11.この世界には、“かくしきゃら”がいるらしい
ハラハラと時計を見上げる。
授業開始時間から、もうに十分近くたつのにクルシュマン先生は現れない。他の先生ならまだしも、クルシュマン先生は時間に厳しい人だから余計に心配になる。もしかして、この教室じゃないんだろうか。どこにいるのか探しにいったほうがいいのかな。
悩んでいると、
「よし、俺が今日は遅れたな!ハハハハハ!」
先生がゲラゲラ笑いながら教室に入ってきた。
いや、笑い事ではない。私が遅れたら怒るのに、自分はいいのかい!
ニッコリとした笑みを見せる先生に心の中で毒づいた。
「あ、あの…」
と。後ろからか細い声が聞こえてくる。
「ああ、コイツは新入りだ。仲良くしてやれよ」
パッとクルシュマン先生が指し示す先には、ほっそりとした影の人が見えた。
薄い茶色の髪に、金色の瞳。ぱっちりした目で短髪の、線の薄い美少女だ。おどおどと俯いている。とても可愛い。
見とれていると、更におどおどと俯かせてしまった。慌てて目を逸らす。
「私はレベッカ・コールウェルです。はじめまして」
「はっ、は、はじめぇまして!」
すごい緊張してるな。吃り吃りの彼女に、緊張させないようにパッと笑顔を浮かべた。もしかして、この学園ではじめて女の子と友達になれるかもしれない(ロレーナとはちょっと複雑な関係だから勘定にいれられない)。
期待に胸を膨らませた。
「ほら、別にコイツはお前をとって喰ったりしねえよ!男ならもっとしっかりしろ!」
「うん、私は全然怖くな‥‥って、男⁈」
目を見開く。男って…、こんなに華奢で可愛くて、女の子にしか見えないのに。男⁈
「お前、気づいてなかったのか?ほら、コイツの制服見ろよ」
その言葉に制服を見る。その子は、スカートではなくズボンを履いていた。
「僕は…男です」
「…ごめんなさい!」
盛大に間違えた!パッと頭を下げる。
「ほら、お前がそんなにおどおどしてるから間違えられるんだぞ!」
「うわっ!」
ドン!と、その子はクルシュマン先生に勢いよく背中を叩かれて飛び上がって震える。
先生…。もう少し、デリカシーというものを身につけたほうがいい気が…。
そんなんだから、格好いいのにモテないんですよ…。
先生を憐れむ私の前で、彼は喜々として転入生の自己紹介を始めた。
「それで、コイツの名前はな…。確か、あー、ジョーリブリブジーヤ、だ」
「ヴァリティ・リーウ・リェンジェです」
いきなり口調が普通になった。
「そうだったな!ジョバーニウリ・リリリだ!」
「ヴァリティ・リーウ・リェンジェです」
「それだそれだ!」
全然言えてないんだけど。先生の頭は鶏かなんかですか。それか、ヒアリングが出来なさすぎるのか。どっちだ。
横目でクルシュマン先生を見て、向き直る。
「もしかして、留学生の方ですか?」
「あっ、はははははいそうです!」
あ、口調が元に戻った。何だか顔色さえ悪くなっているようなヴァリティ…さんに同情する。もしかして私が話しかけないほうがいいのだろうか。
女が嫌いなのかな。それとも、人見知りなのかな。
「コイツは留学生でな、魔力が膨大すぎて制御が苦手だからそれを治すためにこの学園に来たらしい。よって、俺がお前への見本もかねてということで一緒に授業することにした」
「なるほど」
何だかよく分からないが頷く。だって見本と言われても、私は膨大な魔力の制御どころか属性すらわかっていないんだ。
まあ、そんなことはいい。
「それじゃあ、よろしくお願いしますね」
「こ、ここここここちらこそ!」
「さっきも言いましたが、私はレベッカ・コールウェルです。レベッカと呼んでください。私は、あなたをなんとお呼びすればいいですか?」
ちょっと、名前を丸々呼ぶには複雑で長すぎるし。どうしようかな。
「いいいいえあのっ!なっ、ながっ、いっので、えっ、ええっ!」
聞いただけなのに、彼は顔を青くしながらがたがたと震えている。そこまで怯えられるとさすがに傷つく。私が化け物みたいじゃないか。
「…可哀そうだから、お前が適当につけてやれ」
「つけるって、何をですか?」
「名前だよ」
「すでに立派な名前があるのに、更に名前を付けろって意味が分からないんですけれど?」
「あだ名だよあだ名。なんか呼びやすいあだ名を付けてやれ」
ひそひそと先生とやり取りする。
「たとえばどんな?」
「ジョリジョル」
「えっ⁈」
その名の原型はどこからきたんだ。
というか、先生のネーミングセンスはどうなっているんだろう。
「ほらはやく決めないとジョリジョリだぞ」
「先生、さっき言ったのと名前が変わってますよ。まあともかく、じゃあ私はリーウって呼ばせてもらいますね」
確か、ミドルネームはリーウだったはずだ。別にヴァリティとも、リェンジェとも呼んでもよかったけれど、何となく可愛いのを選んでしまう。
「えええっ⁈は、はい!」
ものすごい適当だったけれど、逆らえなかったのかリーウは引き攣った声を出して、私に同意した。
なんかごめんね!でもリーウって呼ぶね!
「なるほど、それは“隠しキャラ”ですわ!」
「“かくしきゃら”って、なんですか?」
ロレーナの部屋に泊まらせてもらうようになってから、私達は私の生存のため、今日あった出来事を詳細まで語り合うという習慣が出来た。
だから今日もいつも通り、私が今日あった出来事を丁寧に説明していると、ロレーナはポンを手を打ってそう発言したのだ。
「隠しキャラ、とはゲームで一定の条件を満たすと攻略対象になってヒロインと恋愛関係になれる隠された人物のことですわ。“華の命~永遠の愛を君に~”では、正規の攻略対象は四人いて、もう一人は隠しキャラだったんです」
「それがリーウなんですか?」
「たぶん、そうですわ。私、自分の人生のことは思い出せても何故かゲームのところはハッキリ思い出せないところがところどころありますの。だからはっきりと誰が隠しキャラだったのかは思い出せないのですけれど、聞く限り彼のようですわね」
「なら、リーウではない可能性もあるということですよね?」
「いえ、彼で間違いないですわ」
「どうしてそう言えるのでしょう?」
やけにハッキリと断言するのは、どうしてだろう。
「だって、彼は女の子に見間違うほど華奢な美少年なのでしょう?」
「はい」
日が当たると透けて金色に見える茶髪、見ると吸い込まれそうな金色の瞳。何度見ても見飽きないほど精巧な顔立ち。線の薄い体つきに白い肌。本当に美少年だ。可愛い。
「そして、魔力は暴走気味の大量さ」
「はい」
リーウは、クルシュマン先生と同じ炎と植物属性だ。なので、今日は私そっちのけでクルシュマン先生は実技練習を始めていた。たぶん、座学授業に飽きたんだろう。
しかし。
『馬鹿野郎!教室を燃やしてどうする!』
『す、すすすすみません!』
『うわっ、俺の服に火が!』
『ご、ごごごめんなさいっ!』
『おい、蔦が首を締め付けてくるんだがっ?!』
『ギャーッ!』
と、いう感じで。本当に大変そうだった。
クルシュマン先生の目が死んでいたし。
「かなりコントロールするのに苦しんでいました」
「でしょう?」
苦しんでいるというより、どちらかというと悲惨だった、とでもいうべきだろうか。残念ながら。
「そして性格は今までの四人とは違い、内気で臆病な、弟キャラ」
「―――まあ、どちらかというと」
「隠しキャラですわね」
その基準は信頼できるのかな。
少し首を傾げていると、ロレーナはため息をついて指を立てた。
「顔が良く、魔力が強く、個性が強い。完全に“隠しキャラ”ですわ。残念ながら、今のところ私は全然ルートを思い出せないのですが」
「…そういうものなんですか?」
「そういうものですわ。それに、攻略対象が五人いたことは覚えています。一人足りないと思っていたので、間違いありませんわ。彼です」
「‥‥」
「さあ、隠しキャラの正体も暴かれました!頑張って親しくなってくださいなレベッカ!そして萌えを提供してください!うふふ!うふふふふふふ!」
ロレーナは暴走を始めてしまった。
一緒の部屋に泊まるようになってからずっと思っていたけれど、ロレーナってちょっとおかしなところがある。私のいるこの世界じゃない、違う世界を頭の中に持っている、とでもいえばいいのだろうか。
だから、突発的に叫びだしたり、じっと空中を見ている時がある。
見ている分には面白いけれど、会話が続かないのはちょっと困るな。
この学園生活はおよそ二年と数か月くらい残っているのに。
また理解不能な“かくしきゃら”なる人物が一人増えてしまった。ロレーナは一人で妄想の世界に旅立ってしまうし。こんな調子で、果たして私は生き残れるのだろうか。
ふふふ、ふふふふと笑いが止まらない様子のロレーナを前に、海よりも深いため息をついた。




