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人形がノゾんだことは3

「オレ、はじめて会ったときから、先輩を見たことがあるような気がしてたんです。今思うと、それはオレが直接見たわけじゃなくて、父さんがいつも語っていた先輩の姿だったんですね」


「和夫さんが……死んだ?……姫雪クンが、和夫さんの息子?……そうか、それで、どこかで見覚えがあると思ったのね」


 白神先輩は、放心したようにブツブツとつぶやく。


 それから、急に思いついたように叫んだ。


「じゃあ、願いを変更しなきゃね……聖玉じゃ死んだ和夫さんは生き返らない。大丈夫、簡単なことよ。今すぐアタシを殺して、和夫さんの許に連れて行ってくれるように願えばいい」


 聖玉は命にかかわる願いは叶えない。そもそも魑魅魍魎が聖玉と契約を交わすにはその命が必要なわけで、先輩の願いはむちゃくちゃだ。


 きっと予想外の事実に混乱して、正常な判断を失くしているんだろう。


「先輩! 待ってください!」


 オレの言葉には耳を貸さず、先輩は聖玉を天に掲げた。


「フフフ、聖玉よ、我と契約をなせ!」


 ――その時だった。


 高く掲げた先輩の白い指から、聖玉が消えてなくなった。


「!?」


 透だった。


 いつのまにか白神先輩の背後に回りこんでいた座敷童子が、素早く奪い取ったのだ。


「九郎ちゃん、パスッ!」


 青白い玉が宙を舞い、オレの手にすっぽりと収まった。


「座敷童子、あなた、いったいどうして」


 呆然とする先輩に、透は照れたように微笑んだ。


「へへへ、ボクは座敷童子だからね。気配を消すのだけは得意中の得意なんだ」


「そうじゃなくて、どうしてあたしを死なせてくれないの? あなたにもあたしの気持ちはわかるはずでしょ。あなたが姫雪クンを好きになっても、彼はいずれ死ぬ。彼が死んだ後も、あなたは彼のいない世界でずっと生きていかなきゃいけないのよ」


 すると透は、そっと白神先輩の肩を抱きしめた。


「やっぱり、付喪神ちゃんはやさしいね。でも、よくみて。九郎ちゃんは付喪神ちゃんの好きだった人の子供なんだよ。人間はボクたちと違って寿命があるけど、その分ボクたちと違って、子孫を作って、自ら想いを次の世代につなげることができる。だから、彼が死んでも彼のいない世界なんてないんだ。あるのは、彼がいた世界。だから、おねがい。付喪神ちゃんの彼が生きていた世界を守るために、聖玉を使わせてね」


 透に抱きしめられて、先輩は声を上げて泣いた。


 泣きじゃくる美少女人形の表情から、さっきまでの悪意は完全に消えていた。今となっては、彼女が人間を破滅に追い込もうとしたなんて想像もつかない。


 いや、最初っから彼女は世界なんてどうでも良かったんだ。


 ただ、思い続けた彼に会いたかっただけ。


「よし、今度はオレが何とかする番だな」


 オレは、透から渡された聖玉に目をやった。


 手掌の上で、青い宝石が不思議な光を放ちながら揺らめいている。


 熱くも冷たくも無い。重さも無い。


 でも、石はたしかにここにあって、あたりにすがすがしい気を満たしていた。


 この聖玉に、いったい何を願えばいいのか。


 ずっと考えていた。


 オレの望むモノは、いったいなんだったのか?


 人間も、魑魅魍魎も、互いに悲しい思いを内に秘めて日々を生きている。そしてどんなに歳月が流れても、その痛みが消え去ることはない。



『清らかなるものよ。此度の契約の巫女は汝か』



 !?


 気がつくと、虚空にいた。


 そこにあるのは、聖玉とオレの身体だけ。天上も地面も無い。空気すらあるのかわからなかった。聖玉が見せる夢のようなものなんだろうと、オレは勝手に納得した。


(巫女っていうか、オレは男なんだけど、いいのかな)


 すると、どこからか声が聞こえてくる。



『我ら到彼岸者パーミッターにとって男女の別など些細なこと。ただ因果の律に従い契約を果たすのみ』



 正確には、声が聞こえるというより心の中に直接響いてくる感じだ。


(はあ、そんなもんなんっすか)


 オレも心の中で答える。すると、声はさらにこう続いた。



『さあ、契約をはじめよう。願うが良い。汝が聖玉に込めし願いを、純潔の続く限り、我ら到彼岸者が叶え支え奉ろう』



 どうやら、契約がはじまるらしい。


(ちょっと、待ってください。こっちにも心の準備ってモノが)


 願えと急に言われても、オレは何を願うんだっけ? 鬼神の中から破壊衝動を取り除いて平和主義者にすればいいのか。でも、本当にそれでいいのか? 透はどうなる? 座敷童子だってことがわかった以上、もう一緒には暮らせないのか? 白神先輩は? 父さんとの思い出を胸にしまったまま、これからも悲しい日々を過ごすしかないのか?


 戸惑っていると――



『不必要。願いは口にするものにあらず。汝の内に存在するものだ』



 途端にオレの胸の扉が開いて、中に詰まっていたいろんなものが飛び出してきた。



 夜の学園を闊歩する七十七の不思議たち


 大好きな透の困り顔


 心躍る次郎丸会長の凛とした立ち姿


 白神先輩の胸から湧き出る甘い香り


 そして、オレを見守っている父さんと母さんの優しい眼差し



 胸の中からあふれた光がオレを包み込む。


 光はさらに広がって、周囲を埋め尽くした。


 溶け合って、混ざり合って、渦を巻く。オレの身体は光の渦の中に巻き込まれ、問答無用でもみくちゃにされた。


(待て待て待てって、これじゃあ、お願いどころじゃないだろ)


 突然、大きな光の波がオレの身体を襲う。そのままオレは光の海に溺れてしまった。


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