人形がノゾんだことは1
(9)
オレと透は、校舎裏へと急いだ。
そこには、八ヶ月通い続けた弓道場が威風堂々とした佇まいを見せている。西洋風な青嵐学園にあって、ここだけが純和風な造りをしていた。おそらく学園が設立される前からあった建物なんだろう。
みると常時閉門されているはずの正門の閂が壊され、観音開きの扉が大きく開け放たれていた。
「先客がいる。やっぱり白神一子はここか。二手に分かれるぞ。透は裏口に回ってくれ……って、鍵がないか」
弓道場には、目の前の正門以外にいつも出入りする通用口がある。しかし、そのドアを開ける合鍵を持ってきていない。
「何言ってるのさ。ボクは座敷童子だよ。鍵なんていらないよ」
透はそう言ってウィンクした。
「……でも九郎ちゃん、くれぐれも無茶しちゃダメだからね」
「ああ、わかってる」
不安げな妖怪少女の言葉を背に、オレは弓道場に踏み込んだ。
正門をくぐると、そこには三十メートル四方の矢道が広がっている。長いこと整地されていない地面にはみっしりと雑草が生い茂っていた。
その中央に、白神一子の姿があった。
「……白神先輩」
おもわず息を呑んだ。
まるで絵画に描かれた聖女のように、白神一子は両手を宙に掲げて空を仰いでいる。侵入者に気がつくと、呆れたように言った。
「ホントしつこいわね。キミ、ストーカーの才能あるわよ」
「ストーカーって、それ世界三大嬉しくない才能に入りますよね」
「イヤイヤ、割とマジで褒めてるって。よくここが分かったじゃない」
白神一子は、そう言いながらこっちを振り返った。
星明りに白い肌が浮き上がり、亜麻色の髪が風に流れる。その一本一本が、まるで完璧計算されつくしたように美しい。
そして、オレは思い出していた。なぜ、彼女の姿がオレの記憶にあったのかを。
「学園七不思議、七十七の怪奇現象は青嵐学園のありとあらゆる場所で発生していました。校門から、校庭、部室棟から教室棟にいたるまで、怪奇現象の起こらない場所はないといってもいいくらいです。ただ、この弓道場だけには何もなかった。だから思ったんです。青嵐学園にとって、ここはよほど聖なる場所なんだろうって」
「ふうん、意外に賢いんだ。でもまあ、もう遅いんだけどね」
その掌には、ソフトボールくらいの青く光る珠が乗せられている。
「この弓道場こそが青嵐の地の中心なの。ここに聖玉を捧げれば、持ち主の願いを叶えることができる」
「先輩の狙いは鬼神を復活させることじゃなかったんですか。それならもう叶ったでしょう」
「フフン、そうはいかないわ。あたしの一番したいことは人間への復讐だしぃ、鬼神を復活させるだけじゃ、ちぃっとも満足できない。それに人間として暮らす期間が長かったせいかなぁ、あの鬼神様もいまいち信用できないしね。だから、聖玉の力も使わせてもらう。二十年前にあたしを裏切ったあの男をここに召喚して、土下座して謝らせることにしたの。もうずいぶんなおっさんになってるはずだけど、まあ、いい見世物にはなるでしょ」
そう言って、白神一子はニヤリと笑った。
頭の中に、以前彼女が言った言葉が浮かぶ。
『大事な願いは、胸のうちに秘めておくものよ』
「……先輩は、そんな人じゃない」
「はあ?」
「たとえ裏切られても、一度好きになった男に復讐したいなんて考える人じゃないです。口では悪ぶってるけど、オレには先輩が悪人じゃないってわかってますから。本当の先輩はもっとずっと優しい人だって」
「何言っちゃってるの? キミ、頭おかしいんじゃないの?」
「最初に待ち合わせした夜、オレを助けるためにクッションを用意してくれたのは、先輩ですよね」
篭り鼠の穴から飛び出したオレは、陸上用のマットに命を助けられた。偶然ってのはありえないし、あの場所にあのタイミングでマットを用意できた人物は白神先輩しかいない。でも彼女はそれをおくびにも出さず、恩に着せようともしなかった。
「透をさらって行ったのも、本当はあいつを助けるためだったんじゃないですか。八曜鏡のあるオレの部屋から連れ出してくれたんでしょう」
透が高熱を出したのは、魔を祓う八曜鏡のせいだったんだ。もし透があのままのオレの部屋に居続けたら、熱くらいじゃ済まなかったはずだ。先輩は、透が座敷童子だとバラさず八曜鏡から引き離すため、誘拐した風に装ったんだ。
「さあ、そんなの知らないし」
白神先輩は、そっぽを向いた。
「だから今度も、先輩は復讐のためなんかじゃない。ただただ好きだった彼に会いたくて、聖玉に願いを叶えてもらおうとしてるんじゃないですか」
「……そんなはずないでしょ、わけわかんないこと言わないで」
「先輩言ってましたよね、一番叶えたい願いは胸のうちに秘めておくものだって。でも、もういいじゃないですか。もう本当のことを話してください。復讐のためだけに、命を懸けてまで願いを叶えるはずがない。そうじゃなくて、先輩はずっと彼に会いたかったんでしょう」




