13. “かくしきゃら”は、“ぎゃっぷもえ”、らしい
「―――すみません、お邪魔します」
「お帰りなさい!」
「どうぞおかけになってください。お茶を用意して参ります」
ロレーナの部屋にお邪魔すると(というか、帰ると)、ロレーナがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。なんだか、新婚さんみたいだなとこっそり思う。
トーリーさんはいつものように俯いて私に挨拶した後、備え付けられている小さな厨房へと向かった。
私のことをどう思ってるかは分からないけれど、出来れば邪魔だなコイツ、とかは思われていないことを願いたい。
「今日は随分と遅かったのですね」
「…えーと、色々ありまして」
「色々?」
「色々あったんです」
ハハハ、と空笑いを浮かべる。
まったく、今日は散々だった。
まさか、魔法を使おうとした結果、あんなことになるなんて。
思ってもみなかった。
ため息をつきながらも、ロレーナに促されて椅子に腰かける。すると、光速で厨房から戻ってきたトーリーさんがお茶を注いでくれた。
「こちら、ダージリンティーとスコーンになります」
「トーリーさん、いつもありがとうございます」
「‥いいえ」
お茶を入れてくれたトーリーさんに頭を下げる。本来私の世話なんてしなくていいのに、させてしまうことになって本当に申し訳ない。
何かお詫びと感謝でプレゼントだけでも送りたいけど、自分のお金がないからそんなこともできない。伯爵家に養われている状態の私には、自分の自由に使えるお金なんてびた一文もないのだ。
本当に世知辛い。
ちょっと一人で落ち込んでいると、ロレーナがさっと身を乗り出してきた。
「そういえば、さっき外が騒がしかったんですけれど」
「はい」
「何があったんですの?」
「ええっと、それがですね」
騒がしかった出来事が私のせいだと思われていることが衝撃的だけど、事実私のせいだったから何も言えない。苦笑いしながらも、ロレーナに答えようと口を開いた。
「さっき、ちょっと魔法の練習をしようと森にいたんです。だけど、熱中しすぎて休憩時間を取るのを忘れて。そしたら、軽い熱中症のようなものになってしまったんです」
「ええっ?!今は大丈夫なんですの?!」
「はい。今は全然大丈夫です。それで、その熱中症気味になってたところを、リーウが通りかかって」
「まあ!」
リーウといった瞬間に、ロレーナは目をキラキラと輝かせた。非常に楽しそうだ。
「私は平気だったんですけど、リーウは熱中症の私を見てちょっとびっくりしちゃったみたいで」
「それでそれで!」
「平気だって言ったんですけど、保健室に行こう行こうって言って話を聞いてくれなくて」
「それでそれで!」
「私が拒否するのが気に入らなかったのか、リーウが…その、怒ってしまい」
「それでそれで!」
「私のことをいきなり担ぎ上げて、保健室に向かって走り出したんです」
「きゃーー!」
「外が騒ぎになったのは、リーウが私を抱えて全力疾走している光景が物珍しかったからだと思います」
「素敵だわ!」
…素敵かなあ?
目の前でキャッキャと嬉しそうに笑っているロレーナに、ホッと胸を撫でおろす。
良かった、何とか誤魔化せた。
「あの見た目でレベッカを抱えて全力疾走できるなんて――‼見た目によらず、腕力がありますのね!やっぱり、“隠しキャラ”ですわ!萌えですわ!ギャップ萌え!」
頬をバラ色にして興奮しているロレーナを笑顔で見ながら、心の中では違うことを考える。
ロレーナに嘘をつくのは心苦しかったけど、でも本当にあったことをそのまま伝えるのは何だか戸惑われたのだ。
結果的に、申し訳ないけれどリーウを人の話を聞かない子に仕立て上げてしまった。
私を担ぎ上げて保健室まで全力疾走して周りの目を引いたのは本当だけれど、リーウは真っ当な理由から私を心配してくれただけだった。
最初、さっきまではあったはずの木が突然なくなってしまったことに私は結構動揺してしまったのだ。一瞬夢かとも思ったけれど、どこか不自然に穴まで開いていて夢じゃないことは確かだった。
自分が無意識にだったとしても、自然を破壊してしまったことにちょっとショックを受けて、それと自分が魔法を使えたことに自分でも心底驚いて、一時的にパニック状態になってしまった。
私が「木が、木が‥‼」としか繰り返さないものだから、リーウも完全にパニックを起こしてしまい。ちょっと周りを騒がせることになってしまったのだ。
全面的に私のせいだから、とても反省している。
「ギャップ萌えですわーー!」
「‥‥」
ロレーナをほったらかして考えこんでいたことに気づいて顔を上げたけれど、ロレーナは楽しそうに自分の世界に浸っていた。
それをいいことに、私も無言で自分の考えに集中する。
さっき、私は間違いなく木を消失させた。
夢でもなんでもない。私が、消したんだ。
この世界には、何かを消失させる魔法なんてない。消したければ、燃やすことは出来る。でも、そうすれば灰が残る。だから、完全に何かを消失させることなんて出来ないのだ。
だけどさっき、木は跡形もなく無くなっていた。灰もなにも残さず、地面に木があったはずの穴だけを残して。
だから、私の魔法は今までに発見されている属性のどこにも属さないものだといえる。あの魔法属性の測定板の結果通り。
ということは、私の魔法は何かを消失させることが出来るっていうこと?
「‥‥」
それ、何の役に立つんだろう。
やっと自分の属性が分かったことに満足感を抱いてもいいはずなのに、なんだかあまりにも役に立たなさそうで落胆してしまう。
そうしていれば、目の前でロレーナが「はっ!」と叫んで自分の世界からこちらへ帰還した。
「――すみません、一人で考え事をしていました」
「いいえ、全然大丈夫ですよ」
私も自分のことを考えていたし。
「私、熱中しすぎると周りが見えなくなってしまうらしいんですの」
恥ずかしそうにいうロレーナに思わず吹き出しそうになる。
周りが見えなくなる、というよりは自分の世界に篭ってしまう、というべきだろうか。
まあ、そうハッキリとは言えないから。
「私、ロレーナは集中力が高くて素晴らしいと思いますよ」
「本当ですか!」
そう濁した私の言葉に、ロレーナはパッと顔を輝かせて物凄く嬉しそうな表情になった。
こんなに単じゅ…、純粋で、この先ロレーナは大丈夫なのかな。騙されずに、ちゃんと生きていけるのだろうか。
彼女のそんな姿に、思わず一ヵ月前までの私なら絶対に抱かないような心配をしてしまった。
「でも、レベッカが無事でよかったですわ。熱中症って、意外に侮れないんですのよ。下手をすると死んでしまうんですから」
「今日、身を染みて実感しました。これからは気を付けます」
「そうしてくださいな」
「そういえば今日起こったことで、ロレーナが何か思い出すことはありませんでしたか?」
「それが、特になかったんですの。ごめんなさい、どうしても隠しキャラのルートはまったく思い出せなくて…。もっと精進しますわ」
「あ、いえ。全然大丈夫ですよ。気にしないでください」
へにょりと眉を下げて謝ってくれたロレーナに慌てて首を振る。
別に、リーウとどうこうなりたいという考えはまったくないから、“るーと”なんて思い出せなくてもいいのだ。
ただ…。
「何か、聞きたいことがあるんですの?」
「…」
「大丈夫ですわ!勉強は無理ですけれど、このゲームに関してでしたら、何でも聞いてくださいな!」
「…勉強のほうも、頑張らないとダメですよ」
「…まあ、頑張りますわ」
目を泳がせながらも頷いたロレーナに、思わず口元が緩む。それを見て、ロレーナもホッとしたように笑顔を浮かべていた。
少し緊張していた気持ちが落ち着いて、質問する勇気が出る。
ずっと、この一か月間、聞かないようにしていた質問。
「ロレーナ。一つだけ、聞きたいことがあるんです」
「はい」
「その、“げーむ”の中の私は、どんな魔法を使っていたんですか?」
「…‥」
私の質問に、ロレーナは少しだけ困った顔をして。
数分考えこんでから、ゆっくりと口を開いた。




