12. 私は、“こうりゃくたいしょー”と一緒にいると死ぬ確率が倍増するらしい
あれから、およそ1か月が過ぎた。
言葉に出来ないほどとても大変な時間だった…。足がもつれて噴水の中に転げ落ちて溺死しかけたり、休日に気分転換として町にいけば馬車のせいで轢死しそうになったり、歩いていれば転んだ先生が私の首に全力でしがみついて絞殺されかけたり(ちなみにこれは何回もあった‥)、“魔法薬学”の授業で森にいったら風によって倒れた木の下敷きになりかけたりと、もう本当に散々だった。
それに、死ぬほどの事件ではない日常でも怪我が絶えない。もう本当に何回も転ばされる。これでもかというほどに転ぶ。ギャグですか?というほどに転ぶ。ものすごく注意して、前方を気を付けながら歩いていても転ぶ。死にたくなるくらい転ぶ。
おかげでいつも怪我だらけだ。勿論、治癒魔法のおかげですぐに治るんだけどね。でも治るからよいという問題ではない。だって痛いんだ。
だけど、この1ヵ月の中で収穫はあった。それは、転んだり軽い怪我をさせられるのは日常茶飯事だけれど、本格的に私が死にかけるのは“こうりゃくたいしょー”達の前だということに気づいたこと。
私は、基本的に“こうちゃくたいしょー”の前でさえなければ、骨が折れるか軽い怪我をするだけで済む。彼らの前だと殺傷能力が倍増するから、彼らを必死で避けていればある程度平穏な日常を送ることができた。
…そのおかげで学園での私の評判は更に下がってしまったけど。どうやら、私が怪我をこれ見よがしにして彼らの気を引こうとしていると思われているらしい。
“こうりゃくたいしょー”の皆さんが、やけに地位が高くて、やけに格好いいところのつけが私に回ってきた。誰もが、私が元庶民の分際で玉の輿を狙っている女だと思っている。
そんなわけないじゃないか!何でわざわざそのために怪我をしなきゃいけないんだ!
私の苦難はそれだけではなく、彼らの前では天然認定をされてしまうという事態に陥った。
クルシュマン先生には「お前…こんなおっちょこちょいな奴だったんだな」と言われ、リーウには「レベッカ‥‥、ぼ、僕以上にたくさんこ、転びますね‥。か、体に気をつけてください、」と言われた。(ちなみに、リーウはよく転ぶ私に親近感を抱いてくれたらしく、この後から急速に仲良くなることができた。うれしいけれど、なんだか複雑だ)
あまり面識はなかったのに、私が死にかけたり転んだりする場によく居合わせるリュカ・クレメール様には“間抜け”呼ばわりされるようになった。いつもいつもよく知りもしない相手なのに勝手に死にかけてる私にばかり遭遇するなんて、彼の心の中の安寧も気になるけど。私は間抜けではない。断じて違う。
フランシス・セウェル様には、ものすごい勢いで謝罪をされるようになった。今までの前科のせいで、私が怪我をすればその全てがロレーナのせいだと思われているせいだ。もうストレスで胃が溶けそう。主に、ロレーナへの申し訳なささと、いつその冤罪の積み重ねにロレーナが爆発して以前のロレーナ・マッケンジー嬢が戻ってくるかという怯えのせいで。
ギルは、私のことを心配しすぎて完全に過保護になってしまった。なので、私が歩くたびにつきっきりで横で支えてくれし、道に落ちている小石とか葉っぱとかをせっせとどけてくれている。もう完全に老人の介護状態だ。泣きたい。
もう本当に、どうしてこんなことになったんだろう。
ロレーナがいなければもう私は死んでいたから、彼女のことを責めることなんてできないけど。でも確実に、彼女のおかげで私の人生は非常に複雑なものになっていた。
―――だめだ、このままじゃ暗い気持ちのままだ。ちょっとだけでも明るい方向で考えて行こう!
あと2週間で、秋休みが来る!
この王立アリシア学園は他国の魔法学校とは異なり、10月からが新学期である。10月から始まって、8月で終わるのだ。1年にある休みは秋休みである9月と、春の“ルミナ祭”の1週間しかない。つまり、休みがとても少ない。
まあ、土曜日と日曜日は必ずお休みだし。そもそも、3年で完全に魔法を使えるようになろうとしているのだからそれくらいは仕方ないといえる。
というか、もう8月なんだなあ。私がこの学園に来てからもう1年もたつなんてびっくりだ。でも1年たったとはいえ、自分でも成長したと思えることが一つもない。1年もたったのに、私の属性については何も分からなかったから。
別に私自身は魔力なんてなくてもいいけれど、私はコールウェル伯爵家に属性が珍しいという理由で引き取られたのだ。今、私はコールウェル家にとっては“庶民の薄汚い小娘だが、役には立つ駒”ということで、ある程度穏やかに暮らすことが出来ている。でも、このままいけば“役に立たない”ということで私の生活状況も悪化しそうだ。一回養子にした子供を放り出すなんて、外聞が悪すぎて彼らにも出来ないと思うけど、私を苦しめることならいくらでもできる。
無視くらいならいくらでも耐えられるけど、暴力とかは痛いから困る。
それは嫌だから、はやく自分の属性を知りたい。
それに、ロレーナからの情報によると、私が主人公の“げーむ”のお話は二年生になってからが本編だという。今でもこんなに大変なのに、これから本格的に私は死にそうになるということだ。
私には、自分を守る手段を考える必要がある。そのために一番手っ取り早いのは、魔法を使うことだ。
生きるためにも、私は魔法を使えるようにならなかきゃいけないのに。
現状では、解決の糸口すら見えない。
明るいことを考えようとしたけど、結局暗くなってしまった。
ため息をつきながらも、そっと目の前にある木の肌に手を添わせた。
今、私は学園の後ろにある森に来ている。前回の“魔法薬学”の授業では私を木の下敷きにしようとした前科がある森だけど、誰にも見つからずに魔法の自主練をするには恰好の場所だ。
8月で今は夏真っ盛りだけど、日光に直接当たらない木陰はとても涼しい。非常に良い場所といえる。ここなら、人に見られることもなく集中できる。
「‥‥よし」
スッと息を吸い込む。
木に両手をくっつけたまま、ギュッと目を閉じて、頭の中にイメージを作る。
今までは、体の中の力を集めることをイメージしていたけれどそれが成功したことは一度もなかった。だから、それとは反対に、外の力を吸い取るような状況をイメージすればいいんじゃないかと思ったのだ。
木の中で流れる水を、私に引き寄せることを考える。
痛いほど目を閉じると、嗅覚と聴覚が異様に鋭くなった。木の匂い、葉の匂い、近くにあるハーブの匂い。風に揺らされて木々の枝が微かに擦れ合う音、動物が森を走る音、自分の心臓が脈打つ音。
そういうものに囲まれながらも、じっと目の前の木だけに集中する。
吸収する、吸収する、吸収する。私の中に。
その言葉だけを、頭が痛くなるほど繰り返した。そっと頬を伝って流れた汗が、ぽとんと足元に落ちる。
ふんわりと、意識が弛緩した。
気が付くと、真っ白な中に一人で立っていた。
そんな中、誰かに声をかけられる。
何度も何度も私の名前を呼ばれる。懐かしい声だ。でも誰の声なのか思い出せない。
姿も見えない。
どこにいるの。誰を呼んでるの。私のことを知っているの?
必死で相手を探すが、ただ白いだけで何も見えない。また名前を呼ばれる。
「誰?誰が呼んでるの?」
そう叫んだが、返事は遂に返ってこなかった。
「あああ、れ、レベッカ見つけました!こっ、こんなところでしし、森林浴ですか?」
「----」
「レベッカ?」
「---」
「レベッカ!」
肩を掴まれてぐるりと振り向かされ、ハッとした。
無理やり白い靄を晴らされたような感覚がした後、急速に全ての感覚が戻ってくる。
その反動でなのか、頭はズキズキと痛みながら耳鳴りがした。視界はパチパチと白と黒が踊ってはっきりしないし、手足は何故か痺れている。
「っ、」
「レベッカ?大丈夫ですか?具合が悪そうですけど、どうしたんですか?」
誰かが私のことを心配してくれるのに喉を封じられたかのように返事が出来なくて、体を揺さぶられること少し。視界が段々と晴れてくると、丸い金色の瞳と目が合った。
「り、リーウ」
ポツリ、と呟く。
「レベッカ!良かった、一瞬立ったまま死んでしまったのかと思いました!」
「…う、うん。大丈夫だよ」
うっすらと涙をにじませたまま、物凄い発言をしたリーウに苦笑いしながらも頷く。あまりにもびっくりしたのかもうどもることもなくスラスラ喋るリーウを見れば、ちょっと心配かけて申し訳ないなと思った。
「どうしたんですか?熱中症ですか?」
「ううん。うん。…ごめん、何が起こったのか自分でもよく分かってなくて」
熱中症で白昼夢でも見てたんだろうか。
そう考えながら、さっき自分が入り込んだ、真っ白な世界のことを思う。誰かに名前を呼ばれてたのに、その相手を見つけることが出来なかった。
あんなに私のことを呼んでいたのに。
ぐっと唇を噛み締める。
「レベッカ?」
「あ、ううん。何でもないよ」
なんだかもっと泣きそうになって私を覗き込むリーウに、慌てて笑顔を作った。
「やっぱり、リーウの言った通りに熱中症だったのかも。木陰だから涼しいと思ってたけど、やっぱり夏は暑いよね」
「はい、木陰でも、夏は、暑いです」
何か悪い経験でもあるのか、はっきりと断言して見せたリーウにちょっと笑いかける。そして、私がさっきまで手をつけてよく分からない努力をしていた木を見ようと振り返って、
「な、」
ギョッと目を見開く。
私が手を付けていた木は、跡形もなく無くなっていた。




