無才少女と平凡騎士
あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。十分かもしれないし一時間かもしれない。
私は木の枝にしがみ続けた体勢のまま、なんとか周囲の様子を確認しようとする。
辺りには魔物の死体が幾つか転がっていて、それが更に私がいる場所から離れた場所に道を示すように続いている。あの護衛の人が、私が今いる場所から魔物を引き離してくれた結果だろう。
もはや周囲には魔物がいないことを確認した私は、一生懸命手足を使い枝や幹を伝って、どうにか地面に降り立つことに成功した。
「……これからどうしよう」
私の内心の不安が言葉となって発露する。
護衛の人にギリアムと呼ばれていた男が使っていたのは、魔物寄せの魔道具という話だった。その効果がどれだけの範囲に及ばされるのかは分からないが、おそらく周囲にはもう魔物はいないだろう。ここに来るまでとここに来てからの魔物の出現数を考えるに、今は一時的に魔物が存在しない空白地帯ができているはずだ。あんまりもたもたしているとまた元に戻ってしまうため、素早い決断を下す必要がある。
私はいつでも森の外へ逃げられるように方角を記憶するようにしていたので、護衛の人が森の奥に向かったことは理解できていた。だからその反対方向へ行けば森から出られるはずだ。私は森の入り口がある方へ意識を向けた。
──家に帰れる。現実味を帯びたその事実が私の思考を取り巻いた。
少なくとも二度は死を覚悟したはずのこの森で生き延びられるなんて私はきっと運がいい。
──家に帰れる。
この森を出て家に帰ったら、母に今日会ったことをたくさん聞かせてあげよう。母は心配させるなと怒るだろうが、最後にはきっと少し成長した私を褒めてくれるだろう。
──家に帰れる。
姉様には魔晶核を自慢しよう。姉様ならば私が手に入れた魔晶核程度なら見慣れているだろうが、これは何と言っても私が実際に魔物を狩るのを近くで見て初めて手に入れたものだ。姉様はきっと少し困ったように笑いながら、あんまり危ないことはしないでくださいねと言いながらも、私の魔晶核を綺麗だと言ってくれるに違いない。
──家に帰れる。
父が帰って来たら父にも話してやろう。家を空けがちなあの父ならば、きっと子供の成長話に飢えていることだろう。そこで今日の話をしながら魔晶核を見せてやるのだ。それを聞いて喜んでくれる父の姿を容易に想像できる。
──家に帰れる。
それから、それから……
──気付けば私の足は魔物の死体が続く先へ、森の更に奥へと向かっていた。
私はそんな私の行動に自問自答する。
このまま森の出口へ向かえば、ほぼ間違いなく生きてこの森を脱出できる。そうすればまた大好きな家族に会うことができる。それにもかかわらず頭と体の矛盾した結果を表すかのように、私の足は死の気配がする方への歩みを止めることはない。これは一体なぜなのだろうか? あの護衛の人が言ったように、私は本心では死ぬことを望んでいる? いや、それはありえない。死ねばもう家族と会えなくなるのだ。そんなことを私が望むはずがない。ならば私がこの行動をとる理由は何なのだろうか。このまま向かう先に行けばおそらく私は死ぬ。護衛の人でさえ命が助からないような状況のはずなのだ。そんな場所へ魔法をほとんど使えず、年齢相当の体力しかない私が行っても、何の抵抗もできないまま魔物に殺されるだけだ。
ならばなぜ私は迷いなく死地に向かっているのか。いくら考えても分からない。
結局答えらしい答えが出ないまま、私はその場所に辿り着いた。
そこには腹を割かれ全身が血に塗れているような魔物の死体や、この事態を引き起こした護衛だった人物が顔を半分潰された状態で死体となり転がっていた。
そして更にその向こうでは、細長い手足を持った黒い猿のような魔物がいて、それと向かい合うように護衛の人が剣を地面に突き立てて膝をついている。護衛の人は立ち上がることが出来ないのか、突き立てた剣に倒れないよう必死に身体を支えているようだった。
「護衛の人……」
呟きに反応して頭を振り向かせようとしたのか、微かに護衛の人の頭が動いた気がした。
私は護衛の人に近へ寄ろうと足を動かす。
近づくにつれて、嫌でも理解させられる護衛の人の状態。よく見たら、いやよく見なくても、護衛の人は生きているのか死んでいるのか判断できないほど酷い有様だった。
左腕は上腕付近で千切れて先がなく、右腕も既に折れているようで、突き立てた剣に無理矢理身体を預けていることがわかった。両の足は片方は足首から先が、もう片方は腿から先がなくなっていて、その不釣り合いさは対峙した相手の残虐さを表しているようにも思えた。もはやまともに言葉を発することもできないほど鼻は潰れて歯は砕け落ち、頭部は歪な形に変形している。未だ息があるのが不思議なほどだ。
私の耳にはそんな護衛の人の息遣いだけが聞こえていた。
そんな護衛の人の陰惨な姿を至近で目にしたにもかかわらず、私の心は自分でも気持ち悪く感じるほどに落ち着いていた。
「──よく戦ってくれました私の騎士。今だけはゆっくりと身体を休めてください」
自然とそんな言葉が私の口から紡がれる。護衛の人はその言葉に安心したように目を閉じると、眠るように気絶した。私はそんな護衛の人を、コップに満ちた水が溢れないように丁寧に地面へと寝かせる。
そして護衛の人から視線を外し、私はその相手を正面から見据えた。
──大きい。5歳児である私の身長の軽く倍以上はある。
間近で見たその魔物の眼孔の奥は、寒々しいほどに暗く闇が漂っている。視点は私に合わせているようで、全く別の箇所を見つめているようにも感じた。
手足は細長く一見貧弱そうな印象を受けるが、内包した魔力は見た目にそぐわず膨大である。
黒い魔物から感じる圧力は、私が先程遭遇した魔物の比ではない。仮に私が初めに目にした魔物がこれであったなら、きっと恐怖を感じることさえなく死を受け入れ、生きることを諦めていただろう。
それなのに、今は恐怖や焦燥といった負の感情は微塵も湧かない。
感覚が麻痺してしまったわけではない。
ならなぜか。それはきっと────
「これから殺し合う前に、あなたに一つ聞いてもよろしいですか。どうしてあなたは私が来てから今の今まで、そこで何もせずにただただ突っ立っていたのですか?」
私の質問に、その魔物が答えることはない。ただ静かに、闇だけが広がる両の目を、私に対してじっと向け続けるだけだった。
「質問に答える気がないのか、それとも答えることが出来ないのか分かりませんが。私が」
言い終わらないうちに、黒い魔物の右腕が振り抜かれる。空気を轟然と引き裂く一撃は、触れてもいない地面に亀裂を作った。そしてその攻撃の結果を確認もせずに、更に左腕を私に向かって突き出す。前撃同様受けた相手に殺戮を齎すに十分な破壊力を持った一撃だ。
しかし、その突きが私に届くことはなかった。
私はおそらく惚けた表情をしている黒い魔物に向けて、理解できていないと知りつつも言葉を続けた。
「……私が思うに、あなたは私のことを心の底で警戒していたのです。だから不用意に私に対して攻撃を仕掛けることができなかった。しかし同時に己の本能と経験則から、人間の子供であり魔力をほとんど持たない私が自らと比べて圧倒的な弱者であることも理解していた。だから警戒はしても逃げることはなかった。──そして、あなたのそんな愚かさが今からあなたを殺します。それを魂に刻みつけて逝きなさい」
左腕を、人で言う上腕辺りから無くした黒い魔物は、絶叫をあげながら私から距離をとった。
そして残った右腕で足元の土を掬い上げると、私に向かって散弾のように打ち出した。
受け切れないと判断した私は、魔力障壁を斜めに張り土の散弾を後ろへ逸らす。逸らされた散弾が背後の木々を薙ぎ倒し、破壊の限りを撒き散らしていることを音で察した。
今の攻撃が相対する私に有効と判断したのか、黒い魔物はその攻撃を繰り返す。
しかし私は土属性の魔力干渉を発動することで、強引に擲たれた土を自身の制御下に置き、威力そのままにそれを黒い魔物へ向かって打ち返した。避けること許さず、土の散弾は黒い魔物の左足を削りつつ千切り飛ばし、背後の木を砕き貫いて周囲に散っていった。
黒い魔物は何が起きたのかも理解できずに、地面に転がりながら残った腕と足で必死に空を掻きながら五月蝿く喚き散らしていた。
「今の攻撃は良かったと思います。知らなければ頭部か胴体に風穴を開けられていたでしょうね。……それにしても、少し狙いが逸れました。本当はもう片方の足も落とすつもりでしたのに」
残念そうに言う私のことなど最早眼中になく、必死になって残った片手片足を動かす黒い魔物。
今になって逃げ出そうとするその動きは酷く滑稽に見えるものの、移動自体は意外と速く、残りも少ないので私は止めを刺すことを決める。
「本当は私の騎士と同じだけの負傷を与えるつもりだったのですが……私にはこういうことは向いてなさそうなので、これくらいにしてあげます。──では」
私は射程に収めるため軽く近づくと、戦う前と比べ明らかに弱々しくなった黒い魔物の生命を、一思いに断ち切った。
この日、私は初めて魔物を殺し、その命を奪った。
黒い魔物が絶命したことを確認すると、私は自身の手の中に視線を向ける。そこには以前のような輝きを発することがなくなり、溶けるように消えていく魔晶核があった。
魔物の死体に必ず存在するとされている魔晶核。私は覚醒して更に広がった知覚範囲でその正体を認識した。
魔晶核、これは私たちにとって魂に相当するものだ。
なぜ霊体であるはずの魂が、魔物の体内では物質として存在しているのかは分からない。だけど私はなぜ自分があれほど魔晶核に夢中になったのか、その理由が理解できた気がした。
私の前世はおそらくこことは違う世界だ。それはつまり、私の魂はこの世界から生まれたものではないということでもある。そのため私の肉体か或いは魂が、この世界の魂が具象化した存在である魔晶核を、魔力を生み出す源であるそれを、自分には無いものとして求めていたのだろう。
そしてそれを手にしたことで、私は黒い魔物を打倒するだけの力を得ることになった。
この力の使い方は感覚的に分かった。と言うより私はこの力の使い方に覚えがあったのだ。それは魔力訓練として行っていた魔力の精密操作だ。
私のこの力は魂でありながら魔力の塊でもある魔晶核を消費することで発動する。この力を使用している最中は、周囲の魔力の様子が視覚化されるよりも詳細に感じとることが出来、そして感知した他者の支配下にない魔力に干渉してそれを自在に操ることも可能となる。この方法で私は黒い魔物の投擲攻撃を撃ち返すことに成功した。
そして初めに黒い魔物の腕を奪い止めを刺した方法。それは現状対魔物相手であるならば無敵だと思わせるほどに、強力な殺傷手段だと感じていた。
人を含めた他の生き物の魂は感知はできても干渉することはできないのに対し、魔物の魂に相当する魔晶核にだけは、魔物が生きている場合でも干渉することができたのだ。私はそれにより魂と肉体の結びつきを一時的に弱め、魔力が通わず耐久性が激減した腕を切り落とし、同じ方法で命を断った。
もちろんこの力にも制限はある。一つは単純に距離だ。私が魔力操作を行える程度の範囲に相手がいなければ効果が及ぶことはない。そして二つ目は魔物の生命力だ。初めから魂と肉体の繋がりを切り絶命させることが不可能であることはなんとなく理解できた。腕を切断出来たのだって、コンマ何秒かの時間その部分だけに力を集中させたからできたことだ。だからこの力を必殺にするためには、相手の体力か魔力をある程度削る必要がある。そして三つ目、これは二つ目を基にした予測でしかないが、今のままでは今回の黒い魔物以上の相手を仕留めるのは困難だろうということだ。おそらく魔物が保有する魔力量が多いほど私の力は減衰される。だからきっと私の力が全く通じない魔物も存在するはずだ。
それでも私は絶望なんてしていない。元々なんの力も持たず魔物に震えばかりだった私が、その魔物を狩る力を手に入れたのだ。これだけでも私にとって大きな躍進と言っていい。そして私はまだまだ成長するし強くなれる。今はまだ勝てなくてもいつか勝てるようになればそれでいい。私はまだまだ育ち盛りなのだから。
黒い魔物から魔晶核を取り出した私は護衛の人の元へ向かう。
あの時は何故か冷静に見ることができたが、今は正直気分が悪くなるほどにグロテスクだ。これで内臓がむき出しになっていたら私は気絶していたかもしれない。しかし血を吸っただけの衣服のかおかげで胴体部分は隠されており、なんとか意識を保つことができた。
私は魔晶核を手に護衛の人の傍に屈んで、ある魔法を発動した。回復魔法だ。回復魔法は基本四属性の融合魔法であるが、今の私にとってはわけないことだ。
魂から生じる魔力に属性は存在していない。そしてそんな属性を持たない魔力は純粋魔力と呼ばれている。魔晶核から生じる魔力もそんな純粋魔力だ。純粋魔力は肉体によって影響を受け属性を持つことになる。それが適正属性と呼ばれるものの正体で、私はこの適正属性を人為的に再現することができるようになった。この方法は魔術による魔力の属性変換と同じ方法であるが、これを生身で可能とするのは純粋魔力を生み出す魂に直接干渉できる、私のような人間だけだろう。
回復魔法の困難さの理由は適正属性の保有だけでなく、魔力融合という精密な魔力操作にもある。しかしやはり私には関係ない。私の魔力を感じ取る感覚はもはや人間離れしていると言っていい。そのため魔力融合のための魔力配分も正確に分かる。実際にその魔力同士を合わせる魔力操作についても同様である。
私が魔力操作を得意としていたのはこれが理由だったのだろうか。
回復魔法を発動した私は、それを護衛の人に使用する。
回復魔法は込めた魔力量によっては欠損部位も修復することができるが、そのための消費魔力は傷を塞ぐだけのものよりも跳ね上がる。結局黒い魔物の魔晶核だけでは足りず使い切ってしまったため、近くにあった血塗れた熊の死体から魔晶核を取り出して使用した。
そこまでしてようやく護衛の人の状態も完治して私は安堵した。
気が抜けそうになる身体を立たせて私は周囲を見渡し、護衛の人が起きた時これをどうやって言い訳しようか考えていた。護衛の人の傷を治したのは当然本人にバレるし、この黒い魔物を倒した手段も聞かれるかもしれない。いっそのことこの場から逃げてしまうのもいいかもしれないと思ったが、それは下策だと思い直す。
そうこう考えている内に呻き声を上げながら護衛の人が目を覚ました。護衛の人は目を開けると周囲に視線を向け、私が視界に入ると身体の確認をするようにゆっくりと上体を起こした。
「……俺は死にかけてたずだが?いなのに腕もあるし足もある……。嬢ちゃんは何か知って……いや、嬢ちゃんが何かしたのか?」
いきなりの核心を突いた質問に、私は思わずドキッとした。
ここは誤魔化すべきか。いや、この言い方的になんらかの確信があるのだろう。例え私が誤魔化しても護衛の人なら私が話したくないか、何かを隠していることを察するだろう。
そこまで考えて、私はこの場所に来てからのことを話した。
「……そうか。嬢ちゃんが俺を助けてくれたのか。全く……護衛対象に、それもこんな小さな子供に守られるなんて、騎士の名が泣いちまうな……」
私の説明を聞いた護衛の人は乾いた笑いをしながらそう零した。
「それにしても嬢ちゃん。俺を治したこともそうだが、森の悪魔を一人で倒しちまうんなんて、いつ間にそんな強くなったんだ? それとも隠してただけで元から強かったのか?」
「いえ、この森に入ったときは魔物を倒すなんて真似はとてもできませんでした。護衛の人にあの石、魔晶核を貰ってから私の中で何かが変わった……というより目覚めたんだと思います」
この力についてはまだ秘匿していたいから、自分でもよくわからないという曖昧な言い方に留める。
「なんだ? 嬢ちゃんも自分の力についてよく分かってねえのか? 俺の身体を治した方法も聞きたかったが、嬢ちゃんも知らねえんじゃ答えようがねぇよな……」
「えっと……はい、そんな感じです。ところで、私が倒したその黒い魔物って森の悪魔だったんですか?」
「嬢ちゃん……こいつを森の悪魔だって知らずに倒したのかよ。生き返ってから嬢ちゃんの無茶苦茶さには驚かされ続けたけど、本当に無茶苦茶だな」
強引な話題転換でなんとか誤魔化せた。それにしてもこの黒い魔物があの森の悪魔だとは。本で読んだことはあったが、人型で全身が黒く眼球が無いって特徴しか……いや結構当てはまっている。
どうしてそんなことにも気付かなかったのか、それとも今回は森の悪魔の最大の特性がなかったのが原因か。
「黒い悪魔を倒したってことは、私って結構強かったりします?」
「なんだよその質問は、って言いたいがそうだなぁ……。俺が知る限りこいつを単独で倒せる奴が強者であるのは間違いないな。俺が仕えてるカールストン侯爵家の騎士は精鋭だが、その中でも三人くらいしか思い至らんし。ましてや嬢ちゃんくらいの年齢で倒すなんて聞いたことねえよ。嬢ちゃんって実は勇者の生まれ変わりだったりするのか?」
冗談っぽくそう聞かれたので笑いながら「違います」と答えた。
私の力に関しては侯爵家の精鋭騎士と同程度の戦闘力と言われて、思っていたより高い評価に驚いた。私の家も侯爵家のためそこの騎士の訓練を以前見たことがあるが、人間離れしていた印象しかない。もちろん対魔物に限った評価であるし、私自身の身体能力や魔力量が増えたわけでもない。
それでも評価されるのは嬉しいものである。
「まっ、素直に喜べる話ばかりじゃねえけどな。本来深層に住む魔物がこんな森の入り口付近に出てくるなんて、街まで行っていたらと思うとゾッとする。多分こいつだけだろうが、群れで出てきたときはマジで洒落にならん」
「やっぱり……この魔物ってハグレですよね?」
ハグレ。本来群れで行動する魔物が単独で行動、出現する場合にそう呼ばれる。
通常群れを作るのは弱い個体であることが多いが、森の悪魔は人類領域に存在するランク6の魔物で、唯一群れを作り集団で活動する存在であるため非常に危険視されている。
「多分だがな。森の奥で勢力図の書き換えがあったか、群れを追い出されたんだろう。それでも一応このことは報告しないとヤバいから、こいつの魔物の死体貰っていいか? 報酬金は嬢ちゃんにちゃんと渡すからよ」
「それはこちらからお願いしたいです。むしろ森の悪魔は護衛の人が倒したことにしてください」
そんな私の希望に護衛の人は怪訝そうな顔をする。
「いや、こいつは嬢ちゃんが倒しただろ。さすがに嬢ちゃんの手柄を奪うなんて恥知らずなことはできんよ」
「確かにそうですけど、子供の私がランク6の魔物を倒したなんて言っても誰も信じません。報告するなら護衛の人と、もう一人の人で倒したと言った方が説得力があります。それに、私はこの力のことをまだ周囲に広めたくはありません」
私の言に一定の説得力を感じたのか、護衛の人は「うーん」と唸って悩み始めた。
「……嬢ちゃんが力を隠したいのはなんとなく分かっていたからそれはいいとして、俺や嬢ちゃんを殺そうとしたギリアムに花持たせる結果になるってのはな……。嬢ちゃんはそれでいいのか?」
「はい、私はそれがいいです」
言い切る私を見て決心がついたのか、護衛の人は結論を出した。
「よしっ……! 嬢ちゃんが望むならそうしよう。まず俺たちが森を歩いていたら、大量の魔物が森の奥から現れた。その魔物どもを倒していったら最終的に森の悪魔が出現して、大量の魔物はそいつに追い立てられていたらしいことがわかった。俺とギリアムはそいつを倒すために決死の覚悟で挑み、結果としてギリアムは戦死することになったが、奴の奮闘で森の悪魔を討伐できた。こんな感じでいいか?」
私はそれで構わないという意味を込めて頷く。
「……それにしてもギリアムの奴が英雄扱いされるのには納得いかないが、仕方ないか。それとあの女とカールストン家からの命令も、異常事態を察して中断したって事にすれば向こうも納得せざるを得ないだろう。ランク6の魔物が暴れれば自分やその子供が死ぬ可能性だってあったわけだしな」
護衛の人はうんうんと自分で出した結論に納得していたが、突然に話題を変えた。
「それで嬢ちゃん、嬢ちゃんはいつになったら俺の名前を呼んでくれるんだ?」
私の頭には疑問符が浮かんだ。護衛の人の名前?
「あの、私護衛の人の名前って教えてもらってないですけど?」
「なっ!? ……ってそう言えば名乗ってなかったかもな。俺も嬢ちゃんの名前知らねえし……」
「私の名前はミーナです。性は母方はエマールで父方は……一応リシャールです」
「……リシャールって、嬢ちゃん侯爵家の血筋だったのかよ。だから命を狙われてるのか……? いや、詮索するのは良くないな。よしっ、それじゃあ俺の方も名乗るか。俺の名前はハリス、性はバーナーだ」
「ハリス・バーナー……」
護衛の人の名前を私を自分の中にその名を刻むように胸の内で繰り返す。
「これでもう護衛の人って呼ぶことはなくなっちゃいましたね……」
若干寂しさを感じさせる私の口調に、ハリスはある提案をした。
「嬢ちゃんさえよければこれからも護衛の人…いや、どうせなら騎士の人って呼んでくれないか?」
「それはいいんですけど……どうして騎士の人なんですか?」
「俺は今回の事で自分の騎士道を思い出した。だからこれからは誰かに命じられた騎士じゃなくて、自分の騎士道を貫くための騎士で在ろうと思う。そんでそのきっかけをくれたのが嬢ちゃんだ。さすがに騎士だってのに剣を捧げる相手がいないのは寂しいからな。嬢ちゃんさえ良ければ嬢ちゃんの騎士としてそう呼んでくれないか?」
そう言われてしまえば私としても否やは無い。
「分かりました。これからはそう呼ばせて貰いますね、騎士の人」
「やっぱ嬢ちゃんにそう呼ばれるとしっくりくるな。……あの時聞こえたのは嬢ちゃんの声だったんだな」
最後の方は聞こえないくらいの声で呟くと、騎士の人は私の前で剣を抜いて跪く。そして抜いた剣を両手で持ち上げて私の前に差し出した。
「ハリス・バーナーは嬢ちゃん、ミーナ・リシャールにこの剣を捧げ、二度と自身の騎士道に恥じぬことを、自身の名と嬢ちゃんの名に誓うことをここに宣言する」
それだけ言うと黙ったままこの体勢でいるので、私は曖昧に「はい」と答えた。
それで良かったのか、騎士の人は立ち上がって剣を鞘に収めた。
「簡易的で雑な騎士の誓いだが、やらないよりいいと思ってな。それに堅苦しいのも儀礼的なのも俺には合ってないしな。──とにかくこれで俺は嬢ちゃんの騎士だ。俺より強い嬢ちゃんだけど、嬢ちゃんが困ったときがあれば力になるし可能な限り駆けつけるぜ」
親指を立てながら歯を見せ笑う騎士の人。
可能な限りと断定しないところがなんとなく騎士の人らしく感じて、私も笑いながら答えた。
「ふふっ、期待していますね。私の騎士の人」
一人の少女と一人の騎士。
一組の主従が誕生したことを、祝福するように風がその場を吹き抜けた。




