましたが、その戦いでギリアムは戦死しました。……そしてこれがその魔物の死体です」


 騎士の人はイザベルの質問に答えながら、背負っていた魔物の死体をイザベルに見せるために前に下ろす。イザベルは「何を…ッ!」と言いかけるも、その後の言葉が出てこず絶句した。周囲からもその魔物の姿を確認したことでどよめきが起きる。


「こいつはもしかして、森の悪魔じゃないか……?」

「……ああ、間違いない。俺は以前剥製を見たがそれとそっくりだ」

「シルヴァヌディアはランク6だぞ……! まさか二人で倒したのか!?」


 そんな驚愕の反応が起き、騎士の人に説明を求めようとする。

 それから騎士の人は私と考えでっち上げた話を、いかにギリアムが奮戦し活躍したかを交えながら、何があったかを語った。終いには「あいつは本当の騎士で……」なんて泣き出す始末だ。

 さすがに演技過剰にもほどがあると思ったが、これを聞いた人たちの反応は騎士の人に同情するような言葉をかけ、ギリアムの死に涙する者までいた。

 そこまでの反応をされると騙しているのと、故人の死を辱めているのではと感じる両方の理由で申し訳なくなってくる。

 私が色んな方面に頭の中で謝罪していると、騎士の人がこの嘘の目的とも言える本題を告げた。


「イザベル様、本来森の深層にいるはずの森の悪魔が入り口付近に出没したのは異常事態です。それに森の悪魔は群れを作ります。今回の個体がハグレであるならば問題ありませんが、万が一ということもあり得ます。早急に街へ報告し、調査隊を派遣することを進言します」

「……レイチェル、数人連れてマルクタに行き今の話を説明して来なさい。残りの者も荷を積み速やかに乗車するように。すぐにこの場を離れます」


 眉を顰めて不機嫌そうに言うが、さすがは侯爵夫人というべきか。判断は的確だった。イザベルの指示に各々素早く動き従っていく。私は特に出来ることはないので、邪魔にならないようにしながら私が乗ってきた車に向かう。そんな私に横から幼い声が掛けられた。


「あ、あなた! 森のあくまと会ったんでしょう! たたかっ……えっと……ケガとかしていないかしら……?」


 森に入る前から私を気遣うようなに見ていたメアリーは、私が森から出てきた時には顔を綻ばせていた。私の視線に気づくとすぐに明後日の方向を向いてしまったが、私はそれを嬉しく感じていた。

 そんなメアリーが話しかけてくれたことで私は自然と笑顔になって答えた。


「ご心配して頂きありがとうございますメアリー様。私は木の陰に隠れるばかりでしたので、ご覧の通りこの身に怪我は一切ありません。メアリー様は魔物討伐の体験は如何でしたか?」

「べべ、べつに心配したとかそうわけじゃなくて……わ、私はよゆうだったわ! まものなんて私の水魔法でいちげきだったんだから!」

「それは素晴らしいです。私なんかは魔物を前にしたら恐怖で動けなくなってしまいましたから。同じ年齢にもかかわらず、魔物を勇ましく狩られたメアリー様を尊敬致します」

「そ、そう……。み、ミーナも私のようにがんばりなさいよねっ!」


 そう言い残しメアリーは私の前から去って行ったが、最後の表情はなんだったのだろうか。バツの悪そうな顔にも見えたが、もしかしてメアリーも私のように魔物が怖かったのだろうか?

 疑問に思うも、私はメアリーの背中から視線を外して車の中に乗り込んだ。

 硬い地面や樹木とは違う人の手で作られた柔らかさを持つ座席と、外とは違う車の中の閉鎖的な空間が私に安心感を与えてくれる。そのせいか、急に眠気が襲ってきてうつらうつらとする。

 思い返せば今日だけでたくさんのことがあった。結果的に助かったものの、命が危ないような場面もいくつかあったし、そんな危険を自ら犯しもした。それだけは反省しなければならない。それに帰ったら母と姉様に今日の話を聞かせてあげて……




「嬢ちゃん、少し広くなったが帰りも一緒に頼むな! ……って寝てるなこりゃ」


「無理もないか」と呟きながら、起こさないように静かに座席に座りミーナの寝顔を見る。

 子供相応のその姿にハリスは頬を緩め、動き出した車の窓の外に視線を向けた。


 車内には走行音と少女の寝息だけが聞こえていた。




 無事我が家に帰ってきた翌日。私は全身が筋肉痛でベッドから起き上がれないでいた。

 昨日は屋敷に着いた後、まだ眠く疲れた身体を騎士の人や使用人の介添えを断り、気合いで動かして部屋に戻った。部屋に戻った後は水浴びを簡単に済まし、夕食を適当に口にしてすぐに眠りについた。


 全身が痛みで動けない私は筋肉痛を回復魔法で治そうと、机の上にある小袋を取りに行くためベッドの上をもがきながら進んだ。ベットを降り、床を這いずって机の下まで到着し、椅子をよじ登ってなんとか目的のものを手にする。

 この魔晶核は昨日の戦利品と言っていい。呼び寄せられた大量の魔物から、騎士の人に頼んで集めてもらったものだ。騎士の人は「嬢ちゃんの騎士としての初仕事が魔物の解体とはな……」なんてぼやいていたが、これは今の私にとっての切り札にして生命線と言えるものだ。別にこれがなくたって今すぐ死ぬことはないだろうが、魔晶核が無ければ私は魔物と戦う手段を持たない。魔物の魔晶核に一時的に干渉するあの力も、攻撃の手段がなければ無意味に等しい。だから昨日のようなことに備えて今後は常に魔晶核を所持することにしたのだ。


 回復魔法で身体を治した私は、これでまともに動けると手のひらを開け閉めして、今日は母が帰ってくる日だと胸を躍らせた。

 早く成長した私の姿を母に見せてあげたい。

 私は浮かれた気分のまま朝食を平らげて、いつものごとく書庫へと向かった。


 書庫へ移動すると私は、昨日遭遇した魔物も含めてどんな魔物が存在するのか調べることにした。

 魔晶核への魅せられるような欲求は収まったものの、私にとって魔晶核が重要な存在になったという事実もある。だからどんな魔物がどんな魔晶核を体内に持っているのか、それを知ろうと魔物図鑑を開いたのだが、この図鑑は魔物の生態は詳しく載っているが、魔晶核についてはほとんど書かれていなかった。

 それも当然かもしれない。多くの人にとって魔晶核なんて魔物の部位で最も高く売れるくらいにしか考えていない。興味があるのは魔術師か研究者くらいだ。しかも私でも魔晶核を見て魔物の種別は分かっても個体による判別はつかない。そんな魔晶核のことなんて本に載せるだけページの無駄使いなのかもしれない。

 そんな風に残念な気持ちになりながらも、色んな魔物が載っていて面白いなあと感じながら読み続ける。


 本を読むことに集中して周囲の様子に気付かなかった私に、突然横合いから声が掛けられた。


「おい、出来損ない。お前が読んでるその本は侯爵家の私物だ。さっさとその汚れた手を離して元の持ち主に返せ」


 そこには、私の義兄であるベルトランが不機嫌極まりないといった表情で立っていた。

 ベルトランの物言いより読書を邪魔されたことで私は眉を顰めそうになったが、黙ってページを閉じて彼に手渡そうとする。


「おい、だから本が汚れるからいちいち触るなよ。そんなことも言わなきゃわからないのかこの無能が」


 もはやこの程度の悪態は慣れたもので、私は速やかに席を立つとベルトランに一礼しすぐに書庫から出ようとする。しかしそんな私をベルトランが呼び止める。


「待てよ出来損ない。お前、昨日は護衛を死なせて自分だけはなんとか生き延びたようだが、自分だけ助かって恥ずかしくはないのか? お前みたいな無能を守ったせいで英雄が死んだんだ。誰もが思ってるぞ。どうせ死ぬならお前が死ねばよかったってな。なあ、お前のせいで死んだ英雄様のお墓の前で、私が助かってごめんなさいって地面に頭を擦り付けて謝ってこいよ」


 相変わらずの私を不快にさせるベルトランの侮蔑。

 私はいつものように彼が飽きて立ち去るのを黙って耐えるつもりだったが、昨日の魔物との戦いの興奮が抜けきらないのか、それとも私はもう無能じゃないという自信がそうさせたのか、気付いたらベルトランに言い返していた。


「いいえベルトラン様、確かに彼は私を守ったことで戦死しましたが、それは護衛としての任を果たし通した故の結果で御座います。私は彼の死を悼み、墓前で感謝を述べることはありましても、謝罪を口にすることは致しません。それは彼を侮辱することに繋がるからです。──それよりベルトラン様の方こそ、自分はクラリス姉様に及ばないから嫡子の座をクラリス姉様に譲ります、とさっさと公言することはなさらないのですか? 姉様に劣るベルトラン様が侯爵位に就いて、侯爵家の人間や領民の皆様に申し訳ないと思われないのですか?」


 まさか言い返されると思わなかったのか、ベルトランは暫し呆然とし、私の言葉の意味を理解すると徐々にその顔を憤怒で染めていった。


「でっ、出来損ないの無能の分際でッ……! よくも次期当主の俺を侮辱したな!! タダじゃスマさんぞ!!!」


 同時にベルトランの体内で急速に魔力が高まっていくのを感じ取る。


「ベルトラン様、屋敷内での魔法の使用は禁じられていますよ」

「黙れ無能が!!」


 怒りの言葉とともにベルトランから炎の球が発射される。

 こんなものがその威力を周囲に振り撒けば、書庫の本の半分は燃えてしまうだろう。ベルトランとしてはもっと威力を抑えようとしたのかもしれない。しかしコンプレックスを刺激され、無能な私に口答えされたという事実が彼のリミッターを振り切ってしまったのだろうか。

 本を燃やされないためにも避けるという選択肢がなくなった私は、魔晶核の魔力を使いベルトランの魔法に介入し、その魔力を霧散させた。一瞬の早技である。

 私の眼の前で急に消えた自分の魔法を見て、ベルトランは私に言い返されたとき以上に大きく目を見開いて、驚愕の表情を露わにする。

 唇をわなわなと震わせ、自身の愕然とした思いをなんとか言葉にした。


「……おっ、お前……今、何かしたのか……?」

「私がですか? いえ、私はベルトラン様の魔法を目で追うことも出来ませんでした。ベルトラン様が魔法を止めて下さらなければ、きっと私は死んでいたでしょうね。ベルトラン様に対し暴言を吐いた私に対し、そのような寛大な処置と慈悲の心を与えてくださり深く感謝致します。それと申し訳ありませんでした。そんなベルトラン様よりもクラリス姉様の方が当主に相応しいなどと、愚かな私の前言を撤回致します。お許しください」


 白々しい嘘が並べられた先ほどとは正反対の意味を持つ私の言葉は、果たしてベルトランに届いたかどうか。

 私はそんなベルトランの反応を確認もせずに「失礼します」とだけ述べてさっさと書庫を退出した。


 自分の部屋に着いたと同時に、私はその身をベッドに投げ出した。


「ふふっ……ふふふっ……やっと……やっと! ベルトランに言い返すことができた……っ!!!」


 私はベッドの上で喜びに打ち震えていた。あの日から私への対応が弱者を甚振るようなものに変わったベルトランに対して、私はただ黙って耐えていることしかできなかった。あの時はまだ父の胸中を知らなかったし、母と一緒に国外へ脱出するという考えも無謀だと思っていた。だけどここ数ヶ月で状況が変わった。父は私たちを家族だと思ってくれていたし、母はすごく強かった、姉様も優しく私に接してくれた。

 そして私自身が力を手に入れた。きっとこれが一番の自信の源だ。

 もはや私は以前のように弱い私じゃない。

 今日ベルトランに言い返したこの日から、私は新しい私に生まれ変わったのだ!


 私のそんな喜びを表現するかのように、窓の外から爆発するような轟音が鳴り響いた。

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